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幻の魚

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集落一の釣名人に同行させてもらい自給自足の生活を見て回る。
これもフィールドワークの一環。
ただ暇を持て余していたとも言えるが。

「しかしまったく釣れんわ。今日は厄日だな」
愚痴を零す釣名人。
「ははは…… まあそう言う日もありますよ」
先ほどからアタリの気配がない。ただ間抜けに糸を垂らしてるだけ。
これでは釣名人と言われる彼のプライドが傷付く。
だが焦れば焦るほど冷静さを失い一向に釣れる気配がない。

さあ今度は何が釣れるかな?
俺も釣りは割と好きな方で特に巨大魚を釣り上げるのが夢。
いつか夢が叶う日は来るだろうか?

昨日通り過ぎた港から少し行ったところに絶好の釣りポイントがある。
一昨日は船を出して沖まで行ったらしい。
今日は気分を変えてバランスの悪い岩場で磯釣りに勤しんでいる。
一昨日と違いは明確だ。その日は曇りがちの天気だった。
今日は一転快晴。釣りでは快晴は望ましくない。
こちらからはっきり海面が見えるのと同様に恐らく魚たちからも見やすいのだろう。

釣りは天候に左右されやすい。荒天では船は出せないが晴天では魚が喰いつかない。
それが今日もろに現れてると言う訳だ。
しかも俺と話してるものだから集中力も途切れがち。
会話が弾めば魚たちも警戒する。
うんベストコンディションとはとても言えない。

「早くたくさん! 」
釣名人は焦るあまり状況判断が出来てない。
「焦ってはダメです。今日は一昨日みたいに条件が良くない。
快晴ですから。気持ちいいほどの快晴です」
「おいおい儂を舐めんでくれ。気候ではなくテクニックさ。
それは確かに快晴だから好条件とは言えないがそれでも釣り上げるのが名人だよ。
見てろ。何事も経験。経験だよ君。分かるかな? 」

名人の隣でアドバイスを受けながら釣れないように祈りながら糸を垂らしている。
近所の者におすそ分けするぐらいの技術があるんだから頑張ってほしい。
今夜のメインディッシュの奪い合いにならなければいいが。

俺は一体何をやってるんだろう?
確かに地元の者と交流するのは良いことだが無駄に時間を食ってる気がする。
まだまだ俺は人間が出来てないらしいな。

釣りを開始してから二時間。
大きい魚が二匹。
小さな魚が三匹。
リリースした魚が数匹。

これが今回の釣りの結果である。
どうにか晩のおかずをキープすることが出来た。
だが今回は残念なことにご近所におすそ分けするほど取れなかった。
仕方がない。こういう日もたまにはある。

まさか俺のせいにならないよな?
他所から来た厄病神扱いされてそうで怖い。
焦って条件も悪くてもこれだけ取れたのだからまずまずだろう。
俺も二時間粘ってみたが小魚が一匹だけ。
可哀想なので逃がしてやった。

俺の目標はでっかく。
とんでもないビッグサイズを釣りあげることだ。
さあ今日はもうこれくらいでいい。
ここは諦めて次回に期待しよう。

帰り支度を始めると竿がピクッと動いた。
「おい! 引いてるぞ! 」
竿を上げて慎重に巻き上げて行く。
「どうした? 」
「ダメです。重い! 重い! 重すぎて巻けない! 」
諦めかけたその時名人が励ます。
「力を抜いて! リラックス! リラックス!  」
「そんなこと言っても…… ああ持っていかれる」
足場が悪くて踏ん張りがきかない。どうしたらいいんだ?
このままでは暴れられて糸を切られてしまう。

「急がずよく見て! ほらタイミングを合わせな!
ほら今だ! 思いっ切り巻いて! 早すぎる!
切れちまうぞ! ほらああもうダメだ! 切れた…… 」
「あああ! ああ…… 」
名人がごちゃごちゃ言うから混乱するじゃないか。まったく困った人だな。
「うーん惜しかったな。今晩のご馳走が海へ逃げて行ってしまったぞ」
他人事だと思って笑ってる。逆だったら素人が口を出すなと激怒しただろうな。

「大きかったですよね? 」
「ああ儂もそれは認める。物凄くでかかった。儂とて初めて見たわ。
あのサイズ…… もしや幻の魚だったかもしれんな。ははは…… 冗談じゃ冗談」
ああもう! 悔しいなこれは。もう少しだったのに。
悔しくて切れた糸を見つめてるとからかって楽しむ名人。
まったくどう言う神経してるんだろう?

「よし行こう! 」
もう飽きたとさっさと片付け出す名人。
いくら何でもそれはないよ。
少しは人のことも考えてくれないかな。

                続く
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