この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃

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14.目標

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 早いもので、公爵邸に来てから一ヶ月が経った。
 最初は戸惑うことも多かったけれど、今ではすっかりここでの生活にも慣れた。
 だが──魔蛍石を使ったランプを量産して領民たちに配ることや、獣化の病の治療方法を探すことなど当面の目標はできたものの成果は芳しくなく、焦燥感ばかり募っていく日々が続いている。

「街の図書館にも手がかりはなし、か……」

 借りてきた本の山を前に、私は溜息をつく。
 ここ最近、私は毎日のように街の図書館に通い文献を読み漁っていた。
 しかし、これといって有益な情報は得られなかったのだ。

(やっぱり、一筋縄ではいかないか……)

 思わず、弱音が零れる。
 ジェイドの話によると、過去に──それも、五百年前に獣化の病に似た症例の患者がいたそうだ。
 しかし、詳細な記録が残っておらず、似たような病気を発症した人間がいるという事実しか分かっていないのだという。

(もう、こうなったら駄目元で王都の図書館に行ってみるしかないかしら……)

 私は再び大きな溜息をついた。できれば、あまり王都付近には近づきたくはないのだが。
 なぜなら、ラザフォード家の面々に鉢合わせしてしまう可能性があるからだ。出来ることなら、彼らには会いたくない。

「……一先ず、この問題に関しては保留ね」

 私は自分に言い聞かせるように言うと本を閉じると、椅子から立ち上がる。
 そして、おもむろに部屋を出ると、廊下を歩いていた下女にアランの居場所を聞いた。
 というのも、魔蛍石の採取について彼に相談してみようと思ったからだ。

「アランさんですか? 彼は今、新人の教育中でして……」

「そうですか……それなら、日を改めます。ありがとうございました」

 新人の指導中ならば仕方がない、と踵を返そうとすると。彼女は慌てて私を呼び止めた。

「あ、お待ちください!」

「え?」

「今は、ちょうど休憩に入ったところだと思いますよ。大体、いつもこれぐらいの時間に休憩をとられているので……」

 彼女の話によると、アランはいつも庭園で休憩をしているらしい。
 私は下女にぺこりと頭を下げると、早速彼の元へと向かった。

「アランさん、こんにちは」

「コーデリア様じゃないですか。どうかなさったのですか?」

 庭園の一角にあるベンチに腰掛けながら本を読んでいたアランに挨拶をすると、彼は朗らかな笑みで出迎えてくれた。
 私は彼の隣に座ると、話を切り出す。

「あの、ご相談なのですが……少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ。勿論、構いませんが……」

 アランは不思議そうに首を傾げつつも返事をする。

「良かった。ありがとうございます」

「それで、一体どのようなご要件でしょうか?」

 私は少し間を置いてから、意を決して話を切り出した。

「実は……魔蛍石を採取しに行きたいと思っているんです」

「え!?」

 私が話を切り出すなり、アランはぎょっと目を丸くする。
 そして、恐る恐るといった様子で私に問いかける。

「あ、あの……それは、本気で仰っているのですか?」

「はい」

 私が頷くと、アランは呆気にとられたような表情を浮かべる。
 それから、「ええっと……」と困り果てた様子で頭を掻くと、躊躇うようにして言葉を続けた。

「魔蛍石を採りに行くということは、つまり鉱山の中に入るということですよね?」

「ええ、そうなりますね」

「一体、なぜそんなことを……?」

 アランが尋ねてきたので、私は以前から計画していたことを彼に話すことにした。

「実は、魔蛍石を使ったランプをもっと沢山作りたいと思っているんです。以前、お見せした通りあのランプが一つあれば十分な明るさを確保することができます。瘴気が濃い日は、その影響で照明が消えてしまい不便なことこの上ないですよね? でも、あのランプを領民たちに配れば──きっと、皆さんの生活が今よりほんの少し楽になると思うんです」

「なるほど……。確かに、あのランプがあれば夜も明るく過ごせますし、何よりも安心できますからね」

 私の話を真剣な面持ちで聞いていたアランは、納得したように呟く。

「現在、魔蛍石の採掘の優先順位は低く、ほとんど流通していないと聞きました。だから、自分で採取しに行くしかないと思ったんです。とはいえ、勿論一人で行くつもりではありませんし、無茶をするつもりもありません。そこで、護衛を雇いたいと考えているのですが……」

 そこまで言ってから、私はちらりと横目で彼の様子を窺ってみる。
 すると、彼は困惑したような表情で口を開いた。

「護衛ですか……そもそも、なぜコーデリア様はご自身で鉱山に行かれたいのですか?」

「それは……実は、私には良質な鉱石を見分ける特技があるからです」

「特技、ですか……?」

 いまいちピンときていないのか、アランは怪訝そうな顔で私を見る。

「はい。実は実家にいた頃、魔導具屋でよく魔蛍石を買っていたのですが……」

 首を傾げているアランに向かって、私は経緯を説明し始めた。
 前述した通り、私は実家ではよく真っ暗な部屋に閉じ込められていた。
 だから、明かりを確保するために魔蛍石を定期的に購入していたのだが、その中でもなるべく良質なものを選ぶ必要があったのだ。
 というのも、良質な魔蛍石は発光の継続時間が長いからだ。逆にあまり質が良くないと、すぐに光を失ってしまうのである。
 ……ただ、アランにも余計な心配をかけたくなかったため、虐待のことは伏せつつ「趣味で鉱物図鑑を読んでいるうちに自然と見分けがつくようになった」と説明しておいた。

「──それで、いつの間にか鉱石の品質を見極めることが特技になっていまして」

 私が話し終えると、アランはぽかんとした表情でこちらを見ていた。

「まさか、コーデリア様にそんな特技があったとは……」

「自慢できるほどのものではないのですが……」

 私は苦笑いしつつ肩をすくめる。
 すると、彼は顎に手を当てて何かを考え込む素振りを見せた。

「ということは、やはり……」

 アランは独り言のようにそう呟くと、何やら言い淀む。

「アランさん……?」

 不思議に思ってアランの顔を覗き込むと、彼は我に返った様子で「いえ、何でもありません」と言った。
 腑に落ちないながらも、私は話を続ける。

「そんなわけで、どうしても魔蛍石を採取しに行きたいんです。ご協力いただけないでしょうか?」

 私が尋ねると、アランは神妙な顔つきでゆっくりと頷いた。

「……わかりました。後ほど、私からジェイド様にお伝えしておきます」

「本当ですか!?」

 予想外の言葉に、私は思わず声を弾ませる。

「ええ」

「ありがとうございます!」

 良かった。一先ず、これで魔蛍石を手に入れる算段がついた。
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