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赤いラーク

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彼女の様子がおかしい。
ここに引っ越してきてからずっとそうだ。
まるで人が変わったように優しくなったし美しくもなった。
俺に嫌われたくないからか理想の女性を演じてるようで見ていて辛い。
いや贅沢な悩みなんだろうな。ただ実際元気がない。
もう少しワガママを言ってくれないか。
明るかった彼女が暗くて大人しい。これをおしとやかと言うのだろうが心配になる。
もちろん美しくなった。いや前からそうか。
ああどんな服だって君にはお似合いさ。

ボケっと湯船に浸かってるといつもの男が姿を見せる。
「おお久しぶりだね。元気してたか? 」
「どちら様でしょうか? 」
「ほら先日会っただろ? 」
物忘れの激しいタイプだがもちろん忘れてない。
何と言っても彼もご近所さん。

「あれ町内会に行かなくていいんですか? 」
今日はメガネ持参の豪快男。
「ははは…… よく知ってるな。また爺さんが余計なことを教えたな。
大丈夫。家内に任せてるから」
男が湯船に入ってきたので奥に逃げる。
だがお構いなしに近づく男。
またかよ。ちょっとは迷惑を考えろよな。
どう言うつもりで寄って来るんだよ?
メガネ曇ってるよおっさん。
ついイライラしてしまう。だが悟られないように笑顔。

「そうそう。あのちゃんのライブチケットがあるんだけどさ…… 」
俺を試すようにそこで切る。
いや待ってくれ。それがどうした?
確かにあのあの言ってたけどさ。俺は別にファンな訳ないじゃない。
もちろん本人から迫られたら断らないさ。
でも俺には彼女も居てそんなことに構ってる暇はない。
ところであのちゃんって誰?

「あの…… ですから…… あの…… その…… 」
どうしても話しづらい。
あのはただの口癖みたいなものなんだけどな。そこを突かれると辛い。
「ははは…… 相当溜まってるね。タバコ吸えてないだろ?
赤いラークなんかどうだい? 美味しいよ」
何だこいつ? 俺は銘柄に拘らないけど勧められて選ぶことはない。
だって高いんだから。信じられないくらい。
それに引っ越したらタバコは止めるように言われてる。余計な誘惑をするなよな。
「あの…… ここは禁煙ですよ」
と言うよりどこだって禁煙だ。
だから家でしか吸わないけれど灰になると困るので新居では吸えてない。
それを見抜くとは…… だったらあのちゃんのファンでないことぐらい分かるだろ?
「今日はサウナには行かないんですか? 」
お風呂好きでサウナ好きの熱い男。
いつの間にか確立された呼び名。サウナ―だそうだ。
「いや俺もサウナに入りたいのよ。でも店が止めてるんだよね」
客が減少した関係でサウナは当面の間休止だそう。
「でもお知らせも何もない」
「ああそうしたら客が余計居なくなるだろ。だから店の苦肉の策さ。
間もなく再開するって話だがどうかな。ははは! 」
当然信じてない。話しぶりからもよく分かる。なのになぜ通い続ける?
他の銭湯に行けばいいのに。俺は風呂が使えないから仕方なくここに。

「あの…… 俺そろそろ…… 」
長話になれば上せてしまう。ここが退き時だろう。
「どうした赤くなって。ははは…… 若いっていいな」
どうもこの世代の人はお節介が過ぎる。
上司なんか勝手に別れたと思って時代遅れの見合いの写真を持って来るし。
それが綺麗ならまだいいが修正してなお微妙だからな。
写真映りが悪いと真に受けたら大変な目に。
そもそも日本人じゃないしとおかしな言い訳。
ならどこのどいつだよと言いたいがぐっと抑える。逆らってはいけない。
それにしても彼女の足元にも及ばないのでは考えるまでもない。

「若くありませんよ。ははは…… 」
「いや若いよ。君は充分若い。いいね若いって」
しみじみと語る。
「若いで括らないでください! 」
ついイラッとして大声を出してしまう。
あーあやっちまったか。これでまたトラブルに。
どうして俺はこう問題を起こすんだろう? 自分でも嫌になる。
「いや…… これほどとはさすがファンなだけある。見直したよ」
おかしなことになってしまった。なぜか関心される謎。
果たしておかしなおっさんから解放される未来はあるのか?

               続く
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