179 / 247
煌めきの都
彼岸ノ球 Ⅱ
しおりを挟む
__見た目は、穴ではない。
不可知の領分の入り口。魔穴と呼ばれるものに踏み入ることがある友人に、魔穴のことを尋ねた。
彼曰く、魔穴は、距離を無視できる側面がある。向こう側を近づける通り道。
不可知の領分というものは、この世に対して近くありながらも、普段はとても遠い位置だ。普段は認知できない故に。
__基本的に、瘴気が渦巻いている景色だが、ところどころ別の景色が見えていたりして、気がつけば、瞬間的に別の景色になっていたりすることがある。それは距離を一瞬にして縮めているのだと思う。飛び越えている、と言ってもいいかも知れない。
飛び越える、と怪訝にすれば、彼は苦笑した。
__地上において例えるなら……たぶんだが、こう。
手のひらほどの葉を手にとった彼は、葉柄から葉の先端をなぞってなでた。
__ここまではとても遠い距離だと思ってくれ。たどり着くにはとても時間がかかる。それを短くつなげる作用があると思ってもらっていい。
彼は、おもむろにやんわりと折り目をつけないよう曲げた。
__この枝が、通過しようとする私だとして、現場ではこんな感じに移動しているんだと思う。
重なったところを細枝で貫き、引き抜いて葉を開く。葉には当然、ふたつの穴が空いていた。
__これは極端な例だが……こういう表現でしかうまく説明できない。
そして、親指、人差し指、中指で、それぞれの付け根が箱の角のそれのように垂直に交わる方向へまっすぐ伸ばしてみせた。
__我々の次元は、平面……縦横、そして高さから成り立っている。その我々の次元だと、これはどちらも穴に見える。そうとしか捉えられないからな。
それが、この世。我々が、通常認知できる範囲。
__魔穴は、その次元以外があるんだ。
言って、穴を開けた葉を示す。
__三次元のものを図に表すということは、ひとつ次元を落として平面の二次元に置き換えることになる。つまりは、このように穴だ。
手にしていた葉を、やんわりと折り目がつかないように曲げ、穴と穴が重なるように示す。
__じゃあ、この穴を三次元に置き換えると?
問いかけにしばし考え、ふと思いつく__が自信がなくて、それでも口を開いた。__球、と。
すると、彼は一瞬目を見開いて驚きながらも、すぐに口元で弧を描く。
__そう。魔穴とは、球体の穴だ。
怖いぐらいに暗く、それでいて厳かな星々の煌めきのような夜空を孕んで、瘴気の霧を放っている__それが魔穴というものだ、と。
龍は、魔穴においてもっとも有効な移動手段。
迷わずに中を進め、素早く移動できるのは、龍の目と翼があるから。入っては行けない領域を見極め、深く入りすぎることがないよう、彼らは進む。
そして、彼らは牙も爪もある__魔物への対処にも一役買ってくれる。
__そこに、私は踏み入っている。
ただひたすら、歩いている。
ひたひた、と歩く足。
上下もない景色だが、裸足は確実に何かに接地している感覚があるのが不思議だった。
饐えた臭いは薄れている。しかしながら、異質さが際立っていた。
進むにつれ、身体が重く感じたり、軽く感じたり、あるいは熱く感じたり、冷たく感じたりと目まぐるしい変化が襲う。
暗い空間が続くものの、周囲は不思議と見て取れる。光源があるとすれば、それは周囲をめぐる瘴気に包まれている煌めきの何か。
起伏といった地形があるのかはわからないが、道だろう、と認識できるものがまっすぐ伸びている__ように見える。
かろうじて、黒の中に色の変化が見て取れるのは、この明るさのおかげだろうか。
__こっちで合っている。
確信があった。
__影身が、ある。
影身__鏡。
あれが、ある。
ただただ、それを求めて足が止まることはない。
怖さはあるが、それでも引き返すことができなかった。
進まねばならない__そう駆り立てるものが内にあるのだ。
魔物はもちろんいるのだが、それはすべてスコルが平らげていっていた。護衛のような役割をしているらしい。
魔物が単体であっても群れであっても難なく屠っていくし、時折彼を見ただけで後ずさりして去っていくものもあった。
彼は、ヒトではない。間違いなく。
では何なのか、と問いたいが問えない。
彼とは会話はない__することができない。
「流石、迷いがない」
彼が話しかけてきた。しかし、一瞥をくれるだけ。
ここに至るまでこうして彼が話かけてきたことが幾度かあるが、今のように視線を送ることはできたものの、歩みは止まらなかった。そして、口も開くことがきず、一瞥をくれるだけといった態度にならざるを得ないでいた。
スコルは察したのだろう、さも面白いと喉の奥でくつくつ笑って、護衛としての役目を果たしていく。
__影身を。
それは相変わらず絶え間なく、ふとした瞬間によぎる声。
この声が聞こえる度、額のじんわり、と熱い一点がさらに熱を持つのだ。
刹那、目の前に躍り出てきた魔物があったが、つぶさに切り伏せられてしまった。スコルである。
「どんどん、気兼ねなくお進みを。こちらも存分に役目を果たしますから」
血に濡れた太刀をひとつ払ってから、刃に残った血糊を曲げた腕で挟むようにして拭い、くつくつ、とスコルが笑う。
彼のことは好きになることはなかろうが、守ってくれることは事実。これには感謝を述べたい__が、やはり一瞥をくれるのみであった。
不可知の領分の入り口。魔穴と呼ばれるものに踏み入ることがある友人に、魔穴のことを尋ねた。
彼曰く、魔穴は、距離を無視できる側面がある。向こう側を近づける通り道。
