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第2話
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「……っ、はぁ……はぁ……」
(こ……これって……やっぱり、本当にあったことなのかな……)
不安に駆られた朱莉は、ネットで過去の事件を調べてみることにした。
もしあの夢が事実なら、昭和三十年代にこの部屋で女性が殺害された事件があったはずだ。
しかし、いくら調べてもそれらしき情報は見つからない。
(昭和の事件だし、ネットだとやっぱり有名な事件しか載ってないか……)
そう思った朱莉は、図書館に出向いて古い新聞を片っ端から調べてみることにした。
もしかしたら、当時の事件が新聞に掲載されていたかもしれないからだ。
しかし、残念ながら空振りに終わった。ただ──関係ないとは思うが、弥恵が殺されたのと同時期に連続殺人事件が起こっていたという記事を見つけた。
これに関しては、大きな事件なのでネットに詳細が載っていた。
当時、容疑者とされていた人物は後に裁判で無罪を勝ち取り釈放されている。
(こうなったら、大家さんに直接聞いてみるしかないか……)
そう思いつつ、朱莉は重い足取りで帰路につく。
帰宅すると、五浦がちょうどアパートの前で掃除をしているところだった。
朱莉は、意を決して話しかけてみることにする。
「こんにちは」
「あら、こんにちは」
「あの……実は、ちょっと聞きたいことがあって……」
朱莉がそう言うと、五浦は首を傾げた。
「何かしら?」
「その、205号室のことなんですけど……あの部屋って、もしかして事故物件だったりするんですか?」
朱莉がそう尋ねると、五浦は驚いたような顔をした。
「まさか。そんなわけないでしょう?」
「あの……でも! 私、あの部屋を借りてから変な夢を見るようになったんです! その夢には、いつも弥恵という女の子が出てくるんですけど……その子が、205号室でストーカーに殺されてしまうんです!」
夢の内容を説明すると、五浦はますます怪訝そうに朱莉の顔を覗き込んできた。
「あなた……それ、本気で言ってるの?」
「……あ、ええと……」
朱莉は言葉に詰まってしまう。
「ご、ごめんなさい……よく考えたら、そんなことあるわけないですよね。忘れてください」
そう言いながら、朱莉は目を伏せる。
ふと、視界の端に彼岸花が咲いているのが見えた。
「ここって、彼岸花が咲いているんですね。今まで気づきませんでした」
朱莉がそう言うと、五浦はにこにこしながら答えた。
「ええ、そうなのよ。いつの間にか咲いていたの。綺麗でしょう?」
「はい、とても」
「うちの亭主も、生前は花が好きな人だったのよ。だから、この花を気に入っていてね。……彼岸花って、なんだか不思議な魅力があるわよね」
「そうだったんですね。……ご主人、亡くされていたんですね」
「ええ、もう五年になるかしら」
「すみません、変なことを聞いてしまって……」
朱莉が謝ると、五浦は首を横に振った。
「いいのよ。気にしないでちょうだい」
五浦は、少し寂しげな笑みを浮かべてそう言った。
「……と、すみません。私、そろそろ部屋に戻りますね。これから、レポートをやらないといけないので」
「あら、そうなのね。頑張ってね」
五浦は優しく微笑みながら手を振る。朱莉は会釈をすると、部屋に戻ったのだった。
それからというもの、朱莉は毎晩弥恵が殺される夢を見るようになった。助けることも叶わず、弥恵が殺されるのをただじっと見ていることしかできないのだ。
そんな夢ばかり見ているせいか、朱莉は精神的に疲弊していった。
ちょうど同じ頃、朱莉は不気味な老人に付き纏われるようになった。
なぜか、アパートの周辺でその老人によく遭遇するのだ。そんな生活が、もうひと月以上も続いているのである。
ふと、朱莉の脳裏にある考えがよぎった。
(もしかしたら、あの老人の正体は弥恵を殺したストーカーなのかもしれない……)
朱莉は、以前からSNSで夢の内容を呟いていた。
仮に、あの男が投稿を見つけたとしたら──口封じに朱莉を殺そうとしたとしても何らおかしくない。
今は高齢者でもSNSを利用している人はいるし、可能性としては十分に考えられる。
数日後。
朱莉の元に、フォロワーから画像付きのDMが送られてきた。
『あなたの夢に出てくる弥恵という少女は、この漫画家のことかもしれない』
画像は、昭和三十年代に出版されたあるホラー漫画だった。
現在は絶版しているが、当時は大人気だったらしい。
その漫画の作者のペンネームは、『あまのやえ』。フォロワー曰く、弥恵の本名と同じだったから気になって朱莉にDMを送ったとのことだった。
「確かに、夢で見た弥恵の漫画と絵柄が同じだ……」
朱莉は絶句した。
あまのやえについて調べてみたところ、彼女はまだ存命だということがわかった。
もし、この作者が弥恵本人なのだとしたら──あの時、彼女はストーカーに殺されていなかったということになる。
(一体、どういうこと……?)
