前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?

柚木崎 史乃

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11.披瀝

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 ──ハ、ハンスさん!?

 どうして、ここに彼が……?
 頭に複数の疑問符が浮かんだが、そう思っているのは私だけではなかったようだ。
 私の疑問を代弁するように、ギュスターヴが口を開く。

「君は……確か、アメリアの友人のレオ君の……」
「叔父のハンスだ」
「ああ、いや……名前は知っているよ。アメリアから噂はかねがね聞いているからね。でも、何故君がこんな所に……?」
「そりゃあ、決まってんだろ。そこのスロープを通ってきたんだよ」

 言って、ハンスは面倒くさそうにスロープの方を指差す。
 いや、恐らくギュスターヴはそういう意味で聞いたのではないと思うのだけれど……。
 心の中で突っ込みつつ、成り行きを見守る。

「と、とにかく……今は、うちの娘の大事な晴れ舞台の最中なんだ。話があるなら、後で聞くから──」
「おいおい、あんたの目は節穴か? さっきも言ったけど……あんたの娘、ここから下りるの相当嫌がってるじゃねーか」
「なっ……! そ、そうなのかい? アメリア」

 そう問われ、ゆっくりと頷く。

「ど、どうしてなんだ? ただ、階段を下りるだけなのに……」
「何か理由があるんだろ。……それこそ、親にも言えないような理由がな。あんた、実の父親だろ? 娘の異変にすら気づけないのか?」

 ハンスに諭されるようにそう言われると、ギュスターヴは苦虫を噛み潰したような顔になる。
 赤の他人にとやかく言われたくない、とでも言いたげな表情だ。

「……そうか、分かったよ。アメリアがそう言うなら、中断するしかないな」

 ギュスターヴは小さくため息をつくと、近くで待機していたピエロに私が大階段を下りる権利を放棄する旨を伝えにいった。

「──ええ。そういうわけで、娘は体調が優れないようなので。できれば、抽選会をやり直して他の子に権利を譲ってあげてほしいんです」
「そうですか。分かりました」

 そんなやり取りを終えると、ピエロは私の側まで歩み寄り視線を合わせてきた。

「残念だけど、具合が悪いなら仕方がないね。また、機会があったら参加してね」

 ピエロは、青白い顔をしているであろう私を慰め、優しく頭を撫でてくれた。


 ***


 正午過ぎ。
 結局、あの後はドレスを返却してすぐにギュスターヴと別れた。
 ギュスターヴは困惑していたけれど、「一人になりたい。夕飯までには帰るから」と告げて逃げるように走ってきてしまった。
 そして、今──

「……それで、なんであんなに大階段を下りるのを嫌がっていたんだ?」

 私の隣には、ハンスがいる。
 あのまま無理をして大階段を下りていたら、発狂していたかもしれない。
 だから、きちんと事情を説明しないといけないのに。何も言葉が出てこない。
 ハンスは、私を近くにあったベンチに座らせた。そこに腰を掛けた私は、そのまま俯いてしまう。

「ま、言いたくないなら仕方ねーか」
「……」

 ハンスは、それ以上追求してこなかった。
 そう言えば、以前レオと話していた時にも似たようなことがあったような……。
 やっぱり彼はレオの叔父なんだな、と思わされる。

「おーい、ハンス!」

 少し離れた所から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
 反射的に顔を上げると、前方にレオの姿が見えた。
 元々、今日は午後からは二人と落ち合って一緒にお祭りを楽しむ予定だった。
 けれど、こんな精神状態ではとてもじゃないけれどいつも通り振る舞えない。

「ったく……『アイスクリームを買ってくる』って言ったきり戻ってこないから、探したんだぜ? ってか、なんでアメリアまで一緒にいるんだよ……? 待ち合わせ場所はここじゃなかったはずだろ?」
「悪いな。ちょっとばかり、事情が変わったんだよ」
「はぁ……?」

 レオは、腑に落ちない様子で小首をかしげた。

 ──信じてもらえるかどうか分からない。でも、このまま黙っているわけにもいかないし……。

 意を決した私は、二人に秘密を打ち明けることにした。

「あの……あのね。もしかしたら、信じてもらえないかもしれないのだけれど。二人に、話しておきたいことがあるの」
「おいおい、なんだよ? 急に改まっちゃって……」

 レオは、茶化すように私の顔を覗き込んだ。
 そんな彼を制するように、ハンスが私の隣に座る。

「なんだ? 言ってみろ」
「実は、私──」

 私は、二人に今までの経緯を説明する。
 前世で自分が殺された時のこと。自分を殺した犯人が今世の自分の父親であること。復讐を企てていること。
 全て、包み隠さず打ち明けた。もう、どう思われても構わない。
 ……そう、一人で抱えるにはあまりにも荷が重すぎたのだ。

「う、嘘だろ……?」

 話を聞き終えるなり、レオは目を瞬かせた。
 ハンスに至っては、瞬きもせずその場で固まっている。
 どうして、ハンスは何も言わないのだろう。もしかしたら、嘘つきだと思われているのかしら……?

