【完結】訳あり追放令嬢と暇騎士の不本意な結婚

丸山 あい

文字の大きさ
上 下
133 / 247
帝都の大学

醜イ夢 Ⅰ

しおりを挟む
 気がつくと茶器が載ったトレイを手に、キルシェはとある扉の前に立っていた。

 茶器は3人分。

 とにかくこれを、目の前の部屋に届ける__そう考え、片手に持ち直してノックする。

 返事はないが、それを気にせず扉を開けて踏み入る。

 部屋はキルシェの寮の部屋ほどの広さで、そこには机が2つと、その正面の壁際に一人がけの椅子が小さい丸テーブルを挟んで2脚置かれていた。

 そして、踏み入ったキルシェの正面にはもう一つの扉。

 キルシェの目的はその扉の向こう。

 改めてノックする。

「お茶をお持ちしました」

「ああ、キルシェか。入ってくれ」

 __この声は……。

 許可をしたのはこの部屋の主のはず。

 だが、その声。

 聞き覚えがある声には違いないが、声の主がどうしてこの部屋の主なのか、キルシェは怪訝に思った。

 思いながらも、扉を開ける__と更に明るい光に満ちた部屋。

 そこは、通ってきた部屋よりもかなり広い。

 幾つも等間隔である天井まで届く窓。その窓のひとつを背にして、扉から踏み入った者を出迎えるように設置されているのは、重厚な印象の机。

 そこには部屋の主はいて、ペンを走らせていた手元を止めて顔を上げた。

 __イャーヴィス元帥閣下……。

 一瞬面食らってしまった。

 __何故……。

「そちらへ。そろそろ来るはずだ」

「は、はい……」

 疑問におもいつつも、指し示された方へと視線を向ける。

 煌々と燃える暖炉の前に、これまた威厳に溢れた応接用のソファー一式が置かれている。その壁には、龍旗__国旗。

 キルシェは指示通りそのテーブルへと茶器を並べる。

 そうしていると、部屋の扉がノックされた。

「お客様です、閣下」

「時間通りか。__通してくれ」

 イャーヴィスが言って、手元のものを軽く片付けていれば、扉が開いた。

 一人目は扉の横に佇んで、後ろの人物を中へと促す。その促されて入室した人物に、キルシェは息を詰めて背筋を正した。

「息災か、ナハトリンデン」

「はっ」

 執務机の椅子から立ったイャーヴィスの言葉に、踵を合わせて直立不動の姿勢をとるのは、紛れもなくリュディガーだった。

「楽に。一応は、客なのだから」

「はい」

 少しばかり姿勢を楽にした彼は、龍帝従騎士団の深い紫の制服に身を包んでいる。

 見上げるほどの立派な体躯も相まって、まさに威厳の体現者のようでよく似合う。

 __制服を着ているけれど……お客様……?

 案内し終えた一頭の龍の意匠が施された衣服を纏った文官は、一礼をとると扉を閉めて下がった。

 キルシェもその姿に続こうと、イャーヴィスへ一礼をとる。

「それでは__」

「ん? いや、君もだが?」

「え……」

 戸惑いの声を漏らせば、イャーヴィスは苦笑を浮かべながら応接の用のソファーへと移動する。

「だから、3人分のお茶を頼んだ」

 着席して、長椅子側へリュディガーとキルシェに座るよう促した。

 __何故……。

 内心怪訝にしていると、応接用のソファーへ歩み寄ったリュディガーが、キルシェの横に佇んで、柔らかい表情で背に手を添えて座るように促す。

 促されるままにキルシェは腰を下ろすと、リュディガーはその横に座った。

「ナハトリンデン、まずは卒業おめでとう」

「ありがとう存じます」

 __卒業……大学?

「復帰は、2週間後だったな」

「はい」

 カップを取り、イャーヴィスは口へ運ぶ。一度、香りを愉しんでから、ゆっくりと口に含んだ。

「__キルシェが祐筆になってから2年ということか」

 はやいな、と笑うイャーヴィスに、キルシェは目を見開いて、脇によけたトレイを見る。

 __2年……祐筆……?

 何がどうなっている。

 自分は今年卒業できないまま、故郷へ帰るはず。__否、帰っているはず。

 そこではた、と気づいた。

 自分は、一頭の鷲獅子の紋章が施された衣服を纏っているではないか。

 いつぞや見た、ヌルグルらとは違い、文官というか侍女というか、優美な印象の形であるが、間違いなく所属を表す制服に違いない。

「それで、挙式の準備は順調かね?」

 衣服に驚いているとまたも驚いた。

 __挙式? 挙式と言った?

 我が耳を疑い、キルシェは弾かれるように視線をイャーヴィス、そして隣のリュディガーへと向ける。

 すると、リュディガーがキルシェへと顔を向けた。その表情のとても穏やかでいて、どこか照れたようなそれ。

「順調と言えば順調です」

 __嘘でしょ? 何の冗談?

 膝の上で握る手。その指のひとつに硬い物がある。

 視線を落とすと、銀色の指輪が嵌めてあって、小さく息を呑んだ。

 __左の薬指……。

 それは、帝国では婚約を意味する。婚姻が結ばれると、右手の薬指に付け替えるのが習わし。

「予定は、確か……」

「初夏に。__今度、またラウペン氏にお会いして、話を詰める予定です」

 ラウペン__嗚呼、これは。

 __間違いない。夢だ。

 ラウペンの父が、会うはずがない。

「それにしても、キルシェはよく待ったな。一般的に、婚約から入籍、挙式は長くても半年だろうに。卒業してから、というのが条件だったとは申せ……」

 そんな簡単な条件を父が飲むはずがない。

 内心、キルシェは乾いた笑みを浮かべてしまう。

「挙式には、私も参列させてもらうからな。私の自慢の祐筆の門出なのだから」

「恐縮です」

「ビルネンベルク殿もだろう?」

「はい。恩師ですし、彼女の帝都での身元引受人ですから」

「身元引受……?」

 思わずその言葉を反芻して、イャーヴィスが少しばかり面食らう。

「君が祐筆になるにあたり、ラウペンのご令嬢を一人住まいさせるわけにはいかない。寮も駄目だと仰られて……ビルネンベルク殿が帝都の屋敷に住まわせてくれてる、ということで、ご尊父は納得してくださっただろう?」

 __私は、居候をしているということ……。

 夢にしても、面白い話だ。

 よくできている夢。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

領地経営で忙しい私に、第三王子が自由すぎる理由を教えてください

ねむたん
恋愛
領地経営に奔走する伯爵令嬢エリナ。毎日忙しく過ごす彼女の元に、突然ふらりと現れたのは、自由気ままな第三王子アレクシス。どうやら領地に興味を持ったらしいけれど、それを口実に毎日のように居座る彼に、エリナは振り回されっぱなし! 領地を守りたい令嬢と、なんとなく興味本位で動く王子。全く噛み合わない二人のやりとりは、笑いあり、すれ違いあり、ちょっぴりときめきも──? くすっと気軽に読める貴族ラブコメディ!

処理中です...