純黒なる殲滅龍の戦記物語

キャラメル太郎

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第10章

第178話  共に飛ぼう

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 面と向かって番の話を断られたイルフィは、泣いたことで眼を赤くしながらリュウデリアから去っていった。龍王の血を引く者との番は誰もが羨むものだ。しかし、そんなものは興味が無いと切り捨てるのが彼。イルフィの背を見ても何も言わなかった。

 振り返るリュウデリア。背後には戦いの疲労を癒しているオリヴィアが居る。体をローブで覆っているのを良いことに、人知れず己の治癒の力を使って疲労やダメージを回復させた。戦う前の完全な状態になると、ふぅ……と息を吐き出す。

 これまで本物の強敵との戦いはなく、格下が多かった。なので今回のことは良い経験になったことだろう。今回は相手が龍であり、その中でも龍王の血を継ぐ者なので強さはかなりのものだ。故にオリヴィアが何度も強力な魔法を放っても最終的に倒しきることができなかった。

 見た目は確かに人間に見えるが、本体は最強の種族と謳われる龍だ。とても身近なところに最上位の力を持つリュウデリアが居たので慣れていたが、今回のことで龍そのものは計り知れない力を持っていることを再認識した。



「……勝手なことをしてすまなかった」

「先も言っただろう。俺を想っての言葉であり行動だ。気にしていない。それよりも戦いで深傷を負わずに終わって良かった。俺のローブがあるとはいえ絶対ではないからな。あぁ、防御力は戻しておくぞ」

「ありがとう。……リュウデリアに言い寄るイルフィを見たら頭に血が上ってしまった。次からは冷静になる。私は心から愛してもらっているのだから、焦る必要は無かったしな」

「うむ。堂々としていて良い。俺はお前だけを愛しているのだから」



 魔法陣を展開して、オリヴィアが身につけているローブの防御面を戻しておく。8割から10割へと。そして、誰が言い寄ってきたところで心配は要らないとも言っておく。他の雌に心を向けることはないと、愛しているのはオリヴィアだけで、愛し続けるのもオリヴィアだけなのだからと。

 彼に愛していると言われて嬉しそうに綻ぶオリヴィアに手を伸ばして、頬を撫でながら鼻先を彼女の鼻先に付けた。自分のために言ったり行動してくれてありがとうという気持ちを伝えるために。そうすれば、オリヴィアもお返しと言わんばかりに頬を撫でてくる。最後に鼻先にキスをされて、リュウデリアは目を細めた。



「おい、炎龍王。これは貸し1つだぞ。態々止めてやったのだからな」

「……はぁ。言うと思ったぞ。まあ確かに、止めてもらわねばならんところで間に入ってもらったからな。貸し1つで構わない。それで、何を望む?」

「今は思い当たるものは無い。その内に使わせてもらう」

「程々にな。龍王と言えど全能ではないのだ」

「ふん。精々楽しみにしておけ」

「まったく……では、私はここで別れさせてもらう。他の龍王達との話し合いがあるんだ。今の私は無理矢理抜けてきたようなものだから」

「構わん。むしろ俺は元からお前に用などない」

「それは手厳しい」



 遠くから醸し出される他の龍王達の気配から、さっさと来いという意思を感じ取り別れることになった炎龍王。娘がフラれた後とは思えないくらいのいつも通りさで、リュウデリアは内心でイルフィが番になれないことをある程度解っていたなと推測する。

 まあ、初対面でリュウデリアを取り入れられるならば苦労しないだろう。その事を考慮すれば、実の娘であろうと彼の番になりたいと言ってすぐに番にはなれないことは解ってくる。取り入れられるならばそれに越したことは無いが、無理だったならばそれでも構わないという認識だろう。

 魔法でふわりと浮きながら飛んでいく炎龍王の背を少し眺めたが、まあこの程度のことは誰でも予測できるものだから構わないかと視線を切った。それよりも、“御前祭”が終わったのでスカイディアに居る意味が無い。行くべき場所も決まっているので出ていこうと考えた時、タイミング良くバルガスとクレアの気配がこちらに近づいていた。

