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第9章
第147話 新たな獣
しおりを挟む獣が使う分身は特殊で、最大4つの分身を生み出す事が出来る。数は少ないように思えるが、本体とそう大して変わらないような強さを与えることが可能であり、奪った権能をコピーさせておくこともできる。
そして、分身である端末は、外的要因によって殺されたとしても、その場で消えて終わるのではなく、殺された途端に本体の元へ得られた経験や奪った権能が還元される。つまり端末を合わせた5体によって5倍の成長速度となるのだ。
しかしそれは今解除されている。分身である端末はリュウデリア、バルガスの手によって殺されてしまっているからだ。本体もクレアに叩きのめされてしまい満身創痍もいいところ。ならば獣は今何をしているのか。
突然に訪れた、押し潰すような気配。大いなる力を持った龍3匹すらも数秒固まってしまった存在が居る。産まれる我が子のために脅威と成り得る存在を排除してきた獣も反応しているのかと思われるが、確かにそうだ。反応している。しかし反応している理由はリュウデリア達とは全く違う。
「■■……っ……■■■■■■……っ!!」
獣が抱いているのは歓喜だった。リュウデリアとバルガスに殺された端末の力が戻ってきて、ある理由から一体分の端末は回収できていないが、それが吹き飛んでしまうくらいの衝撃だった。脅威を目の前にしてそれに見向きもしなくなる程の衝撃。獣は、数度瞬間移動をして自身の巣へと戻っていった。
獣の作った巣は、火山の近くだった。活動的な火山の近くには膨大なエネルギーがあり、そこに住む神物もまた栄養価が高い。子を育てるのに良い場所をと探し続けて見つけた安息の地だった。獣の脅威への排除行動は、この巣を中心として行われてきた。
巣へと辿り着いた獣は、重力が数百倍にでもなってしまったように錯覚させる気配の圧力の中を進んでいって、洞窟になっている巣へと入っていった。少し進めば番である雌の獣の姿がある……筈だった。
聞こえてくるのは、ぐちゃり。みちり。ばきり。そんな感じの音。引き千切り、潰し、砕くような音だった。そして香ってくる臭いは、嗅ぎ慣れたもの。獣は満身創痍の体を蹌踉めかせながら最奥部へ辿り着いた。いつもならば此処に番の雌が居る。しかしそこに居たのは、2つの死骸と、それを貪り喰らう存在だった。
黒い毛並みを持った存在は、自身と同じように頭上に黒い輪を浮かべている。色が自身の血のように赤黒いものとは違うかも知れないが、直感で我が子であると察した。そしてその我が子が喰っているのが、番である雌の獣と……双子であろう我が子の兄弟であることも解った。
腹を裂かれて腸を抉り出され、一心不乱に貪り喰らっている。食い散らかされた巣には、濃い血の臭いと飛び散った肉片。乱雑に放られた骨だった。産んだ母と、一緒に出て来た筈の兄弟を喰っていた黒い獣は、ゆっくりと振り返って自身を見た。顔についた、4つの瞳でしっかりと。
「■■■■■■■■■■■■………」
「………………………。」
獣の語り掛けるような声には一切反応せず、喰っていた臓物を食い千切り、呑み込みながら立ち上がった。黒に紛れて解らないが、全身が血塗れだ。一歩踏み出して近づく度に血による水音を出している。そうして我が子の獣が雄の獣の目の前まで来ると、獣は膝を折ってその場に伏せ込んだ。次に目を閉じて動かなくなる。
子供の獣は、そんな自身がこれから何をすべきなのかを把握している雄の獣に向けて、大きく口を開いて牙を覗かせた。
「──────感じたか?」
「ばっちりな」
「うむ……」
所変わりリュウデリア達サイドでは、消えてしまった獣よりも、一瞬感じた謎の重圧を錯覚させる気配について確認をしあっていた。もう斃してしまえるというところまで追い詰めた手負いの獣を、まんまと逃がしてしまった事よりも、気配の方に意識が持ってかれていた。
一カ所に集まったリュウデリア達は、一度待機させているオリヴィア達の元へ戻っていった。いつもならば体のサイズを人間大に戻すところを、彼等はしないままにし、リュウデリアがオリヴィア達の事を掌の上に乗せて目線が合う高さまで持ち上げた。覆っていた魔力障壁も解いた。
「獣は斃したのか?」
「いや、獣は逃げた」
「……はい?獣が……逃げた!?逃がしてしまったんですか!?何で……ッ!!」
「そこら辺の情報を共有するために一旦戻って来たンだよ。ちと黙って聞け」
「……っ。はい……分かりました……」
「私達も……意識が……逸れて……しまい……逃がして……しまった……ところが……ある。しかし……それよりも……事態は……変わった」
「と、言うと?お前達が逃がしてしまうんだ。余程の事なんだろう?」
「あぁ。これは俺達の勘だが──────獣の子が産まれた」
「うん?」
「………………えっ」
