52 / 61
別れの儀式 衝撃の真実
しおりを挟む「ここは……?」
いつの間にかうとうととしていたのか、アルグスはアジトのリビングで、ふと意識を取り戻した。どうやらリビングのテーブルに着席したまま居眠りしていたようだ。
酷く頭が痛むし、なんだか記憶が曖昧だ。いや、記憶が曖昧というよりは、意識が朦朧としているのだろうか。ともかく本調子ではない。
しかし気温は涼しく、開けられた窓からは気持ちの良い風が吹いている。外からはさらさらと草木のこすれ合う音がした。
「あらアルグス、起きたの?」
「アンセか」
彼女の顔を見た時、何かチクリと胸が痛んだような気がした。何か……何か謝らないといけないことがあったような気がしてならない。
いや、それ以前に……
(今は一体いつなんだ……ここまでの記憶が曖昧だ。外は大分涼しい。秋も中頃と言った感じか)
そうだ、ぼんやりとしながらも少しずつ思い出してきた。セゴーが化け物になって町の中で暴れ出して……大惨事になっていたはずである。
「アンセ……町は……ガスタルデッロはあれから、どうなったんだ?」
アルグスが尋ねるとアンセは少し眉根を寄せて困ったような表情をした。
「また、記憶があいまいになっているのね……激しい戦いだったから……
アルグスは、どこまで覚えているの?」
「覚えて……」
テーブルの上に乗せられている両手のひらを見ながら、アルグスはゆっくりと記憶を掘り起こす。
「そうだ……戦いをおさめるために、イリスウーフは野風の笛を取り出して……それをガスタルデッロに奪われてしまって、僕はすぐにダンジョンに追いかけて行ったんだけど」
「そう」
対面の席に椅子を引いて座りながらアンセは問いかける。
「それで、何があったの?」
彼女と目が合った瞬間、アルグスはビクリと体を震わせる。
思い出したのだ。
あの時迷宮の奥で、何があったのかを。
血にまみれた己の穢れた手。
腕の中でぐったりとし、動かない恋人。
一瞬のうちにアルグスの瞳孔が開き、心の臓は早鐘の如くに打ち鳴らされ、呼吸は早く、浅くなる。
それでもアルグスは、自分のした事と向き合わねばならないと思った。あの時ダンジョンの中であったことを口に出す。それを当のアンセに話すのだ。もはや、何が夢で、何が現なのかも分からない。
「僕は……僕は、迷宮の奥で、君を……」
思わず言葉に詰まる。
「どうしたの、アルグス」
その異常を察知してアンセが席を立ち、アルグスのすぐ近くに駆け寄る。
「ぼくが、きみを……ころしたんだ」
言った瞬間、アンセは優しくアルグスを抱きしめた。
「夢よ……それは全部、夢」
「ちがう、ちがうんだ」
どちらが夢なのか。
先ほどのダンジョンで起きたことが夢なのか、それともこちらの方が夢なのか。もしくは両方ともそうなのか。だが、どちらにしろ……
「たとえ夢だろうと、そうでなかろうと……その決断をしたのは、僕なんだ」
「大丈夫……大丈夫よ」
震える声で呟くアルグスをアンセは一層強く抱きしめた。
「ああ」
思わずアルグスの口から声が漏れた。安堵の声だ。少し肌寒かった部屋の中、アンセの両腕の中は暖かかった。その大きな胸はベッドのように柔らかく彼を包み込む。
「落ち着いて、記憶が混乱してるのよ、アルグスは。
あの後、結局ガスタルデッロは現れなかった。もう、何もかも終わったことなのよ。町ももう平和になった。みんなも、だれ一人欠けることなくここへ戻ってこれたんだから」
そうか
全て、終わったのか
柔らかく、暖かい胸に包まれて、アルグスは脱力するように目をつぶった。もはや、何もかもどうでもよくなってきていた。
「もう、いいのよ」
アンセの言葉がどこまでも深くアルグスの心の底に染み入っていった。
「もう、あなたが闘わなくてもいいの。ゆっくり休んで、アルグス」
(そうだ、もう、僕が苦労して戦う必要なんて、ないんだ)
こんなにも心が落ち着いた気分になったのは一体いつ以来だっただろうか。
