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桜散りし頃

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ヨシノ先輩は本当に大丈夫だろうか?

別れの言葉も少し気になる。

「じゃあね」 「じゃあね」

何度も頭の中で流れる別れの言葉。

もう帰ってこない?

漠然とした不安に押しつぶされそうになる。

暗いのがいけない。不安を招くだけだ。

彼女を怒らせたのは間違いない。

しかしまさか勝手に先に帰る訳もないし、あの足では持つはずもない。

だがどうだろう……

いや気にしても仕方がないか。待つと決めたんだ。最後まで待とう。


暇つぶしに持っていた本を開く。

ライトアップの光だけでは少々心もとないが読めないこともない。

ハードカバーの表紙には桜と小鳥の絵がプリントされている。

絵本をパラパラとめくる。

それを何度か繰り返す。

まだかなあヨシノ先輩。遅いなあ。

まさか迷ってるなんてことないよな。

気になって仕方がないが絵本に集中。

今度は音読する。


春…… どこがいいかな。

次に大声で。

ありがとう。本当に助かったよ。すべて君のおかげだ。

うんうん。これからは自分で気をつけるんだよ。


もう十分は経過した。

まだ彼女は戻ってこない。

ライトアップがもう終わってしまう。

早くヨシノさん!

メガネを取る。

ゆっくり丁寧に拭く。

それを終えると再び掛ける。

無駄に思えるが大事なこと。

ただの暇つぶしでもある。

ふうー

ため息を吐く。

ヨシノさーん!

まだかな。

いつまで待たせる気だよ。

ほんの少し怒りが込み上げてきた。


再び絵本の世界へ。

天敵のカラスもいなくなり自由に大空を羽ばたく小鳥。

「ねえ、君の友達を紹介してよ」

反応が無い。

「友達さ。そうもっと僕を守ってくれる勇敢なお友達」

まったく反応が無い。

「どうしたの? 」

「済まない。少し考えごとをしていてね」

「僕に関係あること? 」

「ああ。そうだ」

「困るの? 」

「ああ。もう守ってやれないかもしれない」

「どういうこと」不安になる。

「聞いてくれ。あと少しで君を守る力が無くなる。そうなれば私は無防備だ。

何の役にも立たない。ただデーンと構えているだけの木偶の坊さ」

「そんなことないよ」

「いやこれは仕方ないことなんだ。早く出て行った方がいい。

ああもうダメだ。どんどん力が無くなっていく」

「嫌だよ。もう少しだけ。もう少しだけでもお願い」

「我がままを言うな! 私の言うことを聞くんだ! 」

「そんなあ…… 」

「ダメなんだ。どんどん力が! 力が! 吸い取られていく。

後はこのスピードを遅らすことしかできない。春の嵐に遭えばあっと言う間だ。

お願いだから言うことを聞いてくれ! 」

「うん、分かったよ。僕も準備を始めていたんだ。

旅立つ時が少し早まっただけさ。何の問題もない」

「そうだ。その調子だ。さあ旅立て! 」

「うん。もう行くね。お世話になりました」

「ああ、来年も来るといい。その時は歓迎するよ。さあ行くんだ! 早く! 」

「ありがとう」

小鳥は新たな住処を求めて旅立つ。

桜の木は力が尽き長い眠りにつく。

また一年後。

会えるのを楽しみにしているよ。

花びらが風に舞い漂う。

それを嵐のような突風が巻き取っていく。

春はまだ始まったばかり。

               おしまい
   ハル
   コトリ

                    続く
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