純黒なる殲滅龍の戦記物語

キャラメル太郎

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第11章

第181話  でっち上げ疑惑

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「──────散々他者を診療所送りにしておきながら、情報通りの夜に活動するとは良いご身分だな」



「──────ッ!!」



 ローブ状の襤褸で身を覆う怪しげな人物は、背後から掛けられた声に肩を跳ねさせた。気配も何も感じなかった。明らかな油断。カビが生えていようと、久し振りの食べ物であるパンに夢中になっていたからなのか、怪しげな人物が事前に背後の存在を察知することは出来なかった。

 肩を跳ねさせて驚きを露わにした後、急いで振り返って姿勢を低くした。最大限の警戒を抱き、背後に居た存在の一挙手一投足を観察している。夜の暗闇に紛れ込むような純黒を身に纏うオリヴィアは、怪しげな人物の方を向きながら淡々と話していた。まるで相手に脅威という感覚を抱いていないようだ。



「しかし、活動出来るのもここまでだ。最早お前は逃げることなど不可能であると知れ。捕まえろとは言われているが、五体満足で……とは言われていないからな。取り敢えずお前の両脚は引き千切る。それ相応の痛みは覚悟しておくといい」



 ぶわり……と、寒気が全身に奔った。何をしようが無駄だと諦観させてしまえるような、そんな圧倒的ナニカ。それがオリヴィアから発せられていた。恐ろしいとしか思えない。寒気と悪寒で鳥肌が立った。心臓が嫌に激しく鼓動を刻む。

 今まで冒険者が何人で捕まえてこようとしても逃げ切ってきたという実績があるのだから、今回も走って逃げ切れば良いだけの話。しかし怪しげな人物はそれが不可能なのではないかと、心の何処かで感じ取っていた。何せ、魔力を使って肉体強化をしている冒険者を置いていく自慢の俊足が動かないのだ。恐怖で震えている。

 相手にそれが伝わらないように襤褸で隠すので精一杯だ。だが怪しげな人物は脚の他に体が震えていることに気がついていない。どこからどう見ても怯えている状況に、決して自分では認めず、生に縋ろうとしている。

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。捕まりたくない。こんなところで捕まったら何もかもが終わりだ。これまでの苦労が全て水の泡と化す。捕まるわけにはいかないのだ。どんなことがあろうとも。己の言葉で己のことを鼓舞する。頑張れと。今回も捕まらず、生き残るぞと。

 しかし、それに対してオリヴィアが行動を開始する。腕の中に抱えていた純黒の使い魔が翼で飛んだ。両腕が空いて自由になると、彼女は右手を何かを振り回すように小さな円を描いて振り始めた。何がしたいのかと思えば、魔力で形成された純黒の鎖が現れ、鉄が擦り合わされる音を出しながら空気を切り裂いて風切り音を鳴らした。

 純黒の鎖が、振られる度に黒い靄を残像として残していく。得体の知れない、危険な者であることは一目瞭然だった。触れてはいけないと直感した。絶対にアレには触れない。そう決心したばかりだというのに、鎖は大きく振りかぶられた後、もう目前まで迫っていた。あ……と間の抜けた声が口から漏れた。間に合わない。これで終わりだと、静かに目を閉じて攻撃を受け入れた。



「──────ぐぁああああああああああああああああああああああああああッ!!!!わ、私の……ッ!私の脚がぁあああああああああああああッ!!!!」



「……っ……え……っ?」



「──────姿を隠していようと無駄だ。逃げることは不可能と言っただろう」



 ローブ状の襤褸を着た怪しい人物……の隣から絶叫が上がった。人一人分の距離を開けて突然現れた30代くらいの男は、純黒の鎖に太腿を絡められ、強く引かれることで無理矢理両脚を引き千切られた。血飛沫が舞って地面を赤黒く染め上げ、ものの数秒で小さな水溜まりのようになった。

 鉄臭い血の臭いが広がり、てっきり攻撃されると思って諦めの考えから棒立ちしていた襤褸の人物は、その鉄臭さに鼻を手で覆った。数度咳き込み、襤褸の中で涙目になった。純黒の鎖を辿ってオリヴィアの方を見てみると、自身の方は一切見ていない。最初から狙いは脚を引き千切った男だったようだ。

 しかし状況が解らない。確実に自分を狙って来たのかと思った。現に少し前まで追いかけ回されていたのだ。もう逃げられないぞと言われれば、普通は自分に向かって言っていると考えるだろう。だがオリヴィアが攻撃したのは全く違う人物だった。それも忽然と姿を現した。襤褸の人物は困惑しながら頭の上に疑問符を浮かべた。



「私を捕まえに来たんじゃないのか……?」

「……何だお前は。先からそこに居るが、用が無いなら失せろ。私はこのギルドへ持ち帰らねばならん」

「……っ!コイツがあの通り魔だと……?私がこんな目に遭っている元凶か……ッ!!」



 元凶。襤褸の人物は確かにそう言った。真相を明かすと、襤褸の人物は通り魔ではない。むしろ通り魔とは一切関係ないのだ。ならば何故追い掛けられていたのか。それは襤褸の人物が通り魔に間違えられてしまったからだ。

 通り魔の男は手に装着するタイプの鉤爪の武器を両手に付けており、爪の部分は4本ある。通り魔に襲われてしまった人に付けられた深傷の傷と同じ本数であり、爪は長いので切り付けられれば深く肉を切ることだろう。そもそも、姿を現したのは透明になる魔法を使用していたからだ。

 通り魔は快楽のために人を襲って傷つけていた。襤褸の人物はそんな襲われた人を見つけ、介抱しようとしたのだ。そこへ襲われた際にあげた絶叫で人が集まってきて、見た目怪しい襤褸の人物がやったのだと勘違いした。やっていないと訴えたが、見た目の怪しさから聞き入れてもらえず、憲兵を呼ばれてしまい、剰えその場から逃げてしまった。

 他者からしてみれば、逃げるということは自分がやってしまい、バレて捕まりたくないという意思表示にしか思えないのだ。そこから、襤褸の人物の逃走生活が始まった。金が無くて貧困な生活を送っていたというのに、そこに追い掛け回されるといういらない運動が追加された。

 通り魔は姿を消して人を襲う。なので背格好など解らないはずなのに、何故か似ても似つかない姿の者が通り魔ということになって指名手配されている。これは良い隠れ蓑になると察し、罪は全て襤褸の人物に擦り付け、自身は意気揚々と人を襲い続けた。今回は偶然襤褸の人物の近くに来てしまっただけだ。本当ならば念の為に襲い掛かる者以外には近づかない。

 本当の通り魔は運が無かった。快楽のために人を襲うのは百歩譲っていいとして、犯行の場所をナルサールにしてしまった。そして、そのナルサールに偶然にもオリヴィア達が来てしまったのだ。しかもナイリィヌにどうにかしてくれると嬉しいとまで言われてしまっている。ならばもう、通り魔はここまでだというのが察せられてしまうだろう。

 襤褸を着た人物は、最近追い掛けられる原因となっていた通り魔を睨み付ける。フードになっている部分で見えないが、強い怒気が感じられる。しかし手を出そうとはしなかった。というよりも、手を出しそうになっているのを必死に抑え込んでいるようだった。



「痛ぇよぉっ!痛ぇよぉぉっ!!」

「喧しい。黙れ」

「その……お前は一体何者なんだ……?」

「私の素性を明かして何か得があるのか?そもそもいつまで此処に居る。お前に興味なんぞ無いんだ。さっさと失せるが良い」

「え、えぇ……」



 襤褸を着た人物は置いて行かれた。本当に興味が無いようで、一瞥すらすること無く脇を抜けて行った。オリヴィアは魔力の鎖を通り魔の男の首に巻き付け、無理矢理引き摺っていった。脚を引き千切られて抵抗も出来ず、首が絞まって呼吸が出来なくならないように、必死に鎖を掴んでいた。

 脚から流れる血が地面を汚していく。襤褸を着た人物はそれを呆然と眺めているだけで、結局何が何なのか解っていなかった。しかしこれだけは解った。オリヴィアのお陰で、これから冒険者に追いかけ回されることは無くなったのだった。

























「だれ゛があ゛……っ!だずげでェ゛……っ!!」



「な、何だ何だっ!?」

「あれは……オリヴィアか!?誰引き摺ってんだアイツ……ッ!?」

「脚が無理矢理何かで引き千切られてやがる……」

「惨いな……」



 町中を引き摺り回してギルドまで帰ってきたオリヴィアは、周りからの奇異な視線をものともせずに受付カウンターまで一直線で向かった。床が通り魔の流す血で汚れるのもお構いなし。先程までギルドの掃除をしていただろうおばちゃんが悲しそうに見ていた。それは普通に可哀想だった。

 オリヴィアが向かってくるのを察して、営業スマイルを受けたまま受付嬢達が受付カウンターから離れていった。唯一顔を引き攣らせていた、彼女の対応をしてきた受付嬢が遅れてしまい、どう考えても嫌な受付をすることになった。

 早々に逃げてしまった受付嬢仲間に半目を向けると、両手を合わせて拝み倒された。後で何か奢るから代わりに受付をやってほしいと、必死な目が物語っていた。はぁ……と溜め息をついて頬を手でパチパチと叩いて引き攣った顔を戻し、自然な笑みを浮かべた。



「こんにちはオリヴィアさん!通り魔の話を聞いてからそんなに時間が経っていませんが、ご用件は?というか、その人は一体誰なんです?」

「コレがお前の言っていた通り魔だ」

「……………………………………………え?」

「見つけて脚を引き千切って連れて来た」

「……えぇッ!?」



 受付嬢は仰天した。確かに通り魔の話はしたし、見つけて捕まえて欲しいと言って頭も下げた。しかしそれは1時間くらい前の話だ。本当につい先程の話なのだ。一体誰が1時間で最近話題に出る通り魔を捕まえてくると考えるだろうか。しかも、ご丁寧に逃げ脚を千切って。

 だが受付嬢は驚いた後に訝しむ表情となった。何故なら通り魔の外見の情報と、オリヴィアが連れて来た男の外見が一致しないからである。ローブ状の襤褸を身に纏った、少し小さめの身長だ。しかし男は襤褸なんて着ていないし、失った脚の長さを大凡で考えても背も少し高めだ。だからもしかしたら違うのではという考えが浮上した。

 時々居るのだ。犯人捜索の依頼を受けて、想像以上に見つからないからという理由で犯人をでっち上げてくるのだ。それも犯人はそこら辺にいるような小悪党を適当に捕まえて、犯人に成り済ますように脅すのだ。あまり考えたくないが、オリヴィアがそれをやってしまっている可能性もある。だから通り魔を捕まえたと、すぐに処理が出来ないのだ。

 周囲に居る他の冒険者達もそうだ。通り魔の外見の情報は知っている。出会ったら必ず捕まえてやると息巻いていたからだ。なので、犯人を成り済まさせて依頼を完了しようとした奴……という、悪人を見るような目でオリヴィアを見ていた。



「何だ、要らんのか」

「……オリヴィアさん。通り魔はローブ状の襤褸を身に纏っているんです。それに背だって大きくないんです。恐らくその方は通り魔ではありません。正直に答えてください。オリヴィアさんは通り魔の犯人を成り済まさせていますよね?」

「……ふーん。つまり私が下らん嘘を吐いていると?感じる視線から察するに、この場に居る者達は全員そう思っていると考えていいな」

「……嘘の報告は処罰の対象となりますよ。オリヴィアさん。ましてや部位欠損のダメージも与えているので、処罰の内容は重くなることでしょう」

「下らんな。実に。もう良い。コレは要らんということだろう。ならば用は無いな。コレは私の魔法の練習台になってもらう」

「──────ッ!!!!た、助けてくれぇ!!私だ!私が通り魔だ!だから早く捕まえて、この女から助けてくれぇ!!」

「大丈夫ですよ。脅されたからといって通り魔の罪を被らなくても。私達は分かっていますから」

「何もっ……何も分かっていない!!私がその通り魔なんだ!透明になる魔法を使って一般人をこの爪で襲ってたんだ!!何なら証拠として、殺したある一家の死体の埋めた場所だって吐く!これまで襲った奴等の特徴だって言える!だから、私が通り魔の犯人なんだァ──────ッ!!!!」

「な、なんですっ……て?」

「お、おいおい!コイツ本当の通り魔なのかよ!?」

「じゃあ襤褸の~ってやつはどうなってんだ!?」

「けど殺した人達を埋めた場所を吐くって……どっちなんだよ!!」



 ギルド内は混乱している。オリヴィアがでっち上げをしていると思っていたら、首に鎖を巻き付けられている男が思いもよらないことを話し始めたからだ。その後、どうにか信じてもらおうとする通り魔は、死体を埋めた場所を事細かに話し、襲った者達の特徴を次々と言い当てていった。

 襲われてしまった人達の細かい情報は伏せられている。つまり、当事者や捜査をしている者達以外の、それこそ一般人では知り得ない情報だった。全て話したんだから、早く捕まえてこの黒い奴から解放してくれと、泣き叫びながら訴える通り魔に呆然となる。

 全部話してしまった通り魔に、これだけのことを言えば流石に通り魔だということが解るだろうと、オリヴィアは魔力で造った鎖を消して解放した。必死に後退って離れていく通り魔をつまらなそうに、フードの中で一瞥した。そして、その場で踵を返してギルドを出て行こうとする。

 受付嬢がハッとした。今までオリヴィアに対して発言した言葉の失礼さに気がついたのだ。急いで受付カウンターから出て来て、駆け足で彼女の元へと向かう。どうにか出て行かれる前に追いついた受付嬢は、深々と頭を下げた。



「ごめんなさいオリヴィアさん!!私はとても失礼なことを何度も……本当にごめんなさい!!最初から疑わずに事情を聞くべきでした!!」

「引き摺っている男が両手に鉤爪を付けていて、明らかに普通ではないのに見逃し、あまつさえ根拠すら聞かずに頭ごなしに否定する。これでお前の程度が知れたな。その他の冒険者共もだ。この程度の者すら満足に捕まえられないくせに、捕まえる者が現れたら違うと否定する。実に滑稽で下らない」

「……っ。はい……ごめんなさ──────」

「謝罪は要らん。お前達のような者共の居るギルドで依頼を受けようとは思わん。そもそも実に不愉快な気分にさせられた。再び訪れることは無いだろう。まあ、他にも冒険者は居るんだ。どうでも良いことか」

「ち、違っ……待って……っ!」

「通り魔の報酬は要らんから好きにすると良い。ではな」

「オリヴィアさ──────」



 頭を下げていた受付嬢の肩を押して脇に退かすと、何の躊躇いも無くギルドから出て行ってしまった。呆然とする。まさか本当に出て行ってしまうとは思わなかったからだ。いや、そもそもそうさせたのは自分達だ。疑い、根拠すら語らせなかった。処罰することだけを思い、悲しんでいただけだった。なんと愚かだったのだろうと、数分前の自分が情けなくなった。

 噂になっていた大型新人の冒険者、オリヴィアを怒らせて出て行かせてしまった。ギルドの職員としてあるまじきことだ。騒がしさに何事かとギルドマスター部屋から出て来た男に、受付嬢は罪悪感を滲ませた表情をしながら深く頭を下げることしかできなかった。





 オリヴィアが行かないと言ったなら、リュウデリア達も行こうと言うことはないだろう。ナルサールの冒険者ギルドは、優秀な冒険者を取り逃したのだった。






 ──────────────────


 受付嬢

 まさかオリヴィアが連れて来た男が本当に通り魔だとは思わず、疑ってしまって怒らせてしまった。でっち上げをされて悲しいけど、ルールだから処罰しないとダメだよね……という考えばかり頭の中で抱いていた。

 謝罪をしても取り入ってくれなかったのがとても悲しく、他の受付嬢達に慰められたが、やってしまったことは変わらないので、その後オリヴィアを追い掛けたが今度は見つけることすら出来なかった。

 男は鉤爪付けてるのに、普通なわけないでしょ受付嬢ちゃん……。




 襤褸を着た人物

 通り魔にやられてしまった人の看てあげようとしたら、通り魔に間違えられて追い掛けられていた。やっていないと言ったが攻撃され、逃げてしまったことから本格的に追い掛けられる。

 このあと、無実なのに追い掛けて攻撃してしまったからと、冒険者が謝るために接近するが悉く逃げられる。また攻撃されると思ったが故の行動で自業自得。謝れる日は来ない。




 龍ズ

 オリヴィアを疑っている人間達を全て殺してやろうと思ったが、小声でダメだと言われたので黙っていた。言われなかったら……取り敢えずナルサールから冒険者ギルドは消滅していたか、冒険者が全員死んでいた。




 オリヴィア

 折角通り魔を捕まえてきたというのに、でっち上げだろ!って疑われたので、あっそ。ならいいやってなった。普通の人でもこれは怒る。

 あのギルドにはもう行かないと決めた。まあそもそも、あと3日しかこの町には居ないのだが。


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