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第11章
第208話 起き上がる『英雄』
しおりを挟む体が何かに包まれている。服ではない。もっとカサついたもので、肌に触れているところに違和感が残る。体勢は……寝転んでいるのだろうか。頭の下に柔らかいものがある。少し体が痛い。局所的ではなく、全体的に痛い。
でも我慢できない程ではない。脱力感に襲われて何もしたくない。ずっと眠っていたいとさえ思う。しかし考えていることはまた別のこと。大丈夫だったかな?何がだろうか。皆無事かな?誰のことだ。ボクは死んじゃったのかな。何の話だ。
そうだと思い出す。自身の名はソフィー。『英雄』でありSSSランクの冒険者をしていて、王都を襲おうとしているゴーレムを倒すために立ち向かい、そして……悔しくもやられてしまった。最後に見た光景は……現在の異質なゴーレムだった。
「──────王……都……はっ!?」
「……?おぉ、起きたのか」
「オリ……ヴィア?ボクは……」
「取り敢えず私の手を離せ」
「え?……あっ」
ガバリと体を起こした。勢い良くいったので掛けられていた布団が落ちる。着ているのは病人用のもの。体中には包帯が巻かれている。治療されているのだろう。鼻につくのは薬品の匂い。殆ど使ったことがない診療所だということがすぐに判った。
ゴーレムはどうなった。王都は無事なのかと寝惚けた頭を覚醒させて起きたソフィーに、横から声が掛けられる。驚いてそちらに顔を向けると、純黒のローブを身に纏い、フードを被ったまま椅子に座っているオリヴィアと、肩に乗ってソフィーのことを見ているリュウデリアが居た。
もしかして彼女達が……?と思うより早く、オリヴィアに手を離すように言われる。何のことかと思いながら自身の手を見てみると、しっかりと繋がっていた。いや、繋がっているというより自分が強く握って繋いでいると言った方が良い。
眠っていて意識が無いので仕方なかったが、気づかない内にオリヴィアの手を握り締めていたのが恥ずかしくて、ほんのりと頬を赤くしながら手を離した。途端に温かさがなくなって寂しい気持ちになるが、胸元で繋いでいた手をもう片方の手で握った。
「あの……ねぇオリヴィア。ボクが戦っていたゴーレムって……」
「私とリュウデリアで消した。全く大したことない魔物だった。『英雄』と持て囃されていながら負けるとは……私は驚かされたぞ」
「……うん。ごめんね。期待を裏切っちゃって」
「……はぁ。冗談に決まっているだろうが。真に受けるな。ゴーレムの位置とお前の位置。感じた気配から察するに、王都やあの冒険者共に被害が出ないようゴーレムの攻撃を受け止めてあのような形になったのだろう。守るものがなく自由に戦えていれば、お前が負けることは無かっただろうに」
「そう……なのかな。苦戦はしていたよ。あのゴーレムはとてもじゃないけどいきなり相手するにはキツいものがあったからね。純粋に、強かった。核を壊しても修復されるんだ。……ふふ。笑っちゃうよね」
「あー、それは……まあ毛色の変わったゴーレムだからな」
「……?」
言葉を濁したオリヴィアが気になったソフィーは、あのゴーレムには何かあったのかと聞こうと思った。しかしタイミング悪く、看護師だろう人の気配がこちらに近づいているのが解った。それはオリヴィア達も解っているのだろう。椅子から無言で立ち上がり、次の瞬間には姿が見えなくなっていた。完全に消えたのである。
匂いも気配も完全に消失してしまったオリヴィアとリュウデリアに驚くことはなく、後で聞いてみようかなと思いながら、ソフィーが起きていることに驚いて悲鳴を上げた看護師に困ったような笑みを浮かべた。
「まさか手を取られてから30分で目を覚ますとは思わなかったな」
「元よりいつ起きても良いくらいには安定していた。おかしい話ではあるまい」
「タイミングが良いな」
焼きたてのパンを買って、ベンチに座る。大通りを歩いていると設置された噴水が見えてきて、広場になっている。その外れにあるベンチに彼女達は座っていた。子供が遊べるようになっている広場なので、子供の声が聞こえてくる。ここはオリヴィアとリュウデリアが、ソフィーを始めて見かけた場所だ。
今日は快晴で天気が良いので外で何かを食べるにはもってこいの日だ。焼きたてのパンはふんわりとしていて簡単に手で千切る事ができる。食パンに近い形をしているのでお好みの厚さで切るのが良いだろう。尻尾の先に魔力の刃を形成して均等な厚みで切ると、異空間から出されたジャムの入った瓶を取り出し、受け取ったオリヴィアがパンに塗っていく。
膝の上に座るリュウデリアに塗ったパンを渡し、自身の分のパンにも同じジャムを塗る。買い出しをするときにこんな事もあろうかと買っておいたものだ。塗り終えると、オリヴィアとリュウデリアは同時にパンへ齧り付いた。
