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帰らずの橋の悲劇
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「絶対に振り向かないでくださいね」
隣で手をぎゅっと掴んでくるカップルの女性に念を押す。
私も一応は守る。これも盛り上げるためだ。
あの人は一体どんなサプライズを仕掛けてくるのか?
私は何も知らされていない。でもお二人がここで結ばれればそれは素敵なこと。
後を音で確認。追いかけてくる二人との距離を測る。
離れすぎず近すぎずの距離感がベストだ。
それは恋人の距離感にも似ている。
橋の上を歩き続け三十分弱が過ぎたところでようやくゴールにたどり着く。
ふう疲れた。あっちは大丈夫かな?
後を振り返ると同時に男の叫びがこだまする。
慌てて引き返し近くまで走る。
「待て来るな! 」
男は焦っている。
少年の姿が見えない。まさか落下?
いやまだだ。片手一本で橋にしがみついている。
このまま一分も放っておけば体力が尽き橋の下へ。
それは即ち死を意味する。
もはや一刻の猶予もない。
助けようと手を伸ばすががそれを男が必死に止める。
「止せ! もう助からない。君まで巻き込まれるぞ! 」
「でも…… 早く何とかしないと。早く! 早く! 」
懸命に手を伸ばすもそれを男がことごとく邪魔をする。
「もう遅い。フフフ…… 助かりはしないさ」
両腕を掴まれ少年から引き離された。もはや彼のことを思うことしかできない。
今、私にやれること。それは叫ぶこと。
少年よりも長く強く。
もうそれぐらいしかしてあげられない。
助ける者はいない。こうなっては見捨てるしかない。
自然は恐ろしい。橋は慎重に。山登りは遊びじゃない。
でもでも本当に少年の不注意だったの?
私はその現場を見てない。ただ叫び声が聞こえただけ。
自分の無力さが許せない。
驚異の粘りで三分以上持ち堪えていた手は力を失くし帽子を残し谷底へ。
次の瞬間視界から消える。
あの大きな闇に取り込まれた。もはや成す術なし。
ただじっと祈るしかない。
私は何てことを? 嵌められた?
あの男の言いなりで安全を軽んじていた。
いつも父から気をつけろと言われていたのに。
ちょっとした隙が少年を奈落の底に突き落とした。
「いやあああ! 」
「仕方なかったんだ。うう…… 俺が付いていながら仕方がなかった……
ううう…… ふふふ…… 」
優しく抱き寄せてくれる男。その目には涙さえ浮かべている。
でも私は知っている。それが演技だと。嘘泣きであると。
この男の目的は初めから決まっていた。
これは事故なんかじゃない。
突き飛ばしたんだ。そうに違いない。
私が彼女と先に行くように仕向けたのもこの男。
それに従って私は彼女と手をつないだ。
不安だってあったがどちらかが一緒になるのは仕方ない。
私もたぶん皆も深く考えていなかった。
地元でもない者を一人では行かせられない。
だから少年をこの男に任せた。
何かあるとは思ったけどそれを見抜けなかった。
もう後悔しても遅い。
少年の最期の姿が頭に焼き付いてどうやっても離れない。
マウントシーの言い伝えではあの橋から落ちて生還した者はいないと聞く。
だからもう彼は助からない。それが島の常識。
男と共に彼女のところまで歩いて行く。
彼女は橋の終着点、マウントシーの入り口で倒れていた。
なぜこんなことに……
私は悪くないよね?
どうしてどうして!
男を見るが何も答えようとはしない。
ただ薄ら笑いを浮かべているだけだ。
「おい大丈夫か? おい! 」
散々原因を作っておきながら白々しくお姫様を救出。
きっとこの男はまた演じるのだろう。
勇敢な騎士を。でも騙されてはいけない。
彼はもはや人間ではない。
ここに居る者は、私を、あの少年を、そして皆を嵌めた悪魔なのだ。
ほら立ち上がって倒れてなんかいないで立ち向かって。
なぜこんなことになってしまったのだろう?
私だって今すぐにでも倒れてしまいたい。
朝。
陽光が降り注ぐ。
しまった寝過ごした!
身支度を整え急いで中へ入る。
会議室と呼ばれている部屋へ滑り込むと全員、着席していた。
「遅いですよドルチェさん。早く座ってください」
いつも思う。ハッピー先生は常に冷静沈着。
だからつい安心する。ただ厳しく接する場合もある。
「いいですか皆さん。最近たるんでますよ。ドルチェさんだけではありません。
ルールや規則、決まりごとをしっかり守って行動してください。
間もなく祭りが始まります。一層引き締めるようにお願いします」
「はい! 」
皆返事をする。少し遅れて私も返事をする。
決まりごと…… そうだ決まりごとやルールを守らねばここには居られない。
私たちがマウントシーに居続けるためには順守する必要がある。
初日に教わった五か条を頭の中で復唱する。
<五か条>
一、聖女であること。
常に聖女でありつづけること。
二、グリーズ島出身者であること。
島の者以外は何人も受け付けない。
三、未成年であること。
守られるべき存在であること。
四、清き心を持つこと。
清くあり続けること。
五、祭りに参加すること。
陽祭りだけでなく月祭りにも積極的に参加する。
続く
隣で手をぎゅっと掴んでくるカップルの女性に念を押す。
私も一応は守る。これも盛り上げるためだ。
あの人は一体どんなサプライズを仕掛けてくるのか?
私は何も知らされていない。でもお二人がここで結ばれればそれは素敵なこと。
後を音で確認。追いかけてくる二人との距離を測る。
離れすぎず近すぎずの距離感がベストだ。
それは恋人の距離感にも似ている。
橋の上を歩き続け三十分弱が過ぎたところでようやくゴールにたどり着く。
ふう疲れた。あっちは大丈夫かな?
後を振り返ると同時に男の叫びがこだまする。
慌てて引き返し近くまで走る。
「待て来るな! 」
男は焦っている。
少年の姿が見えない。まさか落下?
いやまだだ。片手一本で橋にしがみついている。
このまま一分も放っておけば体力が尽き橋の下へ。
それは即ち死を意味する。
もはや一刻の猶予もない。
助けようと手を伸ばすががそれを男が必死に止める。
「止せ! もう助からない。君まで巻き込まれるぞ! 」
「でも…… 早く何とかしないと。早く! 早く! 」
懸命に手を伸ばすもそれを男がことごとく邪魔をする。
「もう遅い。フフフ…… 助かりはしないさ」
両腕を掴まれ少年から引き離された。もはや彼のことを思うことしかできない。
今、私にやれること。それは叫ぶこと。
少年よりも長く強く。
もうそれぐらいしかしてあげられない。
助ける者はいない。こうなっては見捨てるしかない。
自然は恐ろしい。橋は慎重に。山登りは遊びじゃない。
でもでも本当に少年の不注意だったの?
私はその現場を見てない。ただ叫び声が聞こえただけ。
自分の無力さが許せない。
驚異の粘りで三分以上持ち堪えていた手は力を失くし帽子を残し谷底へ。
次の瞬間視界から消える。
あの大きな闇に取り込まれた。もはや成す術なし。
ただじっと祈るしかない。
私は何てことを? 嵌められた?
あの男の言いなりで安全を軽んじていた。
いつも父から気をつけろと言われていたのに。
ちょっとした隙が少年を奈落の底に突き落とした。
「いやあああ! 」
「仕方なかったんだ。うう…… 俺が付いていながら仕方がなかった……
ううう…… ふふふ…… 」
優しく抱き寄せてくれる男。その目には涙さえ浮かべている。
でも私は知っている。それが演技だと。嘘泣きであると。
この男の目的は初めから決まっていた。
これは事故なんかじゃない。
突き飛ばしたんだ。そうに違いない。
私が彼女と先に行くように仕向けたのもこの男。
それに従って私は彼女と手をつないだ。
不安だってあったがどちらかが一緒になるのは仕方ない。
私もたぶん皆も深く考えていなかった。
地元でもない者を一人では行かせられない。
だから少年をこの男に任せた。
何かあるとは思ったけどそれを見抜けなかった。
もう後悔しても遅い。
少年の最期の姿が頭に焼き付いてどうやっても離れない。
マウントシーの言い伝えではあの橋から落ちて生還した者はいないと聞く。
だからもう彼は助からない。それが島の常識。
男と共に彼女のところまで歩いて行く。
彼女は橋の終着点、マウントシーの入り口で倒れていた。
なぜこんなことに……
私は悪くないよね?
どうしてどうして!
男を見るが何も答えようとはしない。
ただ薄ら笑いを浮かべているだけだ。
「おい大丈夫か? おい! 」
散々原因を作っておきながら白々しくお姫様を救出。
きっとこの男はまた演じるのだろう。
勇敢な騎士を。でも騙されてはいけない。
彼はもはや人間ではない。
ここに居る者は、私を、あの少年を、そして皆を嵌めた悪魔なのだ。
ほら立ち上がって倒れてなんかいないで立ち向かって。
なぜこんなことになってしまったのだろう?
私だって今すぐにでも倒れてしまいたい。
朝。
陽光が降り注ぐ。
しまった寝過ごした!
身支度を整え急いで中へ入る。
会議室と呼ばれている部屋へ滑り込むと全員、着席していた。
「遅いですよドルチェさん。早く座ってください」
いつも思う。ハッピー先生は常に冷静沈着。
だからつい安心する。ただ厳しく接する場合もある。
「いいですか皆さん。最近たるんでますよ。ドルチェさんだけではありません。
ルールや規則、決まりごとをしっかり守って行動してください。
間もなく祭りが始まります。一層引き締めるようにお願いします」
「はい! 」
皆返事をする。少し遅れて私も返事をする。
決まりごと…… そうだ決まりごとやルールを守らねばここには居られない。
私たちがマウントシーに居続けるためには順守する必要がある。
初日に教わった五か条を頭の中で復唱する。
<五か条>
一、聖女であること。
常に聖女でありつづけること。
二、グリーズ島出身者であること。
島の者以外は何人も受け付けない。
三、未成年であること。
守られるべき存在であること。
四、清き心を持つこと。
清くあり続けること。
五、祭りに参加すること。
陽祭りだけでなく月祭りにも積極的に参加する。
続く
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