<完結>桜散りし頃、君思うことなかれ 春の日奇譚 

二廻歩

文字の大きさ
上 下
7 / 22

七分咲き

しおりを挟む
二人はデートの約束を果たす。

「どこにします? 」

「せっかくだからゆっくりこの桜並木を歩こうか」

桜を愛でる。この季節の定番。

周りを見れば似たような男女が歩いている。

夕暮れの桜もまたいいものだ。

ロマンチックなシチュエーションが二人の関係を発展させるだろう。


「さあ、早く行くよ」

彼女はお構いなしに歩き出す。情けないことに彼女のスピードについていけない。

「ちょっと! 待って! 速い! 速すぎる! 」

マイペースな彼女の後ろにつく。

振り返ってはからかい半分に急かすヨシノさん。

しかし僕が遅すぎるのか。彼女が速ぎるのか。

「いや、だから待って。ヨシノさーん。普通デートって言ったら並んで歩くものですよ。これじゃあデートの意味がない」

何とか追いつき彼女の横をキープ。

なおも急ごうとする彼女。その手を掴もうとするが振り切られてしまう。

仕方なくやや後方から左肩を掴む。

「痛! ちょっと…… 」

服の上から軽くだ。痛いはずがない。それなのに。

一瞬顔を引きつらせるがすぐに笑顔に戻る。

「すみません。ヨシノ先輩。痛かったですか」

「ちょっとね。でも大丈夫だから。それに君のせいではないよ」

明らかに元気が無い。表情を曇らせ下を向く彼女。

「本当に、本当に大丈夫ですか? 」

「心配しないで。君と初めて会った夜に酔っぱらいに絡まれちゃってさ。

ほらこの左腕を痛めたんだ。たぶん骨折まではしてない。軽い捻挫かな。

腫れてきて少しだけ痛い。ははは…… 」

そう言って左手を回し確認。痛みはあるようだが問題ないそうだ。

ただ急に患部を触られるとダメらしい。

完治するまでは大人しくしているしかない。

気丈に振る舞う彼女。問題ないとしても心配だ。


「先輩。ほらあそこにベンチがあります。無理しないで少し休みましょう」

「本当にここでいいの? ふふふ…… 」

「どういう意味ですか。先輩。ほら辛いんでしょう? 」

彼女は意外な反応を見せる。

ふざけているのだろうか? その真意が読み取れない。

「もっと先の方で休みたいんじゃないの? ほらもう陽も落ちてさ…… 」

含みを持った物言いで男を挑発する。

「先輩」

確かに公園を抜け、道路を少し行くと見えてくるのはホテル街。

僕がその事を知らない訳もなく……

だからと言って最初のデートでお願いする根性はない。そんな人間ではないのだ。

自分にそう言い聞かせる。理性が吹っ飛んでしまう前に。

「先輩。いい加減ふざけないで早く座ってください。飲み物を買ってきますから」

彼女は不気味に笑いだす。

上を向き満開の桜を眺め満足そうな顔をしている。

夕陽のオレンジと桜のピンクのコントラストに心奪われるヨシノ先輩。

僕からすれば彼女の美しさが桜にも勝る。それだけ彼女に神秘性を感じる。

自分でも何を言っているのかわからないがとにかく彼女は凄い人だ。


もうすぐライトアップ。これはこれでいいものだ。

夜桜を見に来た客が集まり始めた。

早くも酔客が喚いている。関わり合いにはなりたくないので避けて進む。

ライトアップに釣られてやって来た花見客で混雑し始める。

歩くのも一苦労。花見客を押しのけて百メートル先の自販機へ。

ガヤガヤしてとにかく不快だ。

だがそんなことは言ってられない。ヨシノ先輩を待たせているのだ。


大声で話しているおばさんたち。僕は抵抗しない。

「ねえ、この桜も今年が見納めね」

「本当。本当。来年からは別の場所を見つけなくちゃね」

「大丈夫よ二人とも。徐々にだから。来年は半分になっちゃうけどその分花見客も減って見やすくなるわよ」

「まあ何にしろ新しい場所を見つけないとだわ」

「私は近所だから便利でよかったのに。残念」

「便利って奥さん。はっはは……」

自販機の前でおばちゃん連中に巻き込まれてしまう。

うるさくて敵わない。いい迷惑だ。

何とか脱出し飲み物を抱えてベンチへ。

人混みが凄すぎてなかなか前に進まない。

ヨシノ先輩今すぐ行きます。

                続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

殿下の婚約者は、記憶喪失です。

有沢真尋
恋愛
 王太子の婚約者である公爵令嬢アメリアは、いつも微笑みの影に疲労を蓄えているように見えた。  王太子リチャードは、アメリアがその献身を止めたら烈火の如く怒り狂うのは想像に難くない。自分の行動にアメリアが口を出すのも絶対に許さない。たとえば結婚前に派手な女遊びはやめて欲しい、という願いでさえも。  たとえ王太子妃になれるとしても、幸せとは無縁そうに見えたアメリア。  彼女は高熱にうなされた後、すべてを忘れてしまっていた。 ※ざまあ要素はありません。 ※表紙はかんたん表紙メーカーさま

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...