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信じる心と大河への想い
しおりを挟むこの年の冬は例年より積雪が多い日々が続いた。
改修して大分マシになったルヴェフル侯爵邸だったが、朝の底冷えはなかなかキツイ。
皆が集まる居間は惜しみなく薪がくべられ凍えることはないが、キッチンは安い泥炭が燻ぶるだけでかなり冷え込んでいた。
「うひぃ~、湯が温まるまできっついなー。フラ、悪いけど微温湯をボウルに溜めてくれないか?」
「はーい、野菜を洗う分だけでいいかな?」
水魔法で貯められた微温湯に手と野菜を浸すと「生き返る」と言ってレオニードは恍惚とした顔をする。
大袈裟だなぁとフラウットは笑った。いつも通りのなんでもない朝の光景だったがどこか浮かれている。
「えへぇ、やっと会えるんだねぇ。ティルは元気かな~」
「そうだな、戴冠式前に面会許可が下りるなんて幸運だったよな!」
朝ご飯用のスープの支度をしながら二人は楽しそうに会話していた、煉瓦竈からは香ばしいパンの匂いが漂いはじめていた。
「おっはよー。手伝いにきたぜぇ……ヴェックション!おいおいキッチンの冷えはえげつねぇな」
寝起きのバリラが早く食べたいからと手伝いに参戦したが思うように動けないようだ。それでも空腹が彼女を責めるのでなんとか働く。
「おお、鳥ガラスープがゼリーみたいに固まってるな。これ焦げないのか?」
「平気だ、水分が多いからな。融けたら青菜を入れてくれ」
「あいよー」
それから珍しく早起きしたバリラをフラが少し揶揄う、親友に会える日とあってテンションが高めのようだった。
「この日にグースカ寝てられないからな。やっとティルに会える、何カ月ぶりだよってな」
「そうだよね、いっぱい話そうね!手紙だけじゃ足りないもん」
この日の朝食はとても賑やかでいつもより旺盛な食欲を発揮した。面会は午後からだったが、食後もそわそわと落ち着かない。テトラ王の計らいでお茶会の席となるので昼食は抜きにして全員おめかしでちょっとした騒ぎになる。
靴下はどこだ、マントを知らないかと探し物でパニックになったが、ただひとり冷静だったジェイラが「目のまえにあるでしょうが!落ち着け!」と怒鳴った。
その後、ジェイラが留守を預かることになって彼らは定刻通りにやってきた迎えの馬車に乗り込んだ。
「ふはー、い、胃が痛い……こんな緊張したのいつぶりだよ」
「や、はな。レオったば、なひゃけねぇぜ?」
「いや、ふたりとも緊張し過ぎだよぉ?レオは侯爵らしく、バリラは剣士としてしゃんとして」
「「ひゃい」」
***
レオニード達は登城して案内された広間を見て驚く、どこかの重鎮でも招くのかと勘違いしそうな豪華さだったからだ。気軽な立食式かと想像していた彼らは再び緊張する。
「ちょっと、ただの茶会じゃなかったのか!?」狼狽えたバリラがレオニードに詰めよるが彼とて同じく驚いていた。自分こそが聞きたいとレオニードは思うのだ。余裕顔だったフラウットまで借りてきた猫のように口を閉ざして一番端の椅子に鎮座して固まった。
「早く来てティル~みんなが緊張し過ぎて壊れちゃう前に……」
レオニードがそうぼやいた時、広間の正面にあたる両開き扉が開いた。主催たちの登場のようだ。バリラは勢い余って座っていた椅子を盛大に転がしてしまって控えていたメイド達が悲鳴をあげた、もはや作法以前の問題である。
「やぁやぁ済まないね。丁重にと指示したら大袈裟になってしまったようだワハハハハッ」
