この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃

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39.治癒石

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 数日後。
 クレイグが見繕った宝石を届けてくれたので、私は早速宝石の加工作業に取り掛かった。

(エマさんの魔力の波長は覚えたから、理論上はこの加工で大丈夫なはず……)

 そう考えつつ私は一晩中、作業に没頭した。
 なんとか一晩で作業を終えた私は、エマに事情を説明して治癒魔法を複数回分宝石に込めてもらった。
 私は、この石を「治癒石ちゆいし」と名付けることにした。

「よし、これで大丈夫なはず……」

 私は完成した宝石を一つずつ手に取って確認していく。

(うん、ちゃんとエマさんの魔力を感じる……)

 これなら大丈夫だろう。
 そう思っていると、部屋の奥から女性の声が聞こえてくる。

「ねえ、ちょっと! こっちに来てくれない?」

「はい、今行きます!」

 声が聞こえてきた方向に視線を移すと、そこにはベッドから上半身を起こしている女性がいた。
 私は、慌てて彼女の元まで駆け寄る。

「隣で寝ている子、なんだか苦しそうなのよ。ちょっと、見てあげてくれない?」

 女性はそう言うと、隣のベッドで寝ている子供を指さした。
 恐らく、獣化の病に罹っている患者の中でも重症なのだろう。この子供は診療所に運ばれてきて以来、ずっと子猫の姿をしている。
 元の姿に戻れないうえ、レオンのように言葉すら話せない状態のようだ。

「分かりました」

 私は頷くと、その子の状態を確認する。
 患部をよく見てみれば、かなり腫れ上がっているのが分かった。

「この腫れは……」

 困惑していると、近くにいたダグラスが口を開いた。

「恐らく、魔物に噛まれた時に負った傷が感染症を誘発してしまったのでしょう」

「化膿しているということでしょうか……?」

「ええ。でも、困りましたね。生憎、エマさんは訪問診察で不在ですし……」

 ダグラスは深刻な面持ちでそう言った。

「それなら、早速あの石を試してみるしかないわね……」

 呟きつつも、私は完成したばかりの治癒石を棚から取ってきた。
 子供は、か細い声で「ミー、ミー」と鳴いていた。
 その声は完全に子猫のそれで、改めて獣化の病の恐ろしさを痛感させられる。
 実は人間だなんて、言われないと分からないくらいだ。

「とりあえず、先ほどエマさんに頼んで作った治癒石を使って治療をします」

「……はい! 分かりました。うまくいくといいですね……」

 ダグラスが緊張した面持ちそう言ったので、私は頷いた。
 そして、治癒石を子供の患部にあてがう。すると、徐々に腫れが引いていくのが分かった。

「すごい……本当に効いてる……」

 ダグラスは目を見張るようにしてそう言った。

「では、このまま続けますね」

 しばらくの間、治癒石を患部にあて続けていると、やがて子供の容態が安定してきた。

「完全に腫れが引いていますよ!」

 ダグラスが興奮した様子で声を上げる。私も思わず笑みがこぼれた。

「よかった……成功ですね」

 私は安堵のため息をつくと、子供の頭を撫でた。
 すると、子供は嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らしてすり寄ってきた。

(可愛いなぁ……)

 つい頬が緩んでしまう私だった。

(そうだ、この間発明したペンをこの子にあげよう)

 私は、レオンと会話をするために発明したペンと新品のノートを子供にプレゼントすることにした。
 以前から、このペンは商品化に向けて改良を重ねていた。だから、普段から試作品を持ち歩いているのだ。

「このペンは、特別なペンなの。今度、お父さんとお母さんがお見舞いに来た時に使ってみて。これがあれば、家族とお話ができるわ」

 私がペンの使い方を説明すると、子供は目を輝かせてペンを受け取った。
 子供はノートを広げると、「ニャー」と一声鳴いた。すると、ペンが動き出して字を綴り始める。

『ありがとう!』

「ふふ、どういたしまして」

 私は笑顔で応えると、再び子供の頭を撫でた。

「凄い……本当に会話ができていますね」

 ダグラスは感心したように呟く。そして、私に向き直ると嬉しそうに言った。

「治癒石の効果も抜群ですし……これなら、エマさんがいない間も安心ですね」

 その言葉に、私も頷き返すのだった。


 ***


 そして、週末。
 予定通り、オリバーとエマは早朝からメルカ鉱山の調査に出発した。
 そんな彼らを見送った後、私は軽く朝食を済ませてから医務室で怪我人の治療にあたっていた。
 すると、不意に扉が開く音がする。反射的に扉がある方向に目を向けると、アランがきょろきょろと誰かを捜すように中に入ってきた。

「どうしたんですか? アランさん」

 私は彼に歩み寄り、声をかけた。

「ああ、ちょうどいいところに。実は、コーデリア様を捜していたんですよ」

「私を……?」

 私がそう尋ねると、アランは頷いて答えた。

「ええ。以前、ラスター鉱山に視察に行きたいと仰っていましたよね? 実は、その件で少しお話がありまして」

「あ、そういえば……確かに言いましたね」

 私が答えると、アランは説明を始めた。

「唐突で申し訳ないのですが、今から一緒に来ていただけませんか? というのも、急遽コーデリア様の協力が必要な案件が発生してしまいまして……」

「え……?」

 私が戸惑っていると、アランはさらに言葉を続ける。

「実は、ラスター鉱山で天紅結晶が産出されたんですよ」

「天紅結晶って……確か、あのいい香りがする鉱石ですよね?」

 私が尋ねると、アランは頷く。

「ええ、仰る通りです」

「その鉱石がどうかしたんですか?」

「実は、天紅結晶の香りが自然治癒力を高める効果があることが分かったのです」

「そうなんですか……?」

 私は思わず目を丸くする。

「はい。天紅結晶には、微量ですが治癒成分が含まれているんです。その成分が体内の細胞を活性化させ、自然治癒力を促進させる働きがあるようなんですよ」

「なるほど……つまり、天紅結晶を使って怪我人の治療を行えば、より早く治るということですね」

 私がそう尋ねると、アランは頷いた。
 一般的に、治癒魔法は複数回に分けて使うことが多い。
 一人の患者に対して一日にかける治癒魔法は、基本的に一日三回までだ。それ以上使用すると、患者の身体に負担をかけてしまう恐れがあるからだ。
 しかし、天紅結晶を併用すればより短期間で治療が行えるだろう。

「仰る通りです。そこで、ぜひともコーデリア様にお力添えいただきたいと思ったのです。コーデリア様は、良質な鉱石を見極める特技をお持ちのようなので」

 アラン曰く、やはり良質な物の方が効果は高いらしい。

「わかりました。そういうことなら、喜んで協力させていただきます」

 私の返答に、アランは安堵したような表情を浮かべた。

「その……怪我人の治療の方は大丈夫なのでしょうか? 人手は足りていますか?」

「ええ。エマさんに協力をお願いして作った治癒石があるので大丈夫です。それに、今日はいつもより多くの方が手伝ってくださっているので」

 私はそう返すと、アランに経緯を説明した。

「ほう……またそのような凄い発明をされていたのですね」

 アランは感心したようにそう言うと、私に向かって深々と頭を下げる。

「本当にありがとうございます。コーデリア様のお陰で、救える命が増えました」

「いえ……そんな……」

 私は照れ臭くなって頬を掻く。

「では、早速参りましょうか」

「はい」

 そんな会話をしながら、私とアランは医務室を出た。
 すると、前方から「ワン! ワン!」という鳴き声が聞こえてきたかと思えば、レオンがこちらに向かって走ってきた。

「レオン! どうしたの?」

 私が声をかけると、レオンは嬉しそうに尻尾を振っていた。
 ハッハッと息を弾ませながら、レオンは私の足にすり寄ってくる。

「ちょっと待って。今、ペンとノートを取り出すから」

 そう言ってペンとノートを取り出すと、早速レオンが吠えて言いたいことを伝えてくる。
 彼の鳴き声に合わせて、ペンはさらさらと動いて文字を綴り始めた。

『ラスター鉱山に行くんでしょ? 僕も一緒に行きたい!』

「え? レオンも?」

 私が尋ねると、彼は大きく頷いた。そして、「ワン!」と一声吠える。
 それを見て、隣にいたアランが口を開いた。

「はぁ……先ほど、あれだけ駄目だと申し上げたのに……。レオン様は、どうしてもコーデリア様のお供をしたいと仰っているんですよ」

 アランは呆れたような口調でそう言った。
 すると、レオンは拗ねたように「クゥーン」と鳴いて顔を俯かせる。
 ノートを見ると、『だって、心配なんだもん』と書き記されていた。

(そっか……レオンは私のことを心配してくれているんだ)

 私は思わず笑みを零す。そして、彼の頭を優しく撫でた。

「ありがとう、レオン。でも大丈夫よ。アランさんも一緒だし」

 私がそう言うと、レオンは複雑そうな表情を浮かべて再び吠えた。

『僕、きっと役に立てるよ。天紅結晶を採りに行くんでしょ? それなら、鼻が利く僕がいた方がいいと思う』

「ふむ……確かに、それは一理ありますね」

 アランは顎に手を当てて考え込む仕草を見せる。

「どうして、嗅覚が関係あるんですか?」

 私が尋ねると、アランは説明を始めた。

「以前もお伝えしましたが、ラスター鉱山は開発途中の場所です。その為、まだ鉱脈がどこにあるのか把握できていないのです」

「なるほど……つまり、レオンに天紅結晶の匂いを覚えてもらって、それを頼りに採掘をするというわけですね?」

 私がそう尋ねると、アランは頷いた。

『うん! だから、僕に任せてよ!』

 レオンは自信たっぷりといった様子で鳴いた。

「……分かったわ。それじゃあ、レオン。一緒に行きましょう」

 私がそう言うと、レオンは嬉しそうに尻尾を振った。
 こうして、私たちは急遽ラスター鉱山へ向かうことになったのだった。
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