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第11章
第187話 海の魔物の討伐
しおりを挟む海を住処とするライホーン。眼が退化し、電磁波で獲物を感知して狙う魔物。体が長くて、尚且つ大きく、通り掛かる船を襲う事から冒険者ギルドに討伐の依頼が回ってくることが多い。しかし個体が強いので複数人での討伐が推奨され、推奨ランクも高めなのだ。
今回出会ったライホーンは、同じ魔物の中でも強い部類だった。それに運も良かった。船が発動した防御結界の穴を突いて攻撃を通す事が出来たのだから。巻き付き、雷撃を見舞う。船の展開した防御結界に罅を入れ、後は巻き付きの力を強めるだけで粉々に粉砕できる。
しかしそこで、思わぬ攻撃を受けた。あと少しで破壊できた防御結界を内側から貫通して破り、そのままライホーンの体を攻撃したのだ。捲き起こる爆発とその威力に、巨体は宙に投げ出されて海面に叩き付けられた。波が起きて船が上下に揺れる。船員及び船長は、その一撃を放った人物に瞠目しながら注目した。
「気配がする。少し火力が足りなかったか。……いや、大丈夫。私がやる。もう少し強めのものを撃ち込めば終わるだろう。……あれを食べるのか?お腹を壊すんじゃないぞ」
「な、なぁアンタ!ライホーンを単独で倒せるのか!?」
「あの程度ならばな」
「それは助かるっ!俺達じゃもうダメだって思ってたところなんだっ!」
「ここは1つ、助けてくれっ!」
「護衛している訳ではないんだ。相応の対価は払ってもらうぞ」
「分かったっ!船長や船主に掛け合おうっ!」
この船はどのような対応をしてライホーンを倒すのか見物していただけなのだが、普通にピンチになってしまったので仕方なく横槍を入れることにした。船員は、危ないところだったので、その横槍がありがたかった。
慈善活動なんてしているつもりはないので、任せるというのならば報酬を払ってもらうと忠告をすると、近くに居て話し掛けてきた船員は是非頼むと頭を下げた。何だか最近頭を下げられることが多いな……と思いつつ、吹き飛ばしたライホーンが居る方向へ歩き出す。
船の手摺のようになっている部分に手を掛けて、上に乗った。危ない!という言葉を無視してそのまま待ちの姿勢に入る。すると、水面を持ち上げてライホーンが顔を出した。唸り声を上げていることを考慮すると、どうやら先程の一撃で相当に頭にきているらしい。全身をバチリと雷が帯電しているのが見える。
やることは単純。長い体を活かして尻尾を船に叩き付けてやるのだ。持ち上がり、船に影を作り出す大きく長い尻尾が降ってくる。船員は驚きながら慌てている。防御結界はもう破壊してしまったので次まで展開するのに時間が掛かる。
他の防御も今すぐに展開するのは厳しい。それが解っているから慌てているのだが、船長は黙ってオリヴィア達のことを見ていた。頭の中でイメージをする。モデルはリュウデリアの専用武器である█████。純黒なる魔力で形成された刀。鞘も付けた魔力のそれはを左腰に持ってきて膝を落とす。
魔力で肉体を強化しながら、その場で跳んだ。驚異的な跳躍力を見せたオリヴィアは、船のマストよりも高い位置に到達し、左手で鞘を、右手で柄を握り締める。迫るライホーンの尻尾。失敗すれば、船に叩き付けられた後に船ごと海に沈められるだろう。しかし、リュウデリアに教えてもらったことが、この程度の魔物に負けるはずがない。
左手の親指で鍔を持ち上げる。イメージで形成されているのに鎺も刃も本格的な造形をしており、本物のように鯉口を切った。そして、腰を捻り込みながら目前まで来たライホーンの尻尾目掛けて抜刀。鋭く、強靱に、そして滑らかな刃は尻尾をものの見事に縦に切り裂いた。
船に当たらないくらいの長さを斬ったオリヴィアは、少しだけ斬撃が出た事に誇らしい気持ちになった。リュウデリアに教えてもらっているが、まだ確実に出るという訳ではなかったのだ。
縦に切り裂かれた尻尾は、船の左右に叩き付けられて事なきを得る。対してライホーンは、体の5分の1は縦に斬られた事による痛みに絶叫した。そして、体の大部分を占める電気の生成器官も同時に斬られたことにより、帯電していた雷が消えてしまう。
触れても平気な状態になってしまったライホーンの体の上に、オリヴィアが降り立つ。そして、魔力で造った刀を消して、長い槍を造り出した。ライホーンの体に、長めに設定した槍の刃を突き刺して駆け出す。肉体を強化したことにより迅雷のよう。刀で斬り裂いたところから加えて頭の方へ斬り裂きながら突き進んでいった。
電気を生成する器官が傷つけられて雷を纏えない。オリヴィアの疾走が速過ぎて体を捻って振り落とす事も間に合わない。ライホーンはただ、顔に向かって斬り進んでくる彼女のことを待っていることしかできなかった。そして、ライホーンはオリヴィアの手によって体を開かれたのだった。
「本当にライホーンを倒したっ!」
「スゲー……あっという間じゃないか!」
「助かった!本当にありがとう!」
「報酬は必ず払うから、ちょっと待っててな!」
「うーむ、何とも言えん歯ごたえ」