「んー。ふわっふわだな。美味い」
「出来立てで温かいからな。余計に美味い」
「少し焼いて表面をパリッと仕上げても良いかも知れないな」
「む、やってみるか」
一口齧ったパンを半分から折り畳み、口から炎を吐いて表面を焼いていくリュウデリアにクスリと笑う。数秒炎を吐き続けていた彼は、絶妙な焼き加減になったパンに齧り付いた。外が焼けてサクッと良い音を立て、中がふんわりとしている。塗ったジャムは酸味のある果実を使ったものなので意外にもサッパリしている。率直に言って美味かった。
サクサクさせながら食べ進めるリュウデリアを見下ろして、機嫌が良さそうに尻尾が揺れているので、美味しくて機嫌が良いのだろうなと察する。そんなに美味しいなら私も食べてみたいなと思うと、下からリュウデリアが自身の焼いたパンを持ち上げて差し出してきた。もぐもぐと口を動かしながら、目線で食べて良いぞと言っているので、嬉しそうに微笑みながら一口齧った。
「ふむふむ。おー、美味いな」
「ふーっ。焼かなくても美味いが、焼いても美味い」
「そうだな。また後で買って、今度は違うものを乗せたり挟んだりしてみるか」
「うむ」
買ってきた分だけのパンを味わったリュウデリアとオリヴィアは、ベンチに座ったままゆっくりとした時間を過ごしていた。何もせず、膝の上に寝転ぶリュウデリアを撫でるオリヴィア。遠くからは子供の遊びはしゃぐ声。近くの木からは小鳥の囀りが聞こえてくる。
6日前にゴーレムに襲われかけて滅びかけたというのに、そんなことが無かったかのように見える平和な光景。中には知らない人も居るのだろうが、何とも呑気なものだと思う。人間がどんなことをしてようが興味はないが、危機感というものが足りないように感じる。
「ところで、今回のゴーレムの体に刻まれていた紋様。あれは私達にちょっかいを掛けてくる奴の仕業だったのだろう?」
「そうだ。この目で見て確かめたから間違いない」
「今回は何が目的だったのだろうな。人間を唆して私達の元へ来させた次は、ゴーレムを使って王都を襲撃させる。目的が判らんのだが」
「試しているのだろう」
「試す?」
「あぁ。最初の人間共は俺達の実力を測るために使い、今回はソフィーの実力を測るのに使われた」
「実力をか……だが何故ゴーレムはソフィーを試したと思ったんだ?」
「王都を襲撃させたからだ。俺達は王都がどうなろうと知ったことではない。無視する可能性の方が大きい。ならば直接ぶつけた方が確実だろう。態々王都に向かわせて住人を人質にしている時点で、必ず戦わせようとしているのが解る」
「なるほどな。『英雄』は自身の立場を理解している。勝てないとなれば一度下がってしまうか様子見をしてしまう。でも王都を人質にすれば、是が非でも勝とうとするわけだ」
「そうだ。故にゴーレムはソフィーの実力を測るために向けたものだと思った。本来は魔力だけは豊富なゴーレムだったのだろう。多少力を貰っただけで条件つきとはいえ『英雄』を倒したんだ。与えた側の奴はソフィーを上回る力を持っていてもおかしくない」
付け加えるならば、気配を感じさせず、動いたときに発生する風なども立たせることなく姿を眩ませる事ができる。咄嗟のリュウデリアの攻撃を避けるだけの危機察知能力と速い逃げ足が特徴だ。力を与えるだけで、普通の冒険者でも勝てるゴーレムがSSS級の難易度に跳ね上がるのだから、本人は相当な強さを持っているだろう。
ゴーレムを使い、ソフィーの実力を測ったことは理解出来た。だが解らないのは、どうしてリュウデリアではなくソフィーの実力を知りたかったのかということだ。一度狙って強いと解り勝てないと悟って逃げ去るならばまだしも、彼等に近いところで行動を起こすのは腑に落ちない。
なのにソフィーの実力を把握しようとするところもイマイチ理解出来ない。目的は解ったが目標は何を思っているのか謎のままだ。今回は離れたところでゴーレムに力を与えていたので、リュウデリアは攻撃したところで避けられるのがオチだと思い行動しなかったが、次に接触してくれば殺してやろうと思っている。周りをうろちょろされて鬱陶しいのだ。
「──────あれ、オリヴィアさん達じゃないか」
「ツァカルか。何故此処に居るんだ?店はどうした」
「あー、気合いを入れて働いていたら休みくらい取れと言われて急遽休日に……。やることが思いつかないので適当に散歩していたんだ」
ゆったりとしながらお喋りをしていたリュウデリアとオリヴィアの元へ来たのは、彼等が泊まっている宿屋で働いているツァカルだった。休みを取らずに毎日働いていたので、いい加減に休みを取るようにと言われて休みを貰っていたらしい。が、何をすれば良いのか思い浮かばず、こうして適当に歩いていたという。
オリヴィア達と会ったのは偶然だった。快晴で散歩日和だったので歩いていたら、噴水のある広場、つまり今居る場所に純黒のローブを着る人物が見えたのですぐにあ、オリヴィアさんだ……と気づいたのだ。まあ確かに、周りの色から隔絶された黒い塊を見れば誰かなんてすぐに解るだろう。
今日も使い魔との仲が良いなー。良い魔物使いだなーと内心で思っているツァカルに、何だかんだ渡し忘れていたものをリュウデリアに異空間から取り出してもらった。それをツァカルに差し出すと、最初は何か解っておらず首を傾げたが、受け取ってじっくりと眺めると驚愕して目を瞠目させた。
「こ、これは……ッ!ソフィー様の直筆のサインッ!?」
「渡し忘れていた。お前も慌ただしく店の仕事をして忘れていただろう。また忘れる前に渡しておく」
「た、確かに忙しくて忘れていた……あ、私の名前も入ってる!」
「確かに渡したからな」
「……っ!ありがとうっ!本当にありがとうっ!」
大切にすると興奮した様子で叫びながら色紙を胸に抱いた。心から尊敬する『英雄』が直筆で、それも自身の名前を入れて書いてくれたのが本当に嬉しいのだろう。何度も眺めてはニヘラとした笑みを浮かべている。
調査依頼で森へ向かう途中で、ソフィーに書いてもらっていたのだ。最初はあれだけツンツンしているオリヴィアがボクのサインが欲しい!?と驚いていたが、即座に否定した。めちゃくちゃ要らないと。欲しがっているのはツァカルだと説明すると、宿屋で話したことを印象に覚えていたらしく、快く引き受けたのだ。
サインを書いてもらったことをオリヴィアが忘れていて渡す機会が無く、ツァカルも宿屋が忙しかったので朝の挨拶などで顔を合わせても色紙の事を聞く暇も無く、ついでに頼んでいたことも忘れていた。なのでふと思い出したオリヴィアが渡さなかったら、渡すまでが更に遅くなっていたかも知れない。
色紙を抱き締めて嬉しそうにしているツァカルは内心で散歩して良かったと、心から思った。オリヴィアは旅をしている身なのでいつふらりと居なくなるか解らないのだ。もしかしたら貰えないまま終わっていたかも知れないと考えると酷く落ち込むだろう。宿屋で働いているので滅多なことじゃソフィーに自分からでは会えないためだ。
「あー嬉しいなぁ。宝物にしよう!……そういえば、宿屋でふと耳にしたのだが、ソフィー様が大怪我を負ったといのは本当なのだろうか」
「ふむ……変な混乱を招くのを防ぐのに王都全体に報せることはしていないのか……んんっ。確かに大怪我を負って治療中だ。6日間目を覚ましていなかった」
「そんなにか!?一体何があったんだ!?」
「冒険者だぞ。魔物との戦闘以外に何がある」
「そ、そうだな。しかし、ソフィー様でもそんなことになる魔物とは何なんだ……ソフィー様のお体は大丈夫なのか?」
「先程目を覚ましたと聞いたから、大丈夫なのではないか?診療所で厄介になっているが、面会遮絶中だから行っても意味は無いぞ」
「うぐっ……行こうとしたのがバレてる……」
サインを欲するほど尊敬しているなら、彼女の元へ駆け付けて顔を見たいと思うだろう。オリヴィア達は魔法で直接会ってきたが、一般人は面会遮絶で会いに行けないので、行ったところで顔を見ることはできないと最初に釘を打った。バレていたと苦笑いしているツァカルは、尻尾を力無く振って心配そうだ。
王都全体にソフィーが意識不明の重体であるということは伏せてあるらしい。傷だらけのところをオリヴィアが引き摺って診療所に叩き入れた、その場面を見ていた者達は噂をしたりして話を広めているだろうが、知っている人は知っている。知らない人は知らなそうだ。
顔を合わせることが出来たときに、何か渡せるようにお見舞いの品でも買っておこうかな……と悩んでいるツァカルに何でも良いのでは?と適当に言って会話を続けた。
気ままに過ごしたその日を終え次の日、オリヴィアとリュウデリアは招待された王城へ赴いたのだった。
──────────────────
ツァカル
サインを貰ってきてくれと言ったことを、自分でも忘れていた。宿屋が忙しかったから。店長からの印象はとても良い。真面目に働いてくれているので、賄いなどを作ってもらってよく食べている。生活に必要なお金に困ることはなくなった。
ソフィー
オリヴィア達がやって来て30分程度で目を覚ました。子供のように手を握っていたことが少し恥ずかしかったが、独りじゃないと思えて安心できたのでとても感謝している。
起きたところを看護師さんに発見されて大騒ぎになり、傷は大丈夫か検査してもらったところ、驚異の回復力で回復しているとのことなので現場復帰は近い。
オリヴィア
治癒の女神で、ソフィーくらいの傷ならば2秒あれば完治できるが、だからと言って何でもかんでも治すわけじゃない。治せるなら普通に治させる。
リュウデリア
普通のパンに自分で用意した具材を挟んで食べる方式にハマる。今度は分厚い肉や魚、卵などを挟んだ多種多様なサンドイッチを食べようと思っている。
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