「あ……お邪魔でしたかね?」
聞きなれた、若い女性の声。アルグスは思わずアンセの胸から離れて気まずそうに佇まいをなおす。リビングに入ってきたのは二人の若い女性、マッピとイリスウーフだった。
「イリスウーフも、無事だったのか……」
「?」
「あ、どうもアルグス、記憶が曖昧みたいで。あんな戦いの後だったから。きっと落ち着けば元に戻ると思うわ」
アルグスの様子に疑問符を浮かべるイリスウーフにアンセがフォローを入れた。
「そうですね。本当に、この町を揺るがす大事件でしたから。町もやっと落ち着きを取り戻してきたところですし。もう喫緊の課題もない事ですし、しばらくはゆっくり過ごしましょう」
隣にいたマッピもパン、と手を合わせてそう言った。
そうだ。よく覚えてはいないが、平和な毎日が戻ってきたのだ。今はゆっくりと、疲れ切ったこの体と、そして精神を休めるのが必要な事なのだ。
そう思って、ゆっくりと心を落ち着けようとするアルグス。だがやはり何かおかしい。何か重要なことを忘れているような気がする。
そもそも、なぜ自分の心はこんなにも疲弊しきっているのか。それがイマイチ思い出せない。
何か、途轍もなく重要なピースが欠けているような気がしてならない。
自分が決して忘れてはいけない何かを。
「勇者」である自分が、決して忘れてはいけない、無くてはならない何かのような気がする。
それを忘れてゆっくりと休むことなど、許されない。そう思えてならなかった。
「どうやら調子はいいみてえだな、アルグス」
ぼうっと椅子に着席して考え事をしていると、若い男性の声が投げかけられた。
横柄な態度の、少し癇に障る物言い。
そうだ、この男の持ってくる情報は、いつもろくでもない。やることなす事、全てろくでもない男だ。初めて会った時から、ずっとそうなのだ。
妙に涼やかな風が吹き、心地よいこの部屋で、皆が心地よい言葉をかけてくれる。
その中でもこの男だけは、そんな都合のいい状況を作ってくれるはずがないのだ。
この男だけは。
賢者ドラーガ・ノート。
いつの間にかうとうととしていたのか、アルグスはアジトのリビングで、ふと意識を取り戻した。どうやらリビングのテーブルに着席したまま居眠りしていたようだ。
酷く頭が痛むし、なんだか記憶が曖昧だ。いや、記憶が曖昧というよりは、意識が朦朧としているのだろうか。ともかく本調子ではない。
しかし気温は涼しく、開けられた窓からは気持ちの良い風が吹いている。外からはさらさらと草木のこすれ合う音がした。
「あらアルグス、起きたの?」
「アンセか」
彼女の顔を見た時、何かチクリと胸が痛んだような気がした。何か……何か謝らないといけないことがあったような気がしてならない。
いや、それ以前に……
(今は一体いつなんだ……ここまでの記憶が曖昧だ。外は大分涼しい。秋も中頃と言った感じか)
そうだ、ぼんやりとしながらも少しずつ思い出してきた。セゴーが化け物になって町の中で暴れ出して……大惨事になっていたはずである。
「アンセ……町は……ガスタルデッロはあれから、どうなったんだ?」
アルグスが尋ねるとアンセは少し眉根を寄せて困ったような表情をした。
「また、記憶があいまいになっているのね……激しい戦いだったから……
アルグスは、どこまで覚えているの?」
「覚えて……」
テーブルの上に乗せられている両手のひらを見ながら、アルグスはゆっくりと記憶を掘り起こす。
「そうだ……戦いをおさめるために、イリスウーフは野風の笛を取り出して……それをガスタルデッロに奪われてしまって、僕はすぐにダンジョンに追いかけて行ったんだけど」
「そう」
対面の席に椅子を引いて座りながらアンセは問いかける。
「それで、何があったの?」
彼女と目が合った瞬間、アルグスはビクリと体を震わせる。
思い出したのだ。
あの時迷宮の奥で、何があったのかを。
血にまみれた己の穢れた手。
腕の中でぐったりとし、動かない恋人。
