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20.国境の川を目指して
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「日が暮れる前に、ローゼ川まで急ぐぞ!」
「ええ!」
ハンスに手を強く引かれ、二人で夕陽に染まった街を全速力で駆け抜ける。
出発を早めたのは良いものの、この時間から国境の川を越えるのは危険だ。
だから、一先ずローゼ川の河岸にある空き家で一夜を明かすことにした。
「ねえ、ハンスさん。誰も追ってきてないわよね?」
「極力、見回りの憲兵が少ないルートを選んだからな。きっと、大丈夫だ」
そんな会話をしながら、私達は広い通りに出た。
「待て、アメリア」
不意に、ハンスが立ち止まった。
何かと思い振り返ると、彼は通りを挟んで向こう側にあるパン屋の看板を見ている。
「ハンスさん……?」
「アメリア。お前、食料持ってきたか?」
「あっ……」
ハンスに尋ねられ、ふと何も食料を持ってきていないことに気づく。
「今夜と明日の朝の分だけでも、パンを買っておくか」
「で、でも……寄り道なんてして大丈夫かしら? もし、追っ手が来たら……」
「大丈夫。買ったら、すぐ戻ってくるさ。だから、お前はここで待ってろ」
「だったら、私も一緒に……」
「いや、パン屋の店員に顔を見られる方が厄介だろ。後日、近衛騎士団の連中や憲兵達がここら辺にも聞き込みに来るかも知れないしな……。とりあえず、行ってくるから物陰にでも隠れて待っていてくれ」
ハンスはそう言い残すと、馬車が行き交う通りを横断して足早にパン屋に入っていった。
途端に心細くなった私は、警戒しつつも周りを見渡す。
──追っ手は……いないわよね? 大丈夫よね?
そう自分に言い聞かせると、私は胸を撫で下ろす。
だが、その瞬間。前方から、ふと見覚えのある二人組が歩いてくるのが見えた。
──え?
「アメリア! こんな所にいたんだね! 心配したよ!」
「もう、アメリア! 今までどこに行っていたの!?」
ギュスターヴとアリーゼだ。何故、二人がこんな所に……?
「さあ、アメリア。邸に戻ろう」
「あなたが家出をするだなんて……一体、何があったの? とにかく、理由を聞かせてちょうだい」
二人は私の手を取ると、邸に戻るよう促した。
本当に、この二人は何も知らないの……?
──いいえ、そんなはずはない。彼らは全てを知っている。きっと、邸に連れ戻すと見せかけて私を憲兵に引き渡すつもりなんだわ。
恐らく、前世の両親からギュスターヴ達にも話は行っているはず。
ここで鉢合わせしたのは、ただの偶然だろうけれど……。
「離して! 誰があんな家に戻るものですか!」
そう言い放つと、私はギュスターヴの手を振り払う。
「なっ……ア、アメリア……?」
「あなた達の本性はもう分かってるのよ! この人殺し! 前世で何の落ち度もない私を殺して結婚した挙げ句、自分達の面目を保つために窃盗の濡れ衣まで着せていたなんて! ……絶対に許せないわ!」
「……!?」
私が怒号を上げると、ギュスターヴは押し黙った。
「災いをもたらす魔女だから、転生する度に殺す? 冗談じゃないわ! ガートルードが……私が、あなた達に一体何をしたと言うの!? ただ、人と違う力を持っているというだけで処刑して! 異常なのは、むしろあなた達の方よ! あなた達が転生したガートルードを殺そうとしなければ、『呪い』は止まるかもしれないじゃない! ねえ、そうは思わないの!?」
「アメリア──いや、マージョリー……君、全部分かって──」
言いかけて、ギュスターヴは口を噤んだ。
それに対して、私は首を横に振ってみせる。
「いいえ。正確に言うと、今の私にはガートルードだった頃の記憶はないわ。何故か、前世の記憶だけは蘇ったけれど。でも、私がガートルードであることは紛れもない事実なんでしょう? ……その証拠に、私は成長するにつれてどんどんガートルードの顔に近づいていってるものね」
