この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃

文字の大きさ
上 下
42 / 58

42.会議

しおりを挟む
 一週間後。
 私たちは、食堂を会議室代わりにしてメルカ鉱山での調査結果をまとめた書類を広げていた。

「こちらが報告書になります」

 そう言って、オリバーがジェイドに書類を差し出す。
 報告書の内容は、主にオリバーとエマがメルカ鉱山に行って見てきたものに関する事柄──その諸々のようだ。
 一通り目を通したジェイドは、険しい表情を浮かべながら問いかけた。

「──つまり、鉱山のどこかから魔物が自然発生している可能性があると?」

「はい。まずはその確証が得られないと、鉱山の採掘許可を出すことは難しいかと」

 オリバーは申し訳なさそうにそう言った。
 もし本当にメルカ鉱山で魔物が自然発生しているのであれば、由々しき事態だ。一刻も早く対策を講じなければならない。
 ジェイドは静かに頷くと、「分かった」と答えた。

「それから、例の魔物についてですが……」

 オリバーはそう言って、ジェイドの前に古びた本を置く。

「これは……」

「先日、王都から送られてきた書物です。今から五百年前──今回の襲撃事件と同じように、メルカ鉱山で自然発生したと思しき魔物達が街を襲ったという記録が残っているんです」

 オリバーはそう言いながらページをめくる。そこには、今オリバーが言ったことと同様の文章が書かれていた。
 そして、驚いたのがその本に載っている挿絵である。なぜなら、その姿はあの時見た未知の魔物そのものだったからだ。

「人々は、その時現れた未知の魔物をヒュームと呼んでいたそうです」

「なるほど。五百年前、か……」

 ジェイドはそう呟くと、考え込むように腕を組んだ。
 そして、何かに気づいたようにハッと顔を上げる。

「待てよ……確か、同時期に獣化の病と似たような症例の患者がいたという記録が別の文献に残っていたな。オリバー、君も知っているだろう?」

「はい。時期的には、ヒュームによる襲撃があった直後のようですね」

 オリバーはそう言って頷く。
 そういえば、以前ジェイドがそんな話をしていた記憶がある。
 つまり、そのヒュームという魔物は獣化の病と何かしら関係があるということだろうか。

「もしかしたら、獣化の病と何か関連があるかもしれないな。……とにかく、この件に関してはもう少し詳しく調査する必要があるな。オリバー、エマ。君たちにはメルカ鉱山での調査を引き続き行ってもらいたい」

「承知致しました」

「お任せ下さい」

 オリバーとエマは、そう言って強く頷く。
 一先ず、ヒュームという魔物が獣化の病と何か関連性がありそうだということが分かっただけでも大きな進歩だ。
 このまま順調に調査が進めば、真相を突き止めることができるかもしれない。
 会議を終えた私たちは、それぞれの仕事に戻ることにした。
 私とエマは、いつも通り怪我人の治療を行うために街の診療所へと向かう。

「そういえば、院長先生の怪我の具合なんですが……大分、良くなってきているみたいです。完治はもう少し先になりそうですが、仕事に復帰できる日も近いかもしれません」

 道中、エマが嬉しそうにそう話す。
 私たちが手伝いをしている診療所の院長はヒュームの襲撃事件の際、重症を負ってしまった。
 そのため、王都の医療機関で専門的な治療を受けていたようだが、ようやく完治する目処が立ったらしい。

「それは良かったです。院長先生が戻ってくるまで、私たちで何とか頑張りましょう」

「ええ」

 私たちは、強く頷き合う。

「ここまで何とかやってこれたのは、コーデリア様のお陰です。本当にありがとうございます」

 エマはそう言って立ち止まると、深々とお辞儀をする。

「いえ……そんな、大げさですよ。私は、エマさんみたいに治癒魔法を使えません。だから、自分ができることをしただけです。それに……エマさんだって、いつも頑張っているじゃないですか」

 私がそう言うと、エマは「そんな……」と謙遜するように小さく手を振る。

「私なんてまだまだです……もっと頑張らないといけませんから」

 そう言って、エマは再び歩き始める。その横顔からは、強い決意のようなものが感じられた。

「あ、そうだ」

 私はそう呟くと、コートのポケットから指輪を取り出した。
 これは先日、クレイグの店で買った宝石を指輪にして加工したものだ。
 ──恐らく、エマはオリバーのことが好きなのだ。恋愛に疎いせいか、私はそのことに気づくのに時間が掛かってしまったが……。
 恋の後押しになるかどうかは分からないが、私はエマに指輪を手渡すことにした。

「エマさん、ちょっと手を出してくれませんか?」

「……?」

 エマは言葉の意図が分からないのか首を傾げつつも、言われた通り右手を前に出す。
 私は彼女の手のひらの上に指輪を一つ置いた。

「はい」

「これは……?」

「ええと……恋愛成就のお守りみたいなものです」

 上手い言葉が見つからず、随分とたどたどしい言い方になってしまった。

「これを私に?」

 エマは不思議そうに首を傾げる。

「はい。その、勘違いかもしれませんが、エマさんってオリバーさんのこと──」

 そこまで言いかけると、エマは「わー!」と慌てた様子で私の口を塞ぐ。
 そして、これ以上言うなと言わんばかりに首を横に振った。
 どうやら、図星だったようだ。私が頷くと、やっと手を離される。
 エマは少し顔を赤くしながら、私に向き直る。

「絶対、内緒ですからねっ! 誰にも言わないでくださいよ!?」

「も、勿論です……」

 私がこくこくと頷くと、エマは深い溜め息をつく。
 そして、蚊の鳴くような声で「……ありがとうございます」と呟いた。

「……そんなに分かりやすかったですか? 私」

 エマは俯きがちにそう言う。

「うーん……最初は気づかなかったんですが、よく考えたらそうかなと思ったんです」

「なるほど……」

 エマは落ち込み気味に項垂れてしまった。
 自分では上手く隠していたつもりだったのだろう。何だか、申し訳なくなってきた。

「でも、素敵じゃないですか。長年、同じ人を思い続けているなんて」

 私が思ったことを素直にそのまま伝えてみると、エマは顔を上げて小さく微笑んだ。

「……そうですかね?」

「はい。応援しますよ」

「コーデリア様……。あの……ありがとうございます。嬉しいです……本当に」

 エマはそう言って、再び微笑む。

「そういうコーデリア様こそ、ジェイド様と──」

 言いかけると、なぜかエマは口をつぐんだ。
 そして、何やら自己解決したような様子でぶつぶつと独り言を言い始める。

「あ……こういうことは周りがおせっかいを焼かずに、ちゃんとお互いに自覚してから当人同士で話し合った方がいいですよね。……うん、きっとそうだわ」

「……? 私とジェイド様がどうかしたんですか?」

「いえ、なんでもありません!」

 エマはそう言って、首を横に振った。

「とにかく、これはありがたくいただきますね。お守りとして大切にします」

 そう言って、エマは指輪を大事そうに握りしめた。
 私はその様子を見てほっと胸を撫で下ろす。どうやら、喜んでもらえたようだ。

「じゃあ、行きましょうか」

 私がそう言うと、エマは頷く。そして、私たちは再び歩き始めたのだった。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき@バカふり200万部突破
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!

よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。

処理中です...