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第10章
第173話 褒美の願い
しおりを挟む「──────優勝者ムシャラ。ここまでよくぞ戦い抜き、1度の敗北も無く辿り着いた。お前の戦歴を讃え、龍王である私達が願いを叶えよう。是非、お前の願いを聞かせてくれ」
「はッ!身に余る光栄であります、龍王様方」
玉座に座る龍王達を前に跪いて頭を下げるムシャラは、“御前祭”で見事優勝してみせた。優勝候補の龍も居たが、持ち前の体力と根性で戦いを勝ち抜いたのだ。運も味方にした戦い方もあったが、優勝した今となっては良い思い出になるだろう。
そうして、知らないところでリュウデリアが掲げる教えを乞う為の最低条件である“御前祭”優勝は叶った。あとはもう少し力を示す必要がある。それをムシャラは必死に考えた。必死に考えた結果、これしかないと結論を出した。
「願いにつきましては、私に龍王様との手合わせをする権利をいただきたく」
「ほう……?それは龍王の座を賭けたものか?それとも単なる手合わせか?」
「私の力がどれ程のものかを実感したいのです。龍王様を使うような行為、誠に申し訳ありません。しかし、私にはどうしても必要な事なのです」
「……リュウデリアに教えを願う為……か。ふむ、良かろう。そのくらいの願い、叶えねば龍王の名が廃るというもの。ではムシャラ。龍王との手合わせとのことだが、どの龍王を指名する?お前が決めるが良い」
優れた聴力で、優勝を狙いながら龍王に手合わせを願い出た理由が、リュウデリアに力の強化をしてもらうためだと解っている炎竜王は、本当に小さな声で呟いてから、願いを叶えると言った。そして、7匹居る龍王の内、誰に相手をしてもらいたいのか決めろと言う。
龍王との手合わせを願ったムシャラは、相手を大体決めていた。炎竜王でもなく樹龍王でもない。雷龍王という訳でもない。では誰なのか。彼は跪いた状態から立ち上がり、端の玉座に座る龍王に体の向きを変え、深く頭を下げた。
「──────光龍王様。どうか、お願いいたします」
「おや、私なんだね。もちろん構わないとも」
手合わせの相手は光龍王だった。リュウデリア曰く、龍王の中で強さのランキングをつけるならば1位であるだろうという、名実共に最強の龍……光龍王。優しい柔らかな笑みを浮かべる彼に手合わせを願うムシャラに、観戦者達のところに居るリュウデリアはほう……?と感心する声を出した。
龍王内序列1位、光龍王。その力は未知数であり、どんな魔法を使うのか全く知らない。光の龍王と言うくらいなのだから光に関する魔法を得意としているだろうことは解るのだが、それ以外のことは一切知らない。というより、優男にしか見えない光龍王が龍王の中でも最も強いとは、初見では誰も思わないことだろう。
指名された光龍王が玉座から腰を上げる。その動作1つ1つが様になっていて、1歩歩く度に覇気が滲み出てくるように感じる。知らず知らず、ムシャラはこちらに向かってやって来る光龍王を見て、ごくりと生唾を飲み込んだ。緊張して手足が震える。龍王の座を賭けた戦いではなく、単なる手合わせなのだが、まるで命の奪い合いをしようとしていると錯覚するプレッシャー。
あくまでも光龍王は自然体なのに、戦うと理解してから対峙すると、ここまで押し潰されそうになるものなのかと驚嘆する。恐ろしいほど濃密な魔力と気配に、今更になって怖じ気づく。始まってもいないのに既に怖い。穏やかな笑みを絶えず浮かべているので、心の内が読めなくて不安を煽る。
大丈夫。これは命の奪い合いではない。龍王の座を賭けた戦いではない。相手は別格の強さを持っているが、本気ではやってこない。そうやって内心で暗示が如く言葉を繰り返し続けて漸く、円の中央で光龍王と対峙することができた。