 ──嫌われたら、どうしよう……。

 ふと、そんな不安が脳裏をよぎる。
 もし二人に嫌われてしまったら、私はまた一人ぼっちになってしまう。
 けれど、その心配はハンスが私の頭の上に乗せた手によって払拭された。

「そうか……。今まで、よく一人で耐えたな」

 信じられないことに、ハンスは私の頭を撫でていた。
 大きくてゴツゴツした手で荒っぽく頭をわしゃわしゃと撫でられ、一瞬にして髪が乱れてしまう。
 でも……その手は、今まで自分の頭を撫でてくれた大人の中で誰よりも安心できた。

「ハンスさん……? 私の話、信じてくれるの……?」
「お前が嘘をつけるような器用なガキじゃねぇってことは、よく分かってるからな」
「ハンスさん……!」
「俺も信じるよ」
「レオも……ありがとう!」

 最初は少し戸惑ったみたいだけれど、二人とも信じてくれたらしい。

「でも、そっか。だから、あんなに自分の父親のことを嫌ってたんだな」
「ええ。表面上は、仲良くしているけれどね」

 ほっと胸を撫で下ろしながらも、レオにそう返す。

「ところで、アメリア。その……お前が婚約者に殺された場所というのは、城下町のどの辺りなんだ?」
「『スピーリトゥス』っていう酒場がある路地裏よ。その路地裏を少し進んだ先に、長い階段があるの。ある日、その階段の上から景色を眺めていたら、突然背後から突き落とされて……」
「スピーリトゥスだって?」
「そうだけど、どうしたの?」
「ああ、いや……実は昔、その店の常連だったんだよ」

 私が尋ね返すと、ハンスは歯切れの悪い返事をした。

「そうだったのね。当時、あの路地裏をよく通っていたなら、ひょっとしたらハンスさんともすれ違ったことがあるかもしれないわね」
「あ、ああ……そうだな」

 ハンスは口ごもる。明らかに様子がおかしい。

「ところで、お前の前世の名前は……?」
「マージョリー・フローレス。フローレス子爵家の長女だったの。爵位は年の離れた弟がいずれ継ぐ予定だったから、私が死んでもその辺のことは影響が出ていないはずだけど……今頃、みんなどうしているのかしら?」

 前世の家族に思いを馳せていると、ハンスは驚いたように目を見開く。

「フローレスだって?」
「……? え、ええ。そうよ。それが、前世の私の名前」
「お前の前世の父親の名前は、もしかしてトマか?」
「え? ええ……トマ・フローレスは、確かに前世の私の父の名前だけど……」
「なるほど……そうだったのか。じゃあ、やっぱり俺の知ってるトマと同一人物だな。」

 腑に落ちた様子で、ハンスがそう語る。
 ハンス曰く、父は裏路地の寂れた酒場『スピーリトゥス』の常連だったそうだ。
 私の事件が起こる以前から、ハンスは彼と度々顔を合わせていたらしい。
 当時、まだ二十歳で大学生だったハンスは父に気に入られていたそうだ。いわゆる、飲み仲間というやつだろう。
 父は、私が死んでからも度々スピーリトゥスに顔を出していたみたいだ。

「そう言えば……当時、お父様は私の死について言及していたの?」

 純粋に気になったので、尋ねてみた。

「ああ。お前のことも当然話題に出たよ。でも、そんなに落ち込んでいるようには見えなかったんだよな。まあ、空元気だったんだと思うが……」
「え……?」

 ──あれだけ私のことを可愛がってくれていたお父様が……?

 疑心がつのる。ハンスが嘘をつくような人間ではないことは分かっている。けれど、単純に信じられなかったのだ。
 ハンスの言う通り、ただ皆の前では明るく振る舞っていただけなのかもしれない。
 でも……普通は、大切にしていた娘が不慮の事故で死んだら、しばらくの間は酒場に行く気力すらなくなってもおかしくない。

「あと、同時期にやたら気になることも言っていたんだよな。『これで、やっと肩の荷が下りた』とかなんとか……」
「どういうこと……?」

 そう返した直後、ふと嫌な考えが頭をよぎる。
 もしかして、お父様は私の死を望んでいたの……?
 自分の娘が死んで安堵していたとも取れるその言葉に、私の心は酷くざわついていた。

「もしかして、お父様は私が死んでほっとしていたのかしら……」
「んなわけねーだろ」

 湧き起こる疑念に押しつぶされそうになっている私に向かって、ハンスが叱咤する。

「子供が死んで喜ぶ親なんて、そういねぇよ。どんなに仲が悪かったとしてもな。たとえ仲が悪くても、自分より先に死なれたら多少は悲しむだろうよ」
「…………」

 押し黙ってしまう。
 そうね。きっと、ハンスの言う通りだわ。
 私は、何でもすぐ悪い方向に考える癖がある。まず、そこを直さないと……。

「なんか、辛気臭くなっちまったな。そうだ、アメリア。面白いものを見せてやるよ。レオには、さっき見せたんだけどな」
「面白いもの……?」

 どうやら、この場の重い空気を変えようとしてくれたらしい。
 ハンスはおもむろにベンチから立ち上がると、「行くぞ」と言って私に手を差し伸べた。
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