「殆ど電気の生成器官だからなァ。食うとビリビリするわ」
「味は……可もなく……不可もなく……強いて言えば……海の味」
「つまり、そこまで美味しいものでもないと。食料として取っておく必要は無いな」
体を開かれたライホーンの肉を引き千切って食べていたリュウデリア、バルガス、クレアは何とも言えないと言いながら肉を食べていた。生で調理もしていないのだから、まあそんなモンだろうと思いつつ、千切ってきた分の肉は全部食べた。残りはまだ海面に浮いているが、放っておけば別の魔物やら鮫やらが食べるだろうと放置する。
口々に褒めてくる船員を適当に対処していると、甲板に居る船長がやって来た。船員が左右に別れて道を作る。オリヴィアの元にやって来た船長は被っている帽子を外して頭を下げた。船長も、あのままでは船が沈むということは解っていたのだろう。だから途中から戦ってくれた彼女達に感謝していた。
船を進ませる者の長という立場故に、乗せている船客を無事に目的地まで運ぶという責務があり、責任がある。まだまだ西の大陸には着かないのに、こんなところで早々に沈没する訳にはいかないのだ。命を助けてもらったならば船長だろうと頭を下げる。人として出来た人物であった。
「船、船員、従業員、乗客。それら総てを護ってくれた事に、この船の船長としてお礼を言いたい。私達だけでは危険だった。手助けがなければ沈没していたかも知れん。報酬については、必ず払おう」
「気配から大物だと判断して見に来た甲斐があったな。部屋に居てライホーンに絞め殺されたでは笑い話にもならん」
「私がライホーンの強さを見誤ったばかりに、貴女に手を出させてしまった。客として乗っている人に助けてもらうなど船長として名折れ。だが、これから先あのような状況に陥らないとは言えない。そこで、貴女の力を見込み護衛として雇われてはくれないだろうか。今回のことと別で報酬は払わせてもらう」
「お前達で対応可能な事を私に押し付けないならば、護衛として雇われてやってもいい。その代わり、報酬は私が出張った際のものだけで構わん」
「分かった。では、その際にはよろしく頼む」
「あぁ」
ライホーンの中でも強い部類が、態々船を襲うことは殆ど無いのだが、今回は運が悪かった。それに、ここから先で同じような場面に出会さないとは言えないので、船長はそういうときのためにオリヴィアの事を護衛として雇うことを決めた。実力的にも、ライホーンを単独で倒せるのだから申し分ないだろう。
勝手な判断になってしまうが、今回のことを加味して異を唱える者は居ないと考えている。船客の中に、他にも戦えそうな者は乗っているとは思えない。普通の一般人であり、戦う術は持っていないと思う。なので、頼めるのは必然的にオリヴィアだけだ。
普段ならば普通に断っていた頼みだが、船の上ではその内やることが無くなるだろう。そういうことを考慮して、時には動いた方が気分転換になると思い承諾した。承諾したところで、本当にオリヴィア達が出てこないといけないくらいの案件がやってくるかどうかは解らないが、承諾しておいて損することは無いだろう。
金に困っている訳でもないので、護衛を請け負っている間に発生する報酬を受け取るということはせず、護衛として出張った時にだけ報酬を払えば良いと宣言した。船員達は何と謙虚なのかと驚いているが、実際は別に金を求めている訳ではないだけだ。
「──────という事があってな。私がこの船の護衛をする立場になったから、残りの船旅は安心して良いぞ」
「まぁ。それは良かったわぁ。オリヴィアさんがいざという時に戦ってくれるというだけで、とぉっても安心できますものぉ。それと、魔物との戦いお疲れさまぁ」
「あぁ。大した動きはしていないがな」
「それでもよぉ。実際、オリヴィアさんが居なかったら危なかったんでしょぉ?なら、やっぱり労わないとぉ」
「そうか?ならば受け取っておくとする」
「うふふ」
同室のナイリィヌは、船に備え付けられているマッサージ部屋に居て、プロのマッサージ師に全身エステをしてもらっていた。オリヴィアは誰かに体をベタベタ触られるのは我慢ならないので受けていない。ナイリィヌが寝転んでいる椅子の横に立って、経緯を話していた。
まさかそんなことになっていたとは思わなかったナイリィヌは少しの驚きを露わにしたが、オリヴィアが討伐したと知るといつもの優しい微笑みを浮かべた。安心というよりも、彼女ならば安心して任せられると思っているのだろう。
ナイリィヌとしては、オリヴィアが部屋に殆ど戻ってこないで何処かに居ることに疑問を感じているが、彼女は自由に過ごしている方が素敵だと思っているので気にしていない。寝るときは部屋に戻ってくるので、何をしていたのか聞いてガールズトークするのも楽しくて好きなのだ。
強い魔物が出ても、船の装備で撃退できることは西の大陸から南の大陸へ来るときに体験しているので知っていたが、それでもダメだった場合のことを考えていなかった。この世界に絶対安全という場所は無いのだから、覚悟を決めておかなければならない。が、オリヴィアが居るだけで安心できてしまうのだから不思議だ。