不可知の領分というものは、この世に対して近くありながらも、普段はとても遠い位置だ。普段は認知できない故に。
__基本的に、瘴気が渦巻いている景色だが、ところどころ別の景色が見えていたりして、気がつけば、瞬間的に別の景色になっていたりすることがある。それは距離を一瞬にして縮めているのだと思う。飛び越えている、と言ってもいいかも知れない。
飛び越える、と怪訝にすれば、彼は苦笑した。
__地上において例えるなら……たぶんだが、こう。
手のひらほどの葉を手にとった彼は、葉柄から葉の先端をなぞってなでた。
__ここまではとても遠い距離だと思ってくれ。たどり着くにはとても時間がかかる。それを短くつなげる作用があると思ってもらっていい。
彼は、おもむろにやんわりと折り目をつけないよう曲げた。
__この枝が、通過しようとする私だとして、現場ではこんな感じに移動しているんだと思う。
重なったところを細枝で貫き、引き抜いて葉を開く。葉には当然、ふたつの穴が空いていた。
__これは極端な例だが……こういう表現でしかうまく説明できない。
そして、親指、人差し指、中指で、それぞれの付け根が箱の角のそれのように垂直に交わる方向へまっすぐ伸ばしてみせた。
__我々の次元は、平面……縦横、そして高さから成り立っている。その我々の次元だと、これはどちらも穴に見える。そうとしか捉えられないからな。
それが、この世。我々が、通常認知できる範囲。
__魔穴は、その次元以外があるんだ。
言って、穴を開けた葉を示す。
__三次元のものを図に表すということは、ひとつ次元を落として平面の二次元に置き換えることになる。つまりは、このように穴だ。
手にしていた葉を、やんわりと折り目がつかないように曲げ、穴と穴が重なるように示す。
__じゃあ、この穴を三次元に置き換えると?
問いかけにしばし考え、ふと思いつく__が自信がなくて、それでも口を開いた。__球、と。
すると、彼は一瞬目を見開いて驚きながらも、すぐに口元で弧を描く。
__そう。魔穴とは、球体の穴だ。
怖いぐらいに暗く、それでいて厳かな星々の煌めきのような夜空を孕んで、瘴気の霧を放っている__それが魔穴というものだ、と。
龍は、魔穴においてもっとも有効な移動手段。
迷わずに中を進め、素早く移動できるのは、龍の目と翼があるから。入っては行けない領域を見極め、深く入りすぎることがないよう、彼らは進む。
そして、彼らは牙も爪もある__魔物への対処にも一役買ってくれる。
__そこに、私は踏み入っている。
ただひたすら、歩いている。
ひたひた、と歩く足。
上下もない景色だが、裸足は確実に何かに接地している感覚があるのが不思議だった。
饐えた臭いは薄れている。しかしながら、異質さが際立っていた。
進むにつれ、身体が重く感じたり、軽く感じたり、あるいは熱く感じたり、冷たく感じたりと目まぐるしい変化が襲う。
暗い空間が続くものの、周囲は不思議と見て取れる。光源があるとすれば、それは周囲をめぐる瘴気に包まれている煌めきの何か。
起伏といった地形があるのかはわからないが、道だろう、と認識できるものがまっすぐ伸びている__ように見える。
かろうじて、黒の中に色の変化が見て取れるのは、この明るさのおかげだろうか。
__こっちで合っている。
確信があった。
__影身が、ある。
影身__鏡。
あれが、ある。
ただただ、それを求めて足が止まることはない。
怖さはあるが、それでも引き返すことができなかった。
進まねばならない__そう駆り立てるものが内にあるのだ。
魔物はもちろんいるのだが、それはすべてスコルが平らげていっていた。護衛のような役割をしているらしい。
魔物が単体であっても群れであっても難なく屠っていくし、時折彼を見ただけで後ずさりして去っていくものもあった。
彼は、ヒトではない。間違いなく。
では何なのか、と問いたいが問えない。
彼とは会話はない__することができない。
「流石、迷いがない」
彼が話しかけてきた。しかし、一瞥をくれるだけ。
ここに至るまでこうして彼が話かけてきたことが幾度かあるが、今のように視線を送ることはできたものの、歩みは止まらなかった。そして、口も開くことがきず、一瞥をくれるだけといった態度にならざるを得ないでいた。
スコルは察したのだろう、さも面白いと喉の奥でくつくつ笑って、護衛としての役目を果たしていく。
__影身を。
それは相変わらず絶え間なく、ふとした瞬間によぎる声。
この声が聞こえる度、額のじんわり、と熱い一点がさらに熱を持つのだ。
刹那、目の前に躍り出てきた魔物があったが、つぶさに切り伏せられてしまった。スコルである。
「どんどん、気兼ねなくお進みを。こちらも存分に役目を果たしますから」
血に濡れた太刀をひとつ払ってから、刃に残った血糊を曲げた腕で挟むようにして拭い、くつくつ、とスコルが笑う。
彼のことは好きになることはなかろうが、守ってくれることは事実。これには感謝を述べたい__が、やはり一瞥をくれるのみであった。
0
お気に入りに追加
164
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。
一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。
そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる