純黒なる殲滅龍の戦記物語

キャラメル太郎

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第11章

第193話  西へ向かって

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 街、ムドラスから出て行くように追放を言い渡されたオリヴィアとリュウデリア、そしてツァカルは今、腹ごなしをしていた。出て行くにしても、途中で買い物をしていくことは告げているので、何か言ってきたとしても無視する所存だ。

 死にかけていたツァカルを助けてやる代わりに、対価として美味しいものを貰うという話になっていたオリヴィアとリュウデリア。ツァカルもその話を無効にするつもりはなく、家出をする前から特に意味も無く貯めていた金を全部持ってきた。



「はい、リュウちゃん。あーん」

「あー……」

「美味しいか?」

「………………。」

「そうかそうか。それは良かった」

「ははは……オリヴィアさんの使い魔はよく食べるんだなぁ……」



 目的だったクロックムッシュを買ってベンチに座り、膝の上に居るリュウデリアに差し出して食べさせるオリヴィアは、フードで顔が見えないがとても幸せそうに蕩けた笑みを浮かべている。上機嫌なのが声色からでも解るくらいだ。

 使い魔と甘い雰囲気になっているオリヴィアを眺めるツァカルは、本当に使い魔の事が大切なんだなぁと思いながら、12個目のクロックムッシュをモッサモッサと食べるリュウデリアに遠い目をしていた。最初に食べようと思っていたのですぐに店の方へ向かい、何個食べるか聞くと20個と言われて困惑したのはつい先程のこと。

 一応ツァカルも腹に何か入れたいので1個追加して21個頼み、自分の分を食べていると、1つ1つ態々食べさせているオリヴィアに驚いた。与えて食べさせるのではなく、手ずから与えるというのだ。20個もあるのに。自分だったら絶対に面倒くさくなると確信できるのに、オリヴィアはとても楽しそうである。

 ハムとチーズと目玉焼きが挟まれたクロックムッシュを黙々食べ進めていき、20個全部食べてしまったリュウデリアにえぇ……と、困惑する。その小さな体のどこに入っているんだと問いたい。食後に買っておいた飲み物を飲ませるとオリヴィアが立ち上がり、肩の定位置にリュウデリアが登る。



「さて、次は何を食べようか?……む、あのパンはなんだ?」

「ピロシキという料理だ。あれも昔からあるもので、とある王が作ったという」

「思い付きの良い王が多いものだ」

「どの方々もとても素晴らしい王と謳われているんだ」



 小麦粉を使って練った生地に、肉や米、キノコや玉ねぎといった具材を入れて釜で焼いたり油で揚げたりした料理がピロシキである。食欲をそそる匂いが屋台から風に乗って流されてくるので、リュウデリアが鼻をヒクつかせて反応した。それを見て、オリヴィアは次に買うものを決めたのだ。

 手頃な大きさで作られているピロシキを今回30個購入する。買う度に単位がおかしい……と思いつつも、その考え自体もう放棄して考えるのをやめようかなとさえ思うツァカル。今回は座らずに歩きながら、手に持てないものは魔力操作で浮かせて持ち運ぶ。

 美味しそうに食べるリュウデリアと一緒にピロシキを食べたオリヴィアは、濃厚な濃い味付けに中身がぎっしりと詰まったパン状のピロシキに美味いなと口にした。同感しているようで、肩の上で浮かせながら食べているリュウデリアも頷いている。

 昼時なので自分の分もと思って買い、食べているツァカルも懐かしい味にホロリと涙を流す。美味しいものは久し振りに食べてもやはり美味しい。懐かしの故郷の味ならば尚更だ。ずびっ……と、鼻を啜りながら食べていると、一緒に歩いているオリヴィア達と共に冒険者ギルドの前まで来た。特に何も無く通り過ぎようと思ったのだが、オリヴィアは少し考えた後中に入っていった。

 食べ歩きをして普通に街を出ていくと思っていたのに、まさかのギルドの中へ入って行くオリヴィア達に慌てて同じく中に入るツァカル。冒険者ではないので敷居が高かったが、1人だけ外で待っているのも心細いので一思いに中へ入ることにした。

 初めて入る冒険者ギルドに、少し胸をドキドキさせる。中は意外にも綺麗で清潔感があった。領主の娘なのでこういった場所には行かせてもらえなかったのだが、話には聞いていた。特に、朝から酒を飲んで豪快に笑っているような連中ばかりだと。実にその通りで、昼間なのにもう既にジョッキを片手にへべれけになっている者達が多い。

 南の大陸の港町では、散々冒険者達に追いかけ回されたのでちょっとの恐怖心が蘇ってくるが、西の大陸でそんなことは起きないし、あれはもうオリヴィアさんが解決したから大丈夫と、自分の挫けようとする心を鼓舞して励まし、駆け足でオリヴィアの背中に追いついた。



「ふむ、西の大陸でも南の大陸と同じような魔物が多いんだな」

「あー、ボアとかウルフとかという話か?」

「そうだ。珍しい魔物が生息しているならば依頼書に乗っていると思ったのだが、見慣れたものばかりでつまらんな」

「魔物はどれも一筋縄ではいかないから、“つまらない”の一言で済ませられる強さを持つオリヴィアさんが羨ましいよ……」

「弱いお前が悪い」

「本当にさっくり言うな!?」

「お前に興味を抱いていないからな」

「そんなに真っ直ぐ言葉をぶつけてこなくても……」



 しゅん……と俯いて獣耳と尻尾を垂れさせるツァカルを横目で一瞥しただけで、特に何も言わずに依頼書が貼られた掲示板に目を移す。いや、そこまで興味無しか!?とツァカルが驚いてしまうのも仕方ない。だって本当に興味ないから。

 暫く依頼書と睨めっこしていたが、特に変わった依頼などは無いので興味を失い、ギルドから出るために踵を返した。落ち込んでいると置いて行かれそうになったツァカルが慌てて追い掛けようとした時、背後から声を掛けられた。

 声を掛けてきたのは獣人ではなく、普通の人の受付嬢だった。視線の先にはオリヴィアが居て、もしかして南の大陸からやって来た冒険者のオリヴィアさんですか?と問い掛けてきた。別に嘘をつく理由も無いので肯定すると、10代後半くらいの若い受付嬢が、パッと目を輝かせた。



「冒険者ギルド協会からの連絡で噂は兼々聞いてます!新人さんなのにもう既にBランク冒険者のオリヴィアさん!南の大陸に居るとの事だったので会えないだろうなと思っていたので、此処で会えて光栄です!」

「たかだかBランクだぞ。そう騒ぐほどのものでもないだろうに」

「えー!?だって、魔物の軍勢をお1人で殆ど倒して、ランクの飛び級だって蹴って地道に上げているんでしょう?普通なら飛び付く筈なのに、そんなことはせずに1から昇級していくオリヴィアさんは、私的にはポイント高いんですよー!」

「所詮は他人の評価だな。私は別に冒険者ランクに固執していないだけだ。ズルだの何だの言われることを警戒している訳でも無い。かと言って褒め讃えられたい訳でも無い。旅の路銀稼ぎに冒険者という立場を使っているだけだ」

「それでもこれまでに為し得た活躍はスゴいですよ!使い魔ちゃんもとても強いのに、オリヴィアさん本人も強い魔導士で魔物使い!長年誰も最深部へ到達できなかったダンジョンの短期間単独制覇!魔物の軍勢を退け、街や王都を守る!聞いたときは痺れました!」

「オリヴィアさんはそんなことを南の大陸でしていたのか……スゴいな……」



 興奮した様子で語る受付嬢の話を聞いて、おぉ……と感心して興味を持つツァカル。船に乗っている時でも、オリヴィアは自分達のことは全然話さないのだ。この街へ向かう途中で、大量の魔物の軍勢の掃討作戦で大きな働きをした事による飛び級の話が出たが蹴った話や、海の上で出会した大きな魔物を倒した話は聞いたが、他にも魔物の軍勢を退けた事や、ダンジョンの話は知らなかった。

 流石にダンジョンというものは知っているツァカルは、現物を見たことが無くても攻略にはそれなりの労力を掛けることくらいは想像できる。地下に潜っていくので食料や水の確保は必須だろうし、限られた狭さの中戦闘するので今までと同じ動きはできないだろう。それに中は迷路のようになっているのでマッピングが必要だということも聞いた。

 ダンジョンの最深部には、ダンジョンを形成するために必要な核が存在し、それを護るために魔物の複製を生み出すという。とどのつまり、ただ潜って終わりではなく戦うことが必ずあるのだ。そんなダンジョンの中でも、長年誰も最深部へ到達できていないというダンジョンを短期間で、それも単独によるものでクリアしたのだから、実力の高さは推し量れるだろう。

 やはりオリヴィアさんはスゴいんだなと、腕を組んで納得するように頷いているツァカルは、会えたのも何かの縁、仲良くするに越したことはないなと思った。まあそれでも、オリヴィアからツァカルへの興味は無いようなものなので、仲良くできるかどうかは微妙なところではあるが。



「話は終わりか?私は他にも行くところがあるんだ」

「あれ、依頼は受けられないんですか?」

「変わった魔物が居ないか見に来ただけだ。それに、そもそもこの街はもう出る」

「えぇ!?まだ会ったばかりなのにぃ……」

「旅をしている身だ。1つの街に長居はしない」

「そう……ですか。残念です……あ、それなら西へ向かわれると良いですよ!少し距離がありますが王都に行けますし、何とそこには『英雄』が居ますから!」

「ほう……?」



 ムドラスに向かう最中でツァカルが言っていた『英雄』が、西に行けばある王都に居るという。双剣と言えば彼女と謳われるほどの人物であり獣人。強い者といえば、最近は人外ばかり目にしていたので、偶にはそういった者を一目見るのも良いだろうと考えて、小声でリュウデリアと相談する。

 別に明確な目的がある旅ではないので、それならこの際だし、西に行ってその『英雄』とやらに会うのも良いだろうという話になった。オリヴィアは神界から鏡を通して少し見た程度であり、リュウデリアは前に1度殺し合って以来出会っていない『英雄』である。人間としてどれだけ強いのか、少し興味が湧いた。

 馬車を使っても1週間以上は掛かってしまうということを受付嬢から聞いて、ツァカルが少し不安になっている。体力はまだまだ戻ったとは言えないので、長時間の移動は疲れやすくて体力の消耗が激しいのだ。歩くだけでも疲れてしまう現在の体では、オリヴィアの後をついていけるのか不安だった。

 一方のオリヴィアは、動くことは別に嫌いではないし、なんだったらリュウデリアに戦い方を教えてもらうので激しく動き体力も付いている。そして旅に慣れているので馬車で1週間の道のりを歩くと言われても別に何とも思わなかった。愛しい者との旅は、むしろ時間を忘れさせるほど良いものなのだ。今回邪魔者が追加されている訳だが。



「まあ、その『英雄』を一目見に西へ向かうか」

「私も付き合うぞ!王都は住みやすいかも知れないしな!」

「お前は別に付いてこなくて良いんだがな。邪魔な荷物でしかないし」

「うぐふっ……心に突き刺さる……っ」



 オリヴィアからの容赦ない言葉に胸を抑えこむ。お荷物になっていることは自覚しているので、言葉にされてしまうとダメージが大きいらしい。受付嬢もそれには苦笑いだった。結構ズバズバ言う人なんだなーと考えながら、もっとオリヴィアという冒険者と接する時間があればなーとも思っていた。

 噂になり、大陸が違えどその実績が伝わるくらいの大型新人だ。このギルドで依頼を受けていれば、きっと何かしらの好成績を残すに違いない。その場面を是非ともこの目で見たかったという。しかし残念なことに、オリヴィアはこのあと街を出る。

 まあまあ満足する食事ができたので、次は受付嬢から聞いた『英雄』を見に行くために西へ向かうのだ。どんな獣人なのだろうかと想像していて、残念そうにしている受付嬢に気がつかないまま背を向けてギルドの出入口へ向かっていく。

 冒険者ギルドに就いている職員として、出て行く冒険者を止める権利はない。なので受付嬢は、無事に王都へ着きますようにと安全を願いつつ、頭を下げて見送ったのだった。



「それで、結局お前は付いてくるつもりなのか」

「できればそうさせて欲しい。王都まででいいんだ!家から追放されてしまったのは予想外だったが、王都にさえ着けば暮らしていけるように働き口を見つけるし、住む場所も探す。ただそれには、どうしても王都に着く必要があるんだ」

「ならば冒険者を雇い護衛をさせれば良いだろう」

「それはー……そのぉ……できれば全然知らない人よりも多少なりとも知っていて、強いオリヴィアさんと一緒に行きたいというか……」

「本当に邪魔者も良いところだな、この駄犬は」

「駄犬!?」



 私は犬じゃなくてジャッカルの獣人だ!と、それで良いのかと問いたくなるツッコミを入れるツァカルを適当に無視しながら、入場して数時間しか経っていない街を出て行った。リュウデリアに方角を教えてもらい、指示された方向へ向けて歩みを進める。

 護衛が居なければ、王都に辿り着くのは絶対に無理だと、自身の旅運の無さを自覚しているツァカルはオリヴィア達の後を追い掛う。まさかまた一緒に行動する羽目になるとは……と、面倒な気持ちになりつつ、まあ居ないものとして扱えばいいかと判断する。

 正式な護衛を雇わないということは、ある程度の危険は承知ということだろう。確認するまでもない。何故なら出遅れれば置いて行く気満々だからだ。付いてくるならば精々頑張るんだなと、心に無い応援を送る。心の中で。付いていく許可はもらえたと内心ホッとしているツァカルはそんなこと知る由もない。




『英雄』が居るという王都に向けて、奇しくもツァカルを連れたオリヴィアとリュウデリアは旅を再開させたのだった。





 ──────────────────


 ツァカル

 体の大きさ以上の食べ物を吸い込んでいくが如く食べるリュウデリアに困惑した。どんだけ食べるんだ!?と思っていたら、10万G以上の物は食べられた。まあ、命を助けてもらった側として文句は言わないが。




 リュウデリア

 クロックムッシュとピロシキは実に美味かった。どちらかというとクロックムッシュの方が好き。別にオリヴィアから食べさせてもらわなくても自分で食べられたが、嬉しそうに差し出してくるのでずっと食べさせてもらってた。




 オリヴィア

 またこの獣人が付いてくるのかと若干うざがっているが、もう面倒なので居ないものとして扱うことにした。危険を承知で付いてきたのだから、護ってやらなくてもいいだろうし、それで死んでもその程度だということで放っておく。

 リュウデリアに食べさせてあげる時は本当に幸せで、20個だろうと100個だろうと延々と食べさせてあげられる。


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