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3.謎の人形たち

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「それで……その人形は、発見当初から動かしていないんですよね?」
「ああ、動かしていないよ」

 そんな会話をしながら、俺たちは色とりどりの薔薇が咲き並ぶ薔薇園を通って、例の人形がある場所へと向かう。

「と言うよりも……『動かせなかった』という表現の方が正しいかもしれない」
「……? それは、どういう意味ですか?」

 頭の中で疑問符が乱舞しつつも、俺は先頭を歩くレナードに尋ねてみた。
 すると、彼はゆっくりと後ろを振り返り、やがて躊躇がちに口を開く。

「その人形には、『呪縛魔法』がかけられていたんだよ。恐らく、犯人がかけたものだとは思うけれどね。動かそうとしても、びくともしないんだ」
「……呪縛魔法が?」

 呪縛魔法。文字通り、対象物が他者によって勝手に動かされないように固定する魔法である。
 魔術の心得がそれなりにある者──つまり、俺のような本職の魔術師ではない人間でも扱えるような中程度の術だ。
 術の効力は、最大でも約一ヶ月程度しか続かない。
 なので、効果を継続させたければ再び術をかけ直すしかない。

 ──なるほど……。置いてある人形が悪臭を放っているということは、単なる嫌がらせが目的か……? それとも、何か別の目的が……?

「ほら、見えてきたよ。あれと同じ人形が、そこら中に置いてあるんだ。……まるで、邸を包囲するようにね」

 レナードが指差した方向──白い東屋がある方に視線を向けると。
 その東屋の脇に、ちょこんと座っているビスクドールが一体あるのが確認できた。
 ふわっとした金髪の巻き髪に、フリルがふんだんにあしらわれた赤いドレスを身に纏った少女を模した人形──レナードが言っていた通り、見た目は至って普通だ。
 俺は意を決すると、恐る恐るその人形に近づく。
 その途端、強烈な臭いが鼻をついた。それでも構わず進むと、臭気は一段と強くなり。
 ついに辛抱ならなくなった俺は、両手で鼻と口を覆ってしまう。

「な、なんだ……? この臭いは……?」

 そう、例えるなら──生き物の死臭とか腐臭とか、そういった類の臭いだ。
 どうして、ただの人形からそんな臭いが……?

「ギルフォード様。これを」
「ん……? あ、ああ。ありがとう、アルノー」

 あまりの悪臭に気分が悪くなりかけていると、見かねたアルノーがハンカチを渡してくれた。
 俺はすぐさまそれで鼻と口を覆うと、思い切り匂いを嗅いだ。
 アルノーが渡してくれたのは、魔道具屋で売っている特殊な香水が振りかけられたハンカチだ。
 その匂いを嗅ぐだけで、一定時間、悪臭を感じずに済むようになるという優れものである。
 アルノーは、俺の専属執事であると同時に助手でもある。
 万が一の事態に備えて、こういった魔道具を日頃から持ち歩いているのだ。

「さあ、レナード様もこれを」
「ありがとう、助かるよ」

 アルノーは、その香水をふりかけたハンカチを臭気に悶え苦しんでいるレナードにも手渡す。
 これで、ようやくまともに会話ができるようになったな。
 そう思い、俺はレナードに質問を投げかけていく。

「この人形を発見してから、大体どれくらい経つんですか? 確か、エルシーが失踪してからすぐに……と仰っていましたけど」
「一週間くらい前だよ。しかし、妙だな……」
「……? 何がですか?」
「発見当時よりも、明らかに臭いがきつくなっているんだよ。さっき、嗅いだ時に気づいたんだけどね」
「ふむ、なるほど。確か、エルシーが失踪したのは二週間ほど前でしたよね?」
「ああ、そうだけど……それが、どうかしたのかい?」

 言って、レナードは首をかしげる。

「そうですか……」

 エルシーがリーズデイル邸を出ていったのは、約二週間前。
 レナードたちが人形を発見したのが一週間前。
 そして、その頃には既に人形は異臭を放っていた。

 ──もしかしたら……あの人形の体内には、動物の死骸か何かが入っているのかもしれない。

 そう考えた俺は、俺は慌てて人形のそばまで駆け寄った。
 そして、アルノーを呼び寄せると、すぐに彼に指示を出す。

「アルノー、ナイフを」
「はっ、承知いたしました」

 鞄から手早くペンナイフを取り出したアルノーは、すぐにそれを手渡してくれた。
 そのナイフを使って、俺は人形の服をびりっと勢いよく切り裂く。
 次の瞬間、人形の滑らかな白い肌があらわになった。

 ──人形の体に外傷はなし、か……。

「ギ、ギルフォード君……? 一体、何を……?」

 背後で様子を窺っていたレナードが、困惑しながらそう尋ねてくる。

「いえ……ちょっと、気になることがあったもので」
「気になること……?」

 聞き返してくるレナードを横目に、俺はもう一度ナイフを振り下ろす。
 そして、一気に人形の腹部を切り裂いた。……はずだったのだが。
 不思議なことに、人形は一切傷ついていなかった。

「どういうことだ……?」
「恐らく、犯人はこの人形に保護魔法をかけたんでしょうね。もしそうなら、人形の体に傷をつけることは不可能ですよ」

 困惑している俺に向かって、アルノーが呟くように言った。

「保護魔法だって? あんな上級魔法を使えるのは、本職の魔術師くらいだぞ。まさか……犯人は魔術師か?」
「いえ、一概にそうとは言えませんよ」

 思い当たる節があるのか、アルノーは顎に手を当てて少し考え込む。

「実は、スラム街の闇市で売られている魔道具の中には、そういった上級魔法と同等の効果をもたらす物もあるんですよ。それを使えば、人形に保護魔法をかけることは容易かと」

 アルノーの説明を受けて、ようやく腑に落ちる。
 なるほど……必ずしも犯人が魔術師というわけではないということか。

「随分と詳しいんだな」
「ええ、まあ。伊達に子供の頃からスラムで暮らしていませんから」

 言って、アルノーは苦笑した。
 そう言えば……と、俺はアルノーが元スラムの住人だったことを思い出す。
 実は二年ほど前、王都のスラム街で連続通り魔事件が起きて調査に向かったことがあったのだが。彼とは、その時に知り合ったのだ。
 何だかんだあって、アルノーには随分と調査に協力してもらった。
 事件解決後、「うちの執事にならないか?」と声をかけたのが彼がセントクレア家で働くようになった経緯だ。
 彼自身も、まさか自分が侯爵家の執事として働く日が来るなんて思ってもみなかっただろう。

「それにしても、なんか後ろが気になるんだよな……」

 呟くと、俺は再び人形に近づき、恐る恐るその小さな背中を確認する。
 というのも、人形の背後に何とも言えぬ違和感を覚えたからだ。第六感というやつなのかもしれない。
 
「……! これって……」

 思わず、絶句する。
 人形の背中には、東洋の『御札』を彷彿とさせる縦長の紙がぺたりと貼り付けられていたからだ。
 いくら引っ張っても剥がれそうにないから、恐らく、これも魔法で保護してあるのだろう。
 紙面に目を通してみれば、意味のよくわからない謎の言語がびっしりと書かれている。
 状況から察するに、きっとこれは呪詛の類だろう。

「あれ? でも、人の名前が……」

 文字とも記号とも判別つかない呪詛の中に、ふと見知った人間の名前を発見した。
 そう、今回の依頼人であるレナードの名前である。
 そのすぐ隣には、彼の父親である先代公爵の名前も確認できた。
 だが、何故かテオの名前だけはそこにはなかった。

 ──もし、犯人がリーズデイル家の人間を恨んでいるのなら、この中にテオの名前が綴られていてもおかしくはない。それなのに、一体何故……?

「それに、右上に書いてある数字も気になるな。なんだ、これは? 『50』……?」

 呟くと、俺は謎の数字を凝視する。
 もしかしたら、人形たちにつけられた通し番号か何かなのかもしれない。

「いずれにせよ、人形を移動させられない上、悪臭の元すら取り除けないんじゃどうしようもない。とりあえず、出直して別の策を考えよう」

 そう決めると、俺は少し離れた所から不安そうに成り行きを見守っているレナードにそのことを伝えにいった。
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