【完結】訳あり追放令嬢と暇騎士の不本意な結婚

丸山 あい

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煌めきの都

彼岸ノ球 Ⅴ

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 直線的な動きを見せるスコルに対し、再び黄金色の草原から黒い棘が生え貫こうとするが、それを労なく躱されてしまう。

 そこから、大きく回り込むような動きになるスコル。

 スコルの軌跡を読みながら、黒い棘が生えていくがどれもがスコルを捉えることができない。

 脂汗を滲ませるアンブラの直刀が、やや下がった。

 それを見逃さなかったスコルは、一歩、二歩、と大きく地を蹴って軽々と一気に距離を詰めて眼の前まで迫る。

 黒い棘が間合いに入る__が、それも最低限の動きで躱し、確実にアンブラの首を取れる距離。マイャリスは思わずアンブラの法衣を掴んだ。

 スコルの持つ得物が大きく動く。横一線。

「__っ!」

 それを辛うじて直刀で叩き受け流したものの、衝撃に耐えきれず弾き飛ばされる直刀。

 そして大きな手がアンブラの首を掴み、中空へ持ち上げる。その動きを察し、苦しませては、とマイャリスは手を離し、喉輪のようにして掴むスコルの手を剥がそうと飛びついた。

 しかし、造作もなくもう一方の腕で払われるようにして剥がされて、マイャリスは黄金色の草地へと投げ飛ばされるように落ちた。

 喉輪をひっかくようにして藻掻くアンブラ。顔がみるみる赤くなる。

 それは、いつぞや目の当たりにした恐ろしい光景そのものだった。

「これでまじないの言揚ことあげは出来んだろう。息さえままならんはず」

 くつくつ、と笑うスコル。

 マイャリスは再びその腕に飛びつこうと駆け寄り__その刹那、アンブラらの姿の向こうに、大きな黒い靄が生じたのが見えた。

 そして、突然生じた靄から黒い影が瞬時に生えて、アンブラの喉を掴む腕を断ち切り、生えた勢いのせいでか、スコルの腕が宙を飛ぶ。

 呻いて、よろめき下がるスコル。

 スコルが腕を抱えながら下がる最中、マイャリスは草原に崩れ落ちたアンブラへたどり着き、助け起こす。

 喉を押さえ、咳き込みながら呼吸を整えるアンブラの背をさすっていれば、靄から大きな影が躍り出て、スコルへと飛びかかった。

 強く金属がぶつかる音が響き、スコルがその靄をまとった影の一撃を防いだのを知る。

 靄が徐々に薄れ、現れた大きな人影を残す。

 黒い礼装姿に、榛色の髪__後ろ姿でも、それが何者なのか、マイャリスにはわかった。

「お前……!」

 驚愕の声を漏らしたのは、鍔迫り合いをしていたスコル。

 そのスコルに足蹴を入れ、追い打ちを掛けるように踏み込んで得物を振るう影は、まさしくリュディガーだった。

 その動きの淀みのなさ。

 燭台に貫かれていたはずだというのに、まるで怪我などないようである。

 __血痕はあるのに……。

 服も不自然に裂けているところがあるというのに、傷らしい傷がないのだ。

 生きているのか。だが__。

 __ここは不可知の領分だもの。

 いろいろなことが立て続けに起きすぎて、素直に喜べなかった。

 だが、確実にリュディガーがそこにいる。

 金属のぶつかる鈍くも高い音と同時に、スコルのうめき声が聞こえた。見れば、よろけながら距離を取って、片膝をつくスコルがいる。

 そのスコルの胸元から黒い棘が生え、貫き、捕らえた。

 足がつかない高さまで持ち上げるようにして生える棘。呻くスコルに、マイャリスはその痛さを想像してしまい、思わず顔を歪める。

 そこで、アンブラが直刀を支えきれないといった動きで、落とすように下ろした。

 捕らえたスコルに近づくリュディガーは、構えてこそいないが、一切の隙をみせず、スコルはもちろん、距離を置いて静かに佇んでいるだけのロンフォールをも警戒しているようだった。

「あぁ……お前……“ウケイシャ”だったのか……小賢しい」

 __“ウケイシャ”?

 聞き慣れない言葉に、マイャリスはリュディガーを見る。

「何を捧げた__いや、奪われた? 代償は?」

「お前の知ったことではない」

 一蹴するリュディガーに、くつくつ、と喉の奥で笑うスコル。

「よくこんな仕打ちがにできるな、リュディガー」

 言って、縫い留められたまま、スコルは絶たれた腕と、斬りつけられてできた胸の傷を示す。

 前腕から先がなく、示した胸は、甲冑が砕けたところから肉が相当裂けていることが、滴る血で用意に想像できる。

「こんなにざっくり斬りつけ__」

「何故、私が、お前を斬られないと? 私の父の身体を使っているからか?」

 え、とマイャリスは耳を疑った。

 __父……と言った?

 スコルは徐に兜に手を伸ばし、気だるそうにそれを取り去って投げ捨てる。

 現れた薄い榛色の髪と、青い瞳の顔。年の頃はリュディガーとそう変わらないが、いくらか血色が悪い肌の色をしている風体。

 __ローベルトさんじゃない……。

 足が不自由で、さらに肺を患っていたが、大らかな笑みを絶えず浮かべていたリュディガーの養父。彼は、白髪交じりの茶色い髪と髭に、やや灰色がかった青の瞳だったはずだ。

 スコルは加えて言えば、線が細いものの長身の部類に入る__ローベルトよりも上背はあった。

「あのときの動揺、見ものだったな。とりわけこの顔を見た時ときたら」

 __あの顔……。

 スコルの顔つきは__とりわけ目元と鼻筋は、兜を取り去ったからこそリュディガーによく似ていることに気付かされた。

「認める。確かに、そのせいで、あんな無様を晒す羽目になった。まさか、死んだ父の身体を使っているとは夢にも思わなかったからな」

 リュディガーの言葉にマイャリスは息を詰め、反射的に養父ロンフォールを見やる。

 無表情に静かに見るだけの男。

 __なんてこと……。

 偶然だったのか、それとも、リュディガーの父だと知って使っていたのか__マイャリスは下唇を噛みしめる。

「十数年ぶり……いや、二十年は経ても父だとわかったのに、お前は切り刻むとは」

「たったそれだけで、私がお前を断てないとでも?」

 あまり、抑揚のない口調だが、やや強い言い方には違いなかった。

「__お前は、その亡骸というだけのこと」

「薄情者だな……リュディガー……」

 喘鳴のような呼吸をしながらも、嘲りを含んだ声音でスコルが言った。

「……ならば、もう必要ないな」

 静かに吐き出す呼吸とともに言葉を発した途端、スコルの身体を靄が包みこんだ。
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