上 下
13 / 22

桜の散り頃

しおりを挟む
~桜の散り頃~

「いつまでも一人の女に拘るなんてどうかしてるぞお前。

サークルにだってキャンパスにだって見渡せばいくらでもいるじゃないか」

元気が無い僕を励ましているつもりなのか? 

ただ単純にからかい過ぎたのを反省しているのか? 相棒は優しい。

「僕はもういいんだ。放っといてくれ」

「何を情けないことを言ってやがる。いい加減元気を出せ」

優しすぎないか。自分だって振られて落ち込んでいたくせに。

「そんなこと言ってまた何かあるんだろ」

「あれ気づいた? まあいいや。お前もそろそろ立ち直らないと本当にまずいぞ」

悪びれずに笑ってごまかす。

「だから何? 要件を言え」

「実はさあ。ミニ合宿があるんだ。泊りがけで金曜日から二泊三日。

皆お前のことを心配してたぞ。急に飛び出して行きやがって。

その後一度もサークルに顔を出さないものだから。俺が報告してるからいいが」

「おい! そこうるさいぞ」

注意を受ける。

別に大声で話していたわけではない。そこらじゅううるさいのだ。

だが教授も注意しやすい奴を叱りバランスを取る。まあ確かに相棒はうるさいが。

目をつけられるのも面倒なので大人しくしている。

相棒は後でなと言って前を向く。

講義を聞く気力も無い。伏せて耳だけ傾けている。

そんな毎日。

勉強に身が入らない。やる気がまったく湧かない。


ランチ

何も考えたくない。

いつものAランチをゆっくり流し込む。

「おい、だらしないぞ。口からスープをこぼしやがって。汚ねえなあもう」

何を言っても心に響かない。

相棒の話に適当に合わせる。

「聞いてるのか」

何も考えずにただ頷く。

「聞いてないのか」

縦に振る。

「おい、どっちなんだよ。はっきりしろ」

「何の話? 」

「やっぱり聞いてなかったか。さっきの合宿の話だよ」

「いくら? 」

「おお、ようやくまともになりやがった。いくらってそりゃあ高くはないよ。

もちろん安くもない。お前は特別に後払いでいいってさ。

明日からのミニ合宿行くか? 楽しいぞ」

縦に振る。

「行かないのか」

うんうん。

「どっちだはっきりしろ。まったくボーっとしやがって付き合いきれないわ」

それでも適当に相槌を打つ。

「お前なあもう。分かったよ。俺の方で断っておいてやるよ。

そんな腑抜けた状態ではまた怪我しちまうかもしれないしな」

「済まない。今の僕ではみんなに迷惑がかかる」

「気にするなよ。俺はお前に来て欲しんだ。やっぱり引き立て役がいるからな。

でもその後余計な行動を取っちまうのがお前の悪い癖だ」

相棒は何か言いたそうにしていたが飲み込んだ。

彼の誘いを受けるべきだと後になって分かるが。今は何も考えられない。


「行かないでいいんだな? しかしもったいない。

今まで顔を出してなかった先輩が参加するらしいんだ。お前期待してただろ」

「おい、まさかその人って? 」

一気に覚醒。

「落ち着け。ヨシノなんてやつじゃない。まったくの別人さ」

相棒を問いただす。

「勘違いするな。そんな訳ないだろ。でも先輩たちの話ではかなりの美人だとか。

まあ当てにはならないけどね。どうだ興味が湧いたか」

相棒は何とかして参加してもらいたいのだろう。

だがその人物がヨシノさんであるかの一点にしか興味はない。

「本当にヨシノさんじゃないのか」

「ああ。一応は確認した。名前も苗字も違う。まったく違う。似ても似つかない」

残念だが違うらしい。

「いいじゃないか。ヨシノ先輩じゃなくたって美人なんだぞ。スタイルもいい。

性格だってたぶんいい。一目惚れしちまうかもよ。どうだ行かないか」

再度誘うがその気はない。

「そうか仕方ないな。その先輩は今日顔を見せるそうだ。

合宿に行かなくても確認ぐらいしたらどうだ」

ヨシノ先輩でないなら意味がない。

せっかくだが断ることにした。

「止めておく。僕はヨシノ先輩だけなんだ」

「何を言ってやがる。女なんて他にいくらでもいる」

ため息を吐く。

「お大事に」

それだけ言って行ってしまった。

僕は冷めきったスープを飲み干し窓から見える景色を片肘を突いて眺める。

ああ、良い季節だ。風が気持ちいい。

何だか堪らなく眠くなってきたな。

もうどうでもいいや。


金曜日

午後の講義をお休みしていつもの公園に足を運ぶ。

花見客は姿を消した。

ターゲットを変えたのだろう。

次は何に群がるのか。

季節的にはたぶんアジサイ。

バラ?

ヒマワリ?

自然の美しさも罪なものだ。

確実に破壊されていく。

人々はその様を喜んで見ているのか。

それともただ単純に何も考えないで楽しんでいるのか。

僕もその集団に紛れ込みたい。

四季を感じ花を愛でていたい。

何も考えないで他の者に倣って狩るのだ。花を狩るのだ。

だが僕は時を止めてしまっている。

桜に。春に。

拘っている。

花見が良いとは言わない。でも花見が僕のこだわりなのだ。

いや本当にそうか? そうではないだろう。

もう桜も随分散ってしまった。

皆が一斉に歩き出したのに僕は未だに桜に拘っている。

皆が前に向かっていると言うのに僕ときたら後ろに進もうとする。

まるでエスカレーターを逆走している小学生のように。

隣ではエスカレーターに乗っかって不思議そうに見守る客。

僕は何とか走って逆走。エスカレーターを飛び越える。


ヨシノ先輩。

行きましょう。

デートの約束。

春の幻に精神がどうかなってしまいそうだ。

どちらが幻なのか。

ヨシノさんが幻なのか。

ヨシノさんがいないことが幻なのか。

もう分かっているだろ?

もう理解したはずだ。

そうさヨシノさんは……

誰かがそう囁いた。

                     続く
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

泥々の川

フロイライン
恋愛
昭和四十九年大阪 中学三年の友谷袮留は、劣悪な家庭環境の中にありながら前向きに生きていた。 しかし、ろくでなしの父親誠の犠牲となり、ささやかな幸せさえも奪われてしまう。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

夜の公園、誰かが喘いでる

ヘロディア
恋愛
塾の居残りに引っかかった主人公。 しかし、帰り道に近道をしたところ、夜の公園から喘ぎ声が聞こえてきて…

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~

景華
恋愛
顔いっぱいの眼鏡をかけ、地味で自身のない水無瀬海月(みなせみつき)は、部署内でも浮いた存在だった。 そんな中初めてできた彼氏──村上優悟(むらかみゆうご)に、海月は束の間の幸せを感じるも、それは罰ゲームで告白したという残酷なもの。 真実を知り絶望する海月を叱咤激励し支えたのは、部署の鬼主任、和泉雪兎(いずみゆきと)だった。 彼に支えられながら、海月は自分の人生を大切に、自分を変えていこうと決意する。 自己肯定感が低いけれど芯の強い海月と、わかりづらい溺愛で彼女をずっと支えてきた雪兎。 じれながらも二人の恋が動き出す──。

処理中です...