一瞬のうちにアルグスの瞳孔が開き、心の臓は早鐘の如くに打ち鳴らされ、呼吸は早く、浅くなる。
それでもアルグスは、自分のした事と向き合わねばならないと思った。あの時ダンジョンの中であったことを口に出す。それを当のアンセに話すのだ。もはや、何が夢で、何が現なのかも分からない。
「僕は……僕は、迷宮の奥で、君を……」
思わず言葉に詰まる。
「どうしたの、アルグス」
その異常を察知してアンセが席を立ち、アルグスのすぐ近くに駆け寄る。
「ぼくが、きみを……ころしたんだ」
言った瞬間、アンセは優しくアルグスを抱きしめた。
「夢よ……それは全部、夢」
「ちがう、ちがうんだ」
どちらが夢なのか。
先ほどのダンジョンで起きたことが夢なのか、それともこちらの方が夢なのか。もしくは両方ともそうなのか。だが、どちらにしろ……
「たとえ夢だろうと、そうでなかろうと……その決断をしたのは、僕なんだ」
「大丈夫……大丈夫よ」
震える声で呟くアルグスをアンセは一層強く抱きしめた。
「ああ」
思わずアルグスの口から声が漏れた。安堵の声だ。少し肌寒かった部屋の中、アンセの両腕の中は暖かかった。その大きな胸はベッドのように柔らかく彼を包み込む。
「落ち着いて、記憶が混乱してるのよ、アルグスは。
あの後、結局ガスタルデッロは現れなかった。もう、何もかも終わったことなのよ。町ももう平和になった。みんなも、だれ一人欠けることなくここへ戻ってこれたんだから」
そうか
全て、終わったのか
柔らかく、暖かい胸に包まれて、アルグスは脱力するように目をつぶった。もはや、何もかもどうでもよくなってきていた。
「もう、いいのよ」
アンセの言葉がどこまでも深くアルグスの心の底に染み入っていった。
「もう、あなたが闘わなくてもいいの。ゆっくり休んで、アルグス」
(そうだ、もう、僕が苦労して戦う必要なんて、ないんだ)
こんなにも心が落ち着いた気分になったのは一体いつ以来だっただろうか。
「あ……お邪魔でしたかね?」
聞きなれた、若い女性の声。アルグスは思わずアンセの胸から離れて気まずそうに佇まいをなおす。リビングに入ってきたのは二人の若い女性、マッピとイリスウーフだった。
「イリスウーフも、無事だったのか……」
「?」
「あ、どうもアルグス、記憶が曖昧みたいで。あんな戦いの後だったから。きっと落ち着けば元に戻ると思うわ」
アルグスの様子に疑問符を浮かべるイリスウーフにアンセがフォローを入れた。
「そうですね。本当に、この町を揺るがす大事件でしたから。町もやっと落ち着きを取り戻してきたところですし。もう喫緊の課題もない事ですし、しばらくはゆっくり過ごしましょう」
隣にいたマッピもパン、と手を合わせてそう言った。
そうだ。よく覚えてはいないが、平和な毎日が戻ってきたのだ。今はゆっくりと、疲れ切ったこの体と、そして精神を休めるのが必要な事なのだ。
そう思って、ゆっくりと心を落ち着けようとするアルグス。だがやはり何かおかしい。何か重要なことを忘れているような気がする。
そもそも、なぜ自分の心はこんなにも疲弊しきっているのか。それがイマイチ思い出せない。
何か、途轍もなく重要なピースが欠けているような気がしてならない。
自分が決して忘れてはいけない何かを。
「勇者」である自分が、決して忘れてはいけない、無くてはならない何かのような気がする。
それを忘れてゆっくりと休むことなど、許されない。そう思えてならなかった。
「どうやら調子はいいみてえだな、アルグス」
ぼうっと椅子に着席して考え事をしていると、若い男性の声が投げかけられた。
横柄な態度の、少し癇に障る物言い。
そうだ、この男の持ってくる情報は、いつもろくでもない。やることなす事、全てろくでもない男だ。初めて会った時から、ずっとそうなのだ。
妙に涼やかな風が吹き、心地よいこの部屋で、皆が心地よい言葉をかけてくれる。
その中でもこの男だけは、そんな都合のいい状況を作ってくれるはずがないのだ。
