純黒なる殲滅龍の戦記物語

キャラメル太郎

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第11章

第179話  情報不足

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 船が多く停船している港の町、ナルサール。船が停まる関係から海に面して建造されたこの町は魚料理が主なものだった。漁船もあるので海の幸を獲りに行く漁師が多いのだ。それを市場に並べ、店の店主が吟味して購入し、新鮮な内からお客に提供するのだ。

 町に訪れれば海から香る潮の香りを感じる。天気が良ければ海の表面が陽の光を反射して美しい絵画のような光景を見せてくれる。町の人達も海と共に在るこの町が好きであり、海を汚さないようにとゴミの分別もしっかり行い、清潔な町を保ち続けている。

 港町ナルサールはとても平和だ。しかしやはりというべきか、何処でも必ず生息している魔物が居る。当然そんな魔物を野放しにはしない。放っておけば必ず食べ物を狙って町に襲い掛かってくるからだ。それに対抗するのが冒険者ギルドであり、魔導士という存在である。



 今日、港町ナルサールの冒険者ギルド『白鳥の波紋オルロ・リプル』にギルド情報から流れてきた噂の大型新人がやって来た。




















「見ろよ。アレ、噂のチョー強ェ新人だろ?」

「ギルドランクの飛び級を蹴って地道に上げてるってのに、もうBランクだろ?どんだけだよ」

「嘘かホントか分からねーが、魔物の大群を自分と使い魔達だけで殲滅したらしいぜ」

「最上級魔法を幾つも同時展開するとも聞いたぞ、俺は」

「私はS級の魔物を素手で殺したって聞いたわ」



 噂は飛び交う。特徴的な姿からオリヴィア達のことが噂の大型新人であるということはすぐに解った。魔物使いでありながら、本人も魔法を巧みに扱い前線に出て戦うという、珍しいタイプの魔導士だと。普通は前線を契約している魔物に任せ、契約者は後方支援をする事が多い。

 だが、魔物使いはそのままの意味で魔物を使う魔導士のこと。つまり相棒は野生に居る魔物を捕まえて契約を持ち掛けないといけない。つまるところ、実力以上の魔物を従えさせるのは至難の技であり、ほぼ無理と言っても過言ではない。故に、強力な力を持つ使い魔を従えさせているオリヴィアは、それだけの強さを持っているという証明にもなっているのだ。

 強いというのは人を惹き付ける。それに加えてランク上昇の飛び級を蹴っているというのが、他の冒険者達にとって好印象なのだろう。入ってすぐにBやらAやらに飛んでいったら、それ以下のランクで日夜頑張っている冒険者にとっては面白い話ではない。まあ勿論、他の者達の評価……それも人間からの評価なんぞ彼女達は毛ほども興味は無いが。

 大体はここで気の荒い奴や命知らず、単純なアホがオリヴィア達に絡みに行くのだが、今回はそういう展開にはならなかった。噂とは言え、S級の魔物を斃したという相手に向かっていって、痛めつけられてしまえば冒険者としての活動が出来なくなってしまう。なので警戒してやらないのだ。



「船に乗りたいんだが、違う大陸に渡る船は何処に停船している?」

「西の大陸へ行く船ですね!えっと、このギルドを出て大通りを真っ直ぐ進むと、船が停まっている場所を教えてくれる看板が見えてきますので、その案内に沿って行けば自ずと着きますよ!」

「そうか。それと、この町で美味い料理店はどこだ?お前のオススメでいい」

「美味しいお店!そうですねぇ……船が停船している港近くに獲りたての新鮮なお魚で色々な料理を目の前で作ってくれるお店がありますよ!とっても美味しいですから!名前は『海のさち屋』です!」

「ふむ……また刺身でも食べるか。助かった、受付嬢。気分が乗れば依頼を受けに来る」

「はい!お待ちしております!」



 やって来たオリヴィアは、依頼は受けずに受付嬢に少し質問して帰っていってしまった。今先程到着し、大通りを進んでいたら冒険者ギルドがあったので寄っていき、ついでに飯屋のことや船のことを聞いたのだ。

 対応した受付嬢は、最初こそ強者と言えば良いのか、圧迫される緊張感を抱いていることを自覚していたが、いざ話してみると普通に会話は出来た。声からして女性だということも後押しして、すぐにいつも通りの対応が出来ていたと思う。噂は確かに凄まじいものを思い起こさせるが、話してみないと解らないなと心の中で言葉を溢した。

 ギルドに居た冒険者達や受付嬢に見られながらギルドを後にしたオリヴィアは、説明されたように大通りを歩いていく。珍しい全身真っ黒な彼女は町の人達にチラチラと見られる。子供はその無邪気さで指を指して母親に怒られているという光景が何度も見られる。しかしそんなことを気にした様子も無く、歩く速度を落とさなかった。

 両肩と腕の中に居るリュウデリア、バルガス、クレアは大人しい。まあ、町に入る以上使い魔という設定を守らねばならないので仕方ないが、3匹は暇そうにあくびをしていた。平和よりも戦いが勃発していた方が良い。ギルドで誰かが絡んでくれば、嬉々として迎え撃っただろう。例え塵芥程度の力しか持たない人間が相手だろうと。



