4 / 12
4.新情報
しおりを挟む
一週間後。
コンコン、と何度も寝室のドアを叩く音で俺ははっと目を覚ます。
少しだけ仮眠をとろうと思いソファで横になっていたら、思いのほか寝すぎてしまったらしい。
ふと窓の外に視線を移してみれば、いつの間にか辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
「……アルノーか?」
「はい。お休みのところ、申し訳ありません」
「いや、大丈夫だ。とにかく、入ってくれ」
ドアを開け、申し訳なさそうな顔をしているアルノーを部屋に通すと、俺は自分が今まで寝ていたソファに彼を座らせる。
「それで……何か情報でも手に入れたのか?」
「ええ、その通りです」
言いながら、アルノーはスーツの胸ポケットから手帳を取り出す。
実は、俺にはエルシーの過去についてどうしても気になることがあった。
アルノーには、数日前からその件について調べるよう頼んであったのだ。
「まず、エルシー様がご結婚前に短期留学に行かれていた件についてなのですが……クロリス家の方に、直接聞き込みをして参りました。まあ、クロリス家の方と言ってもギルフォード様の叔母上のことなのですが」
「俺の名前を出したのに、素直に教えてくれたのか? あの叔母さんが」
自分のことを良く思っていない叔母の、不機嫌そうな顔が頭によぎる。
「ええ、エルシー様を見つけ出す手がかりに繋がるかもしれないと言ったら、渋々教えてくれましたよ。対面した瞬間、追い返されそうになって一時はどうなることかと思いましたが…」
安堵したような顔で、アルノーはそう返す。
そして、一呼吸置くと、何やら言いづらそうに報告を始めた。
「まず、結論から申し上げますと……ギルフォード様が予想していた通り、エルシー様が四年前にも一度行方不明になっていたのは間違いないそうです」
「やはり、そうだったか……」
呟くと、俺は四年前のある日のことを思い出す。
その日の朝、俺は突然父から呼び出された。
何事かと思い事情を聞いてみれば、「エルシーは今、短期留学をするために外国に行っている。クロリス夫妻も何かと忙しい時期だから、暫くの間は遊びに行かないように」とのことだった。
俺は、大人しく父の言いつけを守ってクロリス家に行くのを控えた。
当時はまだ探偵をやっていなかったこともあり、素直に納得してそれ以上詮索しようとも思わなかったのだ。
幸いその時は何事もなく、数ヶ月後に彼女は帰ってきた。
その後、すぐにレナードと結婚したというわけだ。
「それで、叔母さんは何て?」
「ええ。それが、その……大変申し上げ難いのですが。当時、エルシー様はレナード様と揉めていたらしく、一時は婚約破棄まで突きつけられたらしいのです。でも、当然クロリス家としては納得できません。なので、『こんなことが世間に知れたら、クロリス家は大恥をかいてしまう。何とかして、リーズデイル家に考え直してもらえるよう交渉せねば』とばかりに直談判をしに行ったとのことでした。その間にも、エルシー様が家出をしたりと色々大変だったみたいですが、何とか居場所を見つけ出して連れ戻したそうです。まあ、その甲斐があってか知りませんが、半年ほど経った後に二人は無事復縁されたそうですが……」
「は!? 婚約破棄だって!?」
驚愕のあまり、思わず叫んでしまう。
「おかしいな……うちは、そんなこと一言も聞いていないぞ。自分の娘が婚約破棄をされたなんて、どう考えても一大事だろ」
「つまり、ギルフォード様のお父上もご存知なかったということですか……?」
「いや、それはわからん。もしかしたら、父さんは知っていた可能性がある。でも、そういう感じでもなかったんだよな……」
俺は、当時の父の言動を振り返ってみる。
……が、やっぱり何かを隠しているようには見えなかった。
だからこそ、当時の自分も言われるがまま納得して「へぇー、そうなんだ」程度にしか思わなかったわけで。
「まあ、そうまでして隠したかったんだろうな。まず、叔母さんからして世間体を気にするタイプだからなぁ……」
「あはは……確かに、ギルフォード様の叔母上は人の目を気にしてばかりいそうなイメージですね。ギルフォード様のことも、相変わらず認めていないようでしたし……」
俺たちは、互いに苦笑する。
「それで、エルシーとレナードが仲違いした理由は何なんだ?」
「ええ、それについてなのですが……なんでも、レナード様が別の令嬢と恋仲になったとかで……」
「なっ……それは、つまり浮気ということか?」
「あー、いえ……なんか、そういうわけでもないみたいです」
「……?」
俺が首を傾げると、アルノーはさらに話を続ける。
「クロリス夫人の話によると、どうもエルシー様がその令嬢に嫌がらせをしたらしくて……それを知ったレナード様が怒って婚約破棄をなさったそうなんです。『いじめをするような女は、私の婚約者に相応しくない!』と啖呵を切っておられたそうで……」
「エルシーがいじめを……? 何かの間違いじゃないのか……?」
「事実らしいです。そして、結局レナード様はその令嬢と婚約を結び直したのだと伺いました」
「エルシーとの婚約を破棄して、その令嬢と婚約を……?」
……何だか、出来すぎた話だな。
それじゃあ、まるでレナードがその令嬢と婚約したいがためにエルシーを陥れたみたいじゃないか。
「その後は、先ほどお話しした通りです。何度も謝罪に訪れるクロリス夫妻に根負けしたのか、レナード様はエルシー様と話し合って和解し、その流れですぐに結婚に至ったそうです」
「そうか、情報をありがとう。お陰で、大体の事情は把握できた。……正直、全く納得はしていないけどな」
「私もですよ。あのエルシー様が過去にいじめをしていたなんて、とてもじゃないけど信じられません」
「ああ。本人に直接確認するためにも、必ず居場所を突き止めないとな」
呟くように言うと、俺は心の中で「絶対にエルシーを見つけてやる」と決心する。
「それで、ですね。実は、この他にも気になる情報を二つ入手しまして……」
「他にも……?」
「ええ。まず、リーズデイル邸を取り囲むように置かれていた悪臭を放つビスクドールついてなのですが……どうやら、よく似た『呪いの儀式』が存在するそうです。あの人形がどこで買われた物なのかを調べていた時に、偶然訪ねた店の主からビスクドールを使った呪いの噂を聞きまして」
「呪いだって……?」
「はい。とはいえ、儀式に必要な材料を集めるのはそれなりにお金と手間がかかるため、誰でも簡単に行える呪いというわけではなさそうですが……。なんでも、『北の悪魔』と呼ばれる悪魔を呼び出す儀式を行うと、術者に代わって恨みを晴らしてくれるそうなんです」
アルノーが聞いた話によると──
その儀式を行うためには、まず悪魔に捧げる供物となる人形を複数体用意しなければならないそうだ。
人形を用意したら、次はその人形たちの体内に『転移魔法』を応用して鼠、蜥蜴、虫等の小動物を埋め込んでいく。
そうすれば、人形の体に傷をつけずに死骸を埋め込むことが可能だ。
死骸を埋め込んだら、今度は人形を対象者が住む家の周辺に一体ずつ置いていく。
その際、家の北側に置く人形はできるだけ豪華な服を着せて着飾らせる。体内に埋め込む小動物の死骸も多めに入れる。
前述した『北の悪魔』という名前通り、その悪魔は家の北側に置いた人形を憑代として召喚されるからだ。
そこまで終わったら、あとは誰かに儀式の邪魔をされないように人形たちに『呪縛魔法』と『保護魔法』をかけておく。
……つまり、これは恨んでいる相手を呪い殺すことを目的とした危険な呪術なのだ。
リーズデイル邸の周辺から見つかった人形は、なんと全部で五十体もあったそうだ。
そして、人形に振られていた謎の数字は、やはり俺の読み通り通し番号で間違いないらしい。
──なるほど。ということは、犯人は敢えてこの季節を狙ったということか。人形の中に埋め込んだ小動物の死骸の腐敗を、できるだけ遅らせるために……。
「なるほど……呪いか」
「ただ、その呪術には一つ難点があるんです」
「……?」
首を傾げた俺に向かって、神妙な顔つきになったアルノーが言葉を続ける。
「どうやら、呪いをかけた術者本人もその代償を払うことになるらしいんです。つまり、相手を呪い殺したければ自分も災いを受けなければならないということですね」
「ふむ。人を呪わば穴二つというやつだな」
アルノー曰く、その呪いは一定期間が過ぎた後に最後の仕上げとして人形を全て燃やさなければいけないらしい。
人形を燃やし終えて、初めてそこで呪いが成就するのだ。
「ん? 待てよ。最後の仕上げがまだ残っているということは……つまり、呪いをかけた本人がまた邸に戻って来る可能性が高いということか」
「ええ。店主の話が本当なら、そういうことになりますね」
「とりあえず、暫くの間はうちの使用人に張り込みをさせておこう。嫌がらせ程度じゃ警察は動かないだろうからな。リーズデイル家の人間に呪いをかけた犯人が直接エルシーの失踪に関与しているかどうかはわからないが……いずれにせよ、捕まえて事情を聞いておかないと。まあ、呪いの効果自体は眉唾ものだが、用心しておくに越したことはない」
俺がそう提案すると、アルノーもそれに賛成する。
「それじゃあ、二つ目の情報を教えてくれ」
「はい。実は、クロリス夫人からエルシー様の過去について話を伺った時に、当時レナード様と恋仲になったという令嬢の現状を教えていただいたんです」
「その令嬢の名前は?」
「アビゲイル・ミラー。ミラー男爵家の長女ですよ」
「ミラー男爵家? あの、没落寸前という噂の……?」
「いえ、既に没落しているみたいですよ。現在、ミラー家は一家離散し、問題の元男爵令嬢──アビゲイル様は、娼館で借金返済のために日々忙しく働いているらしいです」
「なるほどな。レナードに捨てられた後、娼婦に堕ちたのか。ということは、レナードに近づいたのも家を立て直すためだったりするのか……?」
「さあ……? そこまで詳しくは聞いていないので、私もわかりません。でもまあ、大体そんなところでしょうね。彼女、夜会に出向くたびに色んな男性にちょっかいをかけていたそうですから」
「それで、最終的にはレナードに狙いを定めたということか」
話を聞く限り、アビゲイルは相当打算的な女性のようだ。
とにもかくにも、一度彼女に会って詳しい話を聞いておく必要があるな。
「アビゲイルは、娼館で働いていると言っていたな。彼女との面会は可能なのか?」
「娼婦は、言わば商品ですからね。ただ、面会をしたいという理由では会わせてくれないでしょう」
「ということは、客として出向いて指名するしかないのか」
「ええ、恐らく」
そう返し、アルノーは苦笑する。
とにもかくにも、話を聞かないことには何も始まらない。
そんなわけで、俺は何とか仕事の合間を縫ってアビゲイルが働いている娼館に出向くことにした。
コンコン、と何度も寝室のドアを叩く音で俺ははっと目を覚ます。
少しだけ仮眠をとろうと思いソファで横になっていたら、思いのほか寝すぎてしまったらしい。
ふと窓の外に視線を移してみれば、いつの間にか辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
「……アルノーか?」
「はい。お休みのところ、申し訳ありません」
「いや、大丈夫だ。とにかく、入ってくれ」
ドアを開け、申し訳なさそうな顔をしているアルノーを部屋に通すと、俺は自分が今まで寝ていたソファに彼を座らせる。
「それで……何か情報でも手に入れたのか?」
「ええ、その通りです」
言いながら、アルノーはスーツの胸ポケットから手帳を取り出す。
実は、俺にはエルシーの過去についてどうしても気になることがあった。
アルノーには、数日前からその件について調べるよう頼んであったのだ。
「まず、エルシー様がご結婚前に短期留学に行かれていた件についてなのですが……クロリス家の方に、直接聞き込みをして参りました。まあ、クロリス家の方と言ってもギルフォード様の叔母上のことなのですが」
「俺の名前を出したのに、素直に教えてくれたのか? あの叔母さんが」
自分のことを良く思っていない叔母の、不機嫌そうな顔が頭によぎる。
「ええ、エルシー様を見つけ出す手がかりに繋がるかもしれないと言ったら、渋々教えてくれましたよ。対面した瞬間、追い返されそうになって一時はどうなることかと思いましたが…」
安堵したような顔で、アルノーはそう返す。
そして、一呼吸置くと、何やら言いづらそうに報告を始めた。
「まず、結論から申し上げますと……ギルフォード様が予想していた通り、エルシー様が四年前にも一度行方不明になっていたのは間違いないそうです」
「やはり、そうだったか……」
呟くと、俺は四年前のある日のことを思い出す。
その日の朝、俺は突然父から呼び出された。
何事かと思い事情を聞いてみれば、「エルシーは今、短期留学をするために外国に行っている。クロリス夫妻も何かと忙しい時期だから、暫くの間は遊びに行かないように」とのことだった。
俺は、大人しく父の言いつけを守ってクロリス家に行くのを控えた。
当時はまだ探偵をやっていなかったこともあり、素直に納得してそれ以上詮索しようとも思わなかったのだ。
幸いその時は何事もなく、数ヶ月後に彼女は帰ってきた。
その後、すぐにレナードと結婚したというわけだ。
「それで、叔母さんは何て?」
「ええ。それが、その……大変申し上げ難いのですが。当時、エルシー様はレナード様と揉めていたらしく、一時は婚約破棄まで突きつけられたらしいのです。でも、当然クロリス家としては納得できません。なので、『こんなことが世間に知れたら、クロリス家は大恥をかいてしまう。何とかして、リーズデイル家に考え直してもらえるよう交渉せねば』とばかりに直談判をしに行ったとのことでした。その間にも、エルシー様が家出をしたりと色々大変だったみたいですが、何とか居場所を見つけ出して連れ戻したそうです。まあ、その甲斐があってか知りませんが、半年ほど経った後に二人は無事復縁されたそうですが……」
「は!? 婚約破棄だって!?」
驚愕のあまり、思わず叫んでしまう。
「おかしいな……うちは、そんなこと一言も聞いていないぞ。自分の娘が婚約破棄をされたなんて、どう考えても一大事だろ」
「つまり、ギルフォード様のお父上もご存知なかったということですか……?」
「いや、それはわからん。もしかしたら、父さんは知っていた可能性がある。でも、そういう感じでもなかったんだよな……」
俺は、当時の父の言動を振り返ってみる。
……が、やっぱり何かを隠しているようには見えなかった。
だからこそ、当時の自分も言われるがまま納得して「へぇー、そうなんだ」程度にしか思わなかったわけで。
「まあ、そうまでして隠したかったんだろうな。まず、叔母さんからして世間体を気にするタイプだからなぁ……」
「あはは……確かに、ギルフォード様の叔母上は人の目を気にしてばかりいそうなイメージですね。ギルフォード様のことも、相変わらず認めていないようでしたし……」
俺たちは、互いに苦笑する。
「それで、エルシーとレナードが仲違いした理由は何なんだ?」
「ええ、それについてなのですが……なんでも、レナード様が別の令嬢と恋仲になったとかで……」
「なっ……それは、つまり浮気ということか?」
「あー、いえ……なんか、そういうわけでもないみたいです」
「……?」
俺が首を傾げると、アルノーはさらに話を続ける。
「クロリス夫人の話によると、どうもエルシー様がその令嬢に嫌がらせをしたらしくて……それを知ったレナード様が怒って婚約破棄をなさったそうなんです。『いじめをするような女は、私の婚約者に相応しくない!』と啖呵を切っておられたそうで……」
「エルシーがいじめを……? 何かの間違いじゃないのか……?」
「事実らしいです。そして、結局レナード様はその令嬢と婚約を結び直したのだと伺いました」
「エルシーとの婚約を破棄して、その令嬢と婚約を……?」
……何だか、出来すぎた話だな。
それじゃあ、まるでレナードがその令嬢と婚約したいがためにエルシーを陥れたみたいじゃないか。
「その後は、先ほどお話しした通りです。何度も謝罪に訪れるクロリス夫妻に根負けしたのか、レナード様はエルシー様と話し合って和解し、その流れですぐに結婚に至ったそうです」
「そうか、情報をありがとう。お陰で、大体の事情は把握できた。……正直、全く納得はしていないけどな」
「私もですよ。あのエルシー様が過去にいじめをしていたなんて、とてもじゃないけど信じられません」
「ああ。本人に直接確認するためにも、必ず居場所を突き止めないとな」
呟くように言うと、俺は心の中で「絶対にエルシーを見つけてやる」と決心する。
「それで、ですね。実は、この他にも気になる情報を二つ入手しまして……」
「他にも……?」
「ええ。まず、リーズデイル邸を取り囲むように置かれていた悪臭を放つビスクドールついてなのですが……どうやら、よく似た『呪いの儀式』が存在するそうです。あの人形がどこで買われた物なのかを調べていた時に、偶然訪ねた店の主からビスクドールを使った呪いの噂を聞きまして」
「呪いだって……?」
「はい。とはいえ、儀式に必要な材料を集めるのはそれなりにお金と手間がかかるため、誰でも簡単に行える呪いというわけではなさそうですが……。なんでも、『北の悪魔』と呼ばれる悪魔を呼び出す儀式を行うと、術者に代わって恨みを晴らしてくれるそうなんです」
アルノーが聞いた話によると──
その儀式を行うためには、まず悪魔に捧げる供物となる人形を複数体用意しなければならないそうだ。
人形を用意したら、次はその人形たちの体内に『転移魔法』を応用して鼠、蜥蜴、虫等の小動物を埋め込んでいく。
そうすれば、人形の体に傷をつけずに死骸を埋め込むことが可能だ。
死骸を埋め込んだら、今度は人形を対象者が住む家の周辺に一体ずつ置いていく。
その際、家の北側に置く人形はできるだけ豪華な服を着せて着飾らせる。体内に埋め込む小動物の死骸も多めに入れる。
前述した『北の悪魔』という名前通り、その悪魔は家の北側に置いた人形を憑代として召喚されるからだ。
そこまで終わったら、あとは誰かに儀式の邪魔をされないように人形たちに『呪縛魔法』と『保護魔法』をかけておく。
……つまり、これは恨んでいる相手を呪い殺すことを目的とした危険な呪術なのだ。
リーズデイル邸の周辺から見つかった人形は、なんと全部で五十体もあったそうだ。
そして、人形に振られていた謎の数字は、やはり俺の読み通り通し番号で間違いないらしい。
──なるほど。ということは、犯人は敢えてこの季節を狙ったということか。人形の中に埋め込んだ小動物の死骸の腐敗を、できるだけ遅らせるために……。
「なるほど……呪いか」
「ただ、その呪術には一つ難点があるんです」
「……?」
首を傾げた俺に向かって、神妙な顔つきになったアルノーが言葉を続ける。
「どうやら、呪いをかけた術者本人もその代償を払うことになるらしいんです。つまり、相手を呪い殺したければ自分も災いを受けなければならないということですね」
「ふむ。人を呪わば穴二つというやつだな」
アルノー曰く、その呪いは一定期間が過ぎた後に最後の仕上げとして人形を全て燃やさなければいけないらしい。
人形を燃やし終えて、初めてそこで呪いが成就するのだ。
「ん? 待てよ。最後の仕上げがまだ残っているということは……つまり、呪いをかけた本人がまた邸に戻って来る可能性が高いということか」
「ええ。店主の話が本当なら、そういうことになりますね」
「とりあえず、暫くの間はうちの使用人に張り込みをさせておこう。嫌がらせ程度じゃ警察は動かないだろうからな。リーズデイル家の人間に呪いをかけた犯人が直接エルシーの失踪に関与しているかどうかはわからないが……いずれにせよ、捕まえて事情を聞いておかないと。まあ、呪いの効果自体は眉唾ものだが、用心しておくに越したことはない」
俺がそう提案すると、アルノーもそれに賛成する。
「それじゃあ、二つ目の情報を教えてくれ」
「はい。実は、クロリス夫人からエルシー様の過去について話を伺った時に、当時レナード様と恋仲になったという令嬢の現状を教えていただいたんです」
「その令嬢の名前は?」
「アビゲイル・ミラー。ミラー男爵家の長女ですよ」
「ミラー男爵家? あの、没落寸前という噂の……?」
「いえ、既に没落しているみたいですよ。現在、ミラー家は一家離散し、問題の元男爵令嬢──アビゲイル様は、娼館で借金返済のために日々忙しく働いているらしいです」
「なるほどな。レナードに捨てられた後、娼婦に堕ちたのか。ということは、レナードに近づいたのも家を立て直すためだったりするのか……?」
「さあ……? そこまで詳しくは聞いていないので、私もわかりません。でもまあ、大体そんなところでしょうね。彼女、夜会に出向くたびに色んな男性にちょっかいをかけていたそうですから」
「それで、最終的にはレナードに狙いを定めたということか」
話を聞く限り、アビゲイルは相当打算的な女性のようだ。
とにもかくにも、一度彼女に会って詳しい話を聞いておく必要があるな。
「アビゲイルは、娼館で働いていると言っていたな。彼女との面会は可能なのか?」
「娼婦は、言わば商品ですからね。ただ、面会をしたいという理由では会わせてくれないでしょう」
「ということは、客として出向いて指名するしかないのか」
「ええ、恐らく」
そう返し、アルノーは苦笑する。
とにもかくにも、話を聞かないことには何も始まらない。
そんなわけで、俺は何とか仕事の合間を縫ってアビゲイルが働いている娼館に出向くことにした。
1
お気に入りに追加
259
あなたにおすすめの小説
朱糸
黒幕横丁
ミステリー
それは、幸福を騙った呪い(のろい)、そして、真を隠した呪い(まじない)。
Worstの探偵、弐沙(つぐさ)は依頼人から朱絆(しゅばん)神社で授与している朱糸守(しゅしまもり)についての調査を依頼される。
そのお守りは縁結びのお守りとして有名だが、お守りの中身を見たが最後呪い殺されるという噂があった。依頼人も不注意によりお守りの中身を覗いたことにより、依頼してから数日後、変死体となって発見される。
そんな変死体事件が複数発生していることを知った弐沙と弐沙に瓜二つに変装している怜(れい)は、そのお守りについて調査することになった。
これは、呪い(のろい)と呪い(まじない)の話
【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」
***
ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。
しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。
――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。
今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。
それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。
これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。
そんな復讐と解放と恋の物語。
◇ ◆ ◇
※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。
さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。
カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。
※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。
選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。
※表紙絵はフリー素材を拝借しました。
噂好きのローレッタ
水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。
ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。
※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです)
※小説家になろうにも掲載しています
◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました
(旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!
アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。
「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」
王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。
背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。
受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ!
そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた!
すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!?
※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。
※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。
※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる