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第9章
第154話 戦いへの願望
しおりを挟む「──────フハハハハハハハハッ!!バルガスもクレアも存分に暴れているなァ。ヘイススが鍛えたあの武器を使うだけでこうも変わるものか?強大過ぎて一瞬息を呑んだぞ。だが、それはお前も同じのようだな、獣」
「■■■■■■■■■■■■■…………ッ!!!!」
風が荒れ、雷が鳴く。彼等の力の解放による影響を感じ取って、リュウデリアは実に素晴らしいと笑った。影響する範囲が広すぎて自身と本体の獣の方まで来たが、操作されて意図的に避けられた。制御も完璧だなと頷いている彼の前で、獣は訳が解らないという様子をしていた。
創り出した分身が2匹とも殺された。外的要因による死なので、分身が見聞きし、経験した記録は本体の獣の元へ還元される。その記録を頭の中で体験する事で、その強さを目の当たりにした。まるで相手にされていないと感じる力の差。武器を使うだけで何も出来ない自身。
彼等の相手をした分身が、その場で殺さねばならないと、使命感を抱いたことに全面的に同意する。まあ分身でも本体と何ら変わりないのだから当然だが。兎も角、赫龍、蒼龍、そして黒龍は絶対に生かしてはおけない。分身の記録を経験した獣は覚悟した。その為にも、やらせてはならない。
左手に魔法陣を展開して異空間に接続する。取り出すのは純黒の刀……のつもりだったが、察知した獣が接近する。頭を狙った蹴りを後ろへ仰け反ることで回避。すぐに蹴りに使った脚を地に揃えると、一歩奥に踏み出して異空間に接続しようとしていた右手を振り払われた。魔法陣が霧散して接続が中段される。
獣は理解している。当然だろう。クレアもバルガスも、異空間から武器を取り出して、何か喋って力を増した。ならば、あの武器を出させないようにすれば良い。出すためには魔法陣が必要なことも把握している。やらねばならないのは、武器を出させる暇すら与えず、短期決戦でリュウデリアを殺すこと。獣は余力なんてもの今は考えず、彼に手を伸ばした。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
──────なるほど。俺に■■■■■を取り出させないつもりだな。分身の経験したことを把握できたからこそ、バルガスとクレアの力を見て、俺には解放させることなくさっさと殺そうという魂胆か。まあそうする他あるまい。それしか勝利条件が無いのだから。しかしそれは──────悪手だろう。
「■■■■■……ッ!?」
「寄ってくるならば是非も無いわクソガキッ!!精々俺に殴り殺されるなよッ!?はっはははははははははははッ!!!!」
右手を体よりも後ろへ持っていき、魔法陣を描く。それを見て武器を取り出されると感じた獣が神経を麻痺させる毒を腕に纏わせながら爪で切り裂きに来た。強靭な脚力で懐に入り込もうとする。狙い通りにリュウデリアのほぼ0距離まで近づくと、肉にも届かせるつもりで腕を振った。
描いた魔法陣が武器を取り出すのが先か。それとも神経を麻痺させる毒を纏った爪が先か。そのどちらか一択の速さ勝負。しかしそれはフェイントによって掻き消された。魔法陣は浮かべたが、異空間に接続するためのものではない。純黒の炎を灯す為のものだった。
離れても熱が伝わる熱量を持つ純黒な炎。それが握り込んだリュウデリアの右拳を覆い尽くして灯る。そしてそのまま振るうのだ。毒を纏った獣の魔の手へ向けて。拳を掌で受け止めた。が、腕力で競り負けて押され、自身の手越しに顔を殴られた獣。後ろへ吹き飛ばされるも、空中でくるりと回転して軽い身のこなしで着地した。
頭を振って気付けをする獣は、顔を上げてリュウデリアを見る。殴られはしたが、毒に触れたなと言わんばかりの4つの目。しかしその毒は純黒の炎に燃やし尽くされた。じゅうっと何かを焼くような音を立てながら、獣の掌に触れた際に付着した毒を燃やしたのだ。拳の表面を見て、ひらりと振って見せるリュウデリア。毒はこれで意味が無いと示していた。
「権能の毒は良いが、俺には少し物足りんな。そんな無駄な小細工をするくらいならば拳骨で来い。殴り合った方がまだマシだ」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
「フハハッ!!少しはやる気になったかァ?ならば来いッ!!」
手を前に出して指を曲げる。かかってこいのジェスチャーをすれば、分かりやすい怒りを携えながら殴り掛かってくる。彼はそれを嬉々として迎え入れるだけ。武器を取り出すタイミングは見計らっていない。純粋な気持ちで殴打による殺し合いをしていた。
瞬間移動を使いながらの殴打に、リュウデリアも瞬間移動で応えた。好きな場所に転移できる獣とは違って見た場所にのみ転移をする事ができるリュウデリアは、殴り合いながらチラリと他の場所に目を移す。そして2匹で転々としながら殴り合った。避けて凌ぐときもあれば避けて隙を作らせたりもする。
殴った時には相手の体に風穴を開けるつもりで叩き込み、振り抜くのだ。密かに衝撃吸収の権能を発動して、与える衝撃の余分に分散したものを分散させずに伝える権能も使った。打撃を受けても大部分を吸収し、こちらの攻撃は余すとこなく伝える。どうあっても有利な戦い方。
ケタケタと嗤う。痛みを感じていないのか甚だ疑問だ。顔を殴っても目すら閉じずに拳を返してくる。感触から権能の力で殆どダメージが無いことを知っているだろうに、他の魔法を使わず魔力の肉体強化のみをして殴り合いを続けていく。頬、鼻先、肩、脇腹、鳩尾。どれだけ拳を入れていることか。
衝撃吸収の権能のお陰で、硬い純黒の鱗を殴りつけても、その硬さ故に拳を痛めることはない。ないはずなのに、それでも痛みがやって来るくらいには殴った。それでも止まらない。打ち込まれる拳からも少しずつ痛みが奔るようになってきた。衝撃吸収が蓄積した衝撃に圧迫されているのだ。早急にどうにかしなければ暴発する。
そこで獣が行ったのは、吸収した衝撃の解放だった。リュウデリアにより与えられた膨大な衝撃のエネルギー。それを右拳に集めた。赤黒い波動が拳を包み込む。次の一撃はもらったものを全て叩き込む一撃だ。絶対に当てられるというタイミングを見計らう……それが普通だろう。故に獣は、この一撃を看破される前にすぐに繰り出すことにした。
瞬間移動をして何処かへ移動したと見せ掛けて全く同じ場所に現れる。距離すらも見誤らせるフェイントを入れ、獣は赤黒い波動を放つ右拳をリュウデリアの鳩尾に全力で叩き込んだ。鱗が砕けた感触がする。解放された衝撃が腹から入って背中まで通り、背後へ突き抜けて背後の雲を直線状だけ吹き飛ばした。
ごぼり……と、リュウデリアが血を吐き出した。大量の血だ。内臓だってかなりの損傷を受けたはずだ。鱗が砕けた場所からは血が滲んで獣の黒毛を湿らせて滴って下に落ちていく。完璧に入った。ここまできて漸く重い一撃を入れられたと、獣は一種の達成感を感じていた。だが腕を掴まれる。万力のような握力で。反射的に引き抜こうとしても抜けない力強さだった。
抜くことに躍起になっていたことで、頭突きを入れられた。大凡頭突きとは思えない重い音を響かせながら額の痛みを感じ、吹き飛んでいき、進行方向に転移したリュウデリアが両手を合わせた拳を振り下ろして後頭部を打撃。下に落ちた先にまた現れて蹴り上げられる。最後は上空で体を半回転しながら振るわれた拳を顔面で受け止めて大地へ激突して砂塵を巻き上げた。
クレーターを作りながら、中心地から這い出てくると目の前にリュウデリアが転移して現れる。しゃがみ込んで顔を覗き込んでくる。見上げる形で見た獣は、口から血を垂れ流して、胸元からも血を滴らせている状況で、目を弧にして嗤っている彼に言葉にできない何かを感じた。
「愉しいだろう?殺し合いは実に愉しかろう!?骨を砕き肉を潰し血を啜るッ!!敵が強大であればあるほど心が躍るだろう!?魂が食い散らかせと囁くだろう!?殺し合いはこれだから愉しいのだッ!!塵芥の一切悉くを力で捻じ伏せて殲滅するッ!!対する数など些事だッ!!多勢に無勢実に結構ッ!!血湧き肉躍る戦いこそが生に悦を創り出すッ!!お前もそうだろう?強者を下し殺すのは本能を刺激するだろうッ!?良いのだそれでッ!!正しい行いなのだそれがッ!!力が全てッ!!圧倒こそが真理ッ!!弱肉強食がこの世の理だッ!!なァ、お前はもっとできる子だろう?そうだろう!?無限に続く神界を滅ぼせる神喰らいの神殺したる獣なのだろう!?ならば地上の生物でしかない俺を殺せッ!!殺してみせろッ!!お前の本当の力を俺に見せてくれッ!!もっとだッ!!もっと殺し合いを戦いに魅せられた龍種の俺に与えてくれッ!!俺はもっと死ぬほどの戦いをしたいのだッ!!」
何なのだ……コレは?何なのだ……コイツは?
