【完結】訳あり追放令嬢と暇騎士の不本意な結婚

丸山 あい

文字の大きさ
上 下
162 / 247
煌めきの都

偲ぶ

しおりを挟む
 リュディガーが戻ってきてから3日が経った。

 あの日以降、食事を食堂でとる気力がわかず、毎食を私室にて食べたマイャリス。

 気力がわかない、というが、淡々とオーガスティンを解任__粛清したと告げた『氷の騎士』と顔を合わせることができなかったのだ。

 なるべく会わないよう、隠れるように日々を過ごす。

 __本当に、彼がわからない。

 昔とは違う。それだけはわかっていた。

 だが、かつての彼の片鱗を見かけていたから、そこまで違わないのかも、と思っていた。

 __助けに駆けつけてくれた……。

 それは、自分が州侯の娘だから。ただそれだけのこと。

 __そう。ただ、それだけのこと……だった。

 こんこん、とノックがされ、マイャリスは弾かれるように扉へ声をかける。相手はマーガレットだった。
 入室を許せば、目が合った彼女は表情を曇らせる。どうやら自分は、思っていた以上に暗く固い表情でいるらしい。

「失礼します、マイャリス様」

「何かしら」

「あの……実は、その……フルゴル様が、お目通りをご希望で」

「フルゴルが……」

 マイャリスは、その名前を聞いたとたん、緊張した。

 フルゴルは、リュディガーの腹心。

 __何のために……。

 様子を見にきた、ということだろうか。

 今日に至るまで、彼と顔を合わせることは遠巻きにはある程度の距離感だった。

 フルゴルとは、リュディガーが戻って以降、見かけることはあっても、彼女もやたらに接触を図ることはなかった。リュディガーがいれば、アンブラとともに彼の側近くに控えているばかりだ。

 __リュディガーに言われて来たのでしょうね。

 リュディガーは、避けられている、という実感はあるはずだ。

 様子は使用人伝__マーガレットではなく、他の使用人ら__から伺ってはいるのだろうが、もっとも信頼を置いているフルゴルに探らせたくなったのだろう。

 アンブラでないあたり、同性でかつ留守中はそれなりに交流をしていたという点で、彼女に任せようとしているに違いない。

「__お通しして」

 マーガレットは、頷いて扉の向こうへと下がり、次いで入室したときにはフルゴルを背後につれていた。

 フルゴルはマイャリスと視線があうと、ふわり、と笑んでそれはそれは上品に淑女の礼をとった。

「お目通りいただき、ありがとう存じます。マイャリス様」

「どうされましたか?」

 問いながら、近くの椅子を示して座るように促した。

 それに素直にしたがい、フルゴルは優美な歩みで椅子へと歩み寄り腰を据える。呪い師であるに違いないが、その立ち居振る舞いは洗練された上流のものに違いない。それがまた、彼女の出自を不思議に思わせる。

「ご気分が優れない、と伺っておりましたから、心配しておりました」

「……」

 白々しい言い方ではないが、マイャリスはその言葉に、膝の上に置いていた手に力が籠もってしまった。

「__間諜だった、というのは本当なのでしょうか」

「はい」

 迷わずうなずくフルゴルに、マイャリスは奥歯を噛み締めた。

「父の__州侯の、これまでの過ちを糺そうとしていただけではないのですか」

 フルゴルは目を細める。

「……州侯は、瘴気から民を守るための手段を講じているにすぎません」

「瘴気を祓うため、質の良い魔石をかき集める__それは理解できますが、そこに住むためには過度の税を納めねばならないというのは、一部の民しか住むことができないでしょう。それ以外の民は棄民されたようなものではありませんか」

 しかも、魔石をかき集めるために鉱山に集められた民も、劣悪な環境で賃金も低いときては、将来の展望も望めずひたすら搾取されるばかりではないか。

「……それでも、鉱山で働いている限り、護られはしています」

「代わりはいくらでもいる、という弱みに付け込まれている彼らは、その働き口で口を噤んで生きているに過ぎない、と私は思います。移住も制限されているとか」

「お詳しくてあらっしゃる。__オーガスティンから聞いたのですね」

 じぃっと見つめてくる彼女の瞳を真っ直ぐ受け止め、マイャリスは答えない。

「……私めは、リュディガー様の小間使ですので、州侯に意見具申することは皆無です。指示を受けたリュディガー様が、私に命を下す__それだけです」

 __でしょう。そんなこと、わかっているわ。

「……貴女にこんなことを言っても、詮無いこととはわかっているのですが……すみません。言わずにはいられず」

「いえ、よろしいのです。__マイャリス様とオーガスティンはとても親しい間柄だったと存じておりますので」

 一度視線を断ち、マイャリスは深く呼吸をして落ち着きを取り戻し、改めてフルゴルを見る。

「__それで、ご用件はなんでしょう?」

 居住まいを正すように、フルゴルは長い法衣の袖を軽く振るった。

「州侯が、次回の夜会にマイャリス様をお連れするように、と仰せだそうです」

「父が?」

 俄には信じがたく、マイャリスは眉をひそめる。

「リュディガー様とともに出席するように、と」

 これまでひた隠しにしてきたというのに、どういう風の吹き回しなのだろう。

「本当に?」

「『氷の騎士』と、そこに嫁いだ秘蔵っ子である御息女を知らしめるためではないでしょうか」

 __『氷の騎士』とは身内になったということを強調したい……のかしら。

 そんなつもりはないのに、州侯とその股肱『氷の騎士』と同類と認識されることだろう。

 __よりにもよって、社交らしい場に出るの初めてが、そうしたものになってしまうとは……。

「……従います」

 気が重いが、おそらく断ることはできない。

 __どんな手を使われるかわかったものではないもの。

 思い通りにするために、父はどんな手も使う。

 大学を自主退学したときも、使用人らを人質にとられたようなものだった。

 あの時やり取りした手紙に暗にそう記されていて、自分の意思を断念したのだ。

「お話というのは、それです」

「そう。__日取りは」

「今週末には発つと」

「わかりました」

 フルゴルは柔和に笑んで、席を立ち扉へとむかった。

 引きずるほどに長い法衣の裾__それが、扉の前でふわり、と膨らむようにして彼女は身を返した。

「__マイャリス様は弦楽器がお上手であらっしゃる」

 民族楽器のカーチェのことだ。

 オーガスティンが粛清されてから、夜ごと彼のことを偲んで弾いていた。

「__手慰みです」

「手慰みとは、ご謙遜を。宮妓にも勝るとも劣らない腕前でございますね」

「煩いのでしたら、止めますが」

「いえ、是非続けてください。__想いは、面影を宿します」

 面影__彼女は、何のために弾いているのかわかっているのだ。マイャリスは直感でそう察した。

 __まぁ……明から様といえばそうよね……。

 親しい者を亡くし、楽器を夜ごと奏でているのだから。

 ふわり、と柔和に笑んで、フルゴルは部屋を去っていった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

処理中です...