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第11章
第204話 ゴーレムの強さ
しおりを挟む『──────、───────────っ!』
君は……誰?
『────っ─────────、──────っ!』
……ごめんね。なんて言ってるか判らないや。けど、なんだろ……君とは初めてな気がしないなぁ。
『は──────に──────こ────っ!!』
というか、ボクは何をしてたんだっけ。全然思い出せないんだけど……何をしようとしてたんだろ……寝てたのかな?いや、というより今も寝てるのかな?
『──────早く起きてッ!!!!』
「──────ッ!!」
鬼気迫る声にハッとする。気付けをされた気分だ。いや、実際気を取り戻させてくれたのだろう。鋭い声を聞いた瞬間、ソフィーの頭には寝てしまう……否、気絶する瞬間の光景が蘇った。倒したと思ったゴーレムの攻撃を正面から受け、宙を舞って弾き飛ばされる自分。
倒れてしまった事で、近くに居る冒険者達が危険に晒される。『英雄』である自身が一撃で気絶させられたのだ。他の冒険者には荷が重すぎるだろう。王都を守るために立ち塞がったとしても、命を散らしてほんの僅かな時間を稼ぐことしか出来ない筈だ。そんな犬死にみたいなこと、赦せるはずがない。
真っ黒な空間で佇んでいたソフィーは体を起こす。気絶して夢を見ていると悟ったのだ。今すぐ起きないと、他の者達が危ない。意図的に意識を覚醒させようとした彼女。その時、視線の先に薄らぼんやりと人の形を取った白い靄があった。先程声を掛けてくれた者だろう。背丈的にまだ小さいと思う。男か女かもはっきりしないが、ソフィーはその人型の白い靄に手を振った。
「ありがとう!君のお陰で助かったよ!誰か分からないけど、取り敢えず本当にありがとう!」
『──────────────────。』
手を振るソフィーに、控えめに手を振り返す白い靄。小さな子がやっているように見えるそれが、ソフィーには何故か、とても寂しそうに見えた。
「う……ぐっ………」
体が痛い。久しく感じていなかった気怠さを伴う痛みだ。ついこのまま寝転んでいたいと思ってしまう。大きく割れた地面の亀裂部分に落ちそうになっているソフィーは、腕力で体を起こして後ろに下がった。上半身を起こしてみれば、すぐそこに相棒である双剣の一振りが刺さっている。
もう一振りは離さず手に持っているので無くしていない。見たところ欠けたり破損しているところは無さそうだ。素手でも戦えるには戦えるが、やはり武器を使った方が戦いやすいし戦術の幅が広がる。立ち上がって地面に突き刺さった剣を取ろうとして、自身にそんなゆっくりしている暇なんぞ無いことを思い知る。
叫び声が聞こえた。大の大人が情け無い声を出している。助けを請い、求める声だ。頭の猫の耳がピクリと動く。声がした方向へ顔を向けると、自身のことを一撃で気絶させたゴーレムが冒険者達のことを襲っていた。いや、襲っていると言って良いのだろうか。王都へ向かうゴーレムに、行かせまいと攻撃している冒険者を無雑作に振り払っている。
周りを飛ぶ邪魔な虫を払う感覚に近いだろう。しかしそんな軽い認識のゴーレムの攻撃は、人間にとって強力な攻撃と成り得てしまい、結果として足止めを目的として攻撃していた冒険者は軽い攻撃に潰され、弾き飛ばされ、いとも簡単にその命を散らしていた。既にもの言わぬ死体は7つある。7人、ソフィーが短時間気絶している間に死んだ。
時間は……5分も経っていない。本当に僅かな時間で、魔物との戦いに慣れている冒険者が7人死んでいた。それも殺すことを目的とした攻撃ではなく、邪魔故に払っているだけの露払いに等しい攻撃で。ソフィーは口を噛み締めて奥歯をぎりりと鳴らした。痛みを無視して立ち上がり、駆け出しながら地面に突き刺さる剣を抜く。
「──────『双奏の爆連』ッ!!」
「……っ!ソフィーかっ!」
「起きるのが遅ーよっ!」
「心配しちまっただろーがっ!」
「早くコイツをぶっ飛ばしてくれっ!」
「俺達じゃもうもたねぇっ!!」
「■■■■■………■■■■■■■…………」
連撃。連撃。連撃。背後から接近したソフィーがゴーレムの周囲を縦横無尽に駆け回り、跳ね、双剣を振るった。一撃毎に強力な爆発が起きて体の岩を粉砕していく。ゴーレムの体を勢い良く削り取っていき、脚を最初は重点的に狙った。4本の脚を粉々にして動きを封じ、腕は直接狙わず肩を攻撃して無理矢理落とした。
脚を破壊され、腕が落とされ、背中の翼の骨格のような部位が破壊される。残るは胴と頭のみ。爆発の黒煙の中で動き回るソフィーは、その残った頭と胴を粉々にするべく双剣を番えて向けた。膨大な魔力が鋒に集められる。双剣が持っている能力で魔力を斬ると吸収する力が働き、貯め込んだ魔力も使用した。
呆れるほど膨大な魔力が集まり、一点に集中する。今度は上半身とは言わずに体の全てを完全に消し飛ばすつもりだ。そのために脚と腕を先に落とし、砕いた。眩い光が爆煙から伸びる。冒険者達が呆気にとられる魔力を解放し、もう一度魔力の光線を撃ち放とうとした。しかし放つ瞬間、ゴーレムの顔へ瞬間的に膨大な魔力が集められ、放たれた。
「くッ……撃つまでが早い……っ!!」
「■■■■……■■■■■■■………ッ!!」
「あっ……ッ!!しまった……ッ!!」
ゴーレムの魔力が細い光線となって放たれた。今まさに同じく魔力を放とうとしたソフィーよりも早い攻撃に、魔力の解放を中断せざるを得なかった。鋒から光線となる膨大な魔力の解放はやめて、一瞬だけの解放を行った。魔力放出の圧力によってソフィーの体はゴーレムの魔力光線の射線から離脱する。が、その光線は偶然にも王都に向いていた。
放たれてしまったものはもう止められない。ソフィーが今から駆けたところで間に合いはしないだろう。射線は王都中央ではないものの、比較的左側のところを貫くだろう。そこは住宅街が並んでいて住人が居る。直接光線を食らわなくても、その威力の余波により死亡者は出てくるだろう。ましてや魔力を持たない者達だ。魔法に対する抵抗力が無い。
一瞬で数多の住人が死ぬ未来が頭を過ったソフィーは、横へ飛んで回避した体を捻り込んでゴーレムの頭に蹴りを叩き込んだ。魔力を集中させて強化した渾身の蹴り。3方向向いている内の1つの顔を砕きながら体勢を僅かに崩させた。魔力の光線の軌道が僅かだがズレる。住宅街を貫こうとしていた光線は、王都の外壁の上部を掠らせるだけに留まった。
負傷者は奇跡的に出なかったゴーレムの光線は、外壁を掠った後も伸び続けて雲を穿ち消し飛ばした。そして遙か上空で大爆発を起こす。球の形をした爆炎が発生し、余波で残る雲も吹き飛ばし、王都の上空を快晴の空へと変えた。恐ろしい威力である一撃に、冒険者達は腰を抜かしている。次いで、空で起きた大爆発の衝撃波が地上に降り注いだ。
爆風が吹き荒れて体を持っていこうとする。当たっていれば広大な王都の6分の1は消し飛んでいたかも知れないと思わせるのは当然として、これに当たっていたらまず間違いなく死んでいたと悟るソフィーだった。速やかに回避したのは実に良い行動だった。蹴りを入れて軌道を変えたのも素晴らしい。だが、戦いは終わってなどいない。
体勢を崩していたゴーレムが修復を開始した。辺りに転がる岩を集めて壊された部位を新たに形成している。修復するなら、また粉砕してやる……と、双剣を握る手に力を込めた。しかしその瞬間、蹴りで破壊された顔とは別の顔がソフィーに向けられた。ゴーレム故に首の可動域は普通の生物を凌駕する。ぐるりと回転して向けられた顔に魔力が集められるのを感じて、考えるよりも先に魔力放出による高速移動でその場を退避した。
「厄介だなぁ……ッ!!」
「■■■■……■■■■■……■■■■■■……っ!」
「他の冒険者には当てられないし、王都に向けて撃たれたら終わっちゃう。視点を下に向けさせたら地上がどうなるか分からない……空で避けるしか無いのかな……っ!!」
間近で撃たれたら、遙か上空からでも強烈な衝撃波を届けた大爆発に巻き込まれてしまう。他の冒険者にソフィーが耐えられないものを耐えられるとは思えない。王都に向けさせれば一撃で外壁は消し飛び、甚大な被害を及ぼすことだろう。故にソフィーが出来るのは、双剣から魔力を放出して宙に浮かび、ゴーレムの光線の射線を空へ向けることだった。
隙が生まれるまでそうしていないとならないのが面倒なところであるし、回避している間にもゴーレムは修復を初めている。撃つまでが早い光線を空で避けながら、こちらも遠距離で攻撃しようと考えた時、ゴーレムの様子がおかしかった。過剰なほど岩を集めているのだ。体はもう修復されて出来上がっているのに、それでも岩を集めて体に纏わり付かせている。
もしかして防御のつもりか?と訝しんだソフィーの思いを覆すが如く、ゴーレムの体を黒い靄の瘴気が包み込んだ。光線が止まり、隙が生まれた。絶好の機会が訪れたことは冒険者達も理解しているのでソフィーに声援を贈った。やってしまえ。倒してしまえと。だが肝心のソフィーは動かなかった。
感じる気配が変わった。異質なゴーレムの気配は、ただ異質だったのに対し、今のゴーレムの気配は異質に足して身の毛もよだつ鋭い敵意を発していた。そこに居る人間全てが憎いと言わんばかりの攻撃的で強い負の感情。少し理性を獲得しただけのゴーレムが持つとは思えない感情に、ソフィーは固まってしまった。
そして彼女の緊張を高める出来事が起こる。ゴーレムが雄叫びを上げたのだ。体に纏わり付かせていた余分の岩が周囲に向かって吹き飛ばされる。飛んでくる岩は各々避けるなり砕くなりして凌いだが、問題はその後だ。ゴーレムの大きな体が変貌していた。
3方向に向いている顔はそのままに、全高は半分程度の5メートルくらいに縮んだ。腕は2本もそのまま。4本の脚は岩が連なって出来た大蛇の体ように変わり、背中にあった翼の骨格だけのような部位には、砂で構成された膜が追加された。胴は岩の無骨さが小さな岩を組み合わされていることにより消え、スリムな体型になっている。最初から普通のゴーレムとは違うと思っていたが、更に違う姿へ変わったことに驚きを隠せない。
体全体に広がる、炎を表すような黒い紋様も気になる。垂れ流していた瘴気が紋様を作っているのだろうか。気配を読めば紋様から嫌なものを感じるので間違いないだろう。ソフィーは確かに毛色が変わった相手に驚きつつ、集中力を高めて深呼吸をしてから武器を構える。だがその瞬間、空中に居るソフィーの背後に、姿を変えたゴーレムが居た。
「──────ッ!!動きが全然違う……ッ!!」
「■■■■■■■……■■■■■■■ッ!!」
「……ッ!くゥ……っ!重……ッ!?」
上から振り下ろされる大蛇のような体を鞭のようにしならせた攻撃を、回避が間に合わないと察して双剣で受け止めた。刃と岩が衝突して火花を散らす。斬れない硬さに瞠目する。岩には炎のように見える瘴気の紋様が刻まれており、その部分は大業物である魔剣でも斬れなかったのだ。
受け止めはしたものの、足場の無いところで踏ん張りはきかない。上からの衝撃に流されるように下へ急降下し、地面に衝突した。クレーター状に地面が陥没し、その中央にソフィーが居る。背中からの衝突になったが、魔力で肉体を強化しながらクッションにもしたのでダメージは殆ど無い。だが攻撃を受け止めた手が僅かに痺れていた。
