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第10章
第176話 女の戦い
しおりを挟む「純黒の『殲滅龍』リュウデリア・ルイン・アルマデュラ!オマエの底知れない強さに惚れた!てか一目惚れしてた!──────アタシの番になってくれ!」
近づいてきた炎龍王の娘のイルフィは、堂々と求婚の言葉を言い放った。彼女は本気だった。本気でリュウデリアに番になるよう頼み込んでいる。惚れたという話にも嘘は無い。それはリュウデリアが一番良く解っている。
実はリュウデリア達がスカイディアにやって来て、龍王の居る玉座の元まで来た時にずっと見ていた。他には無い体のフォルムをしていて、良いではないかと思ったのだ。他の龍達は悍ましいやら醜悪やら言っていたが、イルフィは全く気にならなかった。
それどころか、所々で見せる隔絶とした力や戦闘センス。そして莫大な魔力でどんどん惹かれていった。一人娘ということもあってか、炎龍王は娘の心に灯った恋心の炎を察し、話し合いの場を設けるために接触してきた。半分は純粋に話がしたいという意思もあったが、もう半分は娘と会わせるためだ。
人差し指で胸にハートマークを描かれたリュウデリアは、時間差で炎が灯ったのに気がついて、埃を払うような雑さで胸元の炎を叩いて消した。それを見ても、嬉しそうな表情を浮かべたままだった。
「俺がお前の番だと?何を──────」
「──────馬鹿なことを言っている。リュウデリアは誰にも渡さん。断固拒否する」
「ふーん?気配は龍じゃないけど、オマエはリュウデリアの何だ?」
「私はオリヴィア。リュウデリアと愛し合っている番だ。だからお前の告白は受け入れない。残念だったな。他の奴を番にするといい」
「それこそ残念。アタシはもうリュウデリアを番にすると決めたんだ。それに、別に番は何匹居ても良いと思うが?」
「無いな。無い。一切無いありえない。私のリュウデリアに他の女や雌の気配があるだけで反吐が出る。想いを寄せるのも烏滸がましい。何をどうしようと認めないから私の前から消えろ」
「番にするかどうかはオマエじゃなくてリュウデリアが決めることだろう?出しゃばりすぎだ。それではすーぐ雄に愛想尽かされる」
「はッ!私と彼がその程度の安い想いで繋がっているとでも?考えが浅はかだな。その程度の考えしか思い浮かばないならば諦めろ。お前では彼の愛に応えられない」
「必死だな。焦りが気配から伝わってくるけど?まあそうだな。龍でもないオマエはいつ捨てられるか解らないものな。余計他の雌を近づけたくないんだろう?察してやれず悪かった。だけどもう焦る必要は無い。これからリュウデリアは私が愛してやるからな。歴とした龍の番として」
「龍の番という部分でしか優位に立てないと解っていての発言か?私には既に番となっている私に嫉妬の感情を抱いているのが丸分かりだ。それに心配ご無用。リュウデリアのことは私が責任を持って愛するから、龍の新たな番は必要ない。永遠に出番無しだ」
「取り合いをされる気分はどうだ?リュウデリア」
「お前が連れて来た所為だろうが。巫山戯たことを抜かすな。そもそも俺はオリヴィアさえ居れば良い。何故か遮られて断りを入れられなかったが、お前の娘の申し出を受けるつもりは欠片も無い」
「そうイルフィに言ってみるといい。私の娘は余計に燃えるぞ」
「親子揃って面倒な」
番の話を断ろうとしたリュウデリアの前に出てイルフィと対峙するオリヴィア。互いに近づき合って0距離で睨み付けて言葉を交わしていく。正面から触れ合うくらいに近いので、両者の胸が押し潰し合っている。柔らかいもの同士で形を変えている。
少しイルフィの方が背が高いのでオリヴィアが見上げる形になる。上から睨み付けられても一切臆する事が無い。相手が龍となれば普通恐れるのだが、彼女にとってそんなことはどうでもいいし、最高レベルの強い気配の持ち主3匹に囲まれている旅をしているので、今更イルフィの気配に恐れるものなど無い。
そんなことよりも、愛するリュウデリアに番になれと言っていることに憤慨していた。彼は私のもので、私は彼のもの。愛し合う者達だからこそありえない他の女の気配。一緒に彼を愛することも無理なのに、渡すなんて以ての外だ。世界で最も彼を愛しているのは自分だと自負している。それこそ彼の育ての親であるスリーシャにすら負けないとも。
どうも我慢が出来なくてリュウデリアが断りの言葉を言う前に、彼の前へ出て来て反論してしまったが、オリヴィアは後悔などしていなかった。対峙するイルフィがどれだけ龍にとって魅力的な雌だとしても、負けるつもりも渡すつもりも引くつもりも一切無かった。
初めて取り合いをされているリュウデリアは複雑な心情だった。オリヴィアから向けられる愛の深さと大きさに愛おしさを感じているが、さっさとイルフィに断りの言葉を叩き付けてやりたいとも思っている。しかし何故か入りづらいし、オリヴィアの話を途中で遮るのもな……と考えていた。隣に来て笑みを浮かべて茶々を入れてくる炎龍王は、頭を尻尾で叩いておいた。
尻尾で叩かれた頭を擦っている炎龍王を鼻で笑いながら、リュウデリアはどうしたものかと、オリヴィアとイルフィの言い合いを見る。別に無理矢理両者の間に入って番の話に断りを入れて終わりにしても良いのだが、オリヴィアから感じる気配が邪魔はするなというものだったので間に入れない。取り敢えず彼は、眺めていることにした。万が一の場合には間に入れるようにしておきながら。
「私はリュウデリアを満足してやれている。今更他の番なんぞ要らない」
「さてさて、それはどうかな?龍の子作りは1週間掛けて行うことは知っているか?龍ではないオマエでは体力が保たず、堪えきれないだろう。それで満足させてやれているのか?」
「肉欲と愛情を履き違えているならば、そこらに居る龍と交わっていれば良いだろう。炎龍王の娘なのだから喜んで相手を務めてくれるだろうさ」
「その言い方だと1週間も堪えられていないな。そもそも龍ではないオマエと炎龍王の娘であるアタシならどっちが相応しいと思う?生きる年月も違うんだ。より私の方がリュウデリアの番として相応しい」
「寿命の違いなんぞ些事だ。私にそんなことは関係ない」
「まったく……私はリュウデリアの番になりたいのに、何故オマエとつまらない言い争いをしなければならないんだ」
「ならお前が折れろ。私はリュウデリアの鱗1枚だってお前にくれてやるつもりはない」
ギスギスとした生物の雌同士が1匹の雄を取り合う睨み合いは、殺気立った殺伐とした雰囲気に同等なものを感じる。まるでオリヴィアとイルフィの周りだけ空間が歪んでいるようだ。それもかち合う視線が火花を散らしているようだ。
ローブがあるので、生半可な攻撃では攻撃と魔法無効化の壁を越えることは出来ない。しかし万が一の可能性もある。毒などといった呼吸で吸い込んでしまったりする害有るものは弾くことが出来ないので、向けられる魔法によっては注意しなければならない。故にリュウデリアはいつでも動けるようにしていた。
自分のことなのに全く話に入れないリュウデリアを傍目に、イルフィははぁ……と溜め息を吐いた。番になりたいのに、彼ではなくオリヴィアが拒否してくるので面倒になってきたのだ。しかしそれはオリヴィアにも言えることで、互いに数歩後ろに下がっていった。そして片方は拳を、片方は魔力で形成した槍を構えた。
「面倒だな、オマエ。力尽くで黙らせてやろうか?」
「2度とリュウデリアに迫れないようにしてやる」
「大丈夫なのか?イルフィは炎龍王である私の娘だぞ。龍ではないお前の連れでは相手にならんと思うが?」
「オリヴィアには俺の造ったローブがある。例え炎龍王の娘であろうが、俺よりも強くなければ勝つことは無理だろうな。狡猾な戦い方をするならば別だが、そういうタイプではないだろうな」
「やはり、アレはお前が造ったものだったか。どうりで普通のローブとは掛け離れた雰囲気を醸し出している訳だ」
拳と武器を構えて睨み合う彼女達を見て、炎龍王はリュウデリアに忠告をした。龍という種族は肉体的に単純な強さを持っている。正体までは解っていないが、龍ではないオリヴィアでは真っ正面から戦った場合、死ぬことになるぞと。
しかし、オリヴィアが身に纏っているローブは、リュウデリアが自身の鱗や血を使って全力で造った代物である。一般人が身につけても『英雄』にすら届いてしまうというものだ。物理による攻撃と魔法による攻撃の無効化だけでなく、攻撃を反射させる魔法陣が組み込まれ、頭の中で考えるだけで魔法を発動できるという優れ物。
死んでいなければどんな傷も癒せる力しか持たないオリヴィアの力ではないが、それを使い熟しているだけでも十分彼女の強さだろう。空気中に散布されるタイプの毒や麻痺粉などが攻撃手段でなければ余裕を残して勝つことができるのは目に見えている。故の安心だったのだが、純黒の魔力で形成した槍を構えながら振り向いて見てくるオリヴィアに、リュウデリアは嫌な予感がした。
「リュウデリア、私のローブに掛かっている物理及び魔法無効化を解いてくれ。此奴は私が叩き伏せるが、完璧な防御は要らない。ある程度同じ状況でやりたいんだ」
「……正気か?相手は龍だぞ。オリヴィアとは肉体の強度が全く違う。同じ感覚で繰り出される殴打の威力には決定的な差が生まれる」
「なら、此奴と同じくらいの防御力になるように設定してくれ」
「……まったく。仕方のない」
あくまでも同じくらいの力で戦って勝ち、リュウデリアに近づかせるのを阻止したいそうだ。その真剣な目に、彼は溜め息を吐きながら手を向けた。魔法陣が展開され、ローブと連動して設定された内容が変更されていく。しかしオリヴィアの肉体とイルフィの肉体とでは強さが違うので、無効化を8割減へと変えた。これでまあ良い感じになるはずだ。
対するイルフィは、今の会話を聞いて龍の姿に戻ることはやめて、人化した状態で戦うことにした。完全に無効化するらしい力を封じているので、こちらも同じくらいの戦いになるようにするべきだろうという考えだ。なので、オリヴィアと同じ姿である人化のままにした。
魔法が使えないオリヴィアだが、ローブによってその問題は解決し、体の大きさもイルフィが人化にしたままなので解決し、肉体的な防御力もローブの無効化を8割減にしたことで均衡している。つまり大体同じくらいの条件になった。
言い合いからいつの間にか戦いに発展してしまったが、どちらにせよこうなっていたようにも思える。女の戦いというのは万国共通で激しいものなのだ。ましてや好いている者の取り合いをするともなると激しさはより増すのだ。しかもそこへの男の参加は赦されない。入り込める隙がないのだ。勿論、これも万国共通である(偏見)
「一目惚れではあるが、アタシはリュウデリアを番にしたいんだッ!オマエには退いてもらうからなッ!!」
「ほざくなッ!!リュウデリアと私の仲を引き裂こうとする者は誰であろうと赦さんッ!!」
「雌同士の戦いは凄みがあると思わないか?」
「黙れ。何かと話し掛けてくるな」
「良いではないか。私の娘も拘わってくる件だぞ?少しくらい問い掛けに答えてくれても良いだろうに」
「迷惑以外の何ものでもない」
「イルフィは尽くすぞ。料理もできるしマッサージもできる。何と言ってもあの子に見合う者が居なくて番のつの字も無かったんだ。清らかな体をしている」
「興味無い。オリヴィアだけで良いと言っているだろうが。諄いぞ。次に何か言ってきたら殴るからな」
「母親に似て良い肉体美も持ち合わせぐぶッ……!?」
「殴ると言っただろうが」
「ぐふっ……げほっ……ま、まさか本当に殴るとは思わなかった……それに前の時の傷の上を……」
何時ぞやに飛来した槍に腹を貫かれ、魔力爆発をしたことでかなりの傷を負った炎龍王は、まだ少し治っていない傷の上を拳骨で殴られた事で痛そうに腹を押さえ、嫌な脂汗を掻いた。龍王である自身を本当に殴ってくるとは……と言いながら、殴ってくるだろうなとは予想していた。なのに態と言うのだから救いようが無い。
周りには炎龍王に対する不敬な行いを責めるものは居ない。何せ先程リュウデリアが、一番うるさい精鋭部隊を皆殺しにしてしまったからだ。まあ、それのお陰で耳障りな声を聞かなくて済むのだが。やはり皆殺しにしておいて正解だったなと、リュウデリアは1匹満足そうに頷いた。
そうして、嘔吐いている炎龍王を放って置いてリュウデリアはオリヴィアとイルフィの戦いを眺める。炎龍王という、龍の中でも頂点に君臨する存在の娘との戦いだ。それに加えて、物理と魔法無効化を8割減にしている。つまりダメージを負ってしまうということだ。
日々戦い方を教えているリュウデリアからしてみれば、オリヴィアには戦いに関するセンスがある。それも磨けば磨くだけ光る原石のような才能だ。とても治癒の女神とは思えないスペックである。しかしまだ発展途上である。そんな状態でイルフィとどれ程戦えるか気になって仕方なかった。
緊張しているのか、リュウデリアの尻尾がゆらりと揺れて止まることは無い。そんな彼の視線の先では、魔力の武器と炎を纏う拳がぶつかり合っているのだった。
──────────────────
イルフィ
話していても埒が開かないからということで、オリヴィアと戦うことになった。相手ができるだけ対等な戦いをできるようにとローブの性能を落としたので、自分は龍の姿ではなく、人化した姿で戦うことにした。
リュウデリア
何でもないように戦いを眺めているが、尻尾の動きから心配していることは丸分かり。オリヴィアに戦いの才能があることを一番よく知っているが、それでも龍という種族は元々が強いので大丈夫だろうかと内心で思っている。
本当はローブの性能を落としたくなかった。彼女の身を護るために造ったローブなのに、弱くすると本末転倒だから。けど女同士の戦いには入り込めないので渋々行った。
オリヴィア
普通にリュウデリアへの想いが赦せない。ましてや一目惚れとかで会って僅かしか時を過ごしていない、彼の内面等も知らない奴が惚れたと言って近づくのが嫌だ。それなるば自分の手で排除する。
リュウデリアに近づいても良いのは、スリーシャと小さな精霊くらい。小さな精霊は純粋な子供みたいなものだから何とも思っていない。スリーシャはリュウデリアを育てた親だから全く気にしない。むしろ、彼女達の関係は眺めていて癒される。
イルフィが強いのは解っているが、それでも無効化能力を持ったまま戦うのは嫌だった。なので性能を落とした状態で勝ってみせる。
炎龍王
実は槍が貫通した傷が完全には癒えていない。割と重傷だったのであと少しで治るところだったが、リュウデリアの拳を受けたので少しだが悪化した。でも、こんなに遠慮のない行動に面白味を感じている。
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