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聞こえない 降り立った悪魔

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日課のお見舞いに同行。

お見舞いを済ますと獣探しを口実にマウントシーを歩き回る。

「フラジールは? 」

「さあな。ここをまだ離れてはいないと思うぞ」

「言い切れる? 」

「ああ。バスも使えない。徒歩で下山もない。

たぶん仲間の迎えを待っているのだろう。

今のところそう言った音は聞こえてこない」

フラジールは現在行方不明。

ここマウントシーに留まってると思われる。

ただ本人が言うように敵ではない。危険はないだろう。


「大河は彼女を許すの? 」

唐突な質問。答えるのに時間がかかる。

「どうだろう。すべてが上手く行けば許そうかと」

「私は許せない。あーちゃんをあんな目に遭わせたあの女を絶対に許さない」

憎しみの炎が燃えている。

分からないことはないが落ち着いて欲しい。

「エレンはあーちゃんに拘るんだな」

「当然でしょう。あーちゃんがどんな目に遭ったか知ってるくせに」

非難するような眼で見る。いや睨む。

「それは彼女も十分反省してただろ」

「反省したらいいの? そんなことそんなことない」

えらく感情的になる。

「落ち着けって。エレン」

「ごめんなさい。つい…… 」

あーちゃんのことになると感情をコントロールできないから困る。


「一つ聞いてもいいか」

「あーちゃんのこと? 」

「いや君のことだ。なぜここへ。マウントシーへ来ることに? 」

「あらあらプライベートに立ち入らないのがここでのマナーでしょう? 」

「頼むよエレン」

「昔のことは忘れた」

「おいおいそんなことはないだろ」


「私とあーちゃんは同じ境遇なの」

ポツポツと語りだす。

「私はね結…… 」

聞こえなかった。もう一度頼むがやはりまったく聞こえない。

邪魔される。少し揺れも感じた。

風か。突風でも吹いたか?

だが違う。空は穏やかだ。

分からない。分からないが嫌な予感がする。


「この話はお終いにしよう。祭りが終わった後でじっくり聞くとしよう」

エレンも同意する。

「私たち二人にはもう少し時間が必要みたい。でも一つだけ伝えておくわ。

結婚は決して二人の意志だけで成立するものではない。

あなたもその機会があれば肝に銘じておくのね。

望まれない結婚だってあるんだから。

私は知ってる。運命ってことかしら。私は運命は受け入れるつもり」

「エレン。君は…… まあいいか。そうだエレン。島を出て行く気はないか?

この島を脱出すれば自由が手に入るかもしれない。出会いだってあるかもしれない」

反応を見て彼女の本音を探る。

「何を言ってるの? 私はこの島の出身。ここで最後まで生きていくつもり」

やはり無駄だったか。マウントシーを訪れた少女たちは自らその檻に進んで入る。

そんな気がする。思い過ごしだろうか?

「そうか。分かったもう何も言わない」


マウントシーに異変。

「大河さん何かおかしい」

「どうした? 獣はこの辺りには…… 」

「大河さん」

「うん? 」

「あのね…… 」

「聞こえないぞ」

「私…… 」

うん? うん? 聞こえない。


バラバラ…… バッババ
バラバラ…… バラ…… バラバラ……
バッババ…… バッババ……
バババ…… ババババ…… ババババ……


プロペラが回転する音。

ヘリコプターのモーター音が激しく耳を打つ。

どんどん近づいてくる。

平穏なマウントシーに突如現れた謎の飛行物体。

一体ここで何が起きてる? どうすれば…… 

アリアやエレンのことを考えるあまり警戒を怠った。

俺としたことが…… 信じられないような大失態。

このままでは全滅だ。


「おい気をつけろ」

エレンは頷くだけ。

「ヘリがヘリが」

ダメだちっとも聞こえない。これでは会話にならない。

大声を張り上げる。

「前にフラジールが言ってた。取引に応じなければ大変なことになると」

「これはヘリ? 敵なの? 攻撃してくるってこと?

まあそうよね。こんなところにヘリで観光に来るとは思えないしね」

何とか張り上げて聞こえてる状態。

このままでは声が嗄れる。それだけでなく……


「来るぞ。逃げろ。山小屋まで引き返せ。

早く。早く。もう遅い。低く。態勢を低くしろ。早く。早く」

「分かったわよ」

エレンは言われた通り地面に伏せる。

「ヘリが突っ込んでくるぞ。もっと低く。もっとだ。

早くしろ。何か応戦できるものは? 」

「そんな…… そんなものある訳ないでしょう。あなたこそ持ってないの? 」

「済まん。銃は置いてきた。あるのはこの秘薬ぐらいなものだ。

それだってもうすぐなくなっちまう。あと一回か二回かそこらだ」

打つ手なし。


「ねえ私たちどうしたらいいの? 」

「分からない。俺にもどうしいいか。とにかく隠れるしかない。

だが俺たちがもし姿を消せば山小屋にしろ館にしろ吹っ飛ばされるだろう。

どの道もうあきらめるしかないな。天に身を任せよう」

「そんな大河…… 」

「いいかエレン。姿勢を低くして山小屋にダッシュだ。良いか行くぞ。それ」

どうせ山小屋では持たないが時間稼ぎにはなる。

一旦隠れる選択をする。


二人は山小屋に駆け込み難を逃れた。


                 続く
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