172 / 211
第10章
第172話 教えの最低条件
しおりを挟む 想像していたより、事は簡単に運んだ。懸念していた人目につかぬ侵入も、悲鳴を上げさせずに終わらせる殺しも、問題なく行うことができた。少し離れた位置に車を停めて友弥と共に来たヨウは、自分の仕事はなかったなと転がる死体を見て思う。
今回の事件は泥棒目的で入って来た犯人が家主に見つかって咄嗟に殺してしまったという筋書きになっている。友弥は家にある包丁を使って素人のように妻の腹を貫き、夫は背中から何箇所か突き刺した。効率的な殺しが体に馴染んでいると急所を外してわざと下手くそに刃を入れる方が難しい。そう言いながらも友弥は返り血を一滴も浴びず、背に突き刺したままの包丁にも当然指紋など残していなかった。
ヨウは適当に物色したように見せかけるために部屋を荒らし、金になりそうなものは回収して工作を施した。友弥もヨウと一緒に部屋を回りながら漂う違和感に眉を顰めた。
「なんか、この家……」
友弥が低めた声でぼそりと呟く。上手く聞き取れず聞き返そうとしたヨウだったが、キシッと床が軋んだ音に息を殺した。友弥もすぐに気づいたようで、部屋の暗がりに身をひそめる。互いに目を合わせれば考えていた事は同じようだった。
はたして予想通りに小さな足が床を踏んでいるのが見えた。唯一明るいキッチンの床で、母親が変わり果てた姿で倒れているのを見つけたようだった。
子供の姿を捉えた瞬間、ヨウはこの家庭の内情をなんとなく掴むことができた。子供は随分と薄汚れた、体つきにしては窮屈な寝間着を纏っていた。剥き出しになった手や足には打撲痕が残っている。顔にも大きな痣があり、目の上が腫れて右目がほとんど開いていなかった。顔に残っているのは殴られた痕だ。あの腫れならば成人男性の力か。腕に残っている火傷は煙草を押し当てられたもの。歩き方からして腹にも怪我を負っている。ヨウの目は一瞬にしてそれだけのことを読み取った。
「おかあ、さん……?」
掠れきって潰れたような声が小さく聞こえた。ヨウも友弥も、気配を消し続けている。幸介に言われていた通り、どうするかとヨウは少年の様子を伺いながら思考を回す。このまま叫ばれたら面倒だと友弥へと目をやった。
ヨウは目を眇める。友弥は見慣れない顔つきをしていて、長年の仲間にしては珍しく感情が読み取れなかった。殺し屋としては騒がれる前に全ての物事を片付けてしまいたいのだが。
次の友弥の行動に今度こそヨウは絶句して目を見開いた。友弥は物陰に隠れるのをやめ、その場で静かに立ち上がったのだ。ゆらりと影が揺れ、少年がハッとこちらを見やる。なに考えてんだ、とヨウは非難の目を送るが友弥は真っ直ぐに少年を見据えるばかりでヨウには一瞥もくれなかった。
「誰か、いるの……?」
少年は小さな声でそっと呼びかけてきた。友弥は答えず、ただ少年を見つめ返す。こちらは完全な暗闇のため、見えたとしてもせいぜい輪郭程度だろう。顔を認識するには明度が足りないはずだ。
「お父さんとお母さんを……殺した人?」
そう囁くように聞いてくる少年の唇はよく見れば切れてまだ塞がらない傷があった。
「そうだよ」
友弥はいつもの彼の声で穏やかに肯定した。ヨウは怪訝な顔でそれを見守るばかりだ。念のためにヨウの手は懐のナイフへと伸び、いつでも飛び出せるように膝に力を溜めている。常は冷静かつ正確に仕事をこなしている友弥のらしくない行動に少なからず動揺していた。
今回の事件は泥棒目的で入って来た犯人が家主に見つかって咄嗟に殺してしまったという筋書きになっている。友弥は家にある包丁を使って素人のように妻の腹を貫き、夫は背中から何箇所か突き刺した。効率的な殺しが体に馴染んでいると急所を外してわざと下手くそに刃を入れる方が難しい。そう言いながらも友弥は返り血を一滴も浴びず、背に突き刺したままの包丁にも当然指紋など残していなかった。
ヨウは適当に物色したように見せかけるために部屋を荒らし、金になりそうなものは回収して工作を施した。友弥もヨウと一緒に部屋を回りながら漂う違和感に眉を顰めた。
「なんか、この家……」
友弥が低めた声でぼそりと呟く。上手く聞き取れず聞き返そうとしたヨウだったが、キシッと床が軋んだ音に息を殺した。友弥もすぐに気づいたようで、部屋の暗がりに身をひそめる。互いに目を合わせれば考えていた事は同じようだった。
はたして予想通りに小さな足が床を踏んでいるのが見えた。唯一明るいキッチンの床で、母親が変わり果てた姿で倒れているのを見つけたようだった。
子供の姿を捉えた瞬間、ヨウはこの家庭の内情をなんとなく掴むことができた。子供は随分と薄汚れた、体つきにしては窮屈な寝間着を纏っていた。剥き出しになった手や足には打撲痕が残っている。顔にも大きな痣があり、目の上が腫れて右目がほとんど開いていなかった。顔に残っているのは殴られた痕だ。あの腫れならば成人男性の力か。腕に残っている火傷は煙草を押し当てられたもの。歩き方からして腹にも怪我を負っている。ヨウの目は一瞬にしてそれだけのことを読み取った。
「おかあ、さん……?」
掠れきって潰れたような声が小さく聞こえた。ヨウも友弥も、気配を消し続けている。幸介に言われていた通り、どうするかとヨウは少年の様子を伺いながら思考を回す。このまま叫ばれたら面倒だと友弥へと目をやった。
ヨウは目を眇める。友弥は見慣れない顔つきをしていて、長年の仲間にしては珍しく感情が読み取れなかった。殺し屋としては騒がれる前に全ての物事を片付けてしまいたいのだが。
次の友弥の行動に今度こそヨウは絶句して目を見開いた。友弥は物陰に隠れるのをやめ、その場で静かに立ち上がったのだ。ゆらりと影が揺れ、少年がハッとこちらを見やる。なに考えてんだ、とヨウは非難の目を送るが友弥は真っ直ぐに少年を見据えるばかりでヨウには一瞥もくれなかった。
「誰か、いるの……?」
少年は小さな声でそっと呼びかけてきた。友弥は答えず、ただ少年を見つめ返す。こちらは完全な暗闇のため、見えたとしてもせいぜい輪郭程度だろう。顔を認識するには明度が足りないはずだ。
「お父さんとお母さんを……殺した人?」
そう囁くように聞いてくる少年の唇はよく見れば切れてまだ塞がらない傷があった。
「そうだよ」
友弥はいつもの彼の声で穏やかに肯定した。ヨウは怪訝な顔でそれを見守るばかりだ。念のためにヨウの手は懐のナイフへと伸び、いつでも飛び出せるように膝に力を溜めている。常は冷静かつ正確に仕事をこなしている友弥のらしくない行動に少なからず動揺していた。
0
お気に入りに追加
338
あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

醜さを理由に毒を盛られたけど、何だか綺麗になってない?
京月
恋愛
エリーナは生まれつき体に無数の痣があった。
顔にまで広がった痣のせいで周囲から醜いと蔑まれる日々。
貴族令嬢のため婚約をしたが、婚約者から笑顔を向けられたことなど一度もなかった。
「君はあまりにも醜い。僕の幸せのために死んでくれ」
毒を盛られ、体中に走る激痛。
痛みが引いた後起きてみると…。
「あれ?私綺麗になってない?」
※前編、中編、後編の3話完結
作成済み。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】平民聖女の愛と夢
ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。

聖女のはじめてのおつかい~ちょっとくらいなら国が滅んだりしないよね?~
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女メリルは7つ。加護の権化である聖女は、ほんとうは国を離れてはいけない。
「メリル、あんたももう7つなんだから、お使いのひとつやふたつ、できるようにならなきゃね」
と、聖女の力をあまり信じていない母親により、ひとりでお使いに出されることになってしまった。
女神様の使い、5歳からやってます
めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。
「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」
女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに?
優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕!
基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。
戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる