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第11章
第200話 調査依頼
しおりを挟む『英雄』ソフィーが使っていた宿屋、『狐火亭』に泊まったリュウデリアとオリヴィア。案内で一緒に来たソフィーは、彼女のファンだったというツァカルと少し話をした後、自分が止まっている宿に帰っていった。
疲れが溜まっているとか、そういう訳でもないがリュウデリアとオリヴィアはその日早めに眠った。明日やることを大雑把に決めて、雑談をして、眠気がきたオリヴィアに誘われるように、リュウデリアも時同じくして眠りにつく。
ソフィーが薦めることあるだけあって、ベッドはふかふかで眠りやすく、良く晴れた日に干された布団の良い匂いがした。人間大の大きさになったリュウデリアに抱き付いて寝ると、寝心地が良い。どれだけ強く抱き締めてもダメージなんてなく、苦言を呈される事も無いので甘えてべったりとくっついた。
朝の小鳥の囀りを聞いて目を覚ましたオリヴィアは、ゆっくりと目を開けた。目の前にあるのは黒よりも黒い純黒の鱗。彼の背中を眺めながら胸に顔を埋めて抱き締める……あれ、背中を見て胸に抱き付くのはおかしいなと寝起きで靄が掛かった頭でも疑問を感じた。
眠るときには正面から抱き締め合っていた筈なのに、いつの間にか違う体勢に移行していた。背を向けて眠っているリュウデリアの背中を眺めながら、長い尻尾を両腕両脚を使って全力で抱き締めていた。どっちがどんな風に寝相が悪くて、こんな状態になったんだ?と首を傾げつつ、背中から生える翼に指を這わせる。
翼の膜に触れると、鱗とはまた違った感触がする。翼膜は、彼の体を持ち上げる大きな役割をしているので硬めだ。しかし鱗程の硬さはない。折り畳めるくらいには柔らかいのだ。人差し指でスッとなぞり触れていると、触れられている感触が擽ったかったのか翼が1度大きく開いた。
すぐに閉じられた翼を目で追い掛けていると、リュウデリアが体の向きを変えた。長い尻尾を手放すと腕と脚から離れていく。途端に抱き締めていた温かい体温が消えて大きな喪失感を感じたオリヴィアは、縋り付くように体を彼女の方に向けた彼へ、ひしりと抱き付いた。
「んんッ……んんー……んー…………」
「はぁ……温かい。寝るときはリュウデリアと一緒でないと眠れん体になってしまった。というより、お前が居ないと私は生きる意味を失ってしまうぞ。だから、責任を取ってもらうからな。龍よりも余程長命な神と、生涯を共にしてもらう」
「すぅ……すぅ……」
「……ふふっ。かわいい」
閉じられた瞼の奥にある、鋭い黄金の瞳が見れないのが残念でならないが、オリヴィアは眠っているリュウデリアを眺めるのも好きだった。寝顔をうっとりと微笑みながら堪能し、鼻の頭にちゅっとキスをした。それでも彼は起きず、長い舌を出して鼻の頭をべろりと舐めた。
見ているだけで癒される愛しい彼の姿に、オリヴィアは人知れず胸を高鳴らせる。敵が近づくと途端に目を覚ますのに、自身が軽くイタズラしても起きないのだ。それだけ心を許されており、警戒が無いという証拠。他の者では不可能な領域に彼女がどっぷりと浸っていることを、誇らしくもあり愛おしいと思う。
もっと眺めていたい、眠っている彼を堪能したい。そんな気分を高めている一方で、今日は図書館に行って読んでない本を読むのと、野営するときに必要になる食料の買い出し、それと冒険者としての依頼の受注が待っているので、そろそろ起きても良い時間だ。彼の手を取って、指を絡ませて握りながら、顔を寄せてキスを贈る。
鼻先や口。頬に瞼と、何度もリップ音を慣らしながらキスしていると、リュウデリアが瞼を開いた。中から縦に切れた黄金の瞳が覗き、周囲をぐるりと見渡すと最後にオリヴィアを見た。目を細めて眩しそうにしている。ちょうど朝陽が後光のように差しているのだろう。
「んァ……?朝か……」
「おはよう、リュウデリア」
「……うむ。おはよう……ぐぅ……」
「ほらほら、二度寝しない。顔を洗うぞ」
「うぅむ……眠い……」
「まったく。この腹ぺこ寝ぼすけ龍は……ふふっ。こっちだぞリュウデリア?はい、いっちに、いっちにっ」
「まだ眠いが……俺の肉はどこにいった……?」
「ぷっ……ふふ、ふふふっ。お肉は洗面所にあるぞー?ふふっ。ほら、おいで」
「腹減った……」
「はいはい」
オリヴィアはさっさとベッドから降りて立ち上がり、眠ろうとしているリュウデリアの尻尾を掴んでグイグイと引っ張った。重いので動かないが、引っ張られていることを感じているリュウデリアがのそりと体を起こす。ボーッとしている彼の両手を取って引き、立ち上がらせると、介護するように歩かせた。
のそりとした気怠げな1歩を踏ませて、オリヴィアは寝惚けた頭のリュウデリアと話ながら誘導するのだが、本当に寝惚けている彼に吹き出し笑う。夢の中でも肉を食べていたのかと、面白そうに笑った。
腹ぺこ寝ぼすけの純黒龍は、純白の女神の誘導を受けて漸く洗面所に辿り着いた。まだ眠いようで、頭が上下に揺れて船を漕いでいる姿に、クスクスと笑う。洗面台の排水溝に蓋をして、蛇口を捻って水を貯める。十分集まったら、彼の頭に手を伸ばして水の方へ近づけた。すると、ちょうど船を漕いで頭を下げるタイミングだったので勢いがつき、張った水に顔を突っ込んだ。
「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼ…………」
「おいおい……『殲滅龍』が洗面台に張った水で溺死なんて笑えないぞ?」
「──────ッ!?水の魔法かッ!?」
「ただの水だ」
「……何故、俺は水に頭を突っ込んでいるんだ?」
「ぷふっ……」
寝惚けた頭を覚醒させたリュウデリアは、驚いた様子で周囲を見渡していた。微妙ではあるが、会話が成り立っていたので意識が有ると思っていれば、実は無かったらしい。彼の中では、寝ていたと思ったら見ずに顔を突っ込んでいるという摩訶不思議状態のようだ。困惑した目をしている彼に、オリヴィアは再び吹き出した。
堪えきれず笑っているオリヴィアのことを首を傾げながら見下ろしているリュウデリアは、自身が居る洗面所と張られた水を見て何となく察したようだ。起こされて、顔を洗おうとして自分から頭を突っ込んだのだろうと。
余程面白かったのか、横で口元を抑えながら笑っているオリヴィアにジト目を向けてから、今度こそしっかりと顔を洗った。差し出されるタオルを受け取って濡れた顔を拭き、眠たそうに体を伸ばして欠伸をした。
冷たい水で目をしっかりと覚ましたリュウデリアに頷いて、オリヴィアは脱いでいた純黒のローブを身に纏う。体のサイズを使い魔サイズにしたリュウデリアが肩に乗って部屋を出る。宿泊している『狐火亭』では朝食を出してもらえるので食べに行くのだ。部屋を出て階段を降りて行くと、食堂には他の客が何人か居た。
その中で、給仕を熟しているのがツァカルだった。まだ朝の早い時間なのだが、従業員として働く以上早起きが必須なのだろう。朝から良く動くものだと思いながら彼女の働く姿を眺め、空いている席に座った。するとそれからすぐにツァカルが水の入ったコップを持ってやって来た。
「おはよう、オリヴィアさん。使い魔もおはよう」
「…………………。」
「おはよう。朝食を食べに来た。メニューは何でも良い」
「分かった。すぐに持ってくるから少し待っていてくれ!」
パタパタと小走りで設置されているテーブルと椅子を避けながら、食堂に隣接している厨房へと入っていったツァカル。待っている間は暇なので適当に使い魔時間のリュウデリアを撫でて戯れていると、言葉の通りすぐに朝食を持ってきた。
メニューは外がサクサクになるように焼かれたクロワッサンに似た形のパンとスープ。目玉焼きとベーコンだった。飲み物はコーヒーと紅茶に果実水、もしくは水が選べるとのことなので、オリヴィアはコーヒーを頼み、リュウデリアは水にしておいた。
出来立てなので早速食べ始めるオリヴィアとリュウデリア。味は美味い。盛りつけも綺麗にされているので見た目も良い。惜しいと思うのは量だろうか。オリヴィアにとっては満足できる量ではあるのだが、リュウデリアが満足できる量ではない。普通の人間を基準に作られた量なので仕方ないのかも知れないが、ぺろりと食べてしまった彼を見ると足りないなと思った。
泊まれば付いてくるサービスなので、強い期待を抱くのは違うのだろう。これは後で、歩きながら適当に何か買って食べた方が良さそうだなと思いながら、食べ終わった後のコーヒーを飲んで落ち着いた。リュウデリアも食べ終わったので席を立つと、ツァカルが傍にやって来て、小声で何か話し掛けてきた。
「オリヴィアさん。ちょっと頼みがあるのだが……」
「何だ」
「そのだな……昨日ソフィー様に会って話せたのは良かったのだが、何分仕事中でな……?手元にも何も無くて、サインを貰えなかったんだ。そこでどうか頼む!ソフィー様のサインを代わりに貰ってきてくれ!」
「奴の名前が書かれただけの紙に何の価値があるというのだ」
「あるぞ!?ものすごくあるからな!?『英雄』ソフィー様が手ずから書いた色紙だ!それは価値がある!」
「ふーん?まあ、覚えていたら貰ってきてやる。そもそも、今日会うかどうかすら解らんのだからな。何せ忙しい『英雄』だ。数日会うことなくとも不思議ではない」
「ま、まあ確かにそうなのだが……それでもだ!頼む!」
両手を合わせて頼み込んでくるツァカルに、そんな紙切れ貰って何が嬉しいのかと益々疑問を抱くオリヴィア。ファンだからこそ、その人が書いた直筆のサインには多大な価値が有るのだが、リュウデリア以外は基本どうでもいい彼女にとっては全く解らないものだった。
拒否しても良いが、会ったついでであり、その時に覚えていたら貰ってきてやるという条件で了承したオリヴィアに、ツァカルは喜色の強い笑みを浮かべてお礼を言った。貰ってきてくれたら、また何かご飯でも奢るからと言って、他の宿泊客の相手をしに、食べ終えたオリヴィア達の食器を下げつつその場を後にした。
元が良いところの一人娘とは思えない働きっぷりに、ある意味感心する。昨日採用してもらったばかりだろうに、矢鱈と言い動きを見せるのは、雇ってもらえた以上しっかりとした働きをしたいという、彼女の真面目さから来ているのだろう。働き者なツァカルの姿を少し眺めてから、オリヴィア達は『狐火亭』を後にした。
「──────ざっと見た限り、俺が読んでいない本は残り少ないな。もしかしたらこの国の図書館の本はそれ程多く置かれていないのやも知れん」
「そうか……それは残念だな。だが、西の大陸に降りて初めての王都だ。他の国ならばもっと置いてあるかも知れない。その時の楽しみにしておこう」
「そうだな」
人間大になって本を手に持っていたリュウデリアは、オリヴィアの肩に乗れる使い魔サイズに戻りながら嘆息した。まだまだ多くの未読な本があると思っていたが、調べてみるとその実少なかった。思っていた量の4分の3程度だったのだ。
本を取り入れることに積極的ではないのか、それともこれでも多い方なのかはまだ解らないが、この王都に置かれている本はそこまで大した量ではなかった。ましてや、リュウデリアは1冊の本を数秒で読んでしまうので、未読の本が1000冊あったとしても1時間以内には読み終えてしまう。
そう考えると、楽しみにしていた読書の時間はあっという間に終わってしまうだろう。なので、残り少ないと解っている未読の本を今全て読んでしまうのではなく、ペースを落として読んでいくことにした。
読みたいという気持ちを抑えながら、訪れていた図書館を出ていく。今日やろうと思っていたことの1つが早くも終わってしまった。図書館に向かう道中では、買い食いをして朝にあまり食べられなかった分を食べている。となると、他にやることと言ったら冒険者ギルドに行って適当に依頼を受けることだけだ。
何か珍しい魔物の討伐などが依頼にあれば良いのだがと思いつつ、冒険者ギルドへやって来た彼女達は、誰に絡まれることもなく依頼書が貼られている掲示板のところに居た。現在オリヴィア達の冒険者ランクはB。それなりに上の方の位なので、強めの魔物の討伐依頼を受けることができる。
ざっと見ていくと、それなりに良さそうな依頼は幾つか見つけたが、良し受けようと即決できる程のものではなかった。さてどうするかと、オリヴィアとリュウデリアはお互いに首を捻りながら探していると、後ろから声を掛けられた。相手は受付カウンターに居る受付嬢で、話があるから来て欲しいとのことだった。
「何だ?」
「折り入ってオリヴィアさんに受けていただきたい依頼があるんです。調査系の依頼なんですが、推奨ランクはBからなんです。他の方々にも声を掛けているのですが、どうも引き受けてくださる方が少なくて……」
「調査なのだろう?何故受けたがらない?」
「場所が場所ですので……」
「……?」
「此処から北東へ行ったところにある森には、死んだはずの人が現れるという噂があるんです。けどあくまで噂です。しかし最近、その森の付近で人が消えているという報告が出ていまして……なので調査をお願いしたいんです」
「死んだはずの人が……な。他の冒険者は恐れて行かない訳だ。小心者共め」
見たものにとって過去に死んだはずの者が現れるという噂の森。最近その森の付近では人が消えるという事件が起きていた。冒険者ギルドにその報告が上がった以上、1度現場に訪れて調査をしてくる必要がある。それが本当の事なのか調べるためだ。
なのでBランクから上の冒険者達に声を掛けているのだが、用事があったり既に依頼を受けて発とうとしている者だったり、単にその森へは行きたくないという者達が居て、行ってくれる者が居ないのだ。そこで、ギルド間の情報共有で、過去に魔物の大群を退けたりと目覚ましい活躍をしているオリヴィアにも声を掛けた。
現在Bランクではあるが、実力はAやSにも匹敵するとまで裏では話題になっている彼女ならば、きっと噂を聞いても引き受けてくれるだろうという期待を抱いて、受付嬢は打診した。断られても、所詮は任意での調査なので責めはしない。でも、そろそろ誰かに受けてもらわないと困ってしまうのだ。
「報酬は?」
「……っ!ほ、報酬は10万Gです!何か手掛かりを持ち帰ったり、情報を集めてきてくださればその都度、報酬額を上乗せさせていただきます!」
「ふむ……まあ、何かやりたい依頼があった訳でもない。この調査を受けてやる。いいだろう?リュウちゃん」
「…………………。」
「よし、決まりだな」
「あ、ありがとうございます!助かります!」
噂が本当だった場合、自身には誰の姿が見えるのか少し気になったオリヴィアとリュウデリアは、今回の調査を受けることにした。他に受けようとしていた依頼があったならば断っていただろうが、そこは受付嬢にとって運が良かっただろう。
早速調査を受けてもらう為の手続きをしている受付嬢に見やりながら、オリヴィアは小声でリュウデリアに楽しみだなと語り掛ける。普通ならば死んだ者が見えるなんてありえないだろう。だからこそ、どんな原理なのだろうと気になった。
手続きを済ませたオリヴィアとリュウデリアは冒険者ギルドを出て、王都から北東にあるという森へ向かっていったのだった。
──────────────────
ツァカル
住み込みで働いているので、朝は早い。受付と朝食の配膳をしている。料理はまだ任されていないので、店長と他の従業員が料理をやっている。
ソフィーのファンなのに、サインを貰うのを忘れていた。というより、書いてもらうものをその時持っていなかった。
リュウデリア
死んだ者が見える?俺の場合は自分の手で殺した不出来で弱い塵芥の弟でも見るのか?と、少し気になっている。
ちゃんと調べてみると、未読の本が思っていた数の4分の3くらいしかなかったので残念に思っている。なので少しずつ読んでいこうと思っているが、読むのが早すぎるのですぐに読み終わる。
オリヴィア
誰も近づこうとしない森ならば、実質リュウデリアとのデートなのでは?と考えついてウキウキしている。あと、親しい者は大体生きているので、自分は誰の幽霊を見るのか分からず、少し楽しみ。
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