純黒なる殲滅龍の戦記物語

キャラメル太郎

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第11章

第180話  期間付きの頼み

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 大陸へ渡る大きな客船は、残念なことに満室だった。予約や予約取り消しがあった時、先着順で穴埋めが行われている。早めに来て予約していれば、このような事態にはなっていなかったことだろう。運が悪かったとも言える。

 知らなかったものは仕方ない。人間ならば、予約という制度についてよく知っているから、確実に乗ろうとするものが多いだろう客船は、早い内から部屋を取っておこうとなるだろう。しかしオリヴィア一行は神と龍である。そういったことには疎いのだ。もう少し、他者から情報を聞き出しておけば、また違っていただろう。

 少し高めの宿に泊まったオリヴィア達は、ゆっくりと休んで各々好きに寝ていた。早起きだったオリヴィアは風呂に入ってシャワーを浴び、髪を整えて服を着て純黒のローブを纏う。まだ寝ているリュウデリア達のことをじっくりと眺めて微笑ましそうに見守り、朝食の時間になったら起こした。

 眠気で頭がフラフラしている3匹を両肩と腕の中の定位置に置いて、部屋を出る。宿の方で朝食を出してくれるので4人前を頼んだ。美味しそうな匂いに鼻を鳴らし、あっという間に目を覚ます腹ペコ龍にクスリと笑うと、皆で一緒に朝食を食べた。

 腹拵えが終わると、宿のチェックアウトを済ませて外に出る。元の体格から考えると、朝食を量的に全然満足していないリュウデリア達に苦笑いしつつ、何処へ行きたいかを聞いてみる。乗船に関しての話が終わっていないが、満室になっている時点で今急いでも仕方ない。

 話し合って何処へ行こうか相談していると、もう一度船を見たいということになり、港へ赴くことになった。朝日を浴びながら散歩を楽しみ、歩くこと数分で目的の港へやって来た。他の船より圧倒的存在感を出す客船に、おぉ……と3箇所から感嘆の声が上がる。見上げて船に夢中の彼等に微笑んでいると、オリヴィアはある事に気がついた。少し早歩きで船の近くへ寄り、軽く手を上げながらそこに居る人物へ声を掛けた。



「この前ぶりではないか──────ナイリィヌ」

「……?あらぁ!オリヴィアさんじゃなぁい。お元気そうで何よりだわぁ」




 オリヴィアが見つけた人物とは、マダムス化粧品店総責任者である、ナイリィヌ・ファン・マダムスという女性である。相変わらずのふくよかで大きな体に小さな犬のミッティーを抱えている。暑そうに細かく息をしている犬をリュウデリア達は可哀想なものを見る目を向けた。

 背後に3人の男の護衛を付けている彼女は、振り向いて話し掛けてきたのがオリヴィアだと分かるとニコリとした優しさを感じる笑みを浮かべた。話すために近づいて行けば行くほど、3箇所から近づくのか?正気か?という声が小さく聞こえてくるが、離れて話すと怪しいので無視した。

 今日も今日とて香水の濃い匂いを漂わせているナイリィヌに、オリヴィアは良い匂いだなと思う一方。リュウデリア達には致命傷らしい。ぐふっ……と、鳩尾に拳でも入れられたような声を漏らして苦しそうにしていた。嗅覚が良すぎても良いことばかりではないなと、フードの中でクスリと笑った。



「ナイリィヌは何故此処に?旅行中か?」

「旅行はとても満喫させてもらったわぁ。でもそろそろ帰らないといけないのよぉ。だから、私もこの船に乗るのよぉ」

「ということは西の大陸へ行くんだな」

「えぇ。オリヴィアさんも同じかしらぁ?」

「そのつもりだったのだが、満室だったようで困っているところなんだ」

「まぁ……」



 てっきりこの場に居るのだから予約を取っており、一緒に船に乗って西の大陸へ行くものだと思っていたナイリィヌは、満室で乗れないと語るオリヴィアに驚いていた。上品に口元へ手をやって数度瞬きする彼女は、少し考えるような仕草で上を見た。数秒だけそうしていると、視線を前に戻してオリヴィアのことを見た。

 見つめられるオリヴィアは、どうした?と言いながら首を傾げた。ナイリィヌは目を細めてニコリと笑うと、ある提案をした。折角一緒に船に乗って行けると思ったのに、こんな別れ方は嫌だから、是非とも同じ部屋に泊まらないかと。ナイリィヌは部屋をVIPで取っていた。だから部屋は1番大きく広いのだ。

 護衛の部屋は別に取っているから、広い部屋に1人になってしまう。それだと寂しい。それに、全く知らない相手ならばそんな提案はしないが、お世話になった友人のオリヴィアならば一緒に居てもきっと楽しいだろうとのことだった。



「私としては嬉しいが、本当に良いのか?」

「もちろんよぉ。それに女同士ですし、知らない仲ではないのだから困ったらお互い様よぉ。みってぃーちゃんを見つけてくれたお礼はまだ返しきれていると思っていませんしねぇ」

「……どうしようか悩んでいたところだった。ナイリィヌの提案は実に渡り船だ。では甘えさせてもらう。だが代わりに何か礼をさせてくれ。犬を見つけたのは正式な依頼で金を貰ったからもう気にしなくていい」

「そうねぇ……私としては無償でも全く構わないのですけれどぉ、それだとオリヴィアさんの顔が立てられませんものねぇ」



 船に乗せてもらえるというのに、そうかで終わらせるようなことをオリヴィアはしたくないと思った。数少ない普通に話せる人間のナイリィヌに貸し借り無しでいたいので、何か頼みは無いかと問うた。特に今は困ったことなど無いナイリィヌは、うーんと考え始めた。本当に困った事が無いので考えないと出ないらしい。

 無いなら無いで、別の機会でも良いがと付け加える。それでもナイリィヌは、オリヴィアの為に何か頼めることを探して考えている様子。さてどうしようかと悩んでいた彼女は、あることを思い出してあっ……と声を出した。

 何か頼みが見つかったか?と問い掛けると、自分自身が困っているという訳ではないが、解決してくれると嬉しい案件があると言った。ナイリィヌは腕に抱えているミッティーを抱え直して、片手を頬に当てて少し怖いなぁって思った事があったの。と、頼みの内容を語り始めた。



「この港町ナルサールにね、最近通り魔が出ているらしいのよぉ」

「通り魔?」

「えぇ。何でも、人目につく昼間には動かずに薄暗い時間帯から真っ暗な時間帯に現れては、通行人を誰彼構わず襲っているらしいのよぉ。既に10人以上も犠牲者が出てるらしいわぁ」

「それは冒険者ギルドの方で依頼として出されていないのか?」

「出されているようなのだけれどねぇ?その犯人は逃げるのがとってもお上手で素早いらしいのよぉ。だからまだ捕まえられていないんですってぇ」

「なるほど。つまり、ナイリィヌはその通り魔が危険だから排除して欲しい……ということだな」

「そうねぇ。昼間に絶対出て来ない……とは言い切れないものぉ。捕まってくれるならそれに越したことはないわぁ。だから、オリヴィアさんには犯人のことを頼もうかしらぁ。期限は3日でお願いするわねぇ。3日後に船が出港してしまうからぁ。あぁ、もちろん捕まえられなかったとしても大丈夫よぉ。ちょっとしたお願いみたいなものですものぉ。ただ、3日後に合流することは忘れないでねぇ?」

「うむ、了解した。出来ることはやろう。ではナイリィヌ、3日後にまた。船の件ありがとう。本当に助かる」

「いいのよぉ。3日後を楽しみにしているわねぇ。それじゃあ少しの間だけれど、またねぇ」



 ナイリィヌからの頼みは、最近現れた通り魔の排除だった。護衛が居るし、出て来る時間帯には外に出ないようにしているので大丈夫だとは思うが、絶対ではないので心配の要因は排除された方が気が楽だろう。まあだとしても、残り3日の心配なので必ず捕まえて欲しいという訳ではない。頼むならこれくらいかなという認識で言っただけなのだ。

 だから別に、犯人が捕まえられなかったとしても相部屋を断る……なんて事はしない。その事も付け加えて、3日後にまた会いましょうと言って護衛を連れながらオリヴィア達と離れた。ナイリィヌは彼女達のことをとても優秀な冒険者という認識をしている。

 依頼を受けたから犬を探すと言って数十分で見つけてくれた者達。広大な街の中から、たった1匹の犬を探すのは至難の業だろう。そしてある街を襲った襲撃者の討伐。多くの冒険者が相手にされず、次々と殺されていった中、彼女はたった1人と使い魔の3匹だけで見事倒してしまった。それも無傷でだ。だから何となく、ナイリィヌは3日という期間の内、オリヴィア達は早々に犯人を見つけてしまいそうだと思い、クスリと上品に笑った。



「──────最近起きている通り魔事件の解っている限りでの詳細を教えろ」

「オリヴィアさんが犯人確保の依頼を受けてもらえるなら心強いです!」



 ナイリィヌと別れたオリヴィア達は、冒険者ギルドの方へやって来ていた。何の情報も無いので、依頼として犯人確保を出しているギルドに行けば、いくらかの情報を手に入れる事が出来ると思ったのと、犯人を捕まえるならば、折角だから依頼を受けて報酬も得てしまおうという話になった。

 依頼書はボードに貼ってあったので千切って持ってきて、受付嬢の居る受付カウンターに持っていった。先日オリヴィアの対応をした受付嬢が今回も対応した。手続きを済ませてしまい、通り魔事件の犯人の、現状解っている情報を開示した。
























「はぁっ……はぁっ……っ……はぁ……っ!」



「──────居たか!?」

「こっちに来た筈だ!探せ!!」

「クソッ!すばしっこい通り魔が……ッ!!」



 最近現れた通り魔というのはですね、基本的に辺りが暗くなってから現れるんです。姿を隠す為なのかどうかは解りませんが、明るくて人が活動的な昼間などには出て来ませんし、犯行も致しません。絶対とは言えませんが、陽が落ちるまではまぁまだ安全な方です。

 犯人についてですが、目撃できた方によるとローブ状の襤褸を身に纏っていて、とても動きが素早いらしいんです。普通に走っても追い付けず、なのに一瞬で家の壁をよじ登ったり、路地の壁を使って跳躍をして登ったりと身体能力が非常に高いそうです。



「あまり奴には近づくな!切り裂かれるぞッ!」

「かなり鋭いって報告だからな、やられたらその場から動けなくなると思えッ!」

「周囲に被害が出ない程度に遠距離の魔法を使っていけ!」



「はぁっ……はぁっ……今回の追っ手は……しつこいな……ッ!」



 武器は爪のようです。それもかなり鋭い。4本の切り傷が襲われた方々の体に刻まれていて、深くやられています。犯行も鮮やかにして瞬きをするような早業のようです。気がついたときには切り裂かれて血飛沫を上げていた……と、現在療養している方から聞いています。

 戦いとは縁が無い一般人の方でしたが、それでも目に追えない速度で動いて攻撃するんです。近づくことは攻撃を警戒して控えてください。魔法は使わないとのことなので、出来れば魔法を使った遠距離の攻撃が望ましいですね。

 ですが、町の中なので高威力の魔法も控えてください。住民の家に当たってしまうと怪我をさせてしまう恐れがあるんです。それに、これは補足ですが魔法を使い始めると、犯人は住宅の多い場所に逃げ込む傾向にあるそうです。要は高威力の魔法を安易に使わせない為だと思われます。



「直線距離なら……負けないからな……っ!」



「チクショウがっ!足が速いっ!」

「住宅地に逃げ込みやがって卑怯者が……ッ!」

「取っ捕まえて牢屋にぶち込んでやるッ!」



 ただ逃げるだけでなく、対応する人数を逆手にとって攪乱もしてくるそうです。デタラメに逃げ込むのではなく、仲間同士を走らせて焦りを生ませ、動きが雑になったところを衝突させ合う。冒険者は仕事柄、少し短気の方々が集まりやすいですから、仲間内でぶつかると喧嘩を始めてしまうそうです。その隙をついて逃げてしまう。

 少しでも目を離すと、犯人は何処かへ消えてしまうと言います。つい先程まで追い掛けていたのに、いつの間にか居ない。そんなことが何度も続いて今に至ります。つまり犯人は逃げるのがとても上手いんです!捕まえてやるーって躍起になればなるほど、捕まえるのが困難になるでしょう。