この男だけは。
賢者ドラーガ・ノート。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

磯村家の呪いと愛しのグランパ
しまおか
ミステリー
資産運用専門会社への就職希望の須藤大貴は、大学の同じクラスの山内楓と目黒絵美の会話を耳にし、楓が資産家である母方の祖母から十三歳の時に多額の遺産を受け取ったと知り興味を持つ。一人娘の母が亡くなり、代襲相続したからだ。そこで話に入り詳細を聞いた所、血の繋がりは無いけれど幼い頃から彼女を育てた、二人目の祖父が失踪していると聞く。また不仲な父と再婚相手に遺産を使わせないよう、祖母の遺言で楓が成人するまで祖父が弁護士を通じ遺産管理しているという。さらに祖父は、田舎の家の建物部分と一千万の現金だけ受け取り、残りは楓に渡した上で姻族終了届を出して死後離婚し、姿を消したと言うのだ。彼女は大学に無事入学したのを機に、愛しのグランパを探したいと考えていた。そこでかつて住んでいたN県の村に秘密があると思い、同じ県出身でしかも近い場所に実家がある絵美に相談していたのだ。また祖父を見つけるだけでなく、何故失踪までしたかを探らなければ解決できないと考えていた。四十年近く前に十年で磯村家とその親族が八人亡くなり、一人失踪しているという。内訳は五人が病死、三人が事故死だ。祖母の最初の夫の真之介が滑落死、その弟の光二朗も滑落死、二人の前に光二朗の妻が幼子を残し、事故死していた。複雑な経緯を聞いた大貴は、専門家に調査依頼することを提案。そこで泊という調査員に、彼女の祖父の居場所を突き止めて貰った。すると彼は多額の借金を抱え、三か所で働いていると判明。まだ過去の謎が明らかになっていない為、大貴達と泊で調査を勧めつつ様々な問題を解決しようと動く。そこから驚くべき事実が発覚する。楓とグランパの関係はどうなっていくのか!?
総務の黒川さんは袖をまくらない
八木山
ミステリー
僕は、総務の黒川さんが好きだ。
話も合うし、お酒の趣味も合う。
彼女のことを、もっと知りたい。
・・・どうして、いつも長袖なんだ?
・僕(北野)
昏寧堂出版の中途社員。
経営企画室のサブリーダー。
30代、うかうかしていられないなと思っている
・黒川さん
昏寧堂出版の中途社員。
総務部のアイドル。
ギリギリ20代だが、思うところはある。
・水樹
昏寧堂出版のプロパー社員。
社内をちょこまか動き回っており、何をするのが仕事なのかわからない。
僕と同い年だが、女性社員の熱い視線を集めている。
・プロの人
その道のプロの人。
どこからともなく現れる有識者。
弊社のセキュリティはどうなってるんだ?

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結】深海の歌声に誘われて
赤木さなぎ
ミステリー
突如流れ着いたおかしな風習の残る海辺の村を舞台とした、ホラー×ミステリー×和風世界観!
ちょっと不思議で悲しくも神秘的な雰囲気をお楽しみください。
海からは美しい歌声が聞こえて来る。
男の意志に反して、足は海の方へと一歩、また一歩と進んで行く。
その歌声に誘われて、夜の冷たい海の底へと沈んで行く。
そして、彼女に出会った。
「あなたの願いを、叶えてあげます」
深海で出会った歌姫。
おかしな風習の残る海辺の村。
村に根付く“ヨコシマ様”という神への信仰。
点と点が線で繋がり、線と線が交差し、そして謎が紐解かれて行く。
―― ―― ―― ―― ―― ―― ――
短期集中掲載。毎日投稿します。
完結まで執筆済み。約十万文字程度。
人によっては苦手と感じる表現が出て来るかもしれません。ご注意ください。
暗い雰囲気、センシティブ、重い設定など。


嘘つきカウンセラーの饒舌推理
真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる