『第一村人』殺人事件

二廻歩

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そんな趣味はない 湖に沈む悲恋

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「うるさいね。婆さん婆さんって馬鹿の一つ覚えに連呼しやがって。

一回聞けば分かる。耳はまだ遠くないよ」

笑顔だぞ。笑顔。怒らせて機嫌を損ねたら解決するものも解決しない。

ここは笑顔。笑顔だ。

「どうした面白い顔して。まさか追いかけて来たのは笑わせるためじゃないよね」

憎まれ口を叩く老人には思いっ切り笑顔。笑顔で迫る。


両者の思惑が一致した。

「婆さん悪かったって」

「反省したか。まあいいや。今あんたを探してたところだ。

また起こる…… そう思ってるんだろあんたも。よし協力しようじゃないか」

この婆さんうっとしいが役には立つ。後はコントロールできればこっちのもの。

「それで犯人が分かったって本当なのか? 」

「ああ。ようやく人の話を信じる気になったかい。でも遅いよ」

「おいふざけてないで教えろ。犯人は誰なんだ? トリックは? 」

「しつこいねえ。しつこいと嫌われるよ」

「まったくこれだから婆さんの世話は嫌なんだ。なあ頼むよ婆さん」

愚痴って泣き落としが通じるだろうか?

「なら協力しな。そうしたら後で話してやる」

「まったく信じられない婆さんだ。ああそうだ忘れるところだった。

あんたの探していた先生は捕まっちまったぞ。中央の館の地下牢でおねんねしてる。

会いに行ってやるといい」

重要なな捜査情報を漏らす。ここまですれば話してくれるだろう。

ギブアンドテイクの精神。


「それはわざわざどうも。しかしまだすべての謎が解けたわけじゃない。

それに三度の消失が起きれば初めから推理をやり直す必要がある。

これがどう言うことか分かるかい刑事さん? 」

完全な迷宮入り。

娘たちは戻ってくることはない。

警察と探偵の完全敗北が決まる。

第一村人の勝利。

まあこんなところか。

言われなくたってそれぐらい分かってる。


婆さんと湖へ向かう。

「おいおい。俺はそんなに暇じゃねえんだぞ」

「情けないね。まさか泳げないんじゃないだろうね? 」

「いや…… やることがあるんだから放せって」

「いいからいいから。遠慮せずに。楽しみましょうダーリン」

ギャグとも本気ともとれる婆さん。俺狙われてるのか?

「俺にそんな趣味はないぞ」

ここはきっぱり断る。

「冗談も通じないのかい? まあいいや。第二の消失現場も見ておきたくてね」

無理矢理船に乗せられる。


「あーあ。こんな婆さんじゃなくてもっと若い娘と乗りたかったぜ」

ため息が出る。

「刑事さん。それじゃ不倫さ。いや誘拐だよ。

勝手に若い子捕まえて乗せたらいくらあんたでも揉み消せないよ」

「でもよう…… 」

「何を照れてるんだい。これも実験の内なんだから協力しな」

「実験? おいおい何するつもりだ」

「まあ見てのお楽しみさ。あんた体重は? 」

「さあな忘れた。七十キロぐらいじゃないか」

「ふーん。そんなもんかい」

「いや待て。最近痩せたんだっけ。五キロぐらい落ちてるはずだ」

顔をくっつけてくるものだから暑苦しくて仕方がない。

「ほら引っ付くなって。暑苦しいねこの男は。職権乱用だ」

「ふざけるな。誰が…… それで何で体重が関係あるんだ」

「何も私らデートをするために湖に出たんじゃないよ。

測ってるのさ。どれくらい耐えられるのかを数値化してね。

あんたが六十台後半で私は四十台前半。ギリギリ保ってるか」

「うん…… どういうことだ? 」

「この船は儀式の時に使用されたもので体重制限があるのさ」

「まったく勝手なことばかりしやがって。警察の許可を取ったのか? 」

「まあいいじゃないか。本部から拝借したのさ」

「何てことしやがる。大事な証拠品をよ」

警察の調べは浅くまだここまで辿り着いてないのが現状。

何といっても今日村長の要請を受けてやって来たのだ。

まだまだ調べ足りないところはいくらでもある。


「これで二姫が運ばれたってわけか。それでどれくらいで沈んじまうんだ」

「約百キロ。だから合計体重が百キロを超えないように乗る前にしっかり計測。

超えたら乗せない決まりだ」

儀式に関わった者の話だとだいたい二女は四十キロ台でコウも六十ちょっと。

何でもコウは最近痩せたり太ったりを繰り返していたとか。

二人とも儀式とあって体重コントロールはしっかりしているようだったみたいだね。

最終的には二女は四十キロ台。コウは五十後半。だから転覆することはなかった」

「ほう。それはご丁寧に解説ありがとうよ…… じゃない」

「どうしたんだい一体? 慌ててまあこの男は」

「ほうほう。じゃないないだろ。俺たち今にも沈んじまうじゃないか」

情けない声を出す。


転覆寸前の船。

進むも地獄。戻るも地獄。留まるも地獄。

二人の未来は真っ暗な湖の底。

何が悲しくて婆さんと無理心中せねばならないのか。


生きていれば……

                 続く
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