審判の掛け声で、人化から龍の姿へと戻るムシャラ。しかし光龍王は依然として人化したままだ。どうしたのかと思い、龍の姿に戻らないのかと問い掛けると、穏やかな笑みを困ったような笑みに変えた。
「龍の姿に戻ると、少し加減が難しくなってしまうんだ。申し訳ないけど、このままでも良いかな?ダメならば戻るけど、命の保証はできないよ」
「……ッ!!い、いえ。光龍王様が人化のままが良いというのならば、私に否はありません」
「そうかい?それだと助かるよ。手合わせなのに君を殺してしまったら、願いを叶える以前の問題になってしまうからね」
「ははは……」
体格差もあり、本来の体ではないので動きやすさ等も違うだろう。故に純粋な戦闘力は人化をすることで落ちると言っても良い。元から人型で体の大きさを小さくしているだけのリュウデリア達ならば少し話が変わってくるが、従来の龍の姿をしている光龍王に至っては違うだろう。
手合わせを人化のまま行う。舐めて掛かっているようにも思えるそれは、ムシャラを思っての事だった。本来の姿だと確実にやり過ぎて、勢い余って殺してしまうと解っているから、手加減をするために人化のままでやりたい。それが光龍王の考えだった。
面と向かって殺すのは容易いと言われれば頭にくるだろうが、こと相手が龍王だと納得しかできない。本気で殺し合えば、瞬く間に殺されるのは自分だ。そんなこと、正面から対峙していれば悟る。龍の姿と人化の体格差なんぞ関係無い。ムシャラには、人化している光龍王背後に、本来の光龍王の姿が透けて見えるのだ。
本当に滅多に見られない龍王の力。その一端でも見ることが出来るとなれば、辺りは誰も居なくなったかに思えるくらい静かになり、開始の合図をする審判役の龍も、緊張で強張った表情をしながら立っている。審判役の雄が地面と平行になるよう腕を構え、開始の合図と共に上に振り上げた。
「……すぅ……──────開始ッ!!」
「…っ……うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
先手必勝だった。相手は龍王なのだから遠慮はいらない。手合わせと言うが、実際こちらが本気で殺す気で行っても歯牙にも掛けないだろう。故に、開始の合図がされた瞬間、ムシャラは魔力で肉体を限界まで強化し、体に感じる疲労を吹き飛ばず勢いで突進した。
人化している光龍王に龍の姿のムシャラが向かうという構図は、どこか目を背けたくなるような圧倒的有利と不利に見えるだろう。巨人と小人のように、あまりに大きすぎる差。しかしそんなことを感じさせないのが龍王だ。気配だけでムシャラの体の何倍も大きく見える。
距離をあっという間に詰めて、右前脚を振り下ろす。こちらは全力でやると決めていた。だから振り下ろす脚は勿論全力によるものだ。加減なんて龍王に対して畏れ多すぎて出来ようはずも無い。
叩き付けられた脚が足元を揺らした。強烈な一撃だった。速さも乗っていて良いものだったと言えるだろう。それはムシャラにも自覚できた。普通ならば入ったと確信できる場面なのだが、相手が龍王という補足を入れると途端に不安を感じるのは何故だろうか。
感じた不安を表すように、打ち付けた脚を上に持ち上げて下を確認すると、罅割れた地面以外何も無かった。光龍王の姿は何処にも無い。何処に行った?と、気配で探りながら辺りを見回す。そんな彼に、コホンと小さな咳払いが聞こえて長い首を真後ろに向けた。すると、光龍王が背後で試合の開始前と全く変わらない立ち姿で佇んでいた。
「……ッ!?いつの間に……ッ!?」
「見えなかったかい?」
「……お恥ずかしながら、私には全く見えませんでした」
「悲観することは無いよ。私はそれなりに速いんだ」
「えぇ、確かにそのようです。しかし、まだこれからですッ!!」
「いいよ。付き合おう」
魔力で肉体を強化し、魔法でも肉体を強化して、更には魔力を推進力として使用して光龍王の元まで突き進んで脚を叩き付け、爪で切り裂こうとするが、悉く躱されて当たらない。しかも、その躱される際の動きが全く目で捉えられないのだ。目を凝るそうと、残像すら掴めない。瞬間移動の魔法だと言われた方が納得するように姿を消し、違う場所に現れる。
立て続けに繰り出す攻撃と、その全てを避ける光龍王。回避しているだけで力量差を見せ付ける場面を観戦しながら、リュウデリアは目を細める。顎下を指で擦って、頭の中であらゆる分析を行う。姿を消して、現れるという2つの工程しか見せない、光龍王のことを。
──────見えん。光龍王の動きが全く捉えられん。俺の動体視力でも難しいか。魔法ではあるだろうが、点での移動ではない。つまり次に姿を現すまでに過程を踏んでいる、歴とした移動だ。しかしその移動の動きが見えん。見えなくさせているという線は無いな。姿を現すまで速過ぎる。となれば……単純に速いということか。まあ速度に自信があるのは頷ける。何せ光龍王だからな。
姿を消しては現しを繰り返し、反撃の一切をしない光龍王を眺めている。尋常ではない速度だ。普通に目で追うことができない。残像すら残さずに移動するのだから相当な速度だろう。しかし原理は大凡理解出来ている。やろうと思えば目視することもできるのだが、普通の状態で見切れないのが問題だ。
攻撃が一切当たらず、掠りもしないことに焦燥の念に駆られるムシャラは、攻撃が少しずつ単調になっていく。フェイントは掛けることを忘れ、当てることに集中し過ぎている。ただでさえ避けられているというのに、動きまで単調になれば尚のこと回避は容易い。
眺めているリュウデリアも、これには溜め息だ。はぁ……と息を吐いて呆れつつ、引き続き戦いを見る。舐めて掛かっているのか、どの程度の実力か直接計っているのか、一切攻撃に転じない光龍王に急かしの感情が沸々と湧き上がる。龍王の実力を見てみたいという気持ち故だ。
「さて──────そろそろ良いかな?」
「─────────ッ!!!!」
珍しく戦況の変わり目を内心で急かすリュウデリアが、組んでいる腕を人差し指で叩いていると、ムシャラが見上げる位置まで移動した光龍王が静かに囁いた。もう良い。つまり回避だけをしていた状態をやめて、攻撃に移るということだろう。
まるで攻撃はしないと示すように、後ろで組んでいた手を離してゆっくりと腕を広げていく。光の龍王の背後から、金色と白金色が混ぜ合わさったような神々しい光を発して後光が差した。神秘というか幻想的というか、あたかも『光』を体現したか如く煌めく光龍王に、リュウデリア達を除いた観戦者達は一様にその場で跪いて頭を垂れていた。
しかし、しかしだ。そんな煌びやかで神秘的な光景の裏には、莫大な魔力が存在している。どうなればこれ程の魔力を内包できるのかと……他種族に比べて豊富な魔力に恵まれた龍でも心底思ってしまうような、計り知れない魔力に、通用しなくても戦いらしい戦いをしようと決めていたムシャラの動きの一切を封じ、恐怖の底に沈めた。
光で光の届かない絶望の奥底へ叩き落とす。温和な表情とはかけ離れた超常的な大魔力に、ムシャラは意志とは関係なく後退る。死にたくないという気持ちが先行してしまう。相手は殺す気がないというのに、本当にそうか?と疑いに掛かってしまう。
大陸そのものが浮いていると言っても過言ではないスカイディアが揺れて絶叫を上げているようだ。恐ろしい。恐ろしい程彼は龍王だ。今までの、そしてこれからの自分の行いが全て間違っていたと、何を根拠としたのか解らない懺悔と後悔を胸に抱き、体中を震わせているムシャラは、大きな体をできるだけ小さくして跪き、頭を地に付ける程下げた。
「──────参り……ました……っ」
「大人気なく魔力を解放してすまないね。少しのつもりだったんだけど、無駄に怖がらせてしまったみたいだね。でも、これで多少なりとも龍王の力を知ってもらえると嬉しいかな」
「は……ッ!存分に……理解させていただきました……っ」
「チッ……降参しおって」
「まあまあ。スカイディアが揺れるほどだったんだ。流石に怖かったのだろう。リュウデリア達ならば気にも留めないだろうが、彼は違うんだ」
「ふん。これでは光龍王が速いという事しか解らんではないか」
「確かに、あれは速かったな。全く見えなかった」
頭を垂れて負けを認めたムシャラに、解放していた魔力を解いて申し訳なさそうに困ったような笑みを浮かべる光龍王が謝罪している。人化したムシャラに近づき、自分が相手だからこんな一方的なものになってしまったが、これから強くなろうと努力すればもっと強さを得ることができる。だからこれからも期待していると、労いの言葉を贈った光龍王に、深く頭を下げた。
そして、そんなやりとりをしている彼等を苛立たしげに見ているのがリュウデリアだった。光龍王の力を見てみたかった彼からしてみれば、死んでも良いからあの後に展開されただろう魔法をその身で食らえという気持ちだった。なのに肝心なところで降参してしまった。実にガッカリしている。
苛立たしげに尻尾を地面に打ち付けて罅を入れている彼の隣に居るオリヴィアが、純黒の鱗にそっと触れて宥める。アレは仕方ないだろうと。龍王にも勝つと自信を持って言えるリュウデリア達ならば、大陸1つが揺れるくらいどうということはないし、揺らす程の莫大な魔力が目の前にあっても臆さないだろうことは解っているから、その他はそうはいかないんだと言ってみる。
その内苛立ちを隠せない尻尾の打ち付けでスカイディアの一部を砕くんじゃないかと思ったオリヴィアは、それとなく話題を変える。光龍王の動きがまるで見えなかったことへと。まあ確かに……と乗ってきたリュウデリアに、彼女は逞しい腕に自身の腕を巻き付け、頭を預けながら微笑み、彼の解説を静かに聞いた。
ムシャラは褒美として龍王……光龍王へと挑み、殆ど何も出来ず敗北した。本当に力の一端の一端しか見れなかったリュウデリアは不満そうにしていたが、こうして“御前祭”は終わりを迎えたのだった。
──────────────────
ムシャラ
ちょっとだけ魔力を解放した光龍王が怖すぎて降参してしまった。力をリュウデリアに示さなければならないのは承知しているが、その事が頭から吹っ飛ぶくらいの恐怖に震えた。後に、あっ……と気がつく。
光龍王
ちょっとの魔力解放で浮かぶ大陸であるスカイディアを揺らし、龍王達やリュウデリア達を除く全ての龍をその場に跪かせた。金色と白金を混ぜたような、煌びやかな魔力の色をしている。解放して魔法を撃ち込めば、どうなっていたか考えたくもない。
実は、魔力を解放して跪かれているとき、リュウデリアが全く怯まず、その程度の魔力はあって当然という姿勢を見せているのに気がついて、嬉しくなっていた。
リュウデリア
まさかまさかの、ムシャラが光龍王を指名したので、おっ?と思い少し期待していたのだが、動きが速いことしか解らない試合内容にガッカリしている。
他は莫大な魔力の前に跪いていたが、堂々たる仁王立ちを見せた。このくらいはまあ当然だろうという考えしか抱いていない。恐怖なんて以ての外。何にしろと?
オリヴィア
リュウデリア、創った純黒のローブの性能が良すぎて、光龍王の魔力を感じても恐怖は感じなかった。影響を及ぼしそうになっても、ローブが自動的に彼女を護るので心配ない。
これは余談だが、途中でムシャラと光龍王の戦いが同じ事の繰り返しで見飽きたとき、こっそりとリュウデリアの横顔を眺めてうっとりとしていた。
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