 これ以上襲われる人を出すわけにはいかないんです。オリヴィアさん。お願いします。通り魔を捕まえてください。実は私の友人の親戚の方が襲われて、今も診療所で療養しているんです。友人はすごく悲しんでいて、何度も診療所に赴いては泣いていました。オリヴィアさんは魔物の大群を退けられる程の強さを持っているんですよね?どうか……お願いします……。



「チッ……クソったれがッ!また見失ったッ!」

「逃げるのが本当に上手い奴だなァ!本気で腹が立つッ!」

「冒険者じゃなくて、一般人を狙うってのが1番許せねぇッ!」

「必ず捕まえてやるッ!」



「ふぅ……っ……ふぅ……っ……ずずっ……はぁ……ひっく……ずずっ……あと3日だ。あと3日我慢すればいいんだ……っ!」



 ローブ状の襤褸を身に纏ったその人物は、見失ってしまって散開し、犯人を見つけようと走り回っている冒険者のことを屋根の上から眺めていた。ポツリ……ポツリと水滴が屋根に垂れて伝っていく。今日は星空が輝いて眺められる雲1つ無い夜の日のことだ。

 暫く身を隠していた襤褸の人物は屋根の上からは動かず、その場でジッとしていた。やがて眼下では犯人を完全に見失ってしまったと溜め息を吐きながら撤収していき、襤褸の人物は安心したように、静かに溜め息を吐いた。伏せていた状態から立ち上がり、下に向かって飛び降りる。

 しなやかな手脚の動きで衝撃を殺し、音も無く着地した。辺りを警戒しながら歩いて道を進み、今は閉店しているパン屋の裏に置いてあるゴミ箱に辿り着く。蓋を開けて中に腕を突っ込み、ガサゴソと中身を探っている。目当ての物を見つけたのか腕を引き抜くと、少しカビが入っているパンがあった。

 襤褸の人物は一心不乱にカビの生えたパンに齧り付いた。美味しくはない。出来立てとは全く違うパサついた食感に、使い古されたゴミ箱に入っていたことによる異臭。これを美味いという人物が居れば、それはきっと味覚が壊れていることだろう。襤褸の人物はポタポタと水滴を地面に落としながら、鳴る腹を無視してパンを食べていった。



「──────散々他者を診療所送りにしておきながら、情報通りの夜に活動するとは良いご身分だな」



「──────ッ!!」

「しかし活動出来るのもここまでだ。最早お前は逃げることなど不可能であると知れ。捕まえろとは言われているが、五体満足で……とは言われていないからな。取り敢えずお前の両脚は引き千切る。それ相応の痛みは覚悟しておくといい」



 背後から声を掛けられた。音にも匂いにも敏感で、気配すら感じるというのに、易々と背後を取られていた。他にも何か無いかとゴミ箱を漁っていた状態から勢い良く振り返る。背後に佇むのは、夜の暗闇に紛れ込むような純黒で全身を覆う者だった。

 明らかに今まで追い掛けてきた者達とは明らかに何かが違う。今更になって感じられる気配が尋常ではない。圧倒的強者が醸し出すもののそれだった。襤褸の人物は最大限の警戒心を抱いて姿勢を低くした。





 襤褸の人物は出会ってしまった。敵は絶対に逃がさない。慈悲も掛けない冷酷な存在達に。冷や汗を流しながら、どうやってこの場を凌ごうかと思案するのだった。






 ──────────────────


 ナイリィヌ・ファン・マダムス

 ふくよかな女性で、数少ないオリヴィアと親しく話せる人間。旅行で南の大陸の方へ来ていたが、そろそろ帰らないといけないからということで船に乗ろうとしていた。

 立場が立場なのでVIP用の部屋を取ってある。オリヴィアと再開したのは偶然。彼女はオリヴィアを気に入っているので、一緒に船に乗れることになって楽しみにしている。




 龍ズ

 犯人を捕まえろ。それに伴う見つけるという過程は彼等にとって楽勝。特にリュウデリアにとっては秒で怪しい奴を見つけることができる。




 オリヴィア

 偶然マダムと出会い、VIP部屋に泊めてくれることになるという強運の持ち主。3日以内に犯人を見つけられなくても構わないと言われたが、初日に見つけて捕まえられる自信しかない。特にリュウデリア達がいるから。


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