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第10章
第167話 再びスカイディアへ
しおりを挟む起きた時には己の身は清められていた。湖の水で洗ったのか、それとも魔法で創ったお湯を使ったのかは知らぬところであるが、何となく、薄らぼんやりと色々な体液で汚れていたことは覚えている。ならば、答えは1つだろう。
確実だと言ってのけられる、体を洗ってくれた存在リュウデリアが、横向きに寝転んで眠っている自身を前から抱き締めている。背中に回された右腕。頭の下に敷いてくれている左腕。自身のそれと軽く絡み合った脚に、その上からのっそりと置かれた長い尻尾。
静かな寝息を立てる度に動く胸板に人差し指で触れて上から下に滑らせる。純黒の硬い鱗を撫でて、この3日間で行われた激しく、熱く、好く、濃密な行為を思い出してほんのりと赤くなる。思い出してしまうと、下腹部に未だ何かが入っているような感覚を持ってしまう。それだけ長時間事に及んでいた。初めての3日間連続は、最後までどうにか気を持っていた。
途中からは、抱かれているのか抱いているのか、犯されているのかもう訳が分からないくらいになっていた。でも胸に抱いたのは、底無しの愛おしさと嬉しさ、歓喜だった。善がり狂いそうになりながら、自分から腰を振っていたのは恥ずかしさの極みだが、喜んでもらえたようなので無駄ではないと思う。その分激しくされたが。
「本当に、離れられないな。私は」
「元より離してやるつもりはないがな」
「……おはよう、リュウデリア。……ちゅ」
「うむ、おはよう」
目覚めのキスを贈ると、甘い感情を宿した黄金の瞳に見つめられる。背中に回っていた右腕が動き、掌が頬に持ってこられた。優しい手つきで撫でられて、うっとりと目を細めながら甘受する。耳を親指で擦られ、長い髪を少し束ねて片手で器用に編み込んで遊んでいる。
くすぐったいと笑えば、完成したと言われた。横目で確認すると、どうやら三つ編みをしていたようだ。綺麗にできているのですごいなと言ってあげると、本に載っていたものを思い出したから少しやってみようと思っただけだと言う。
何でもないように言っているが、自分達の絡まった脚の上に置かれた尻尾の先が動き、布団をパタパタと叩いているのが振動で伝わってくるので、褒められて嬉しそうにしているのは知っている。なのでクスリと笑いながら、ありがとうとお礼を言うのだ。
「眠ってしまっていたが、“御前祭”は大丈夫なのか?」
「予想でしかないが、ある程度の時間を絞り込んで計算して眠ったから大丈夫だろう」
「そうなのか。あ、言い忘れたが私の体を洗ってくれたんだろう?このマットレスやシーツも。毎度やらせてすまない」
「あぁ、気にする必要は無いぞ。やり過ぎてしまっている自覚はあるからな。それくらいはさせてくれ。それに苦ではない。オリヴィアの眠っている顔を眺めていられるというのもあるしな」
「……恥ずかしいだろう…………ばか」
「くくッ。さて、そろそろバルガスとクレアが到着するぞ。準備するとしよう」
「と言っても、私の身仕度は魔法でしてしまうだろう?」
「まあな」
生まれたままの姿で寝転ぶオリヴィアが起き上がり、マットレスの縁に腰を掛けると、リュウデリアがぱちりと指を鳴らした。その瞬間に彼女の格好は何時もの服の上に純黒のローブを着たものとなる。3日行為に耽っていたことから立ち上がるときにゆっくりとした動作になったが、自分で立てた。
大丈夫そうだなと、倒れるならば手を貸そうとしていたリュウデリアが判断すると、マットレスとシーツへ清潔にするための魔法を掛けて異空間に戻した。そして周囲から隔絶していた純黒なる魔力の障壁を解除して陽の光を浴びた。飲まず食わずだったので、腹を少し満たすために、異空間から果物等を取り出して一緒に食べる。
合流する約束をしているのでオリヴィアの事を抱き上げ、翼を使って飛ぶ。道中はオリヴィアがリュウデリアに果物を食べさせてあげていた。そうして元の場所に戻って待機していると、バルガスとクレアがやって来た。
翼を羽ばたかせながら降下して地面に降り立ち、片手を上げて挨拶をしてくるので、同じく手を上げて気を遣ってありがとうと言っておいた。気にするなと返答されたが、その後バルガスとクレアは何とも言えない声を出した。どうしたのかと首を傾げるオリヴィアに、呆れるような視線を向けながら答えた。
「オリヴィア。自分じゃ分かんねーと思うがな、お前からリュウデリアの濃いィ匂いすンぜ」
「……え?」
「濃密な……これだけ……離れて……いても……一嗅ぎで……分かる……匂いだ」
「なん……だと……?」
「……あっ!ん゙ん゙ッ──────昨晩はお楽しみでしたネ」
