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第6話

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 王都の一角にある、人目を忍ぶように佇む閉鎖病棟。
 その中から、スーツを着た白髪交じりの老紳士と派手に着飾った黒髪の女性が晴れ晴れとした顔をしながら出てくる。
 間違いない、スチュアートとドナだ。彼らの姿を見つけるなり、トラヴィスはすぐさま側に駆け寄った。

「お疲れ様です。それで、結局どうなりました?」

「ええ、ばっちりです。全部、私たちの計画通りですよ」

「私も、まさかこんなにうまくいくなんて思わなかったわ。グリゼルダが惚れっぽいお陰で成功したようなものね」

 トラヴィスとスチュアートとドナの三人は、一先ず自分たちの計画が成功したことに安堵しほっと胸をなでおろした。そして、全員で顔を見合わせて喜びを分かち合う。
 というのも、三人は各々グリゼルダに恨みがあったのだ。
 ひょんなことから知り合い通じ合った三人は、積年の恨みを晴らすべくグリゼルダを狂人に仕立て上げ、閉鎖病棟に強制入院させることに成功したのである。

 もちろん、自分たちだけで復讐を成し遂げたわけではない。
 グリゼルダが以前から狂っていたということを証言してもらうためにバーガンディ邸で働く使用人たちを。仮面舞踏会が行われたパーティー会場に潜入するために警備員を。そして、グリゼルダに嘘の診断をしてもらうために彼女が入院することになった病院の院長まで買収した。彼らは皆、頼もしい協力者だ。
 少々汚い手を使ってしまったかもしれないが、背に腹は代えられない。
 複数人で結託し、「トラヴィスはお前の妄想だ。おかしいのはお前のほうだ」と思わせることで、グリゼルダを精神的に追い込んだのだ。

「スチュアートさん……あなたには本当に助けられました。お陰で母と生まれてくるはずだった兄弟の仇を討つことができました。あなたが復讐の機会を与えてくださらなかったら、今、俺はここにいなかったと思います。お恥ずかしい話ですが、一時期は自死すら考えていたほど燻っていたので……」

 トラヴィスはスチュアートに礼を言うと、深々と頭を下げた。そう、実はトラヴィスはカーラの息子なのだ。
 十五年前のあの日──首を吊っている母の隣で泣いていた幼いトラヴィスを抱きしめてくれたのは、他でもないスチュアートだった。
 そして、孤児院に引き取られる際、わざわざ会いに来て「私は、君の母親を死に追い込んだ犯人を知っている。私も、カーラのことは実の娘のように可愛がっていたから本当に悔しいよ。だから、いつか仇を討とう」と言ってくれたのだ。
 当時、トラヴィスはその言葉の意味が理解できなかった。けれど、成長するにつれてやがて自分の母親を自死に追い込んだ犯人がグリゼルダであることを知った。

 スチュアートが言うには、なんでもグリゼルダが母カーラを階段から突き落とすところを偶然目撃していたメイドがいたらしい。
 そのメイドの様子がずっとおかしかったので、相談に乗ったところ、秘密を打ち明けられたのだという。
 結局、そのメイドはグリゼルダにいつか自分が目撃していたことがばれるのではないかと気が気でなかったらしく、すぐに退職して邸を去ってしまったそうだ。

「私も、声をかけていただき本当に感謝していますわ。スチュアート様。二十二年前──私は愛する婚約者をグリゼルダに寝取られた。彼女にとってはほんの火遊びのつもりだったのかもしれないけれど、お陰でその後の私の人生はもう滅茶苦茶よ。婚約者とは喧嘩別れしてしまったし、挙句の果てに好きでもない歳の離れた貴族のおっさんに嫁がされるし……これで、グリゼルダを恨むなっていうほうが無理だわ」

 過去を思い出して辛いのか、ドナは苦悶の表情の浮かべた。
 彼女も、相当苦労してきたのだろう。同じようにグリゼルダに人生を狂わされた人間として、トラヴィスは痛いほどドナの気持ちがわかった。

「──これで、漸く私もあの女のお守りから解放されますよ」

「でも、執事は続けるんでしょう?」

「ええ、まあ。一応、そういうことになりますね。というわけで……今後とも、よろしくお願いしますね。トラヴィス様。ああ、やはりシルヴァン様とお呼びしたほうがよろしいでしょうか?」

