子籠もり

柚木崎 史乃

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第3話

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「おい、静かにせんか。うるさいぞ」

「え……?」

 私は絶句する。そこにいたのは、祖母だった。

「ばあちゃん……?」

「ふん、起きておったのか」

 祖母はそう言って鼻を鳴らすと、私のすぐそばに座る。

「全く……騒ぐでない」

「え……?」

 状況が全く理解できない。
 もしかして、祖母が私を閉じ込めたのだろうか。

「ねえ、ばあちゃん。私、どうしてこんなところに閉じ込められているの?」

 私が恐る恐る尋ねると、祖母は言った。

「決まっておる。子を産むためじゃ」

 祖母の言葉を聞いて、私は思わず身構える。

「え……? どういうこと……?」

「どうやら、本当に覚えていないようじゃのう」

 祖母がため息をついた途端、突然強烈な頭痛が襲ってくる。

「うっ……」

 あまりの痛みに、私は頭を抱えた。同時に、ある光景がフラッシュバックする。
 そう、あれは十二歳の夏の出来事。
 私は、強引に祖母と村人たちに神社に連れていかれ、そこに閉じ込められた。
 ──それ以来、ずっと監禁されているのだ。

(あれ……? ということは、今までの私の人生は……?)

 そこまで考えて、ある仮説が脳裏をよぎる。

(今までの人生は、夢だった……?)

 だとしたら、筋が通る。あれは全部夢だったのだ。「こういう人生だったらいいな」という願望が、都合よく夢となって出てきたのだ。
 私を可愛がっていた祖父が監禁の事実を知ったら、警察に通報するに違いない。
 だから、きっと祖父には村ぐるみで結託して「お前の孫は死んだ」と嘘を教えたのだろう。

「全く……ようやく大人しくなったと思ったら、またギャーギャー騒ぐようになりおって」

 祖母の言葉に、私はあることを思い出す。

(ああ、そうだ……私の心は、壊れたんだっけ……)

 私は、ショックで心を閉ざしてしまったのだ。
 そして、そのまま数年が過ぎ──今に至るというわけである。
 なぜ、今になって正気を取り戻したのかはわからない。けれど、もしかしたら最後の抵抗なのかもしれない。

「ばあちゃん……お願いだから、ここから出して」

 私は震える声で懇願するが、祖母は首を横に振った。

「駄目じゃ」

「どうして……?」

 私が尋ねると、祖母は答えた。

「さっきも言ったが、お前には子を成してもらわねば困る」

「え……?」

「お前はこの村の神子じゃ。お前が子を産むことで、村は繁栄するんじゃよ」

「み、神子って……」

 その神子というのが、どういう基準で選ばれたのかについては不明だ。
 ただ、一つだけ確かなことがある。それは──どこにも逃げられないということだ。

「それなのに、お前はいつまで経っても子を身籠らない。困ったもんじゃ」

「……」

「さあ、今夜も始めるぞ」

「は、始めるって……一体何を……?」

 祖母が嬉々とした顔でそう言ったので、私は思わず後ずさる。
 そして、祖母は「おい」と言って合図をした。すると、襖が開いて村人たちがぞろぞろと現れた。

「な、なに……?」

 私は恐怖に震えながらも尋ねる。
 すると、彼らは答えた。

「決まっているだろう? 儀式だよ」

「儀式……?」

 私が聞き返すと、祖母は頷いた。

「そうじゃ。お前はこれから子籠もりのための儀式を行うのじゃ」

「そ、そんな……嫌! なんで私がそんなことを! というか、産むって……一体、誰の子を……?」

 私が叫ぶように言うと、祖母は無表情のまま答えた。

「──何を言っておる? 蛇神様の子に決まっているじゃろ」

「……!?」

 不意に、襖が開く音がした。
 思わず視線を向けると、村人たちが数人がかりでを抱えながら部屋に入ってくる。
 彼らが抱えていたのは──

「……っ!? 大……蛇……?」

 私は思わず息を呑む。
 ──そこには、巨大な蛇がいた。

「さあ、今宵も蛇神様の子を身籠るために子作りに励むのじゃ」

 祖母は、そう言いながら座敷牢の鍵を開ける。
 村人たちは、私に向かって手を伸ばした。

「ひっ……! い、嫌! 離して! 人間が蛇の子供を産むなんて、そんなの不可能に決まっているでしょ……! 何考えてるの!?」

 私は必死に抵抗するが、多勢に無勢だ。あっという間に取り押さえられてしまう。
 ふと、この村に伝わる蛇神の伝説を思い出す。確か、蛇神は神子として選ばれた女を孕ませ、最終的に生まれた子供は生贄として捧げられるのだ。
 その見返りとして、蛇神は村を守ってくれるのだという。
 但し──神子が子を成さない場合、村に厄災が降りかかると言われている。

(ああ、そうか……この村の人々は、本気でその言い伝えを信じているんだ……)

 そう悟った瞬間、私の中で何かが壊れた音がした。
 もう、何も考えたくない。そう思った瞬間、私は意識を手放したのだった。
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