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温泉

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第一村人は信心深い老夫婦。
もう完全に僕のことを神の使いと信じて疑わない。
「この近くに温泉はありませんか? 」
面倒なので勝手に話を進めることに。
温泉にさえ入れれば多少のトラブルには目を瞑る。
これくらいのこと自分一人の手で解決できなくてどうする。
そうですよね先生? 
雲の上の先生を想像するが実際どこにいるのやら。

「おうおう。小僧さんが姿を見せたのは温泉か」
「それでしたら秘湯がありますよお爺さん」
「そうじゃな。ではさっそく案内してやるかな」
「いや…… 秘湯ではなくきちんとした温泉施設をお願いします」
秘湯って猿や猪が浸かってる寂しいイメージがある。
勝手な想像ではあるけど物凄い熱いか風邪を引くほど冷たいかのどちらか。
旅で疲れた体を癒すには適してない。もっと快適なところがいい。

「フォフォフォ…… これは小僧さんもハイカラじゃな」
「いいからお願いします。早く温泉紹介してください」
「しかしの…… 」
「まあまあお爺さん。いいじゃないですか小僧さんを困らせては罰が当たりますよ」
「おうそれは確かに。では…… 」
ようやく紹介してくれそうだ。
「ええっと…… うーん」
ど忘れしたと。もう何やってるんだよこの爺さんは?
ついイライラしてしまう。

その時だった。
砂埃を上げ走って来る一台の車。
「おーい。おーい」
待ち人現れる。
これでまた振り出しに戻るのか? それとも願いが叶うのか?
「ほれ小僧さん隠れて! 」
「はい? 」
見つからないようにといきなり突き飛ばす。
「うわああ! 」
一体何をする気だ? 嘘でしょう? まさか冗談? エイプリルフール? 
目の前は崖になっている。危険極まりない行為。
何の躊躇もなく突き飛ばすとは僕を生贄にでもするつもりか?
狂ってるぜこの爺。やはり関わるべきではなかった。
そもそも隠れてどうする? マンフットじゃあるまいし。

「あれ…… あんたは? 」
見かけない顔だと訝しむ。
「何でも良いわ! それで用件は何じゃ? 」
お爺さんが必要以上に警戒するものだから逆に怪しまれてしまう。
だから小僧でもマンフットでもないって。ただの探偵の助手。

砂埃を被った黒っぽいバンには男が二名。
「今日も無理みたいだよ爺さん。道が塞がっちまったってよ」
ドスグロ山へ通じる唯一の道ががけ崩れで不通。
これも雷人の仕業だとお年寄りは信じて疑わない。
「大丈夫。こっちには小僧さんが付いておる! 」
お爺さんが僕を生贄に差し出そうとする。
「あんたはもしかして薄雲山に向かった観光客の人? 」
僕のことを覚えていてくれたらしい。
「ほれ小僧さんに馴れ馴れしいぞ! 」
まだ言ってるよ。困ったなあ……

「先日はどうも。この辺に温泉はありませんか? 」
ようやく聞けた。
「ああそれだったらここから車で三十分のとこに旅館がある。
そこの温泉は他所からも観光客が押し寄せてすごい人気なんだ」
ようやく話の分かる人に出会えた。
「あの…… そこまで送って行ってくれませんか? 」
念の為に聞いてみる。図々しいと思われただろうか?
「ああいいよ。こいつを送った後でならな」
助手席でイビキを掻いてる男が一人。

交渉成立。
車を飛ばしてまずはお爺さんたちを家に届ける。
「良いかお前ら? 小僧さんを決して怒らせてはならんぞ。
罰が当たるからな。それでは小僧さん。儂らはこれで」
まだ信じてるよ。もう何を言っても無駄みたい。

「では行こうか小僧さん。旅館までお送りしますよ」
「うわ…… 冗談でしょう? 」
「ははは! もちろん冗談さ。あんたも大変だね。老人は迷信深いから気をつけな」
どうやら悪ふざけらしい。
「いやあ参りましたよ。小僧さん小僧さん言われましてね…… 」

それから助手席の男を廃校に。
この村も例に漏れず少子化の影響で二つあった学校が統廃合することに。
今はここから二キロ離れたところに学校が。
通学にはあまりに危険ではないか言う心配の声も。
廃校舎は今、他所から来た者の無料宿泊所になっている。
実際こんなところ来る者は僅かで広くて快適だそうだ。
ただ観光客はここを利用出来ないことに。
せっかく観光客を呼んでもホテルや旅館に落としてもらわなければ意味がないから。

男は今ここでバスの運転手をしている。
何でもこの土地が気に入ったらしく長いそうだ。
だから薄雲山はもちろんドスグロ山の地理にも詳しい。




                続く
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