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1.失踪した従姉
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従姉のエルシーが失踪した──そんな知らせを受けたのは、木枯らしが吹く季節のことだった。
それから暫くして、俺ことギルフォード・セントクレアのもとに「失踪したエルシーの行方を調査をしてほしい」という依頼が舞い込んできた。
依頼人は、エルシーの夫であるレナード・リーズデイル公である。
エルシーが名門公爵家に無事嫁いだことで、俺を含む親族一同はこれで一安心だとばかりに安堵していた。
だから、よもやこんな大事件になろうとは誰も夢にも思わなかったのだ。
自分で言うのもなんだが、俺は巷では『探偵侯爵』などと呼ばれており、ちょっとした有名人だったりする。
何か事件が起こるたびに現場に出向いて解決していたら、いつの間にかそう呼ばれるようになってしまったのだ。
とはいえ、親戚──主に叔父や叔母からの評価はあまり良くない。
理由は、本業そっちのけで推理にのめり込んでいるように見えるからだそうだ。
──やれやれ……全く、失礼極まりないな。
そう考え、俺は小さく嘆息する。
急逝した父に代わって十八歳という若さで侯爵家の当主を務め、日々の執務をこなし、そのうえで副業として探偵業を営んでいるのだから少しは大目に見てほしいものだ。
まあ……副業と言っても、金に困っているわけではないので実質ただの趣味だ。
下手の横好きならまだしも、実力が伴っているのだからとやかく文句を言われる筋合いはない。
「ギルフォード様。それで、いかがいたしましょうか? もし、依頼をお断りになるのでしたら、すぐに返事をお出しいたしますが……」
恭しく振る舞いつつも、金髪碧眼の男が顔を覗き込んでくる。
彼の名前は、アルノー。俺の専属執事で、右腕のような存在だ。
特に、俺が当主に就いてからのここ一年ほどは本当によく頑張ってくれている。
「いや……」
言いながら、俺はレナードから届いた手紙を丁寧に折りたたむ。
「依頼を受ける。何より、大切な従姉のためだ。一肌脱ごうじゃないか」
「え……? お受けになるのですか?」
目を瞬かせながら、アルノーは空になったティーカップを片付ける手を止める。
「ああ。何か、問題でも?」
「いや、でも……現時点で既に依頼が立て込んでいるじゃないですか。どうするんですか? 唯でさえ、本業も忙しいのに……」
「もちろん、同時進行でいく」
そう答えると、アルノーは再び驚いたように目を瞬かせた。
『私を捜すですって? 余計なことをしないでくれるかしら? ギル』
もし、エルシーが俺たちの会話を聞いていたら、そんなことを言いそうだなと思いつつ。
俺は硬直しているアルノーに向かって言葉を続ける。
「大丈夫、これからはちゃんと寝るようにするよ。だから、この依頼を俺に受けさせてくれないか?」
「え、ええ……承知いたしました。ギルフォード様がそう仰るのなら、私に止める権利はありませんので……」
歯切れが悪い様子ながらも、アルノーは承諾する。
恐らく、アルノーが一番心配しているのは俺の体調面なのだろう。
だから、彼を安心させるために「ちゃんと寝る」と約束してみせた。
「よし……そうと決まったら、早速リーズデイル邸に出向くか」
「え!? 今からですか!?」
「善は急げ、というだろう? それに、レナードも『できるだけ早く調査してほしい』と言っていたぞ」
「まあ、それはそうなんですけれども……。かしこまりました。では、早速、身支度を始めましょうか」
言って、アルノーは俺の黒髪を櫛で丁寧に梳かし始める。
そして──
「この髪の色も、透き通った翠緑の目の色も……本当に、エルシー様とそっくりですね」
伏し目がちに、そう言った。
アルノーの言葉に対して、俺は「ああ、そうだな。従姉弟の割にはよく似ているって昔からよく言われていたよ」と返す。
俺とエルシーは幼少期から仲が良く、本当の姉弟のように育った。
というのも……俺は早くに母親を病気で亡くしており兄弟がいないのだが、それを不憫に思ったであろう父が分家であるクロリス家によく連れていってくれていたのだ。
二歳上のエルシーは幼少期から面倒見がいい性格だったから、嫌な顔一つせず遊び相手になってくれていたのを覚えている。
「私が依頼を受けることに賛成しなかったのは、ギルフォード様がお辛いだろうと思ったからです」
「俺が……?」
小首をかしげつつも、アルノーに尋ねる。
「ええ。ギルフォード様とエルシー様は、幼少期からとても仲がよろしく、本当のご姉弟のように育ったとお聞きしました。ですから、エルシー様の失踪事件の調査を自らされるのは心身ともに疲弊するのではないかと心配で……」
アルノーが心情を吐露した瞬間、はっと気づく。
なるほど。アルノーは俺の体だけではなく、メンタル面のことも気遣ってくれていたのか。
「はぁ……相変わらず、過保護だな。お前は」
照れ隠しをするように、俺はアルノーの胸を軽く拳で小突いてみせた。
