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振り返らずの橋

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翌朝。

やはり父は行くつもりはないらしい。

私が代わりにガイドを引き受けることに。

まったくもうだらしないんだから……


登山口で待ち合わせ。

ふう緊張するな。大丈夫だとは思うけど登山は危険が付き物。

いくらな慣れてるとは言え自然。ちょっぴり不安になる。

来た来た。

カップルとその後ろを影のようにつく少年。

合計三名のおかしなお客様。


朝から日差しも強く暑い。

もちろん天気は快晴。雲一つない絶好のハイキング日和。

ただ山の天気は急変するのでその辺は気をつける必要がある。

「本日はよろしくお願いします」

自己紹介を終える。


「ああガイドさんね。あれ男性の方だと聞いたんだけど。君はお子さんかな? 」

ネームプレートを覗く目が怖い。

気のせい? ううん違う。たぶん悪い人。

彼女の前でひたすら隠そうとしてるが滲み出てしまっている。

性格の悪さと言うか人間性。

私には分かる。彼は邪悪な心の持ち主。

決してこの島に招き入れてはいけない人。

彼の野心が私たち島民を呑み込む。

ダメ! でも屈することになる。


「あらガイドさん。今日はよろしく。

誰にでも優しく笑顔で接する彼女。どこかで見た気がする。

「よろしく。私は渚。この島の出身で今里帰り中。

こちらが翼さん。この島に興味があって伝説について調べてる学者さん」

「こら適当抜かすな! 俺はただの観光客さ。誤解されるだろ」

やはりこの男油断ならない。

「それからこっちは私の弟みたいなもの。

着いてきちゃったんだ。私のお供の大さん」

「何だよそれ? 初めて聞いたな」

影の薄いこの少年と女性は随分と仲がよさそうだ。

弟ではないなら一体何だと言うの?


出発直前二人が下からの景色を写真に収めるため現場を離れた。

そこですかさず翼さんが話を持ち掛ける。

「チップをはずむから私の言う通りにしてくれないか」

さすがは都会の人。気前がいい。

チップに目が眩みさっきまでの印象が薄れていく。

勝手にいい人だと思い込もうとする。

たくさんお金をくれる人はいい人。

父から唯一教わった言葉。

「分かりました。お任せください」

これはチャンス。彼の要望に応え続ければ今月は何とかなる。

お客の要望に最大限応えるのはガイドとして当然のこと。

いいじゃない。その報酬としてチップがもらえるのだから。

四人はマウントシーを目指し登山を開始。


翼氏の要望。

1、最短距離で登ること。

2、二人一組で登りたいので最初は彼とガイドの君が前に。出来れば手をつないで。

3、恋人気分を味わいたいので彼とは離れて行動したい。

4、サプライズのためにアイコンタクトでサインを送るから対応せよ。

5、サプライズのため『帰らずの橋』を通る時は男同士女同士で頼む。

6、『帰らずの橋』を『振り返らずの橋』と説明しそれにちなんだ話を披露せよ。

7、疑わずにすべて従って欲しい。


最近の観光客。特に本土から来た都会の人は本当に要望と言うかワガママが酷い。

島の者を何だと思っている? 特に若い奴らに見られる傾向。困った者だ。

そう言う父の言葉が蘇ってくるようだ。


「大丈夫なの大さん? 気分が悪そうだけど」

「ああ、うう…… 」

かわいそうに緊張した様子の男の子。

「大さん大丈夫? 」

心配してると言うよりはからかっている感じがする。

この子は何を怖がってる? 何を感じ取ったって言うの?

私だってお仕事じゃなければこんなこと。

でも実際彼の体調が悪ければこれ以上の登山は止め引き返すべきだ。

ただそれは報酬にも響くので出来れば避けたい。

「カナ…… 大丈夫だよ」

もうしょうがないな。

フラフラして危なそうなのでぎゅっと手を握って引っ張っていく。


少年の黒い帽子に雨粒が落ちてきた。

休憩を挟んで三時間が経過した頃四人の目の前に橋が見えた。

橋への一本道を速足で駆け抜けると橋に辿り着く。

私はカップルの女性と。翼さんはあの男の子と。

女同士。男同士文句はないでしょう。

ペアをチェンジして最後の難関に臨む。


翼のアイコンタクトを受け取るとすぐに行動開始。

さっきまで考えていた即興の『振り返らずの橋』を面白おかしく披露。

二人に対する罪悪感は無い。

少しぐらい嘘を吐いたって面白ければいい。盛り上がればそれでいい。

誇張だって問題ない。お客の要望に応えればいいのだから。

割り切るしかない。これも商売商売。


そして最悪の事態を迎える。

「この橋は『振り返らずの橋』と言って…… 」


                続く
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