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帝都の大学

親子の差

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 少しばかり迷いそうになったが、どうにか辿りつたリュディガーの父ローベルトが住む家。

 扉の前で大きく何度か深呼吸してから、静かに扉をノックする。

 はい、と返事があってから、やや間を置いて、杖をつく音と足を引きずる音が近づき、やっと扉が開く。

 応答に続き、足は不自由なままなだが、それ以外は先日見かけた彼と変わらずな様子に、キルシェは安堵した。

「キルシェさんじゃないか」

 あまりにも予想外だったのだろう。最初こそ驚くリュディガーの父ローベルトだが、すぐに柔和な笑みで歓迎の意を示した。

「お独りかい? どうしてまた。カーチェを聞かせに来てくれた感じでもなさそうだが」

「あの……えぇっと……ご、ご飯は大丈夫かな、と思いまして」

 当たり障りのない質問を選んだつもりだったが、それだけでローベルトは察したらしく、表情が真剣なものになった。

「……リュディガーに何かあったんだね?」

 図星をつかれ、一瞬息を飲んだキルシェ。

 __ということは、報せはまだ来ていない……。

 なんと間の悪い。

 しかしもはや、観念して頷くしかなかった。ここで今取り繕っても、必ず身内の彼には、リュディガーの状況を報せに来るはずだ。

「はい……。あの……召集が昨日あって、魔穴の対応へ大学から向かったそうで」

 おやまぁ、とローベルトは眉間に皺を寄せた。

「詳しくはわからないのですが、まだ戻ってくるには時間がかかるようです。大きな怪我はしていないそうですが、瘴気に当てられて床についたままだと、大学に報せが。峠は超えたとも聞いています」