朱莉は、そんなことを考えつつもその日の講義が全て終わったので帰路につく。
アパートの階段を上がると、ふと205号室の前に誰かが立っていることに気づいた。
(あの老人だ……!)
それに気づくなり、朱莉は一目散にその場から逃げ出した。
そして、無我夢中で五浦の家へと駆け込み助けを求めた。
事情を察した五浦は、朱莉を匿ってくれた。
「あのお爺さんは、きっと私を殺そうとしているんです! 私が、弥恵を殺す犯行現場を夢で見たばかりに……」
「落ち着いて、君嶋さん。夢って……もしかして、この間言っていた夢のこと?」
「はい……」
朱莉が今にも消え入りそうな声でそう返すと、五浦は何かを決心したかのように口を開いた。
「──これは、私の友達の話なんだけどね」
そう言って、五浦は自身の友人のことを語り始める。
彼女曰く、その友人は過去にロマン荘の205号室に住んでいたことがあるらしい。
人懐こく天真爛漫な彼女は、アルバイト先の喫茶店でも人気者だったそうだ。
しかし、それが災いしたのかそのうちストーカー被害に遭うようになってしまった。
「あなたが見た夢は、事実よ。ただ、結末は違うけれど……」
「どういうことですか?」
「……弥恵は、殺されてなんかいない。揉み合いになった末、包丁で男を刺したの。正当防衛だったわ」
朱莉は思わず言葉を失ってしまう。
「そ……そんなことが……」
「その後、弥恵は晴れて漫画家としてデビューしたわ。彼女が描く漫画の殺人シーンは、リアリティがあって評判が良くてね。次々とヒット作を生み出していったわ」
「……なんだか、皮肉ですね。殺人描写にリアリティがあるなんて。やっぱり、正当防衛とはいえ人を殺したことがあるからなんでしょうか?」
「いいえ、違うわ」
五浦は首を横に振る。
「え? じゃあ、なんで……?」
朱莉が恐る恐る尋ねると、五浦はあっけらかんとした様子で答える。
「その後も、殺人を繰り返していたからよ。正当防衛とはいえ人を殺めて以来、弥恵はすっかり殺人の虜になってしまった。より一層、リアルな殺人描写を追求するようになったのよ。そして──人を殺しては、死体をアパートの敷地内に埋めていたわ」
「なっ……」
朱莉は思わず後ずさる。その瞬間、背中が棚にぶつかり何かがひらりと落ちてきた。
どうやら、封筒のようだ。宛名に目をやると──そこには、『五浦弥恵』と書いてあった。
「……!?」
「彼女は、とっくの昔に漫画家を引退しているのだけれどね……つい最近、また漫画を描きたくなったらしくて。──でも、ほら。そのためには、やっぱりリアリティのある描写を追求しないといけないでしょ?」
そう言うと、五浦は隠し持っていた包丁を振りかぶった。
数週間後。
ロマン荘の205号室に入居していた女子大生が行方不明になり、家族から捜索願が出された。
その後、女子大生がいなくなったのと同時期にアパートの周辺をうろついていた怪しい男が失踪事件の容疑者として浮上したが、家族の話によると当人は重度の認知症で度々近所を徘徊していたらしい。
事件との関連性はないと判断されたため、男はすぐに釈放された。
──女子大生の行方は、未だ不明のままである。
(こ……これって……やっぱり、本当にあったことなのかな……)
不安に駆られた朱莉は、ネットで過去の事件を調べてみることにした。
もしあの夢が事実なら、昭和三十年代にこの部屋で女性が殺害された事件があったはずだ。
しかし、いくら調べてもそれらしき情報は見つからない。
(昭和の事件だし、ネットだとやっぱり有名な事件しか載ってないか……)
そう思った朱莉は、図書館に出向いて古い新聞を片っ端から調べてみることにした。
もしかしたら、当時の事件が新聞に掲載されていたかもしれないからだ。
しかし、残念ながら空振りに終わった。ただ──関係ないとは思うが、弥恵が殺されたのと同時期に連続殺人事件が起こっていたという記事を見つけた。
これに関しては、大きな事件なのでネットに詳細が載っていた。