 ばさり、ばさりと翼をはためかす音が聞こえてきて影が落ちてくる。折角なのでスカイディアを隅から隅まで探検してくると言っていた2匹である。噂をすればなんとやら。タイミング良く帰ってきたのだ。



「結構デカめなお前の魔力感じたが何があったァ?」

「オリヴィアが……魔法を……使ったの……だろう?」

「リュウデリアに言い寄る奴が居たから私が戦っていたんだ」

「マジかよ!っつーことは相手龍だろ?どうなった?」

「……良い戦いはできたと思う。だが、勝つことはできなかった」

「色々あり途中で戦いは中断された。オリヴィアは善戦したが、あと数歩だった」

「……?ンで中断した?そのままやってりゃ勝てたかも知んねーって言い方じゃねーか勿体ねェ」

「相手は炎龍王の1匹娘だ」

「あ?それが何……あー、そういうことか。ンま、それなら仕方ねーか?どうせ貸し1つにでもしたんだろ」

「炎龍王の……娘が……相手ならば……そういう……線が……1番……有り得る」

「うむ。思っている通りだ」



 最初は、相手が炎龍王の娘だから何だという気持ちだったが、少し考えて中断した理由に思い至る。高い知能により導き出される推測は、今先程起こっていた出来事をそのまま頭の中で描かれていた。身分……と言えば良いだろうか。それが高いものの血を継いでいるならば、辛勝や敗北は他の龍に示しがつかないのだろう。

 故に、勝てそうであっても戦いは中断されてしまう。しかし、ただ中断されるだけで終わる筈も無く、リュウデリアならば自身から止めに行って炎龍王に何かしらの要求をするために貸しにするだろう事は予測がつく。結果、バルガスとクレアは少し考えて話しの流れを掴んだ。

 起きたことを知ったバルガス達は、今回は仕方ねーよ等といった言葉をオリヴィアに掛けた。彼等ももう少しで勝てただろう事までは解るが、倒しきれないという事も解る。自分達からしてみれば塵芥の1匹だろう。だが、他からしてみればそんな龍でも、立派な脅威である龍なのだ。

 元より、オリヴィアは戦える術を持っていない。体を大きくすることもできないし、魔力が無いので肉体の強化すらもできない。戦えているのはリュウデリアが造ったローブがあるお陰だ。むしろ、ローブ1つで戦う術が殆ど無かった者が、人化で弱体化しているとはいえ戦える方が驚きに値する。



「さて……と。そろそろ出て行くか?もう用ねーだろ」

「私達は……色々と……見て回ったが……リュウデリアと……オリヴィアは……いいのか?」

「俺は構わん。スカイディアにそれ程の興味は無い」

「私ももう大丈夫だぞ。行くなら行ってしまおう」

「うし!じゃー行こうぜ!船って結構楽しみだったンだよ!」

「私も……船は……気になる」

「本で読んだが水の上を浮かぶという船。構造は解っていても実物を見るのとはまた違ったものだからな。早く行って見てみたい」

「ふふっ。3匹とも尻尾が振られているぞ。そんなに楽しみなのか?」

「「「別にそれ程という訳じゃない」」」

「クスクス。はいはい、分かった分かった。……ふふっ」



 楽しみなのは尻尾を見れば明らかなので、ハッとして誤魔化しても無駄だ。3匹揃って同じ事をしているのを眺めて、クスクスと面白そうに笑って微笑んだ。

 バルガスとクレアは満足するまでスカイディアを見渡してきて、リュウデリアとオリヴィアは見て回る程の興味を抱いていない。なので彼等はここで発つことになる。どんな形であれ交流があった龍王達に、普通は挨拶の1つでもしていくのだろうが、彼等がそんな行儀の良い事をするはずも無く、出て行く準備として体を元の大きさに戻した。

 しゃがみ込み、地面に手を置いたリュウデリアにお礼を言って上に乗る。魔力の障壁が展開されて包み込まれ、風の影響を受けない状態になった。3匹は大きな翼を広げて羽ばたき始める。空気を掴んで巨体が浮かび上がる。そして、スカイディアに基本入ってくる時に通る、スカイディア周囲に流れる風の結界に向かって行った。