踏ん張りがあるところで受けても、空中と同じように弾き飛ばされていたと思えるくらいの重い、響くような攻撃だった。経験から受け止めるのは得策ではないなと考えていると、空からゴーレムが落ちてくる。腕を振りかぶっているので殴打だ。落下速度と自重を合わせた拳を受ければ、地面を背にしているソフィーは忽ち潰れてしまう。
双剣を握ったまま顔の横に手を付いて地面を蹴り上げる。バク転しながらその場から跳び退き、ゴーレムの殴打を軽やかに避けた。誰も居ない地面に拳が打ち込まれる。すると、ゴーレムが最初にやった岩の巨腕以上の亀裂が奔り、地響きが起こった。爆発音を出しながら砂塵を巻き上げる。途轍もない威力だと冷や汗を流しているのも束の間。
欠片の岩を集めて巨大な岩の塊にする。それを投げつけてくるのだ。豪速で飛んでくる岩の塊はソフィーならば避けられる。しかしその背後に居る者達はどうだろうか?ハッと背後を振り返る彼女は、冒険者達が固まっているのを目撃して口を噛み締める。ゴーレムは学んでいた。ソフィーは冒険者と王都に被害が出ないように戦っているということを。そこが、彼女の弱点であり隙となることを。
「狡猾なゴーレムだなぁっ!……ッ!はぁああああああああああああああああああああッ!!!!」
「──────ッ!俺達が邪魔になってる!王都へ戻れェッ!」
「もう援護とか考えてる次元じゃなくなってやがる!重てぇケツをさっさと王都に持って行きやがれ!」
「ボーッと突っ立って見てる場合じゃねーぞッ!」
「早く戻れェ──────ッ!!」
漸く自分達がソフィーの足枷になっていることを自覚した冒険者達は、戦場から王都へ退避した。その背中を巨大な岩の塊が追い掛けようとするのをソフィーが迎撃する。双剣を迸る雷の如く振るい、細切れにした。刹那の早業。こんな芸当が出来る人間は少ないだろう。
小さな礫程度まで斬られた岩は空中で更に砕けて砂になる。ゴーレムからの巨大な岩の投擲は凌いだ。凌ぎきった。故に間髪入れずに次が来る。岩を破壊されるのは分かっていた。だから単なる目眩ましにしか使う気はなかった。目的は魔力の光線だった。背後に王都と冒険者。ゴーレムとは距離がある今が、ソフィーを狙うのに最適の状況。
王都に甚大な被害を被せる光線が、ソフィーに放たれた。避ければ冒険者と王都が。避けねば餌食となる。この状況で、彼女はどうするというのか。
──────────────────
ゴーレム
形態変化。脚を蛇のようにし、翼の骨格のような部位には膜を張って飛べるようにした。体は全体的にスリムになり重量が減り、全高も半分になったので高速の移動が出来るようになった。
体の岩には炎のような瘴気の紋様が描かれていて、ソフィーの持つ魔剣でも斬ることができない硬さを持っている。生身で触れてしまうとどうなるか分からない。
ソフィー
冒険者と王都を守りながら戦っているのでいつも通りの動きができない。理性とは別に感情と学ぶことを覚えたゴーレムにより、明らかな弱点を突かれて苦戦を強いられている。
肉体へのダメージは蓄積している。魔力の光線を受ければタダでは済まないと解っている。防御魔法も使えるが、威力が桁違いすぎて貫通してくることを察している。
冒険者達
野次馬をしていたが、ソフィーの邪魔になっていることを察して王都への退避を決行している。だが観戦している時間が長すぎて致命的な場面までその場に残ってしまった。ソフィーを倒すために駒として狙われている。
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