10 / 10
第10話
しおりを挟む
「……も、もう終わりだ……何もかも……」
彼は頭を抱え、絶望したように呟いた。
不意に、私は諸麦さんの背後に何者かの気配を感じた。恐る恐る中を覗き込むと、そこには一人の少女が立っていた。彼女は鋭い視線をこちらに向けている。
「あの、諸麦さん……もしかして今、来客中でしたか?」
私が尋ねると、諸麦さんは驚いたように目を見開く。
そして、恐怖と困惑が入り混じったような表情でふるふると首を横に振った。
「え……? じゃあ、後ろにいる女の子は──」
私と黒瀬さんは顔を見合わせた。
諸麦さんはあまりの恐ろしさに振り返ることができないのか、俯いている。
よく見てみれば、その少女は制服を着ていた。彼女は諸麦さんを見やると、口の端を吊り上げて冷たい笑みを浮かべた。
その瞬間、私たちは全てを悟った。諸麦さんに取り憑いていたのは、宮野さんの生霊ではない。今、まさに彼の背後にいる少女だったのだ。
恐らく、この霊はたった一回お祓いをした程度では除霊できないほど強い力を持っている。
霊感がほとんどない私ですらそう感じるのだから、黒瀬さんが感じないはずはない。現に、彼女は固まったまま身動き一つ取れず、ガタガタと震えていた。
──そう、彼女はずっと諸麦さんのそばにいたのだ。
供花や鷹の爪、そして御札で気配を感じなくなったり、除霊に成功したように見えたのは、きっと何か意図があって一時的に力を抑えていたからなのだろう。
その事実に気づくと同時に、私は戦慄いた。そして、あの日自分がリアルタイムで見たツイートのことが頭によぎる。
(やっぱり……あの時、既に彼女は……)
ふと、頭に六月七日に亡くなった彼女が霊となり、そのまま諸麦さんの家を目指して歩いていく姿が浮かんだ。
そんなことを考えつつ、私はまるで何かに導かれるようにスマホを操作してMiraiのアカウントを見る。
次の瞬間。まさに今、投稿されたであろうツイートが表示された。
『逃がさない』
──そこには、たった一言そう書かれていたのだった。
***
気づけば、あの騒動から半年以上が経っていた。
結局あの後、諸麦さんはすぐに謝罪文を投稿した。
しかし、その謝罪文というのがあまりにも自己弁護に満ちたものだったので、世間からの非難はさらに過熱。結果、彼は引退を余儀なくされてしまった。
Miraiについてもネット上で色々と議論されているようだったが、真偽を確かめる術は最早なかった。
それから間もなくして、宮野さんが被害届を出し──その結果、諸麦さんは逮捕されることとなった。
罪状は、未成年淫行と脅迫。なんでも、宮野さんと別れる際、自分との関係を世間にばらしたらただじゃおかないと脅していたそうだ。
──彼は今も尚、あの少女に囚われたままなのだろうか。
そして私はと言えば、あのマンションから引っ越した。今は、霊や事件とは無縁の平穏な生活を送っている。
黒瀬さんとは今でもたまに連絡を取り合っているけれど、お互い忙しいので直接会うことはほとんどない。
彼女も今は大学生になり、講義に出たりバイトをしたりと充実した日々を送っているそうだ。
最近、私は鈴音りりさんの配信をよく見ている。
彼女は、騒動後も変わらずVTuberとして活動を続けているようだ。
それもそのはず。世間からしたら、彼女は立派な被害者だ。特に非難される理由もないので、それをバネにますます活動に励んでいる──といったところなのだろう。
しかしそんな中、気になる噂を耳にした。なんでも、鈴音さんはまだ諸麦さんとの交際を続けているらしいのだ。
真偽の程は不明だが、ネットのゴシップ記事によると熱心に拘置所へ面会に行っているとのこと。しかも、彼が出所したらすぐに結婚するつもりなのではないかと書かれていた。
当人たちが決めたことだから口を出す義理はないが、あんなことがあったのによく交際を続けられるものだと思った。
そんなことを考えながら、私は今日も鈴音さんの配信を見る。
ゲームをしながら雑談する彼女を見て、ふと私は違和感を覚えた。
「鈴音さん、最近なんだか雰囲気が変わったような……」
思わず、独り言を呟く。口調もそうだし、何より以前のような明るさがなくなった気がするのだ。
SNS上でも、やたらとメンヘラムーブが増えたと話題になっているし……。
私は、PCの画面の中で微笑む鈴音さんをじっと見つめる。その瞬間、彼女と目が合ったような気がした。
いや……相手はあくまで画面越しに見ているアバターなのだから、そう表現するのはおかしいかもしれないけれど。でも、確かに彼女に見つめられたような感覚があったのだ。
そのまま動けずに硬直していると。彼女は突然雑談をやめて黙り込み、こちらに向かってふっと陰のある冷たい笑みを浮かべた。
(あれ……この表情、以前もどこかで見たことがあるような……)
記憶を辿っていくうちに、ある人物が浮かび上がる。……が、すぐに軽く頭を振って自分の考えを否定した。
「まさか……ね」
そう呟いて、私はブラウザをそっと閉じた。
彼は頭を抱え、絶望したように呟いた。
不意に、私は諸麦さんの背後に何者かの気配を感じた。恐る恐る中を覗き込むと、そこには一人の少女が立っていた。彼女は鋭い視線をこちらに向けている。
「あの、諸麦さん……もしかして今、来客中でしたか?」
私が尋ねると、諸麦さんは驚いたように目を見開く。
