【完結】訳あり追放令嬢と暇騎士の不本意な結婚

丸山 あい

文字の大きさ
上 下
2 / 247
帝都の大学

絶望的な暇の龍騎士

しおりを挟む
 ビルネンベルクにリュディガーの弓射の指導を任され、その日の講義を全て終えたキルシェは、彼の腕を確認することにした。

 空を切る音を締めくくる、鈍い音。それは、矢が的を外した音だ。何度目か__否、9度目の音。

 第一矢は当たり、そのまま十矢まで射させたが、迷走するかのように的から離れていったり近づいたりで、それ以後一矢も当たらない。

 安請け合いをしたつもりはないが、これはどうしたものだろう__。

「……」

「絶望的でしょう」

 結果を凝視したまま、動かない様子に耐えかねて、リュディガーが自嘲気味に言うので、こくり、とひとつ頷くしかできない。

 構えに問題はなかった。気がついた点でいえば、つがえてから矢を放つまでが早いかもしれないという点だが、それだって指摘するほどではない程度だ。

「断ってもらっても構わないのだが」

「まあ……まあまあ、まあまあ」

 困った笑みを浮かべつつ矢を回収に向かおうと足をむければ、リュディガーも的へと足を向けた。

 的の一本を引き抜き、次に外れた矢に手を伸ばそうとすれば、遅れてたどり着いたリュディガーが手で制して抜きにかかる。

「昔から弓は本当に駄目で__いや、昔の方がまだましだったか」

 矢についた砂を払い落とし、鞘に収める。

「昔? 狩猟か何かですか?」

 手にしていた矢を手渡しながら問う。

「……あー…生業で、ですね」

 大学には大人になってから、志を持って入る者がそこそこにいる。幾度でも入学をすることができる上、一度の入学で在籍できるのは最長8年ということもあり、年齢層は幅広い。

 __弓を使う生業だけど、狩猟じゃない……?

 内心思っていたが、それが顔に出てしまったのだろう。リュディガーは受け取った矢を鞘に収め、苦笑を浮かべる。

「私は、龍帝従騎士団の者です」

 え、とキルシェは目を見開いた。

 龍帝従騎士団は、帝国が世界に誇る龍を駆る少数精鋭部隊。選り抜きの武人がいる__はずだ。

「えっと……弓が不得手だから、お辞めになっ……た?」

 え、と今度はリュディガーが目を見開く番だった。そして、吹き出すように笑い出す。

「いや、今は学を修めるため、暇をもらっている。__まあ、確かに、そう思われても致し方ない腕前だが」

 リュディガーは的へ視線を向ける。

「龍騎士になると、弓はあまり活躍しなくなる。弓射は風の影響を受けやすいから、やっても投槍か、あるいは龍の爪や牙がありますので。地上でも、ほとんどが最前線ですから、弓よりも剣や槍という近接武器ばかり。弓射は鍛錬こそすれ、そこまで重要視されていない__というか、そう勝手に決めて逃げてきた結果ですかね」

 自業自得です、とキルシェへ自嘲を向けるリュディガー。

「__仲間の名誉にかけて言えば、私だけですよ。これだけ絶望的なのは」

 なるほど、とキルシェはひとりごちた。

 これだけ体躯が立派なのは、そういう経歴だからなのだ。そして、手の胼胝も、時折見え隠れする覇気も、きびきびとした立ち居振る舞いも全て。

「……とりあえずは、腕前を見たかったので、今日はこのぐらいにしましょう。冷えてきましたから、中へ」

 空気がさらに冷えたように感じるのは、日が没したからだろう。言いながら見上げた空は、茜色に染まっている。

 ええ、とリュディガーが頷くのを確認して、キルシェは最寄りの出入り口へと足を向けた。

 弓の鍛錬場からまず踏み入ったそこは、弓射の道具を収める場所。然るべきところにリュディガーが戻す音がよく響く。

「リュディガーさんは__ナハトリンデン卿は、ご夕食までご予定はありますか?」

「リュディガーで。今は、ただの学生ですので、お気遣いなく。__ありません。部屋に籠もるだけですが……弓を射掛け続けてた方がよろしいか?」

 リュディガーはどうやら本気のようで、再び手に取ろうとするのを、くすり、と笑って手で制する。

「いえ、そういうことではなくて、時間があるのなら、今後のことを、と思ったので」

「なるほど。では、談話室にでも参りますか?」

「はい」

 リュディガーにどうぞ、と先に進むよう促され、キルシェは先に立つ。

 倉庫から出、そこから伸びる廊下を進んでいくと、窓と暖炉以外の壁すべて、本に埋め尽くされた部屋へと至る。書庫だ。書庫はここ以外にも2部屋あり、閲覧は自由。

 正六角形の部屋中央にも大きな暖炉があり、そこを囲うように置かれた腰掛けや、等間隔に配された机で、手にした本を読む学生らを尻目に、左手の扉から隣室へと抜ける。そこが談話室である。

 談話室は、書庫よりも温かい。構造としては同じだが、床下に温かい煙を通しているため、床からじんわりと温かいのだ。

 上背のあるリュディガーは談話室を見渡した。六角形の談話室から南東に伸びる廊下の先が食堂で、その廊下に向かって左手前の暖炉の近くの席を見出し、こちらへ、と言いながら先導した。

 リュディガーは、しかし座ることはせず、キルシェが座ったのを確認すると、お待ちを、と言って離れていった。向かった先は暖炉。お茶を淹れに行ったのだ。

 そして、湯呑みを2つ持って返ってくると、そっと丁寧にキルシェの前へひとつ置いて、自身もやっと着席する。

 早速、湯呑みを手で包み込むと、指先がじんわりと熱に滲むようである。

「ありがとうございます」

「いえ。こちらこそ、寒い中ありがとうございました」

 キルシェが湯気の昇る湯呑みを口につければ、リュディガーも倣った。

「これから日が伸びてくるので、夕方に弓射の鍛錬にするのはご都合が悪いですか?」

「いえ、それで大丈夫ですが……」

「__が?」

 罰が悪そうに語尾を濁すリュディガーに、キルシェは首をかしげた。

「よろしいので? いくら、ビルネンベルク先生から言われたとはいえ、弓射の先生にまで見放されかけているような自分ですよ」

 弓射と馬の指導には、退役した龍騎士か軍人があたる。今年から新しい教官になったが、その教官は後者。前者であれば、面識のあるなしに関わらず、今以上に肩身が狭い思いをしていたに違いない。

「どこまでできるかわかりませんが、お付き合いしますよ。先生の厄介な頼まれごとをこなすのが、私の役回りみたいなところになっているので」

「左様ですか」

「もう慣れてますけれどね」

 小さく笑うと、リュディガーは視線を湯呑みに落とした。

「貴重な時間を割いていただくことになりますが、本当によろしいので?」

「くどいですよ。__貴方が伝説の学生になりたいのなら、手を引きますが」

「そんなことは」

「では、やってみましょう。卒業できないのは、悔しいですよ。それも弓射で躓《つまづ》いてなんて」

 でしょう、と問えば、苦笑いを返すリュディガーに、キルシェは笑った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

領地経営で忙しい私に、第三王子が自由すぎる理由を教えてください

ねむたん
恋愛
領地経営に奔走する伯爵令嬢エリナ。毎日忙しく過ごす彼女の元に、突然ふらりと現れたのは、自由気ままな第三王子アレクシス。どうやら領地に興味を持ったらしいけれど、それを口実に毎日のように居座る彼に、エリナは振り回されっぱなし! 領地を守りたい令嬢と、なんとなく興味本位で動く王子。全く噛み合わない二人のやりとりは、笑いあり、すれ違いあり、ちょっぴりときめきも──? くすっと気軽に読める貴族ラブコメディ!

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。

しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。 相手は10歳年上の公爵ユーグンド。 昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。 しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。 それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。 実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。 国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。 無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。  

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

処理中です...