「なら、お勤めは無事に果たして戻ったわけだね。それは僥倖だ」

 うんうん、と満足気に頷くローベルト。

 彼は慣れているのだろうか。あまり動じた風がなくて、身内でもないキルシェの方が浮きし立っている温度差に戸惑ってしまう。

 そうか。そもそも、現役で龍騎士だった頃なら、今日のようなことは常に起こり得て、死の淵に佇んでいるような状況だった。__本人も家族も、腹を括っている。

 無論、死んで平気な顔でいるわけではないし、生きて帰ってくれ、と願ってやまないことに違いないだろう。

 落ち着いていたローベルトは、はっ、としてキルシェを見た。

「__って、まさか、あの子が動けないから、それで、私を気にかけてわざわざ来てくれたのかい?」

「はい。お節介とは思ったのですが……食べ物をリュディガーが運んでいましたし、お御足が悪かったようにお見受けしていたので」

「これは、なんともありがたい。一応、細々とすれば一週間は食いつなげるようリュディガーがしていってくれるんだが……いいお友達を持ったようだね、あの子は」

 いいお友達、とは光栄なことだ。少しばかりこそばゆい。

「何か、作っていきます。明日、また食材で足りないものとかお持ちしますので、それまでの食事ということで」

「いいのかね?」

「はい、勿論です」

 悪いね、と眉根を寄せて、ローベルトは中へ誘った。



 どうせ作るのなら食べていくといい、という勧めもあり、キルシェはリュディガーのことをわかる範囲で話す心づもりでいたから、流れでご相伴に預かることになった。

 調理をしながら、必要そうなものを頭の片隅に記憶していく。

 そうして、ありあわせでできたものは、豆のスープ、馬鈴薯とベーコンを炒めた物、炒り卵で、あとはパン、チーズ、腸詰め、それから酢漬けの胡瓜を添えられたぐらい。

 幸いにして、薬草学を修了したリュディガーが用意したからなのか、香辛料には事欠かなかったから、ありきたりな料理も味を冴えさせることができた。

 お世辞かもしれないが、美味しい美味しいといって食べるローベルトと同じテーブルを囲う。

「手際がいいね、キルシェさんは」

 調理用の台所の暖炉に火を入れるところからだったから、もう少し掛かりそうだったものの、思いの外全てが順調に済んだのは幸いだった。

「__明日はもう少し早い時間に来られると思います」

 水差しからローベルトのグラスに水を注いで足し、自分のグラスにも注ぐ。

「無理のないように。一応、大家さんも、私やリュディガーのことを承知で、たまに声をかけてくれているから」

 それを聞いて、キルシェはいくらか安堵する。

「そうですか。心強いですね」

「リュディガーがここを見つけてくれたからね。奥まっているが、大家さんの為人で決めたらしい」

 嬉しそうに言って布巾で口を拭い、ローベルトは水を一口飲んだ。

「何もそこまでしなくていいのに、と思うぐらい良くしてくれてね……。あの子はほら、養子だろう? なのに、こんなに細やかに世話を__」

「え__」

 キルシェは、養子、という言葉にひとつ心臓がはずんで、思わず手を止める。

「おや、聞いていないのかい?」

 ぎこちなく、こくり、と頷く。

「おやまぁ……そうかい」

 __何故、言わなかったのかしら……。

 自分が養子だ、と明かしたとき、私も、と言いそうなものなのに__。

 茶色い髪と髭には白髪が混じり、やや灰色がかった青い瞳のローベルト。対してリュディガーは榛色の髪に、穏やかでありながら深く強い眼差しの紫よりの青。

 __お母様似なのだと思ってたいたのだけれど……。

「__なら、実の父親と認めてくれてはいるのかもしれないね。面と向かっては改めて言わないけれど。まあ、言われたところで、なんて顔していいかわからないし、こそばゆいから、言わないでくれてよかったか」

 仲睦まじいやりとり。皮肉のひとつやふたつも言い合っていたその様子は、親子としか思えなかった。

 なるほど、とキルシェは納得した。

 その可能性はある。彼と自分では、養父に対する温度差が違うのだ。

 これまで育ててもらって、そしてこうして大学へ在籍していられるのは、養父のお陰だ。その点は感謝している。だが__。
 
 __どうにも、反りが合わないのよね……。

 恩を感じているからこそ手助けしたくて進んで動いていたが、父にはそれが疎ましく思えたのだろう。

 キルシェは当時を思い出し、内心ため息を零してしまう。

「今じゃあんだけ立派な体格になっているがね、最初会ったときは、ガリガリに痩せこけててねぇ。かなり苦労してたみたいだったよ。聞けば身寄りはいないと言うじゃないか。心配だったから、様子を見るのも兼ねて、明日もおいでと言って簡単な農作業を毎日手伝ってもらううちに、流れで養子に迎えたんだ」

「そう、でしたか……」

「私は、領地管理人だったんだよ。ゲブラー州のとある貴族さんとこの。私の手伝いをしてくれているうちに、リュディガーは読み書き計算を覚えた。とても要領よくてね。慣れてくると、私の間違いを指摘してくるぐらいだった。__本当に、いい息子だよ。私にはもったいないぐらいの」

 握るグラスを、懐かしむような視線で見つめるローベルト。

 __彼は、恵まれた家族に巡り会えたのね……。

 羨みはしないし、嫉妬もない。ただ純粋に、よかったと思える。
 この父のもとだったから、今の彼がある。

 __私のように、ひねくれもしなかった。

 自嘲していれば、暖炉の上の壁にかけられた時計が7つ鐘を打った。この家へ訪れて、およそ3時間は経っている。

「おや、これは長く捕まえてしまったようだね」

「いえ、こちらこそ、長居しすぎました」

 片付けます、と言って席を立ち、食器類をまとめて台所へ運び、食器を洗っていく。

「__食器は、明日片付けますので、このままで」

「なんだか悪いね、何から何まで」

 恐縮するローベルトが座るテーブルに、明日の朝、彼が最低限の動きで済むよう朝食の配膳を済ませて、温めるスープなども台所で準備を済ます。

「本当に、無理のないように。学業が本業なんだから、キルシェさんは」

 はい、と笑んで、キルシェは一礼をし、出入り口の扉を開けた。

「おっ……と」

 扉を開けたと同時に、驚き一歩下がる気配。

「?」

 咄嗟に手を止め、薄く開けた扉越しに外を覗けば、キルシェは目を剥くほど驚いた。
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