護衛をしてくれているということは、身の安全は保障されたも同義。報酬は支払われるという話だったが、ナイリィヌは自身からの感謝の気持ちとして、何か贈ろうと決めて、何が良いかしらと楽しそうに思案しながら、プロのマッサージを受けて気持ち良さそうに脱力した。
「そ、そんな大きな魔物を1人で倒してしまったのか……?」
「斬って体を開いてやっただけだがな」
「凄まじい強さを持っているんだな……っ!」
昼頃になった時、オリヴィアは例の部屋に行ってツァカルに食事を与えていた。今回は焼き魚と白米である。小骨を取るのに苦労しながら、身を残さないように気をつけて美味しそうに食べていた。腹も膨れてお馴染みの感謝を贈り頭を下げると、そういえば……と、船が大きく揺れた理由を尋ねた。
ライホーンという大きな魔物が襲ってきたことと、それを討伐して護衛を請け負ったこと。それを話してやると、最初は驚きつつ、そんな危ない場面だったということを知って顔を青くしていたが、オリヴィアが倒して危機を退けたことを聞いていると、目に見えて目を輝かせて話に夢中になっていた。
彼女の中で、オリヴィアの存在が輝いて大きくなっている。最早、最初に攻撃をして反撃を食らい、死にかけたことなんて頭から抜け落ちている。食べ物をくれて命を救ってもらった挙げ句、他の大勢の命すらも救った存在だ。もしかして、絵本の物語などに出て来る存在なのでは?とすら考えていた。
絵本に載るのは、正義の味方やら勇者やらという、完全に善に心が割り振られた存在だ。魔王等も居るが、オリヴィアは違う。しかし本自体には載っている筈だ。個人として記されているという事ではないが、1柱の神として載っていることだろう。
しかし神であるオリヴィアの事を言うのなら、両肩と腕の中に居る3匹も相当にレアな存在だろう。強すぎるのと、感知能力が高すぎること、そして人間とは相容れない生物としての壁から、その生態の詳細は明かされていないのだ。しかも、出会えば死を覚悟しろと、本に記されているくらいの存在だ。正体をしれば、白目を剥いてひっくり返るだろう。
「オリヴィアさんはもしかして、本当はかなりスゴい人なのか?港町では気配もしなかった通り魔をあっという間に見つけて倒したし、想像でしかないが巨大な魔物を単独で倒してしまった。いくら何でも普通の魔導士とは思えない。それに、オリヴィアさんが連れているその使い魔も、絶対に強いだろう?私の本能が強いと叫んでいる」
「あぁ、リュウちゃんとバルちゃんとクレちゃんか?私より遥かに強いぞ。私はライホーンを倒すのに20秒程掛かったが、リュウちゃん達ならば瞬きをする間に消し飛ばしていることだろう」
「そんなにかっ!?なんて魔物なんだ……?初めて見るが……」
「さあな。トカゲに類似するが翼が生えているからな。トカゲの新種ではないか?知らないが」
「そうか……新種の魔物を3匹も契約しているのか。しかも強いともなると、オリヴィアさんは将来誰もが知る程の大物になっていそうだな」
「全く興味ない」
「あはは。オリヴィアさんらしい」
食事を与えられて元気が戻っており、ツァカルは面白そうに笑った。そんなに長く一緒に居るという訳ではないものの、何となくオリヴィアの性格を把握してきたようだ。金や名声に一切興味が無い、自由であり物語に出てくるような強い旅人。それがツァカルの中でのオリヴィアだった。
船に乗って3日目。この日は海の魔物ライホーンを討った後は特に何も起こらなかった。オリヴィアはツァカルとの会話に付き合った後、甲板で景色と風を楽しみ、部屋に戻って眠ったのだった。
──────────────────
龍ズ
ライホーンの肉を千切って食ってみたが、あんまり美味しくなかったので残念だった。船の上での行動指針はオリヴィアに任せているので、護衛を引き受けても気にしていない。
ちょっと自分達が出ないと対処できない奴出て来ないかなーとか、割とシャレにならないこと考えている。
オリヴィア
リュウデリアに抜刀術を教えてもらった。同じ刀を使えるようになりたいと話したら、快く教えてくれた。斬撃を飛ばすのは慣れていないし、不発の場合が多いが、2、3日で斬撃が出るようになるだけ凄まじい。
お手本として斬撃を放ったリュウデリアが、地平線の彼方まで雲を両断したのは、流石にできないなーと思った。
ナイリィヌ
報酬を受けるということは話されたので把握しているが、それとは別にありがとうという気持ちをものにして、何かオリヴィアに贈ろうと考えている。
プロのマッサージを受けて肌がトゥルットゥルになって実に上機嫌。
ツァカル
彼女の中でオリヴィアがどんどん大きくなっていく。話を聞いて想像するしかないが、巨大な魔物を1人で倒すのは自分なら無理なので、魔導士として強いというのは簡単に想像できた。
──────────────────
明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!
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