すると、それに反応したアルノーは微苦笑する。
そんな会話をしつつも身支度を終えると、俺はアルノーと共に馬車でリーズデイル邸へと向かった。
それから暫くして、俺ことギルフォード・セントクレアのもとに「失踪したエルシーの行方を調査をしてほしい」という依頼が舞い込んできた。
依頼人は、エルシーの夫であるレナード・リーズデイル公である。
エルシーが名門公爵家に無事嫁いだことで、俺を含む親族一同はこれで一安心だとばかりに安堵していた。
だから、よもやこんな大事件になろうとは誰も夢にも思わなかったのだ。
自分で言うのもなんだが、俺は巷では『探偵侯爵』などと呼ばれており、ちょっとした有名人だったりする。
何か事件が起こるたびに現場に出向いて解決していたら、いつの間にかそう呼ばれるようになってしまったのだ。
とはいえ、親戚──主に叔父や叔母からの評価はあまり良くない。
理由は、本業そっちのけで推理にのめり込んでいるように見えるからだそうだ。
──やれやれ……全く、失礼極まりないな。
そう考え、俺は小さく嘆息する。
急逝した父に代わって十八歳という若さで侯爵家の当主を務め、日々の執務をこなし、そのうえで副業として探偵業を営んでいるのだから少しは大目に見てほしいものだ。
まあ……副業と言っても、金に困っているわけではないので実質ただの趣味だ。
下手の横好きならまだしも、実力が伴っているのだからとやかく文句を言われる筋合いはない。
「ギルフォード様。それで、いかがいたしましょうか? もし、依頼をお断りになるのでしたら、すぐに返事をお出しいたしますが……」
恭しく振る舞いつつも、金髪碧眼の男が顔を覗き込んでくる。
彼の名前は、アルノー。俺の専属執事で、右腕のような存在だ。
特に、俺が当主に就いてからのここ一年ほどは本当によく頑張ってくれている。
「いや……」
言いながら、俺はレナードから届いた手紙を丁寧に折りたたむ。
「依頼を受ける。何より、大切な従姉のためだ。一肌脱ごうじゃないか」
「え……? お受けになるのですか?」
目を瞬かせながら、アルノーは空になったティーカップを片付ける手を止める。
「ああ。何か、問題でも?」
「いや、でも……現時点で既に依頼が立て込んでいるじゃないですか。どうするんですか? 唯でさえ、本業も忙しいのに……」
「もちろん、同時進行でいく」
そう答えると、アルノーは再び驚いたように目を瞬かせた。
『私を捜すですって? 余計なことをしないでくれるかしら? ギル』
もし、エルシーが俺たちの会話を聞いていたら、そんなことを言いそうだなと思いつつ。
俺は硬直しているアルノーに向かって言葉を続ける。
「大丈夫、これからはちゃんと寝るようにするよ。だから、この依頼を俺に受けさせてくれないか?」
「え、ええ……承知いたしました。ギルフォード様がそう仰るのなら、私に止める権利はありませんので……」
歯切れが悪い様子ながらも、アルノーは承諾する。
恐らく、アルノーが一番心配しているのは俺の体調面なのだろう。
だから、彼を安心させるために「ちゃんと寝る」と約束してみせた。
「よし……そうと決まったら、早速リーズデイル邸に出向くか」
「え!? 今からですか!?」
「善は急げ、というだろう? それに、レナードも『できるだけ早く調査してほしい』と言っていたぞ」
「まあ、それはそうなんですけれども……。かしこまりました。では、早速、身支度を始めましょうか」
言って、アルノーは俺の黒髪を櫛で丁寧に梳かし始める。
そして──
「この髪の色も、透き通った翠緑の目の色も……本当に、エルシー様とそっくりですね」
伏し目がちに、そう言った。
アルノーの言葉に対して、俺は「ああ、そうだな。従姉弟の割にはよく似ているって昔からよく言われていたよ」と返す。
俺とエルシーは幼少期から仲が良く、本当の姉弟のように育った。
というのも……俺は早くに母親を病気で亡くしており兄弟がいないのだが、それを不憫に思ったであろう父が分家であるクロリス家によく連れていってくれていたのだ。
二歳上のエルシーは幼少期から面倒見がいい性格だったから、嫌な顔一つせず遊び相手になってくれていたのを覚えている。
「私が依頼を受けることに賛成しなかったのは、ギルフォード様がお辛いだろうと思ったからです」
「俺が……?」
小首をかしげつつも、アルノーに尋ねる。
「ええ。ギルフォード様とエルシー様は、幼少期からとても仲がよろしく、本当のご姉弟のように育ったとお聞きしました。ですから、エルシー様の失踪事件の調査を自らされるのは心身ともに疲弊するのではないかと心配で……」
アルノーが心情を吐露した瞬間、はっと気づく。
なるほど。アルノーは俺の体だけではなく、メンタル面のことも気遣ってくれていたのか。
「はぁ……相変わらず、過保護だな。お前は」
照れ隠しをするように、俺はアルノーの胸を軽く拳で小突いてみせた。
すると、それに反応したアルノーは微苦笑する。
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