「3日間実に堪能させてもらった」
「────────────ッ!!!!!」
なるほど。匂いか。確かに3日間情事に耽っていたのだから、体中からリュウデリアの匂いがしてもおかしくはない。それだけ体液に塗れていたのだから。しかし何故だろうか。体は彼が綺麗に洗ってくれていたはず。なら少しは匂いが薄くなっていても……と思ったところで、思い返す。誰も水やお湯で洗ったとは言われていないことを。
バッとリュウデリアの方へ振り返ると、何かあったのか?と言わんばかりに首を傾げていた。しかし彼女は解っている。彼の目は面白そうに笑っていることを。それと同時に、瞳の奥に悍ましいくらいに黒い独占欲の炎が燃え上がっていることを。
これから行くのは龍が数多く居て、更にかなりの数が集まっている龍の為の浮かぶ大陸スカイディア。つまり、この雌は俺のものだと示すために態と匂いだけは取れないように魔法で体を綺麗にしたのだ。つまるところ、オリヴィアは3日間ずっと同じ匂いを嗅いでいたので鼻が麻痺しているが、全身からリュウデリアの濃い匂いがしているのだ。疑う余地が無いくらいに。
匂いを意図的に取らなかった理由を察してしまい、ボッと顔どころか全身が真っ赤になった。火の中に居るような熱い体温に、というより火を噴きそうな顔を隠すためにフードを被って前側を掴んで下に下げる。顔を隠し終えると背中を丸めて小さくなってしまった。その様子をリュウデリアは眺め、丸まって低くなった頭頂部に鼻先を押し付けながら抱き締めた。
牽制もここまでやればやり過ぎの域だな。と、バルガスとクレアは意見を一致させたが、愛して愛されて、その想いが思っているよりも大きいことに気がついていないオリヴィアが居たとしても、まあ良かったじゃんかと、投げやりな言葉を心の中で贈った。大事にされてるな。マジでと。
「そら、イチャつくのもいい加減にしとけよ。スカイディア行くンだろ。オリヴィアもいつまで照れてンだ。今に始まったことじゃねーンだから気にすンな」
「スカイディアに……かなりの……数の……龍が……集まって……いる。もしかしたら……“御前祭”が……始まって……いるかも……知れない」
「そ、そうだな。待たせてすまなかった……っ!んんっ、それじゃあ行こう」
「スカイディアは1度見ているから転移できる。俺に掴まっていろ」
「頼むわー」
「よろしく……頼んだ」
「任せておけ。……──────『瞬間転移』」
バルガスとクレアがリュウデリアの肩に手を置き、オリヴィアは抱き寄せられて腕の中に居る状態で瞬間移動の魔法が使用された。1度見たところになら何処へでも行ける魔法は、遙か上空に浮かぶ天空の大陸、スカイディアへと到着させた。
「──────良し、到着だ」
「便利だねェ」
「だが……次は……飛んで……行こう。道中の……飛行も……楽しい」
「確かにな」
「ふむ、本当に龍が多く居るな。と言っても、ほぼ全員人化してしまっているが」
龍の姿でスカイディアに降り立つ為に降りる石作の降下場に、リュウデリア達は転移して現れた。やって来たばかりでちょうど降り立った龍や、人化したところの龍などが突如現れた彼等を見て驚いている。そして、突然変異の姿である彼等に顔を顰めるのだ。何なのだアレはと。
不躾な視線を受けているにも拘わらず、一切反応せずに話しているリュウデリア達。オリヴィアは周りの視線が彼等を見て差別的な色を含んでいることを察していた。前に来た時もそうだった。龍なのに人型なリュウデリアのことを見ては悍ましいものを見たと言わんばかりの目をしていたのだ。
フードの中で目が鋭くなっていくのを自覚する。彼等を見る目が腹立たしい。愛しい者を蔑ろにされて平然としている程、自分の心は大きくもなく広くもない事を知っている。だが、そんな彼女のことを気配で察したのか、バルガスとクレアと話しながら、フードの上から大きな手で撫でてくるリュウデリア。チラリと顔を見上げると、気にするなと伝わってくる瞳がこちらを見ていた。
流石に不躾な視線を受けている本人から制されてしまえば、オリヴィアは出ることが出来ない。その代わりに、彼の手を取って恋人繋ぎをすることにした。しっかりと繋いだ手に首を傾げていたが、クツクツと笑ってお返しとばかりにぎゅっと握ってくれた。
フードの中で嬉しそうに微笑んでいるオリヴィア。荒みそうになった心が凪いでいくのが解る。しかし、そんな彼女……彼等の元へ軽度の甲冑を身につけた人化した龍が2匹駆け寄ってくるのが見えた。顔を見れば解る。歓迎していない険しいものだった。
「貴様等……ッ!!何故スカイディアに来たッ!!」
「誰も貴様等のような者達を呼んでいないッ!!」
「こっちも呼ばれた覚えはねェっつーの。つか、邪魔。ザコがしゃしゃり出てくンじゃねーよ、失せろ。目障りなンだよ」