 スカイディアを他からは見えなくさせる為に発生している厚い雲と、吹く方向が左右逆の非常に強い風。それらをものともせず出て行った。少しの自然な雲の中を通って視界が開けると、晴れていて気持ちの良い光景が広がる。

 だがここで、オリヴィアは思い出した。リュウデリアには1度見た場所へ転移する事ができる瞬間移動がある。ならば、スカイディアに向かう前に居た場所へ転移できるはずだ。態々飛んで行く必要なんぞ無いはずだ。何故飛んで行くのだろうかと首を傾げていると、リュウデリア達の飛ぶ速度がかなり減速した。

 何となくそれが分かったオリヴィアだったが、どうしたのだろうという疑問だけを抱く。すると、風の影響を阻害する魔力の障壁が解かれた。途端にやって来る少し強い風。吹き飛ばされないよう咄嗟にリュウデリアの指に抱き付く。何が目的なのかと思えば、手は移動して頭の上に持ってこられた。

 もしかして頭の上に移動しろという意味なのかと掌から降りると、持っていった手は離れていった。どうやら頭の上への移動で合っていたらしい。前からやって来る風に手を翳す。落ちると終わりだと思うと自然と姿勢を低くしていた。それが解っているのだろう。リュウデリアはクツクツと笑っていた。



「オリヴィア、大丈夫だ。魔法で滑り落ちないようにしてある。風が強すぎる場合も弱めてやるから安心しろ」

「そ、そうか。しかし、突然どうしたんだ?」

「うん?あぁ、いつもこういった移動の際手の上に乗せているだろう。偶には俺達と共に風を感じながら飛ぼうと思ってな。気持ちが良いぞ。晴れているしな」

「そう怖がんなよオリヴィア!リュウデリアがお前のこと落とすと思うかァ?ンな心配よりも、一緒に飛ぼうぜ!」

「空を飛ぶ……感覚を……覚えると……格別だぞ」

「お前達……ふふ。解った。では私も混ぜてもらおうかな」

「そうこなくては。速度は無理の無い範囲にしておく。落ちる心配は無いからな」

「分かった」



 どうやら、3匹はオリヴィアも飛んでいるという感覚を共に味わって欲しかったようだ。その心遣いに温かいものを感じながら、一緒に飛ぼうと了承する。魔法で滑り落ちないようにされているので低い姿勢をやめて、両脚を揃えて綺麗な座り方をする。手で純黒の鱗に触れて撫でる。

 一緒に飛ぶという提案をするために止まっていたリュウデリア達が、再び進み始めた。前からやって来る風は強いが、吹き飛ばされるほどではない。魔法で滑らないようになっているので恐怖も無い。まるで風を切り裂いているような感覚に、ゾクゾクしたものを感じる。

 前方にはクレアとバルガスが同じくらいの速度で飛んでいる。飛ぶということはこういう事なのかと思いながら両腕を広げてみる。ローブがばさりとはためいて後ろに流れ、風が体の前面に当たる。天気も良くて清々しいものだ。知らず知らずの内に口角が上がって笑みを浮かべていた。これは確かに癖になる。そう思ったオリヴィアは、息を思い切り吸い込んで、叫んだ。



「おおおおおおおおおおおお──────っ!!!!」



「ははッ!」

「へぇ……イイねェ」

「良い……咆哮だ」



 突然のオリヴィアの咆哮に3匹はそれぞれ反応する。叫びたくなる気持ちも分かる。だが彼女がやるとは思わなかったので少しの驚きを混ぜながら面白そうに笑った。そして、負けじと息を大きく吸って、彼等も同じように美しい景色に向かって咆哮した。オリヴィアももう一度、一緒になって咆哮するのだった。



「すぅ……ぅおおおおおおおお──────っ!!!!」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■──────ッ!!!!」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■──────ッ!!!!」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■──────ッ!!!!」



「……ぷっ。ふふ、ふふっ。あははははははははっ!」

「ククク……ははははははははははははははッ!」

「おいおいっ……オレもつられちまうだろーが!あーっははははははははははははっ!」

「くっ……ははははっ!はははははははははっ!」



 3匹と1柱が咆哮して、後に皆で笑った。何だか可笑しくなってついつい笑ってしまったのだ。けど、これはひどく面白い。気分転換にもなるし、何より皆でやっているから楽しいのだ。

 彼等はこのあとも何度も咆哮をしては笑い合った。楽しさを共有するために。腹が痛くなるほど笑って、次の目的地へと向かっていくのだ。大陸を渡る為の港町へ。
















「──────娘が番の申し込みをしに行ったようだな、炎龍王」

「見て聞いていたならば確認する必要も無いだろう。結果は目に見えているものだったがな」

「やはり取り入れるのは厳しいか」

「はぁ……リュウデリア君には嫌われちゃいましたかね?あの不思議な水を大量に出す枝について知りたかったです……」

「仕方ないわ、樹龍王。彼の言い分も間違ってはいないもの」

「龍の癖に人間に近づくならば、龍をやめて人間として生きていろ……か。実に耳が痛い」

「長年人化を使用しているからな。そんな感覚忘れていた」



 龍王の7匹が1箇所に集まり、円を描いたテーブルを囲ってそれぞれの席に座って話し合いをする。彼等はリュウデリア達がスカイディアを出て行ったというのは気配から解っていた。挨拶が無いだろうことも予想がついていた。そして話は、そのリュウデリア達についてだった。

 炎龍王の娘のイルフィが番の件を断られたことは知っている。見えていたし、聞こえていたからだ。故に惜しいと思った。番の件が了承されていれば、炎龍王側によるとはいえリュウデリアを取り入れることができたのだから。そうすれば、自然とバルガスとクレア達も近いところには来てくれる事だっただろう。



「それにしても、まさか精鋭部隊の龍を皆殺しにされるとはな」

「あの武器は何だったんだ?」

「武器すらも純黒だったな。興味深い。言い知れぬ雰囲気も感じたしな」

「純黒のローブを身に纏っていた者も気になるわね。あの女性は一体何者なのかしら?光龍王。あなた少し交流があったのでしょう?何か知らないの?」

「うーん……すまないね──────私はそこまで知らないんだ」

「そう。それは残念ね」



 勝手に喋ったとすれば、後から激怒されかねないし、そもそもオリヴィアについて教えるつもりは無かった。治癒の女神オリヴィア。太古の昔に治癒の技術が無くなってからというもの、傷を癒す力を持つのは彼女ただ1柱だ。それを知られれば、他の龍王達は黙って眺めていないだろう。故に素性を隠した。



「それにしても、闇龍王。全く喋らなかったが良かったのか?」

「…………………………。」

「相変わらず口数が少ない奴だな、お前は。時には通訳頼んだぞ、光龍王」

「ははは……」



 光龍王は闇龍王の方をチラリと見てから苦笑いした。腕と脚を組み、目を閉じて黙している。リュウデリア達が来た時も興味深そうにしながら、終ぞ話すことはなかった龍王。彼は黙りを決めているが、頭の中ではリュウデリア、バルガス、クレア、オリヴィアのことについて考えていた。





 こうして、“御前祭”は終わった。リュウデリア達によって色々な爪跡を残されながらも、再び会うことを楽しみにしている龍王達であった。次はどのような話が待っているのだろうか。






 ──────────────────

 闇龍王

 最初から最後まで黙していた7匹居る龍王の内の1匹。色々と謎の多い存在。




 龍ズ

 バルガスとクレアは精鋭部隊がリュウデリアに殺されていることを知っている。散策の途中で純黒の刀が飛んできて精鋭部隊の龍を斬り殺して行ったのを見たから。

 偶にはこういうのも良いだろうと、オリヴィアと一緒に飛んで行くことをアイコンタクトで決めていた。彼女が楽しそうで大変満足。




 オリヴィア

 リュウデリア達と一緒に飛ぶ感覚を味わい、彼等が良くやるように咆哮をしてみた。とても気持ちが良く、清々しい気分になる。イルフィの件でモヤモヤしたものが少し残っていたが、霧が晴れたようにモヤモヤは消え去った。



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