自身に向かって叫ぶように更に熾烈な戦いを要求してくるリュウデリアに圧倒される。口から流す血を撒き散らして興奮しながら叫ぶ彼は正気とは思えない。どう考えても狂気を感じさせる。言っていることが自殺願望にすら思えてきてしまう。でも求めているのは自身を殺す存在ではない。
自身を殺せるほどの強さを持った者を求めている。だから、無限の大地を持つ神界を滅ぼすとまで言われている獣に期待しているのだ。そう、力こそが全てなのだから、自信を示したいならば俺を殺せと言っている。
龍は戦いを求める。殺し殺される殺伐とした戦いを。戦闘をこよなく愛する種族であるが故に戦いに明け暮れ、何時しか強くなりすぎた。地上でも上空でも、海中でも敵を消した。世界最強の種族と謳われるようになったのは、単に戦いを愛して戦いすぎて、強くなりすぎてしまったからだ。
最近は戦いを望まない、平和に生きる龍も居るが、昔ながらの戦闘意欲に溢れる思考を持ったリュウデリアには足りなかった。もっと戦いたい。もっと殺したい。そして叶うならば圧倒的力で捻じ伏せてくる存在を感じたい。平和も良いが、龍である以上戦いを求めてしまうのだ。だから獣に求める。強者同士の戦いをしようと。
痛みも何も関係無い。戦いが愉しくなるならば良いスパイスにしかならない。リュウデリアはケタケタと嗤う。戦いが愉しくなることを切望しながら、未だ見ぬ獣の本当の力を見せて欲しいと願望を口にしながら。狂った黒龍を目の前に、黒き獣は……その場から消えた。
「………………………………………は?」
目の前から姿を消した獣。口から漏れたのは気の抜けた、つい出てしまったと思うくらいの弱々しい1文字。忽然と消えた事から瞬間移動の権能であることは明白。興奮して、気分が高揚していて権能を使う気配を察知し損ねた。獣の気配は背後、10キロは離れている。今先程入れたダメージで権能の制御が取れていないらしい。1度に跳ぶ距離が短い。
その後は瞬間移動をせずに走っているようだ。疲労でも感じているのだろうか。いや、そんなことはどうでも良い。武器を使わせず、短期決戦で己のことを殺そうとしていた、あの気概はどうした。今やっていることはなんだ?時間稼ぎか?武器の解放を警戒していたクセに?背を向けて逃げた?だから離れながら焦燥の気配を滲ませているのか?
何かが沸々と湧いてくる。この込み上げてくるのは何だろうか?絶望?違う。失望?それも確かに有る。怒り?いや、もっとだ。ならば、憤怒だろうか。そう、憤怒。噴火しそうな勢いで怒りが胸を刺激している。煮えたぎった溶岩でも血管に流し込まれているようで、どうも我慢ならない。
全身を力ませる。今の感情を無意味に吐き出さないように堪えるのだが、感情と密接の関係を持つ魔力は別だった。地震を彷彿とさせる揺れを生み出す。足下の地面が純黒に浸蝕されて蝕まれていく。あっという間に数キロの範囲を純黒に染め上げたリュウデリアは、翼を広げて純黒の大地を砕き割りながら超速度で飛翔し、背を向けている獣の方角へ進路を向けた。
「──────ふざけるなァッ!!戦いの最中このッ……この俺に背を向けて逃走とはどういう腹積もりだ犬がァッ!!!!俺を舐めるのも大概にしろッ!!戻って俺と殺し合えッ!!逃げて終わらそうとするなッ!!■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
叫んで咆哮を上げた。雲を散らす速度で飛翔し、背を向けて全速力で駆ける獣を追い掛ける。純黒なる魔力を無差別に放ちながら飛ぶその姿は、地上からは一条の純黒の流星に見えた事だろう。絶対に逃がさないという意思の元、そして必ずや殺してやるという考えで飛んでいくリュウデリア。
突然背を向けて逃げ出した獣。それを殺意塗れで追い掛けるリュウデリア。この戦いはどうなってしまうのだろうか。
──────────────────
獣
戦いに関するリュウデリアの気持ちや言葉を聞いて、節々から狂気を感じた。言葉の意味は解らずとも、目の前の黒龍が狂っていると察することはできる。現在は彼に背を向けて逃走中。
リュウデリア
もっともっと殺し合いをしたいと言っただけなのに、これからもっと愉しくなる筈だったのに、まんまと逃げられてブチギレている。追い掛けて捕まえ、捻り殺してやろうと思っている。
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