上 下
66 / 122

冷静な者

しおりを挟む
「はあ…… 何だ無事だったのかい」
お婆さんはわざとらしくため息を吐く。
まるで黒木が遺体で見つかれば良かったと思っているかのよう。
それも当然か。黒木たち詐欺師に酷い目に遭わされたのだから。
相当恨んでるに違いない。
「小駒さん! 」
「本当に心配したんだって」
調子のいいことばかり言うお婆さん。それに続けて皆も一言二言。

何とか今日には助けが来る。
それだけがせめてもの希望。
これまでに四人もの人間が殺害された。
もちろんすべてが殺人とも限らないし一人による犯行と断定もできない。
ただ動機だけは解明されつつある。

「皆さん聞いてください」
全員を食堂に再度集める。
もうはっきり言って朝も夜もない。
食べたい時に好きに食べていい。
非常食だってまだ残っている。
最低でも明日には警察が来る。もうこれ以上食糧を心配する必要はない。
仮に食糧が尽きたとしてもいくらでも辺りから調達可能。
山菜もあるしちょっと行けば泉もある。小魚程度なら泳いでるはず。
危機は脱したのだ。少なくても過酷なサバイバル生活を強いられることはない。
なるべく動かずに大人しく一か所に固まって助けが来るのを待つのがベスト。

余計な行動はそれこそ命取り。
もう黒木みたいに勝手な行動はさせない。
これ以上長引けば精神に負担がかかり疑心暗鬼に陥りやすくなる。
そうなれば善良な人間もただの獣へと変容する。
もはや元のまともな人間に戻ることはないだろう。
そのタイムリミットは人によってまちまち。
龍牙氏のように相当な緊張を強いられた状態ならすぐにでも壊れていくだろう。
次々に連鎖していく恐怖。
この中に一人でもリスクのある人物がいればあっと言う間に広がる。
もっと強い言い方をすれば感染するだろう。
ここは出来るだけ穏やかに冷静な判断が求められる。

「リーダーを決めましょう」
一つ提案をしてみる。
もうこれ以上真犯人を放置できない。事件に真正面から取り組むべきだ。
それならば協力者は必要不可欠。相棒だけでは足りない。
やはりガイドさんも料理人もいた方がより早く解決できるはず。
しかし絶好のチャンスと捉えて真犯人が動くかもしれない。
我々が居ない間を任せる者が必要になって来る。
黒木は当てにならないので却下。
出来るだけ真犯人から遠い人物が良い。
それは誰なのかと言うとやはり状況的にも小駒さん。
一番年上の彼女に任せるのが安全だろう。

「小駒さんお願いします」
「ええっ? 私でいいのかい? 」
大抜擢に驚いてるよう。
「お願いします。私どもがここを離れている間の監視役を頼みます」
消去法でしかなかったが小駒さんにやる気と自覚が出てくれればいい。

「そうだね…… 」
何か迷っている様子。
「あの嫌でしたら無理にとは…… 」
「ううん。無理なものか! その大役任せてもらおうじゃないか」
お婆さんから精気が漲る。

「では我々はもう一度第一の事件から見直すことにします」
「おいおいお前らそんなことしてる暇に真犯人に逃げられるぞ」
黒木は反対の立場らしい。
要するに事件が解決してはまずいと思っているのだろう。
「お前らも助けが来るまで勝手な行動は控えろ! 」
一歩も引かない黒木。ただ時間稼ぎをしてるようにしか見えないが。
「大丈夫ですよ。黒木さんが証明してくれたではありませんか」
嫌味で返す。
「フン忠告を無視しやがって。どうなっても知らないからな! 」
忠告と言うより脅しに近い。
いつもの手慣れた脅迫。どんな手を使ってでも自分の思い通りにしてきた。
だがここではその手は通じない。もはや威嚇も暴力も通用しない。

「忠告はしたからな」
彼の日頃の行動が手に取るようだ。
「とにかく皆さんはここで大人しくしていてください」
振り返ることなく部屋を出る。
程度の問題で皆苛立ってたり恐怖したりは当然してるはず
今のこの状況で冷静である方が怪しい。
何と言っても殺人鬼の棲む閉ざされた山に取り残されたのだから。
しかもそいつは恐らくこの中にいる。
知能を有した人間か? ただの伝説の化け物か?


               続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

彩霞堂

綾瀬 りょう
ミステリー
無くした記憶がたどり着く喫茶店「彩霞堂」。 記憶を無くした一人の少女がたどりつき、店主との会話で消し去りたかった記憶を思い出す。 以前ネットにも出していたことがある作品です。 高校時代に描いて、とても思い入れがあります!! 少しでも楽しんでいただけたら幸いです。 三部作予定なので、そこまで書ききれるよう、頑張りたいです!!!!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

瞳に潜む村

山口テトラ
ミステリー
人口千五百人以下の三角村。 過去に様々な事故、事件が起きた村にはやはり何かしらの祟りという名の呪いは存在するのかも知れない。 この村で起きた奇妙な事件を記憶喪失の青年、桜は遭遇して自分の記憶と対峙するのだった。

橋まで

折原ノエル
ミステリー
 橋に間に合って。  私は、彼女を救えるか?

探偵SS【ミステリーギャグ短編集】

原田一耕一
ミステリー
探偵、刑事、犯人たちを描くギャグサスペンスショート集 投稿漫画に「探偵まんが」も投稿中

変な屋敷 ~悪役令嬢を育てた部屋~

aihara
ミステリー
侯爵家の変わり者次女・ヴィッツ・ロードンは博物館で建築物史の学術研究院をしている。 ある日彼女のもとに、婚約者とともに王都でタウンハウスを探している妹・ヤマカ・ロードンが「この屋敷とてもいいんだけど、変な部屋があるの…」と相談を持ち掛けてきた。   とある作品リスペクトの謎解きストーリー。   本編9話(プロローグ含む)、閑話1話の全10話です。

処理中です...