 シルヴァンというのは、孤児院のシスターが付けてくれた名前だ。
 トラヴィスは母親が目の前で首を吊ったショックで一時的に記憶を失くし、自分の名前すら忘れてしまっていたのだ。
 そのため、公にはシルヴァンと名乗っているが、グリゼルダやスチュアートやドナには普段は滅多に名乗らない本名のほうを教えていた。

「こちらこそ、よろしくお願いします。ああ、いや……プライベートでは、今まで通りトラヴィスと呼んでいただいて構いませんよ」

「え、何? 一体どういうことよ……?」

 ドナは二人で勝手に話を進めるトラヴィスとスチュアートの間に割り込むと、説明を求めた。

「実は、トラヴィス様は孤児院に入って間もなくしてグレン子爵家に養子として引き取られたんですよ。グレン家は、偶然にもバーガンディ伯爵家の親戚に当たる家だったんです。バーガンディ家とグレン家は半絶縁状態でしたから、グリゼルダはトラヴィス様がグレン家の養子であるということは知らなかったようですが。……まあ、知られていたらそもそも計画が台無しになっていたんですけれどね」

「そ、そうだったのね……! あら? ということは、つまり……トラヴィスは……」

 何かを悟った様子のドナに、スチュアートは拍手を送る。

「流石、ドナ様。察しがいいですね。グリゼルダが閉鎖病棟に入院することになったので、今、バーガンディ伯爵家の当主は空席状態なのです。彼女には子供がいませんから、必然的に親戚の男子が爵位を継ぐことになるでしょう。──つまり、バーガンディ伯爵家の新しい当主はトラヴィス様に決まったようなものなのですよ。トラヴィス様には義兄が一人いますが、当然ながら彼は自分の家を継ぐことになっていますし」

 スチュアートの話に、ドナは相槌を打ちながら興味深そうに聞き入っている。
 実は、トラヴィスがグレン子爵の養子になったのには理由がある。
 グレン子爵家の長男は、幼少期から難病を患っており健康面に問題があった。
 とはいえ、次男がいたため跡継ぎに関してはそこまで心配していなかった。しかし、不運にもその次男は不慮の事故に遭い急死してしまう。

 跡継ぎ問題で頭を悩ませていたグレン子爵は、過去に愛人だったメイドとの間に出来た子供を捜し始めた。
 その愛人というのが、トラヴィスの母カーラの行方不明の双子の妹だ。つまり、トラヴィスにとっては叔母に当たる人なのだが、その叔母の行方を追っていたところ何故か双子の片割れであるカーラのほうにたどり着いたらしい。
 その結果、年齢的にも一致しているということでトラヴィスが息子だと勘違いされてしまったのだ。
 メイドを愛人にしていたことを本妻に知られたくなかったグレン子爵は、トラヴィスを養子ということにして引き取ったのだとか。

 結局その後、いい薬が開発されて義兄の病気は奇跡的に全快した。
 だから、バーガンディ家の新しい当主はトラヴィスに決定したも同然なのだ。

「そういえば、グリゼルダが鎮静剤を打たれる前に妙なことを叫んでいましたよ」

「妙なこと……? というか、鎮静剤を打たなければいけないほど暴れていたんですね……」

 トラヴィスはその光景を想像しつつも、苦笑した。同時に、その場にいなくて良かったと心底安堵した。

「ああ、そうそう。そういえば、聞き慣れない言葉をずっと叫んでいたわよね。えーと、何だったかしら……確か、『私は小説のヒロインなのに』とか『なんで、ヒロインの私がバッドエンドを迎えないといけないのよ』とか『こんなことになるなら、転生なんかしたくなかった』とか……とにかく、意味不明なことばかり言っていたわね」

「はぁ? なんですか、それは……」

 トラヴィスの頭の中で疑問符が乱舞する。

(もしかしたら、グリゼルダは本当に狂ってしまったのかもしれないな)

 そう思いつつ。トラヴィスは、復讐を成し遂げた達成感の余韻に浸った。
 ふと天を仰ぐと、雲ひとつない青空が広がっていた。それは、まるで胸のつかえが取れたトラヴィス自身の晴れやかな心を表しているようだった。
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