「──ふふふっ……そっか。あなた、とっくに前世の記憶が蘇っていたのね」
私の話を聞き終えるなり、俯いていたアリーゼが顔を上げ口を開いた。
「それなら、もっと早く殺しておけば良かった」
「……!」
思わず、戦慄した。冷ややかにそう言い放ったアリーゼの目は、真っ直ぐと私を見据えている。
「『マージョリーに似ているのは、ただの偶然だ。お腹を痛めて産んだ可愛い娘を疑うなんてどうかしてる』って……そう自分に言い聞かせながら、ここまであなたを育ててきたけれど……情に流された私が馬鹿だったわ。どうして、もっと早く決断しなかったのかしら」
「ま、待て! アリーゼ! 君が手を汚す必要はないよ! 一先ず、彼女を拘束しよう。その後、すぐに憲兵に引き渡したほうが──」
「あなたは黙っていて!!」
物凄い剣幕でそう返すと、アリーゼは制止するギュスターヴの手を払った。
「……殺さないと。マージョリーを殺さないと……」
「来ないで! 私は、あなた達が恐れている力を──魔力を持っている魔女なのよ? これ以上、近づいたら……」
私は、殺意を剥き出しにしながら距離を詰めてくるアリーゼを牽制する。
けれど、彼女は物怖じせずに反論した。
「ええ、確かにあなたの力は怖いわ。でも……今のあなたは、まだ魔力が発現していないわよね? もし、覚醒していたらとっくに私達を攻撃しているはずだもの」
「……っ」
図星を突かれ、押し黙る。
確かに、今の私は追っ手を返り討ちにできるような力は持っていない。
でも、それならそれでこちらにも考えがある。
そう考えた私は、アリーゼに捕まるよりも早く駆け出した。
「待ちなさい! 絶対に逃さないわよ!」
走りながらも後ろを振り返ってみれば、鬼のような形相のアリーゼが追いかけてきていた。
──ここでギュスターヴとアリーゼに捕まるわけにはいかない。そう、あの場所に連れ込むまでは……!
私には、ある良案があった。
正直言って、絶対に成功するという保証はない。でも、今はその方法に縋るしかないのだ。
そんなことを思いながら、私は『時計塔』に二人を誘導した。
「ええ!」
ハンスに手を強く引かれ、二人で夕陽に染まった街を全速力で駆け抜ける。
出発を早めたのは良いものの、この時間から国境の川を越えるのは危険だ。
だから、一先ずローゼ川の河岸にある空き家で一夜を明かすことにした。
「ねえ、ハンスさん。誰も追ってきてないわよね?」
「極力、見回りの憲兵が少ないルートを選んだからな。きっと、大丈夫だ」
そんな会話をしながら、私達は広い通りに出た。
「待て、アメリア」
不意に、ハンスが立ち止まった。
何かと思い振り返ると、彼は通りを挟んで向こう側にあるパン屋の看板を見ている。
「ハンスさん……?」
「アメリア。お前、食料持ってきたか?」
「あっ……」
ハンスに尋ねられ、ふと何も食料を持ってきていないことに気づく。
「今夜と明日の朝の分だけでも、パンを買っておくか」
「で、でも……寄り道なんてして大丈夫かしら? もし、追っ手が来たら……」
「大丈夫。買ったら、すぐ戻ってくるさ。だから、お前はここで待ってろ」
「だったら、私も一緒に……」
「いや、パン屋の店員に顔を見られる方が厄介だろ。後日、近衛騎士団の連中や憲兵達がここら辺にも聞き込みに来るかも知れないしな……。とりあえず、行ってくるから物陰にでも隠れて待っていてくれ」
ハンスはそう言い残すと、馬車が行き交う通りを横断して足早にパン屋に入っていった。
途端に心細くなった私は、警戒しつつも周りを見渡す。
──追っ手は……いないわよね? 大丈夫よね?
そう自分に言い聞かせると、私は胸を撫で下ろす。
だが、その瞬間。前方から、ふと見覚えのある二人組が歩いてくるのが見えた。
──え?
「アメリア! こんな所にいたんだね! 心配したよ!」
「もう、アメリア! 今までどこに行っていたの!?」
ギュスターヴとアリーゼだ。何故、二人がこんな所に……?