「私達は……“御前祭”を……見学しに……来ただけだ。私達の……前に出て……道を……塞ぐな。邪魔だ……弱者共」
「招待されてなければ来てはならない……とは雷龍王の息子のウィリスから言われていないのだがなァ?それともお前達下っ端の塵芥風情は違うとでも?ならばウィリスが虚言を吐き、つまらん嘘をつかせるような育て方を雷龍王がしたことになる。はッ!龍の長である龍王も、そんなつまらん存在だったのかァ?これは良いことを聞いたやも知れんな」
「龍王様を愚弄するか……ッ!!貴様等のような不敬者はこの場で殺──────」
「──────だから邪魔だっつってンだろ」
行く先を阻むようにしてきた2匹の人化した龍の内、リュウデリアのもの言いに激昂して龍の姿へ戻り、捻り潰そうとした兵士の龍の後頭部をクレアの手が鷲掴み、龍の姿へ戻る前に石造りの降下場の地面に叩き付けた。魔力で地面をより強固に強化しておき、そこへ向けて思い切り叩き付けた頭。
ぐちゃり……と、嫌な音を立てる。鼻が折れたとか、顔面の骨が砕けたとか、そんな優しいものではなく、叩き付けられた頭は弾け飛んだ。つまり死んだ。先に進もうとした彼等を阻んだ兵士の龍は、殺そうとしたとはいえ、それだけでその場で殺されてしまった。
隣に居た兵士の龍は呆然として兵士仲間の、頭が弾けてしまっている死体を見下ろしている。いつの間にか蒼い龍が傍に居て、頭を叩き付けていた。そして頭が柘榴のように弾け飛んだ。一瞬の出来事で理解が追いつかない。そんな兵士の龍の目前にクレアがいつの間にか居て、黄金の瞳で睨み付けてくる。体が震える。今になって察する巨大で強大すぎる気配と魔力に、恐怖を抱いていた。
「邪魔だって、オレ言ったよな?失せろとも言ったよな?つまり2回も言ってやったンだよ。それでもお前等は退かなかった。なら死んでも仕方ねーよな?どうする?止めるか?死ぬか?どっちだ早く決めろクソカス」
「……ッ!すまな……かった……」
「恐怖で怯えるくれェなら絡んでくンなザコ。だからお前らは虫ケラ以下なンだよ。ちったァ自覚しろよ、めんどくせェな。おーい、こんなクソザコ共ほっといて行こうぜ」
「そう……だな……時間が……勿体……ない」
「うむ。あぁ、此処に居る者共。先の不躾な視線は赦してやろう。ただし攻撃的意志を持って接してくるならば覚悟しておけよ。俺達はその場でお前達を殺す。こんな風にな」
人化するための魔法が術者が死んだことで解かれ、元の大きな龍の姿へ戻った兵士の龍。それをこのようになって死ぬことになるぞと言って示し、その後尻尾で弾き飛ばして空中に打ち上げた後、オリヴィアと繋いでいない方の左手人差し指を向け、小さな魔力の球を撃ち込んで爆散させた。
その場に居た龍達はリュウデリア達のやっていた行いに驚き、困惑し、恐怖した。不躾な視線を向けていたと自覚している者達は殺されると思ったが、事なきを得た。しかし次は無いと脅される。立ち向かえば確実に殺される。何故なら、感じ取れる魔力や気配が、自身と隔絶していたからだ。
決闘でもないのに龍を殺した。ましてや相手は龍王に仕える精鋭部隊の1匹だ。本来ならば捕まえられ、それ相応の罰を与えられるだろうに、もう1匹の兵士は恐怖で顔色を悪くし、殺されないように震えてジッとしているしかなかった。周囲に居た龍達も同じようなことしかできなかったので、何故止めなかったとは言えない。
あまりにも慈悲が無い。殺そうと思えば殺す。そんな3匹の龍と治癒の女神がスカイディアに現れた。他の龍達は思う。あれは本当に龍なのかと。彼等には、龍でありながら少し違う姿形をしただけのナニカにしか思えなかった。
──────────────────
龍ズ
応援しに来たとは言ったが、邪魔する奴を殺さないとは言ってない。クレアが兵士を殺したが、もう少し遅かったらバルガスが殴って頭を爆散させていた。
基本、弱い奴等からの言葉は聞く耳を持たない。邪魔をするならば子龍でも殺す。雌でも同じ。なので下手に近寄らない方が良い。
オリヴィア
早速同族を殺してしまったことに、やっぱりこうなったか……という思い。けど可哀想とは思っていない。むしろ不躾な視線を送ってきた奴等も別に殺してしまって構わないのに……と考えていた。
兵士の龍
頭を魔力で強化された地面に叩き付けられて死亡し、死体は爆散させられて見世物にされた。一瞬過ぎる出来事に痛みはなかった。
これでも龍王に仕える精鋭部隊の1匹で、強さ的には精鋭部隊の中で中の下といった感じ。部隊の中では強くないけど、他と比べたら十分強い。ただし相手が悪すぎた。
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