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第3話
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半年後。
アルフレッドは、以前とは打って変わって前向きに生きていた。
マリエルという生き甲斐を見つけてからは、あれだけ嫌だった仕事にも精が出るようになった。
周りからも、「変わったね」と言われることが多くなった。
アルフレッド自身は特に意識していないのだが、愛想が良くなったらしい。
仕事面でも評価されることが多くなり、同僚との関係も良好だ。
マリエルを養子に迎えたことがきっかけで、少しずつ人生が良くなっている気さえする。
気づけば、アルフレッドにとってマリエルはかけがえのない家族となっていた。
人生が好転すると同時に、アルフレッドの心境にも変化が訪れた。
過去の誤ちを──レティシアやユーグに対して行った仕打ちを後悔し猛省するようになったのだ。
(今思えば、あの二人には申し訳ないことをしてしまったな……)
なぜこんな考えに至ったのかというと、これもマリエルのお陰だ。
アルフレッドは、養子であるマリエルを溺愛している。
彼女のために良い父親になろうと努力していたら、いつの間にか罪悪感が芽生えたのだ。
犯した罪は消えない。だから、今後はその十字架を背負いながら慎ましく生きていこう。
いつの間にか、アルフレッドはそんな風に考えるようになっていた。
「パパ、大好きよ。これからもずっと一緒にいてね」
「ああ、もちろんさ」
毎日のようにそんなやり取りをしながら、アルフレッドとマリエルは絆を強めていった。
薄給だし、相変わらずぎりぎりの生活だったけれど、アルフレッドはマリエルに不自由な思いはさせたくないと無理をしてでも周りの子供と同じように服や玩具を買い与えてやった。
そんなアルフレッドの一生懸命さに応えるように、マリエルは素直で優しい子に成長していった。
血の繋がりはないけれど、傍から見れば二人はまるで本当の親子のようだった。
──だが、幸せな日々は突如として終わりを迎えることとなる。
二年後。
その日、アルフレッドは行きつけの酒場に訪れていた。同僚のマティスから「一緒に飲まないか?」と誘われたのだ。
以前なら断っていたところだが、最近のアルフレッドは人付き合いがいい。
特に断る理由もなかったので、快く承諾した。
「実はさ……俺、故郷に帰るんだよ。そこそこ金が貯まったし、ずっと夢だった飲食店を開くつもりなんだ」
カウンター席に座るなり、マティスの口から意外な言葉が飛び出した。
「え……? 随分と急な話だね」
アルフレッドは目を瞬かせる。
正直、昔は心に土足で踏み込んでくるマティスが苦手だった。
けれど、今は親しい友人といっても過言ではないほどの関係だ。
そんな彼が、店を開くために故郷に帰るのだという。アルフレッドは途端に寂しさに襲われたが、何とかそれを顔に出さないようにした。
「それで、いつ旅立つんだい?」
「明日の朝だよ」
「はぁ!? いくらなんでも急すぎるだろう!? なんで、直前になってそんなことを……」
「悪い、悪い。いやー、なかなか言うタイミングが掴めなくてさ。なんだかんだで、ぎりぎりになっちまった」
「お前なぁ……でも、そっか。夢を叶えるために故郷に帰るのか。とりあえず、向こうでも頑張れよ」
アルフレッドはそう言って、友人の背中を押してやった。
マティスは笑顔で「ああ、お前も頑張れよ!」と言うと、美味そうにビールを飲み干した。
その後は、二人で色々な話をしながらしこたま酒を飲んだ。
だが、数時間後。飲みすぎたのか、マティスは酔い潰れてしまう。
「大丈夫か、こいつ。明日の朝には出発しないといけないのに……」
呟いた瞬間、ふとアルフレッドは床に置いてあるマティスの鞄の口が大きく開かれていることに気づく。その中には、ぱんぱんに膨らんだ大きな金貨袋が入っていた。
(そういえば、さっき金が貯まったと言っていたな。ということは、あの金貨袋の中には……)
袋の中身を想像したアルフレッドは、ごくりと生唾を飲み込む。
次の瞬間、アルフレッドの脳裏にある考えがよぎった。
(来年はマリエルが学校に行く歳になるけれど……とてもじゃないけれど、今の安月給では学費は払えない。でも、ある程度まとまった金があれば、他の町に引っ越してそこで転職できるかもしれないな……)
アルフレッドは今、目の前で寝ている友人の金を盗もうとしている。
いや、そんなことをしてはいけない。昔の自分ならともかく、今の自分は改心したのだ。
でも──
(やっぱり、僕はマリエルを学校に行かせてやりたい。ごめん、マティス。許してくれ)
心の中で謝ると、アルフレッドはマティスの鞄から金貨袋を取り出し、手早く自分の鞄に入れた。
そして、マスターに声をかけて二人分の代金を支払い、逃げるように酒場を出た。
アルフレッドは、以前とは打って変わって前向きに生きていた。
マリエルという生き甲斐を見つけてからは、あれだけ嫌だった仕事にも精が出るようになった。
周りからも、「変わったね」と言われることが多くなった。
アルフレッド自身は特に意識していないのだが、愛想が良くなったらしい。
仕事面でも評価されることが多くなり、同僚との関係も良好だ。
マリエルを養子に迎えたことがきっかけで、少しずつ人生が良くなっている気さえする。
気づけば、アルフレッドにとってマリエルはかけがえのない家族となっていた。
人生が好転すると同時に、アルフレッドの心境にも変化が訪れた。
過去の誤ちを──レティシアやユーグに対して行った仕打ちを後悔し猛省するようになったのだ。
(今思えば、あの二人には申し訳ないことをしてしまったな……)
なぜこんな考えに至ったのかというと、これもマリエルのお陰だ。
アルフレッドは、養子であるマリエルを溺愛している。
彼女のために良い父親になろうと努力していたら、いつの間にか罪悪感が芽生えたのだ。
犯した罪は消えない。だから、今後はその十字架を背負いながら慎ましく生きていこう。
いつの間にか、アルフレッドはそんな風に考えるようになっていた。
「パパ、大好きよ。これからもずっと一緒にいてね」
「ああ、もちろんさ」
毎日のようにそんなやり取りをしながら、アルフレッドとマリエルは絆を強めていった。
薄給だし、相変わらずぎりぎりの生活だったけれど、アルフレッドはマリエルに不自由な思いはさせたくないと無理をしてでも周りの子供と同じように服や玩具を買い与えてやった。
そんなアルフレッドの一生懸命さに応えるように、マリエルは素直で優しい子に成長していった。
血の繋がりはないけれど、傍から見れば二人はまるで本当の親子のようだった。
──だが、幸せな日々は突如として終わりを迎えることとなる。
二年後。
その日、アルフレッドは行きつけの酒場に訪れていた。同僚のマティスから「一緒に飲まないか?」と誘われたのだ。
以前なら断っていたところだが、最近のアルフレッドは人付き合いがいい。
特に断る理由もなかったので、快く承諾した。
「実はさ……俺、故郷に帰るんだよ。そこそこ金が貯まったし、ずっと夢だった飲食店を開くつもりなんだ」
カウンター席に座るなり、マティスの口から意外な言葉が飛び出した。
「え……? 随分と急な話だね」
アルフレッドは目を瞬かせる。
正直、昔は心に土足で踏み込んでくるマティスが苦手だった。
けれど、今は親しい友人といっても過言ではないほどの関係だ。
そんな彼が、店を開くために故郷に帰るのだという。アルフレッドは途端に寂しさに襲われたが、何とかそれを顔に出さないようにした。
「それで、いつ旅立つんだい?」
「明日の朝だよ」
「はぁ!? いくらなんでも急すぎるだろう!? なんで、直前になってそんなことを……」
「悪い、悪い。いやー、なかなか言うタイミングが掴めなくてさ。なんだかんだで、ぎりぎりになっちまった」
「お前なぁ……でも、そっか。夢を叶えるために故郷に帰るのか。とりあえず、向こうでも頑張れよ」
アルフレッドはそう言って、友人の背中を押してやった。
マティスは笑顔で「ああ、お前も頑張れよ!」と言うと、美味そうにビールを飲み干した。
その後は、二人で色々な話をしながらしこたま酒を飲んだ。
だが、数時間後。飲みすぎたのか、マティスは酔い潰れてしまう。
「大丈夫か、こいつ。明日の朝には出発しないといけないのに……」
呟いた瞬間、ふとアルフレッドは床に置いてあるマティスの鞄の口が大きく開かれていることに気づく。その中には、ぱんぱんに膨らんだ大きな金貨袋が入っていた。
(そういえば、さっき金が貯まったと言っていたな。ということは、あの金貨袋の中には……)
袋の中身を想像したアルフレッドは、ごくりと生唾を飲み込む。
次の瞬間、アルフレッドの脳裏にある考えがよぎった。
(来年はマリエルが学校に行く歳になるけれど……とてもじゃないけれど、今の安月給では学費は払えない。でも、ある程度まとまった金があれば、他の町に引っ越してそこで転職できるかもしれないな……)
アルフレッドは今、目の前で寝ている友人の金を盗もうとしている。
いや、そんなことをしてはいけない。昔の自分ならともかく、今の自分は改心したのだ。
でも──
(やっぱり、僕はマリエルを学校に行かせてやりたい。ごめん、マティス。許してくれ)
心の中で謝ると、アルフレッドはマティスの鞄から金貨袋を取り出し、手早く自分の鞄に入れた。
そして、マスターに声をかけて二人分の代金を支払い、逃げるように酒場を出た。
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