そして、恐怖と困惑が入り混じったような表情でふるふると首を横に振った。
「え……? じゃあ、後ろにいる女の子は──」
私と黒瀬さんは顔を見合わせた。
諸麦さんはあまりの恐ろしさに振り返ることができないのか、俯いている。
よく見てみれば、その少女は制服を着ていた。彼女は諸麦さんを見やると、口の端を吊り上げて冷たい笑みを浮かべた。
その瞬間、私たちは全てを悟った。諸麦さんに取り憑いていたのは、宮野さんの生霊ではない。今、まさに彼の背後にいる少女だったのだ。
恐らく、この霊はたった一回お祓いをした程度では除霊できないほど強い力を持っている。
霊感がほとんどない私ですらそう感じるのだから、黒瀬さんが感じないはずはない。現に、彼女は固まったまま身動き一つ取れず、ガタガタと震えていた。
──そう、彼女はずっと諸麦さんのそばにいたのだ。
供花や鷹の爪、そして御札で気配を感じなくなったり、除霊に成功したように見えたのは、きっと何か意図があって一時的に力を抑えていたからなのだろう。
その事実に気づくと同時に、私は戦慄いた。そして、あの日自分がリアルタイムで見たツイートのことが頭によぎる。
(やっぱり……あの時、既に彼女は……)
ふと、頭に六月七日に亡くなった彼女が霊となり、そのまま諸麦さんの家を目指して歩いていく姿が浮かんだ。
そんなことを考えつつ、私はまるで何かに導かれるようにスマホを操作してMiraiのアカウントを見る。
次の瞬間。まさに今、投稿されたであろうツイートが表示された。
『逃がさない』
──そこには、たった一言そう書かれていたのだった。
***
気づけば、あの騒動から半年以上が経っていた。
結局あの後、諸麦さんはすぐに謝罪文を投稿した。
しかし、その謝罪文というのがあまりにも自己弁護に満ちたものだったので、世間からの非難はさらに過熱。結果、彼は引退を余儀なくされてしまった。
Miraiについてもネット上で色々と議論されているようだったが、真偽を確かめる術は最早なかった。
それから間もなくして、宮野さんが被害届を出し──その結果、諸麦さんは逮捕されることとなった。
罪状は、未成年淫行と脅迫。なんでも、宮野さんと別れる際、自分との関係を世間にばらしたらただじゃおかないと脅していたそうだ。
──彼は今も尚、あの少女に囚われたままなのだろうか。
そして私はと言えば、あのマンションから引っ越した。今は、霊や事件とは無縁の平穏な生活を送っている。
黒瀬さんとは今でもたまに連絡を取り合っているけれど、お互い忙しいので直接会うことはほとんどない。
彼女も今は大学生になり、講義に出たりバイトをしたりと充実した日々を送っているそうだ。
最近、私は鈴音りりさんの配信をよく見ている。
彼女は、騒動後も変わらずVTuberとして活動を続けているようだ。
それもそのはず。世間からしたら、彼女は立派な被害者だ。特に非難される理由もないので、それをバネにますます活動に励んでいる──といったところなのだろう。
しかしそんな中、気になる噂を耳にした。なんでも、鈴音さんはまだ諸麦さんとの交際を続けているらしいのだ。
真偽の程は不明だが、ネットのゴシップ記事によると熱心に拘置所へ面会に行っているとのこと。しかも、彼が出所したらすぐに結婚するつもりなのではないかと書かれていた。
当人たちが決めたことだから口を出す義理はないが、あんなことがあったのによく交際を続けられるものだと思った。
そんなことを考えながら、私は今日も鈴音さんの配信を見る。
ゲームをしながら雑談する彼女を見て、ふと私は違和感を覚えた。
「鈴音さん、最近なんだか雰囲気が変わったような……」
思わず、独り言を呟く。口調もそうだし、何より以前のような明るさがなくなった気がするのだ。
SNS上でも、やたらとメンヘラムーブが増えたと話題になっているし……。
私は、PCの画面の中で微笑む鈴音さんをじっと見つめる。その瞬間、彼女と目が合ったような気がした。
いや……相手はあくまで画面越しに見ているアバターなのだから、そう表現するのはおかしいかもしれないけれど。でも、確かに彼女に見つめられたような感覚があったのだ。
そのまま動けずに硬直していると。彼女は突然雑談をやめて黙り込み、こちらに向かってふっと陰のある冷たい笑みを浮かべた。
(あれ……この表情、以前もどこかで見たことがあるような……)
記憶を辿っていくうちに、ある人物が浮かび上がる。……が、すぐに軽く頭を振って自分の考えを否定した。
「まさか……ね」
そう呟いて、私はブラウザをそっと閉じた。
0
お気に入りに追加
9
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。



子籠もり
柚木崎 史乃
ホラー
長い間疎遠になっていた田舎の祖母から、突然連絡があった。
なんでも、祖父が亡くなったらしい。
私は、自分の故郷が嫌いだった。というのも、そこでは未だに「身籠った村の女を出産が終わるまでの間、神社に軟禁しておく」という奇妙な風習が残っているからだ。
おじいちゃん子だった私は、葬儀に参列するために仕方なく帰省した。
けれど、久々に会った祖母や従兄はどうも様子がおかしい。
奇妙な風習に囚われた村で、私が見たものは──。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる