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新章突入 胸を貫く光
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解決編
新章 遅れてきた名探偵。
白いもやがかかっていて視界が悪い。
辛うじて近くに人影があることが分かる。
もしここが山なら一瞬で遭難するだろう。
もちろんここはそんな危険な場所ではない。屋内だ。
女湯。お客は私と同年代の方がほとんど。
若い人もいるのだろうけどそれだって私と比べればって話。
なぜかお馴染謎の湯気のもやが物語を演出している。
テレビ対応かしら?
テレビって言えば白黒なんですけど。これが普通なの?
電話に至っては一台も見当たらない。
とんでもないところに来てしまった。
やっぱり温泉はいい。秋から冬がベストシーズン。でも春だって悪くない。
今は三月。暖かくなってきてもいいもの。
さすがに夏は無理だろう。
うん気持ちいい。白濁の湯が実に気持ちいい。
温泉とは名ばかりの大浴場。
効能はメガネを外したので大きな文字しか。
肩こり。腰痛。神経痛。リュウマチ。
ここまでしか分からない。後は細かくて細かくて。
うん。まあこれだけでも十分期待が持てそう。
最近本当に腰が酷くなってきたから本格的に湯治でも始めようかしら。
今回は観光? にはならないでしょうね。またこき使われるのが目に見えてる。
ふう。気持ちいい。
長旅の疲れが一気に吹き飛ぶ。
うんいい。
つい唸ってしまう。
「どちらから? 」
せっかく一人で満喫しているところに邪魔が入る。
「あらお邪魔でしたかしら」
「いえいえ。暇を持て余したものですからはい」
話を合わせる。
さあ切り替え。切り替え。せっかくだから情報収集に取り掛かりましょう。
「それでどちら? 」
「東の方から参りました。あなたは? 」
「東京? まあどうしましょう。私は地元なんですよ」
ちょうどいい。
「長旅で疲れてしまいました。今さっきついたんですよ」
「それはそれは大変でしたわね奥さん」
十時間近い移動を重ねようやくたどり着いた極楽の地。
秘湯と噂されている温泉郷。
そこの露天風呂ではなくなぜか旅館の方の大浴場。
迷いに迷って選択。迷い過ぎておかしなところを選ぶ。
後で大浴場しかないことに気付いたがこれ以上は一歩も動きたくない。
仕方ないのでここで一晩過ごすことにした。
長期の滞在になるだろうからまだいくらだってチャンスはある。
自分の運の悪さにはほとほと呆れてしまうが。
それにしても長かった。遠かった。
この年齢ではとうに限界を超えている。
ああ疲れる疲れる。
これが最近の口癖。
先生に指摘されて恥ずかしい思いをしたっけ。
先生って言っても形だけのひよっこ。
「実は時間をかけてゆっくり体の疲れと痛みを取ろうと思いまして」
「あらまあ」
「奥さんもそうなんですか? 」
「いえ。地元だから思いついたらふらっと入りに」
「本当は露天風呂に行く予定だったんですよ」
「ここも悪くありません。地元の者が勧めるんだから間違いありません」
そうですかと適当に相槌を打つ。
ここの温泉郷に来る客の七割が湯治で長居をしている。それ以外は観光客。
残りが地元の方。
「ねえあなた。ここに来るのは初めて? 」
「ええ。体の調子が悪いもので特に腰と背中と膝が良くないんです」
「あらまあ大変ね。そんな人が大半なのよ」
地元の常連さんは色々世話を焼きたがるから困ってしまう。
できたら放っておいて欲しい。大した情報もくれないし。
でも私がいくら態度で示してもきっと理解してくれないだろうな。
さあどうしましょう。
もうおばあちゃんなのよ。静かにしてもらいたい。
でもここで騒ぎを起こして目立てばこれから動きにくくなってしまう。
最初が肝心と言うけど頷ける。
仕方なく裸の付き合いを続ける。もちろん謎の光が私の胸を貫くのだけど。
「ここはね。いいところよ奥さん」
長話の予感。
「東京から来たから少し不便に思うかもしれないけどいいところばかり。
空気もきれいだし何より自然が豊かで水だって飲めるのよ。
観光客にも人気のスポットがたくさん。明日案内してあげましょうか」
丁重にお断りする。これ以上付きまとわれては迷惑でしかない。
それに私はおばあちゃんだけどあなたよりしっかりしてる。
頭だって切れるし計算もできる。
侮ってもらっては困る。
それに東の方からと最初にぼかしたのに東京から来たと勝手に決めつけるのは迷惑。
いいところと言うけどこんな山奥の田舎なら当然空気もきれいで水だって美味しい。
いいところって他に何がある? 教えて欲しいわね。
私だって先生のお世話で仕方なく来てるだけ。
本当はこんな不便なところ嫌だったの。
電話の一つも置いてないんだから。
あーもう。イライラする。
聞こえた?
もう年だもの。我慢したら体に悪い。ねえそうでしょう?
続く
新章 遅れてきた名探偵。
白いもやがかかっていて視界が悪い。
辛うじて近くに人影があることが分かる。
もしここが山なら一瞬で遭難するだろう。
もちろんここはそんな危険な場所ではない。屋内だ。
女湯。お客は私と同年代の方がほとんど。
若い人もいるのだろうけどそれだって私と比べればって話。
なぜかお馴染謎の湯気のもやが物語を演出している。
テレビ対応かしら?
テレビって言えば白黒なんですけど。これが普通なの?
電話に至っては一台も見当たらない。
とんでもないところに来てしまった。
やっぱり温泉はいい。秋から冬がベストシーズン。でも春だって悪くない。
今は三月。暖かくなってきてもいいもの。
さすがに夏は無理だろう。
うん気持ちいい。白濁の湯が実に気持ちいい。
温泉とは名ばかりの大浴場。
効能はメガネを外したので大きな文字しか。
肩こり。腰痛。神経痛。リュウマチ。
ここまでしか分からない。後は細かくて細かくて。
うん。まあこれだけでも十分期待が持てそう。
最近本当に腰が酷くなってきたから本格的に湯治でも始めようかしら。
今回は観光? にはならないでしょうね。またこき使われるのが目に見えてる。
ふう。気持ちいい。
長旅の疲れが一気に吹き飛ぶ。
うんいい。
つい唸ってしまう。
「どちらから? 」
せっかく一人で満喫しているところに邪魔が入る。
「あらお邪魔でしたかしら」
「いえいえ。暇を持て余したものですからはい」
話を合わせる。
さあ切り替え。切り替え。せっかくだから情報収集に取り掛かりましょう。
「それでどちら? 」
「東の方から参りました。あなたは? 」
「東京? まあどうしましょう。私は地元なんですよ」
ちょうどいい。
「長旅で疲れてしまいました。今さっきついたんですよ」
「それはそれは大変でしたわね奥さん」
十時間近い移動を重ねようやくたどり着いた極楽の地。
秘湯と噂されている温泉郷。
そこの露天風呂ではなくなぜか旅館の方の大浴場。
迷いに迷って選択。迷い過ぎておかしなところを選ぶ。
後で大浴場しかないことに気付いたがこれ以上は一歩も動きたくない。
仕方ないのでここで一晩過ごすことにした。
長期の滞在になるだろうからまだいくらだってチャンスはある。
自分の運の悪さにはほとほと呆れてしまうが。
それにしても長かった。遠かった。
この年齢ではとうに限界を超えている。
ああ疲れる疲れる。
これが最近の口癖。
先生に指摘されて恥ずかしい思いをしたっけ。
先生って言っても形だけのひよっこ。
「実は時間をかけてゆっくり体の疲れと痛みを取ろうと思いまして」
「あらまあ」
「奥さんもそうなんですか? 」
「いえ。地元だから思いついたらふらっと入りに」
「本当は露天風呂に行く予定だったんですよ」
「ここも悪くありません。地元の者が勧めるんだから間違いありません」
そうですかと適当に相槌を打つ。
ここの温泉郷に来る客の七割が湯治で長居をしている。それ以外は観光客。
残りが地元の方。
「ねえあなた。ここに来るのは初めて? 」
「ええ。体の調子が悪いもので特に腰と背中と膝が良くないんです」
「あらまあ大変ね。そんな人が大半なのよ」
地元の常連さんは色々世話を焼きたがるから困ってしまう。
できたら放っておいて欲しい。大した情報もくれないし。
でも私がいくら態度で示してもきっと理解してくれないだろうな。
さあどうしましょう。
もうおばあちゃんなのよ。静かにしてもらいたい。
でもここで騒ぎを起こして目立てばこれから動きにくくなってしまう。
最初が肝心と言うけど頷ける。
仕方なく裸の付き合いを続ける。もちろん謎の光が私の胸を貫くのだけど。
「ここはね。いいところよ奥さん」
長話の予感。
「東京から来たから少し不便に思うかもしれないけどいいところばかり。
空気もきれいだし何より自然が豊かで水だって飲めるのよ。
観光客にも人気のスポットがたくさん。明日案内してあげましょうか」
丁重にお断りする。これ以上付きまとわれては迷惑でしかない。
それに私はおばあちゃんだけどあなたよりしっかりしてる。
頭だって切れるし計算もできる。
侮ってもらっては困る。
それに東の方からと最初にぼかしたのに東京から来たと勝手に決めつけるのは迷惑。
いいところと言うけどこんな山奥の田舎なら当然空気もきれいで水だって美味しい。
いいところって他に何がある? 教えて欲しいわね。
私だって先生のお世話で仕方なく来てるだけ。
本当はこんな不便なところ嫌だったの。
電話の一つも置いてないんだから。
あーもう。イライラする。
聞こえた?
もう年だもの。我慢したら体に悪い。ねえそうでしょう?
続く
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