悪びれた様子もなくヘラヘラ登場したのは場を設けたガルディ王だ、レオは悪友を睨んでふざけやがってと呟いた。お調子者の王の傍らに眉をハチの字に下げた王妃メヌイースが「ごめんなさい」と目で謝っている。
王は白手袋をした手を挙げて人払いの合図をした、侍従ら全員が一斉に扉の奥へと消えていく。すると入れ替わりに待ち侘びた人物が現れた。
「ティル!」
「バリラ!」
数カ月ぶりの親友の顔を見つめ合いそして抱き合って泣いている、やがて国に君臨するティリル・フェインゼロが感情を剥き出しにするのはこれが最後だろう。
「ティル、あぁ良かった……心配したんだ本当に!」
「突然消えてごめんねバリラ、あの時は誰とも連絡しようがなかったのよ。攫われたふりをするように指示されて従う他なかったの……でないと戦場で切り裂かれたのは人形ではなく私だったわ」
「うん、うん……例え人形と知ってはいても辛かった。でも、もうあの悪漢は地に落ちた、脅かされることはないよ」
ぐしゃぐしゃに泣きながら再会の喜びを噛みしめる二人をレオニード達は黙って見守る。フラウットも飛びつきたそうにウズウズしていたが我慢している。やがて嗚咽の声が落ち着くと漸くティリルが冷静さを欠いていたことを王達に詫びてレオニードとフラウットの元へ駆け寄った。
「ティル元気そうで良かったよ、城での生活は窮屈じゃないかい?」
「ええ、ガルディ王にはとてもよくして貰っていますわ。少し太ったくらいなのよ。……でも」
「でも?」言葉に詰まるティリルにレオニードは首を傾げて先を促す。
「”おかえり”と言って下さらないのが寂しい……」
「ティル……それは、言えない。キミは……王女ティリルは本来いるべきところへ帰るのだからね。帝国の民にはキミの力が必要なんだ」
レオニードは下を向き言葉を絞り出すと、唇をきつく噛んだ。どうしようもない決別がやってきたのを必死に耐える。
フラウットは彼らの傍らで声を抑えて泣いている。その小さな手はティリルのドレスの端を掴み皺を作っていた。
改修して大分マシになったルヴェフル侯爵邸だったが、朝の底冷えはなかなかキツイ。
皆が集まる居間は惜しみなく薪がくべられ凍えることはないが、キッチンは安い泥炭が燻ぶるだけでかなり冷え込んでいた。
「うひぃ~、湯が温まるまできっついなー。フラ、悪いけど微温湯をボウルに溜めてくれないか?」
「はーい、野菜を洗う分だけでいいかな?」
水魔法で貯められた微温湯に手と野菜を浸すと「生き返る」と言ってレオニードは恍惚とした顔をする。
大袈裟だなぁとフラウットは笑った。いつも通りのなんでもない朝の光景だったがどこか浮かれている。
「えへぇ、やっと会えるんだねぇ。ティルは元気かな~」
「そうだな、戴冠式前に面会許可が下りるなんて幸運だったよな!」
朝ご飯用のスープの支度をしながら二人は楽しそうに会話していた、煉瓦竈からは香ばしいパンの匂いが漂いはじめていた。
「おっはよー。手伝いにきたぜぇ……ヴェックション!おいおいキッチンの冷えはえげつねぇな」
寝起きのバリラが早く食べたいからと手伝いに参戦したが思うように動けないようだ。それでも空腹が彼女を責めるのでなんとか働く。
「おお、鳥ガラスープがゼリーみたいに固まってるな。これ焦げないのか?」
「平気だ、水分が多いからな。融けたら青菜を入れてくれ」
「あいよー」
それから珍しく早起きしたバリラをフラが少し揶揄う、親友に会える日とあってテンションが高めのようだった。
「この日にグースカ寝てられないからな。やっとティルに会える、何カ月ぶりだよってな」
「そうだよね、いっぱい話そうね!手紙だけじゃ足りないもん」
この日の朝食はとても賑やかでいつもより旺盛な食欲を発揮した。面会は午後からだったが、食後もそわそわと落ち着かない。テトラ王の計らいでお茶会の席となるので昼食は抜きにして全員おめかしでちょっとした騒ぎになる。
靴下はどこだ、マントを知らないかと探し物でパニックになったが、ただひとり冷静だったジェイラが「目のまえにあるでしょうが!落ち着け!」と怒鳴った。
その後、ジェイラが留守を預かることになって彼らは定刻通りにやってきた迎えの馬車に乗り込んだ。
「ふはー、い、胃が痛い……こんな緊張したのいつぶりだよ」
「や、はな。レオったば、なひゃけねぇぜ?」
「いや、ふたりとも緊張し過ぎだよぉ?レオは侯爵らしく、バリラは剣士としてしゃんとして」
「「ひゃい」」
***
レオニード達は登城して案内された広間を見て驚く、どこかの重鎮でも招くのかと勘違いしそうな豪華さだったからだ。気軽な立食式かと想像していた彼らは再び緊張する。
「ちょっと、ただの茶会じゃなかったのか!?」狼狽えたバリラがレオニードに詰めよるが彼とて同じく驚いていた。自分こそが聞きたいとレオニードは思うのだ。余裕顔だったフラウットまで借りてきた猫のように口を閉ざして一番端の椅子に鎮座して固まった。
「早く来てティル~みんなが緊張し過ぎて壊れちゃう前に……」
レオニードがそうぼやいた時、広間の正面にあたる両開き扉が開いた。主催たちの登場のようだ。バリラは勢い余って座っていた椅子を盛大に転がしてしまって控えていたメイド達が悲鳴をあげた、もはや作法以前の問題である。
「やぁやぁ済まないね。丁重にと指示したら大袈裟になってしまったようだワハハハハッ」
悪びれた様子もなくヘラヘラ登場したのは場を設けたガルディ王だ、レオは悪友を睨んでふざけやがってと呟いた。お調子者の王の傍らに眉をハチの字に下げた王妃メヌイースが「ごめんなさい」と目で謝っている。
王は白手袋をした手を挙げて人払いの合図をした、侍従ら全員が一斉に扉の奥へと消えていく。すると入れ替わりに待ち侘びた人物が現れた。
「ティル!」
「バリラ!」
数カ月ぶりの親友の顔を見つめ合いそして抱き合って泣いている、やがて国に君臨するティリル・フェインゼロが感情を剥き出しにするのはこれが最後だろう。
「ティル、あぁ良かった……心配したんだ本当に!」
「突然消えてごめんねバリラ、あの時は誰とも連絡しようがなかったのよ。攫われたふりをするように指示されて従う他なかったの……でないと戦場で切り裂かれたのは人形ではなく私だったわ」
「うん、うん……例え人形と知ってはいても辛かった。でも、もうあの悪漢は地に落ちた、脅かされることはないよ」
ぐしゃぐしゃに泣きながら再会の喜びを噛みしめる二人をレオニード達は黙って見守る。フラウットも飛びつきたそうにウズウズしていたが我慢している。やがて嗚咽の声が落ち着くと漸くティリルが冷静さを欠いていたことを王達に詫びてレオニードとフラウットの元へ駆け寄った。
「ティル元気そうで良かったよ、城での生活は窮屈じゃないかい?」
「ええ、ガルディ王にはとてもよくして貰っていますわ。少し太ったくらいなのよ。……でも」
「でも?」言葉に詰まるティリルにレオニードは首を傾げて先を促す。
「”おかえり”と言って下さらないのが寂しい……」
「ティル……それは、言えない。キミは……王女ティリルは本来いるべきところへ帰るのだからね。帝国の民にはキミの力が必要なんだ」
レオニードは下を向き言葉を絞り出すと、唇をきつく噛んだ。どうしようもない決別がやってきたのを必死に耐える。
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