二廻歩のショートショート集

二廻歩

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ハロウィン強盗

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紹介させてくれ俺は十年前まで結構有名な俳優だったんだ。
主役だってしたし脇役もした。悪役なんかも得意だ。
十年前と言えば一昔前。だからはっきり言って誰も覚えちゃいない。
今は都心から新幹線で一、二時間の地方都市でのんびりやっている。

「トリックオアトリ―」
季節は秋。もう十月も終盤。
近くでは子供たちが何か呪文を唱えている。
土曜の午後とあって騒がしい。
どこかでハロインイベントでもやるのだろう。
カボチャの被り物にマントそれからステッキまで持ってる。
結構本格的だ。
などと感想を述べてる時ではない。
今銀行に向かっている。
急用でお金を降ろさなければならなくなったのだ。
そこに立ちはだかるのは低学年の男の子だろうか。
「トリックオアトリ―」
と何度も発して向かってくる集団。
銀行までの道を塞がれてしまった。
急がなくてはいけないのに困ったな。

やはり無視するのが一番。
腕を組み考え事する振りで乗り切ろうかと思ったが通してくれそうにない。
ではやはり睨みつけるか?
いやまさか。それではいくら何でもかわいそうだ。
それにどうも週刊誌が俺を狙ってる気がする。
物陰からカメラのパシャパシャと言う音が聞こえた気がする。
もちろん被害妄想に違いないが俺もまだ芸能界を引退したわけじゃない。
奴らが張ってないとは言い切れない。
あの超有名な日本一と言っていい週刊誌。
俺のスキャンダルを撮ろうとしてるに違いない。
子供を睨んで追い払ったなどと記事に載れば戻ってこれなくなる。
それだけは絶対に嫌だ。

「トリックオアトリ―」
カボチャのお面が不気味だ。
それ以上近づかないでくれ。
だが非情にもカボチャの集団は歩みを止めない。
ここは従うしかない。
繰り返される脅迫に負けてしまう。
それにしてもカボチャと言えばやっぱりカボチャの馬車だよな。
確か白雪姫だかシンデレラかだったよな。
あれ待てよ…… もしかしてベッキー?

「トリックオアトリ―」
いつも持ち歩いているのど飴にグミ。グミさんなだけに……
こんなんでいいのかな?
渡そうとした刹那閃く。
待てよ本当に良いのか? 今のご時世子供に物を与えるのはご法度。
声を掛けただけで通報されてしまう。特に俺は男だし。
いくらハロインが特別でもまずくないか?
それにほら物陰に隠れきれずにいる保護者らしき人たち。
あげた瞬間通報されるかも。
でも待てよ。あげなかったら逆にぶっ飛ばされるのでは?
うーん迷いどころだ。
いやどうしたらいいんだ俺?
最悪なことに子供が騒ぎ始めた。
余計に焦ってしまう。
カメラの音まで聞こえる。

「トリックオアトリ―」
「お巡りさん! 」
民事不介入だけどこれくらいいいよね?
銀行のことがスルスルガガガと抜け落ちるのだった。

              <完>



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