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帝都の大学

みっつの選択肢

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 運河を行く船は、護岸から馬に牽かれて遡上していく為に、運河の左岸と右岸とで往来の方向が分けられていた。

 護岸から引っ張るだけでは、船体は岸にぶつかってしまう。それを防止するために船頭が長い竿で船の向きを調整するのが遡上時のやり方。

 水運の遡上では、馬の休憩のため、およそ1時間毎に船は一時的に停泊する。見通しが悪い夜から朝までも停泊するため、運河の遡上では馬車よりも著しく遅いのだ。

 運河には途中渡されている橋があるが、それはその馬の歩行に邪魔にならないよう、かなり高い上方に掛かっている。

 ひとつ目のその橋を、馬に曳かれるビルネンベルクが乗る船が通過するのを見送ってから、キルシェらはその場を離れ、リュディガーが逗留した宿へ向かって荷を持ち出す。

 そしていざ、乗合馬車の乗り場へ__と向かったのだが、この日の便はすべて出てしまったと告げられた。

 時間はまだ昼前。乗る予定だった乗合馬車は、出発が正午だったのだ。__これが、帝都へ向かう乗合馬車の最終便。

 何故それさえも出てしまったのか、と乗り場を仕切る文官に問えば、この日はすでに座席が埋まってしまって、人も集まってていたため、早々に出立させたのだそう。

 席が埋まって、人もすべて揃っている__であれば、待つ必要はたしかに無い。

 2人はとりあえず、早めの昼食を取ることにして、手近な料理屋へと入る。

 乗合馬車の乗り場からさほど離れていないそこは、運河から流れ込んでいると思われる川辺に面した場所にあり、清涼な風が抜けていく料理屋。

 店内でなく、その川の流れが見られる露台に空いている席があったため、そこへと着席して、キルシェは川を覗く。

 豊かな水量の川はそこそこの速さがあり、物や人の多いこの街を現しているような川だった。

 __リュディガーが居て良かったわ……。

 キルシェだけであったら途方に暮れていたかもしれないが、そこはリュディガーが慣れたもので、提案してきた案がみっつ。

 ひとつは、このまま留まり、明日の朝一番の便に乗る案。

 もうひとつは、便乗__商人の馬車に相乗りさせてもらうという案。

 そして最後のひとつは__

「乗り継ぎ……?」

「そう。帝都までの街道沿いで、中距離の乗合馬車を乗り継いでいく手だ」

 中距離の馬車は、片道およそ1時間から2時間程度を走る馬車。これは主要な都市から街道筋を含め、近隣の中型規模の街への足だ。

 この馬車を乗り継いでいくにしても、今日中には帝都に到着は難しいだろう。利点は帝都に到着する時間が、明日朝一番のこの街から帝都へ向かう馬車に乗るよりも早いという点と、明日の到着時にさほど身体に負担がない点。

「__あとは……そうだな、他の街や村を乗り継ぎの間見て回れる、というところか」

「他の街や村にも滞在できるかもしれなのね。それは、面白いわ……」

 期待に胸を踊らせるキルシェ。

「欠点は、どこまでいけるかが分からないということ。宿も、おそらくだがこの街のそれより、質が落ちるのは確実だろう」

「あら、私、お宿の格とか気にしない方よ? そんな風に見えて?」

「見えはする。__まあ、確かに君なら大丈夫か」

「ええ、大丈夫です。吊床つりどこだって、経験済みですからね」

「吊床? 船のか?」

「ええ。ビルネンベルク先生のお手伝いで、今回のような遠くに来た時、お宿を選ばせてくださって、船のお宿があるというので、そこにしたら吊床でした」

 そこまで言うと、リュディガーが信じられない、という顔をした。

「吊床は……休めなかっただろう?」

「何度か起きましたね。でも、楽しかったですよ。リュディガーも寝たことがあるのですか?」

「武官だからな。括り方ひとつも叩き込まれた」

「括り方も決まりがあるの?」

「ああ。有事にはあれが役立つからな。防具にもなるし、浮き袋代わりにもなって……色々使いみちがあるんだ。とにかく重いから、扱いに慣れておかないといけない。さんざんやらされた」

 へぇ、とキルシェは興味を惹かれた。まるで関わりのなかった世界の話は、本当に興味深いのだ。

 それがありありと表情にでていたのだろう。くつり、と笑うリュディガーは、テーブルに置かれていた香草入りの腸詰めを頬張った。

「……とは言うが、流石に野宿はしたことないだろう?」

「ないけれど……え、野宿になりそうなの?」

「何、期待した声を上げているんだ」

「野宿はなんだか楽しそうで」

「期待させて悪いが、させるつもりはない」

 はっきり、と否定されたキルシェは僅かに目を見開いた。

「私は元々武官だから、大した装備がなくてもどうとでも耐えられるが、君は所謂いわゆる、一般人だ。野宿するには、装備が甘すぎる。色々贖って揃えないとならないから、それをするなら宿を借りたほうがいい」

 リュディガーはそこまで言って、人の悪い笑みを浮かべる。

「どうしてもしてみたい、というなら手配はするが」

「興味がなくはないですけれど……今回は遠慮しておきます。戻ったら矢馳せ馬の鍛錬がありますから」

 キルシェが苦笑すると、リュディガーは頷いてグラスを手にとった。

「懸命な判断だと思う」

「けれど、もしお宿がないなら、構わず野宿を選んでくださいね」

 グラスの水を飲むリュディガーに言えば、彼はグラスを下ろす手を一瞬止めた。

「その言葉は、乗り継ぎで進む、ということでよいかな?」

「ええ」

「わかった。では、万が一のときにはそうさせてもらう。__が、夏至祭も過ぎたから、帝都に近づいても宿に困ることはないさ」

 なるほど、とキルシェは、笑うリュディガーの言葉に納得した。

 一番宿に不便する、というのが祭りの前後だ。

 夏至祭、建国祭等の大きな祭りには、物も人も大きく動き、帝都に集まってくる。帝都の宿は限られるから、近隣の町や村まで宿が埋まるのだそう。

「さて、そうと決まったら、食事の後に少し道中の必要なものを買い出しにいこう。そのあと乗合馬車の乗り場へ行って、適当に帝都へ向かう中距離馬車に乗り込んでしまおうか」

 はい、とキルシェは頷いて、止まりがちだった食事に、改めて意識を向けた。

 __さて……そうは言うけれど、それほど減ってはいないのよね。

 一昨日、そして昨日と格式張った食事が続いたからか、そこまでお腹が減っていなかった。ブリュール夫人の屋敷から移動してきて、粘土板の積み込み作業があったから、それなりに減ってはいるだろうと思ってはいたのだが、思っていたよりも食が進まない。

 無論、自分の体調から無理なく食べられる量はわかっていたから、食べ切れはするだろう。

「__口に合わなかったか?」

 手を休み休み__間をもたせるように食べていたのを、彼はそう見たらしい。

「美味しいですよ」

「なら、具合が悪いのか?」

「いえ、違います。ほら、一昨日と昨日、しっかりとした格式高いお料理を頂いたので、それであまりお腹が減っていないようで」

「ああ、そういう……。だから、注文のときも、遠慮がちだったのか」

「ええ。食べきれないかも、と__実際そうでした」

「無理はしないでくれ。__これとこれは、包んでもらおう」

 苦笑するキルシェを気遣うように、リュディガーは手際よく包んでもらっても困らない料理を避け、早々に店員を呼んで渡してしまう。

「君は、そのぐらいにしておくといい。後は私が」

 彼の心遣いに心の底から感謝を述べ、キルシェは手を止め、膝においていたナプキンを取り去って、衣服に落ちているだろう細かいパン屑などを払った。
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