「さあ、アメリア。邸に戻ろう」
「あなたが家出をするだなんて……一体、何があったの? とにかく、理由を聞かせてちょうだい」
二人は私の手を取ると、邸に戻るよう促した。
本当に、この二人は何も知らないの……?
──いいえ、そんなはずはない。彼らは全てを知っている。きっと、邸に連れ戻すと見せかけて私を憲兵に引き渡すつもりなんだわ。
恐らく、前世の両親からギュスターヴ達にも話は行っているはず。
ここで鉢合わせしたのは、ただの偶然だろうけれど……。
「離して! 誰があんな家に戻るものですか!」
そう言い放つと、私はギュスターヴの手を振り払う。
「なっ……ア、アメリア……?」
「あなた達の本性はもう分かってるのよ! この人殺し! 前世で何の落ち度もない私を殺して結婚した挙げ句、自分達の面目を保つために窃盗の濡れ衣まで着せていたなんて! ……絶対に許せないわ!」
「……!?」
私が怒号を上げると、ギュスターヴは押し黙った。
「災いをもたらす魔女だから、転生する度に殺す? 冗談じゃないわ! ガートルードが……私が、あなた達に一体何をしたと言うの!? ただ、人と違う力を持っているというだけで処刑して! 異常なのは、むしろあなた達の方よ! あなた達が転生したガートルードを殺そうとしなければ、『呪い』は止まるかもしれないじゃない! ねえ、そうは思わないの!?」
「アメリア──いや、マージョリー……君、全部分かって──」
言いかけて、ギュスターヴは口を噤んだ。
それに対して、私は首を横に振ってみせる。
「いいえ。正確に言うと、今の私にはガートルードだった頃の記憶はないわ。何故か、前世の記憶だけは蘇ったけれど。でも、私がガートルードであることは紛れもない事実なんでしょう? ……その証拠に、私は成長するにつれてどんどんガートルードの顔に近づいていってるものね」
「──ふふふっ……そっか。あなた、とっくに前世の記憶が蘇っていたのね」
私の話を聞き終えるなり、俯いていたアリーゼが顔を上げ口を開いた。
「それなら、もっと早く殺しておけば良かった」
「……!」
思わず、戦慄した。冷ややかにそう言い放ったアリーゼの目は、真っ直ぐと私を見据えている。
「『マージョリーに似ているのは、ただの偶然だ。お腹を痛めて産んだ可愛い娘を疑うなんてどうかしてる』って……そう自分に言い聞かせながら、ここまであなたを育ててきたけれど……情に流された私が馬鹿だったわ。どうして、もっと早く決断しなかったのかしら」
「ま、待て! アリーゼ! 君が手を汚す必要はないよ! 一先ず、彼女を拘束しよう。その後、すぐに憲兵に引き渡したほうが──」
「あなたは黙っていて!!」
物凄い剣幕でそう返すと、アリーゼは制止するギュスターヴの手を払った。
「……殺さないと。マージョリーを殺さないと……」
「来ないで! 私は、あなた達が恐れている力を──魔力を持っている魔女なのよ? これ以上、近づいたら……」
私は、殺意を剥き出しにしながら距離を詰めてくるアリーゼを牽制する。
けれど、彼女は物怖じせずに反論した。
「ええ、確かにあなたの力は怖いわ。でも……今のあなたは、まだ魔力が発現していないわよね? もし、覚醒していたらとっくに私達を攻撃しているはずだもの」
「……っ」
図星を突かれ、押し黙る。
確かに、今の私は追っ手を返り討ちにできるような力は持っていない。
でも、それならそれでこちらにも考えがある。
そう考えた私は、アリーゼに捕まるよりも早く駆け出した。
「待ちなさい! 絶対に逃さないわよ!」
走りながらも後ろを振り返ってみれば、鬼のような形相のアリーゼが追いかけてきていた。
──ここでギュスターヴとアリーゼに捕まるわけにはいかない。そう、あの場所に連れ込むまでは……!
私には、ある良案があった。
正直言って、絶対に成功するという保証はない。でも、今はその方法に縋るしかないのだ。
そんなことを思いながら、私は『時計塔』に二人を誘導した。
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