「この町は変な臭いすんな」

「これは……海の……潮の……香り……だろう」

「香りで既に塩辛い」

「そんなにか……?あぁ、龍だから鼻が良いのか。私はそこまで不快には思わないが」

「不快ではない。不快ではないのだが……何とも言えん臭いだ」



 どうやら嗅覚の優れた龍にはかなり塩辛い臭いがしているようだ。オリヴィアは臭いを意識してみてから、大きく呼吸をしてみた。鼻から潮の香りが入ってくるが、別に何とも思わない。自然の香りという感じがして良いとすら思える。まあ、香水の匂いを嗅いだ時のような反応はしていないので大丈夫だろうと判断した。

 どうしても我慢できなくなればお得意の魔法でどうにかするだろうという考えもあるからだ。オリヴィアはギルドの受付嬢が言っていた看板を見つけ、矢印に従って道なりに進んでいった。意思で舗装された道を進んでいると、建物の奥から船のマストの部分が見えてきた。

 この町へ来るのに飛んできたのでチラリと見えてしまっていたが、できるだけ見ないで町に降りてから皆で見ようと話していた。なので少し楽しみにしていたのだ。それはリュウデリア達も同じようで、両肩と腕の中で尻尾を振っているのを見れば丸分かりだ。

 可愛らしい仕草にクスリとフードの中で笑う。如何にも楽しみだと言わんばかりの尻尾と、体を前のめりにさせている姿勢から、彼等の気分が高揚していることは伝わってくる。なので自分が感じている期待も合わせて、歩る速度を上げた。

 石の道を靴底がかつんと鳴らす。長い脚で歩幅を大きく取り、前に出す足の速さを早める。建物の間を通って行き、見えたのは見上げる大きさを誇る船だった。木製でありながら立派なものだった。高く聳え立つマストは3本あり、降ろされている碇に繋がる鎖は巨大で、見えないが先に付いた怒りの大きさを物語る。

 この大きな船は、違う大陸へ渡るのに使われ、道中の嵐や高波に負けないよう強く造られている。何度も何度も大陸間の海の横断を成功させており、乗った者達は乗って良かったと褒め讃える。操縦する船員も腕利きで、中で出されるご馳走は、これまた腕利きの料理人が作っている。至れり尽くせりな船は乗船料が高めだが、それでも乗れば満足することは間違いないだろう。



「これが船か……ッ!!」

「本当に水の上に浮いてンじゃねーか。この大きさで浮かぶのかよ」

「人間は……面白い……ものを……造る」

「泳いで渡れないならば乗って渡れるものを……か。その内乗って飛ぶものも造りそうだな」

「ンま、楽に楽にってやってっから貧弱のままなンだろーがな」



 周囲の者達にバレないような小さな声で会話をするリュウデリア達。よくもまあこんなものを考えついて造ろうと思うものだと、ある意味感心していた。自分達ではこんなものを造ろうという考えにすら至らないからだ。

 龍は空を翔て移動するものの、水の中でも何の苦もなく泳ぐことができる。強い体躯を活かした泳ぎは生半可な嵐をものともせず、優れた体力で長距離の移動を可能とする。つまり、船そのものを必要としないのだ。故に彼等は、海を渡るためだけに何かを造ろうという話が浮き上がってこない。結果、彼等は船をある意味造れないのだ。

 優秀な頭脳を総じて持っているので、造り方さえ知れれば同じものは造れるだろう。ただ、もし仮に船という概念が無い世界があったならば、きっと彼等は船を造れない。必要ないものを造ろうとは考えないのだ。

 暫く皆で船を見上げていた一行は、船に乗るための手続きをするために船の方へ向かっていった。生まれて初めてとなる乗船。船に乗るという行為はどういうものなのかと、期待に胸を膨らませていた。






















「──────満室です」

「……何?」

「申し訳ありません。船の客室が既にご予約をされていたお客様や申し込まれた方々で空きが無いのです。大変申し訳ありませんが、また次回にという形で……」



 受付をするために、船に乗る従業員らしき正装をした男に話し掛けたところ、言い辛そうに断りの言葉を入れた。というのも、船に乗りたいという人は多く、現地で受付をするよりも、予め予約しておくのが普通だったのだ。現地で受付できたのは、予約を偶然キャンセルした部分に捻じ込めた者達のことだ。

 予約しなければならなかったという情報は持ち得ず、違う大陸に行ける船がこの港町に停まっているという事だけしか知らなかったオリヴィア達は頬を引き攣らせた。予約。その線を全く考えていなかった。だがよくよく考えれば予約制なのも頷ける。違う大陸に行きたいという者が、少ないわけがない。

 金ならば払うと言ってみるも、部屋が空いていないので金を支払われても乗せられないと言われ、踵を返してその場を後にしたオリヴィアは、建物の裏側に入り込んで壁に背中を預けた。はぁ……と溜め息を溢せば、腕の中のリュウデリアが頬を擦り寄せてくる。強く両腕で抱き締めると、鱗越しに温かな体温を感じた。



「すまない、リュウデリア。バルガスにクレアも。まさかこんな事になるとは……」

「なーに、気にすんなよ」

「忍び込むのは……容易い」

「予約で部屋を取っている人間を殺して空きを作っても良いぞ。だから気にするな、オリヴィア。方法はいくらでもある」

「……うん。だが、もうじき陽が落ちる。今日は宿に泊まって明日また策を考えようか」

「うーい」

「了解……した」

「分かった」



 太陽が水平線の向こうで落ちていき、夕暮れになろうとしているのを見て宿に泊まろうと提案するオリヴィア。それに対して、リュウデリア達は賛成した。別に暗くなっても危険なことなど今更無いので構わないのだが、彼女の気分が落ち込んでいることを気配で察しているので素直に頷いた。

 宿は多く存在していたのですぐに見つかった。港町ということもありつつ、船を見に来る観光客も来るので宿の数が多めなのだ。今回は少しお高めの使い魔同伴可の宿に泊まることにした。フカフカのベッドにオリヴィアが腰掛けると、バルガスとクレアは人間大になりつつ、窓に手を掛けて外に飛んで行こうとしていた。

 何処か行くのかと問うと、少し海の方を上から見てくると言って部屋を出て行ってしまった。もう暗いからそんなに綺麗な光景は見えないのでは?と首を傾げていたオリヴィアだったが、肩に手を置かれて横に倒された。数度瞬きをして驚いて上を見上げると、リュウデリアが自身のことを見下ろしていた。

 彼からオリヴィアに膝枕をしているのだ。硬い鱗があって枕と比べれば寝心地はよろしいとは言えない。でも、オリヴィアはリュウデリアの膝枕がとても気持ち良かった。純黒の手が頭を撫でて髪を梳く。優しい触れ方にうっとりとして体から力を抜いた。



「オリヴィア。船のことは気にするな。乗る方法は幾らでもあるんだ。お前が落ち込むことはない。俺達だって気づかなかったことだ」

「……あんなに楽しみにしていたのに、私が水を差したのが嫌なんだ。人間から詳しく話を聞いていればこんな事にはなっていなかっただろう?思い至らなかった事が悔しく、リュウデリア達に申し訳がない」

「なるほど……楽しみにしていた俺達がガッカリしたということ自体が嫌だったという訳だな。まったく……お前は考えすぎだ。だがありがとう。オリヴィアの気持ちはとても嬉しいぞ」



 顔が降りてきてオリヴィアの鼻に鼻先を触れさせた。左右に振ってくすぐったくなり、クスクスと笑う。リュウデリアの目が細められて笑っているのが解る。彼女は、折角の乗船の出鼻を挫かれたことにガッカリしている自身のことを本当に気づいていたんだなと思い、そしてそれを慰めてくれていると察してくすぐったい気持ちだった。

 頭を撫でられながら顔にキスを贈られて、髪を梳かれる。相手が愛するリュウデリアともなれば効果は絶大だ。うとうととし始めたオリヴィアを見て目を細める。暫く同じようにしてあげていると、静かな寝息を立てて眠ってしまった。

 美しいオリヴィアの寝顔を眺めながら、好きなように頭や顔を撫でる。起こさないよう細心の注意を払いながら。自分達のことを思って落ち込んでくれた彼女の事を考えると愛おしさが湧いてくる。それは際限なく出て来るのだ。






 リュウデリアはオリヴィアの唇に口先を付けた。眠っている彼女は気づかず、膝の上で寝返りを打つ。そんな姿を見て、彼はクツクツと笑った。






 ──────────────────


 龍ズ

 船に乗る方法なんて幾らでもあるから気にしなくていいのに、出鼻を挫かれたことに落ち込んでいるオリヴィアに察してリュウデリアが慰めた。バルガスとクレアは町の上を飛んで空の散歩をしている。




 オリヴィア

 落ち込んでいることを察せられて少し恥ずかしかった。でも、リュウデリアが慰めてくれたので良い気分。つい彼の膝枕で眠ってしまった。

 起きたらすぐそこにリュウデリアの顔があり、ずっと膝枕をして撫でてくれていたことを知ってキュンとした。




 船

 大陸を渡る為の大きな船。乗船には予約が必要であり、設備やもてなしの内容が豪華なので値段は高め。町から出る海を横断できる唯一の船。

 今は客室が満室になっているので、乗りたくても乗ることができない状況。




 冒険者ギルド

 ギルド間の情報交換にて、オリヴィア達のことが報じられている。期待の大型新人であるという。既にS級の力は持っているが、ランクを地道に上げていく冒険者であると。

 しかし一方で、無闇に絡んできた他の冒険者を徹底的に叩きのめし、冒険者人生を終わらせた冷徹な者という面も報告されており、受付嬢はそれを聞いて少し怯えている。対応した受付嬢は、そんなに怖い人ではないという評価に改めた。


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