当時、容疑者とされていた人物は後に裁判で無罪を勝ち取り釈放されている。
(こうなったら、大家さんに直接聞いてみるしかないか……)
そう思いつつ、朱莉は重い足取りで帰路につく。
帰宅すると、五浦がちょうどアパートの前で掃除をしているところだった。
朱莉は、意を決して話しかけてみることにする。
「こんにちは」
「あら、こんにちは」
「あの……実は、ちょっと聞きたいことがあって……」
朱莉がそう言うと、五浦は首を傾げた。
「何かしら?」
「その、205号室のことなんですけど……あの部屋って、もしかして事故物件だったりするんですか?」
朱莉がそう尋ねると、五浦は驚いたような顔をした。
「まさか。そんなわけないでしょう?」
「あの……でも! 私、あの部屋を借りてから変な夢を見るようになったんです! その夢には、いつも弥恵という女の子が出てくるんですけど……その子が、205号室でストーカーに殺されてしまうんです!」
夢の内容を説明すると、五浦はますます怪訝そうに朱莉の顔を覗き込んできた。
「あなた……それ、本気で言ってるの?」
「……あ、ええと……」
朱莉は言葉に詰まってしまう。
「ご、ごめんなさい……よく考えたら、そんなことあるわけないですよね。忘れてください」
そう言いながら、朱莉は目を伏せる。
ふと、視界の端に彼岸花が咲いているのが見えた。
「ここって、彼岸花が咲いているんですね。今まで気づきませんでした」
朱莉がそう言うと、五浦はにこにこしながら答えた。
「ええ、そうなのよ。いつの間にか咲いていたの。綺麗でしょう?」
「はい、とても」
「うちの亭主も、生前は花が好きな人だったのよ。だから、この花を気に入っていてね。……彼岸花って、なんだか不思議な魅力があるわよね」
「そうだったんですね。……ご主人、亡くされていたんですね」
「ええ、もう五年になるかしら」
「すみません、変なことを聞いてしまって……」
朱莉が謝ると、五浦は首を横に振った。
「いいのよ。気にしないでちょうだい」
五浦は、少し寂しげな笑みを浮かべてそう言った。
「……と、すみません。私、そろそろ部屋に戻りますね。これから、レポートをやらないといけないので」
「あら、そうなのね。頑張ってね」
五浦は優しく微笑みながら手を振る。朱莉は会釈をすると、部屋に戻ったのだった。
それからというもの、朱莉は毎晩弥恵が殺される夢を見るようになった。助けることも叶わず、弥恵が殺されるのをただじっと見ていることしかできないのだ。
そんな夢ばかり見ているせいか、朱莉は精神的に疲弊していった。
ちょうど同じ頃、朱莉は不気味な老人に付き纏われるようになった。
なぜか、アパートの周辺でその老人によく遭遇するのだ。そんな生活が、もうひと月以上も続いているのである。
ふと、朱莉の脳裏にある考えがよぎった。
(もしかしたら、あの老人の正体は弥恵を殺したストーカーなのかもしれない……)
朱莉は、以前からSNSで夢の内容を呟いていた。
仮に、あの男が投稿を見つけたとしたら──口封じに朱莉を殺そうとしたとしても何らおかしくない。
今は高齢者でもSNSを利用している人はいるし、可能性としては十分に考えられる。
数日後。
朱莉の元に、フォロワーから画像付きのDMが送られてきた。
『あなたの夢に出てくる弥恵という少女は、この漫画家のことかもしれない』
画像は、昭和三十年代に出版されたあるホラー漫画だった。
現在は絶版しているが、当時は大人気だったらしい。
その漫画の作者のペンネームは、『あまのやえ』。フォロワー曰く、弥恵の本名と同じだったから気になって朱莉にDMを送ったとのことだった。
「確かに、夢で見た弥恵の漫画と絵柄が同じだ……」
朱莉は絶句した。
あまのやえについて調べてみたところ、彼女はまだ存命だということがわかった。
もし、この作者が弥恵本人なのだとしたら──あの時、彼女はストーカーに殺されていなかったということになる。
(一体、どういうこと……?)
朱莉は、そんなことを考えつつもその日の講義が全て終わったので帰路につく。
アパートの階段を上がると、ふと205号室の前に誰かが立っていることに気づいた。
(あの老人だ……!)
それに気づくなり、朱莉は一目散にその場から逃げ出した。
そして、無我夢中で五浦の家へと駆け込み助けを求めた。
事情を察した五浦は、朱莉を匿ってくれた。
「あのお爺さんは、きっと私を殺そうとしているんです! 私が、弥恵を殺す犯行現場を夢で見たばかりに……」
「落ち着いて、君嶋さん。夢って……もしかして、この間言っていた夢のこと?」
「はい……」
朱莉が今にも消え入りそうな声でそう返すと、五浦は何かを決心したかのように口を開いた。
「──これは、私の友達の話なんだけどね」
そう言って、五浦は自身の友人のことを語り始める。
彼女曰く、その友人は過去にロマン荘の205号室に住んでいたことがあるらしい。
人懐こく天真爛漫な彼女は、アルバイト先の喫茶店でも人気者だったそうだ。
しかし、それが災いしたのかそのうちストーカー被害に遭うようになってしまった。
「あなたが見た夢は、事実よ。ただ、結末は違うけれど……」
「どういうことですか?」
「……弥恵は、殺されてなんかいない。揉み合いになった末、包丁で男を刺したの。正当防衛だったわ」
朱莉は思わず言葉を失ってしまう。
「そ……そんなことが……」
「その後、弥恵は晴れて漫画家としてデビューしたわ。彼女が描く漫画の殺人シーンは、リアリティがあって評判が良くてね。次々とヒット作を生み出していったわ」
「……なんだか、皮肉ですね。殺人描写にリアリティがあるなんて。やっぱり、正当防衛とはいえ人を殺したことがあるからなんでしょうか?」
「いいえ、違うわ」
五浦は首を横に振る。
「え? じゃあ、なんで……?」
朱莉が恐る恐る尋ねると、五浦はあっけらかんとした様子で答える。
「その後も、殺人を繰り返していたからよ。正当防衛とはいえ人を殺めて以来、弥恵はすっかり殺人の虜になってしまった。より一層、リアルな殺人描写を追求するようになったのよ。そして──人を殺しては、死体をアパートの敷地内に埋めていたわ」
「なっ……」
朱莉は思わず後ずさる。その瞬間、背中が棚にぶつかり何かがひらりと落ちてきた。
どうやら、封筒のようだ。宛名に目をやると──そこには、『五浦弥恵』と書いてあった。
「……!?」
「彼女は、とっくの昔に漫画家を引退しているのだけれどね……つい最近、また漫画を描きたくなったらしくて。──でも、ほら。そのためには、やっぱりリアリティのある描写を追求しないといけないでしょ?」
そう言うと、五浦は隠し持っていた包丁を振りかぶった。
数週間後。
ロマン荘の205号室に入居していた女子大生が行方不明になり、家族から捜索願が出された。
その後、女子大生がいなくなったのと同時期にアパートの周辺をうろついていた怪しい男が失踪事件の容疑者として浮上したが、家族の話によると当人は重度の認知症で度々近所を徘徊していたらしい。
事件との関連性はないと判断されたため、男はすぐに釈放された。
──女子大生の行方は、未だ不明のままである。
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