言葉を交わす事も無く、彼等3匹は当たりを付けていた。というのも、その内容は獣の子供が今先程産まれたというものだった。脅威を排除していた獣が、殺しに向かったという線も考えられるが、目の前の明らかな脅威を前にして放って置くという理由が無い。
それに加えて、瞬間移動する刹那の獣の気配は、喜びに満ちているものだった。この2つさえあれば、自ずと答えは出てくるだろう。あの尋常ではない圧力を生み出した気配の持ち主は、獣の子供であるという線が1番高い。
素直に孕んでいただろう獣の子が産まれたというと、まさか話していた『かも知れない』という低確率で起きそうな事が、現実に起きるとは思わずオリヴィアが首を傾げた。そしてシモォナは、また1匹獣が増えてしまったことに蒼白となる。
獣は強大な力を秘めているから、子供が産まれる前に斃して欲しかったのに、子供が産まれたどころか、表だって動いている獣さえも逃がしてしまうという報告。今彼女の頭の中は、ひたすらどうすれば良いのかというものに溢れ返っていた。
そんな軽く絶望しているシモォナに、リュウデリアから恐ろしい言葉を聞かされた。産まれたばかりの獣の子は、恐らく既に親の獣よりも強いということだ。相手にしていた獣よりも、気配が格段に違うものだったと。直接見ている訳ではないから確実とは言えないが、それでも結局は強いことに変わりは無かった。
「あぁ……もう最悪の事態です……」
「ンなに落ち込むなっつーの。どーせオレ達が殺しちまうンだから心配すンな。雌もしっかり見つけてやるよ」
「恐らく……親の獣と……子の……3匹だ。兄弟が……居れば……もう少し……増えるが……結局は……我々の……獲物だ」
「俺達が戦っていた雄の獣は、一旦引いただけだ。すぐにまた戻って──────クレアッ!!」
「あ?なん──────」
クレアはその場から吹き飛ばされた。コマ送りにされたようにその場から消えたかと思えば、地に一度も付くことなく空中を飛んでいき、傾斜となっていて隆起している斜面に叩き付けられて向こう側まで貫通していった。
攻撃されて飛んでいったクレアの方を見ることなく、バルガスは反射的に赫雷を轟かせて、彼が居た場所に向かって拳を振った。が、その拳は虚空を殴り、顎へのかち上げる一撃を逆に貰ってしまった。足が地面から離れるほどの一撃に体を浮かび上がらせ、腹に次の一撃を叩き込まれて、クレアのように弾き飛ばされて行ってしまった。
30メートル近い大きさで飛んでいけば、並の木々は容易にへし折れていき、獣との戦いで出て来たのだろう大きな岩に背中から衝突しても、粉々に砕いていった。
不意を突かれたクレアと、姿を確認しながら反射的に攻撃をしたバルガスを瞬く間にこの場から吹き飛ばしてしまった。生半可な攻撃ではあの2匹を押しやるのは無理だ。つまりそれだけの攻撃だったことを示す。ならば、野晒しになっているオリヴィアとシモォナはマズい。
純黒のローブを纏っているオリヴィアに物理攻撃は効かず、魔法も効かない。だがその力を過信し過ぎてはならない。それに、この相手はまだ解らないことが多すぎる。それに何か異常だ。そこでリュウデリアは、手の中に居るオリヴィアとシモォナを隠すように手を被せて防御した。
しかし彼が護るように手を被せた瞬間、彼にも攻撃がやって来た。左脇腹に入った攻撃。純黒の鱗がびしりと音を立てて罅が入ったのを感じ取り、次に体の前面で数度に渡る爆発が引き起こされた。何も無いところで起きた爆発に、手の中の2柱はやらせないと絶対に手を開かないリュウデリア。
手の中では、攻撃を受けているリュウデリアにオリヴィアとシモォナが声を掛けているが、そんなものは爆発途中なので聞こえない。手で振り払いそうになる意識を、歯を食いしばって耐え抜き、今度は顔に向かって打ち込まれた攻撃に晒されて、先に攻撃を受けた2匹と同じように吹き飛ばされていった。
空中で乱回転しないように気をつけ、オリヴィア達に怪我が無いように配慮する。そして勢いが殺されていって地面に体を打ち付け、2度バウンドしてから滑り飛んでいき、地面に大きな獣道を作った。うつ伏せになりながら、重ねた両手を顔の前に出してゆっくりと開く。中には傷一つ無いオリヴィアとシモォナが居た。
「リュウデリアっ!大丈夫かっ!?何があったっ!」
「一体何が何やら……」
「…っ……ごほッ……俺は大丈夫だ。それに今のは敵からの攻撃だ。お前達はこの場から離れていろ。相当遠くに行かなければ必ず見つける」
「……分かった。だがその前に……──────」
オリヴィア達を見ているリュウデリアに両手を向ける。純白の光が差し込んでいき、叩き込まれた攻撃で少し痛む脇腹の痛みや罅割れた鱗が元に戻って治癒され、顔の痛みも引いた。この場にバルガスとクレアが居れば、治癒をしてやれたが、残念ながら別の場所まで吹き飛ばされていったので出来ない。
目を瞑って光を受けていたリュウデリアは、終わると目を開けた。獣との戦いの際は魔力障壁を展開して護っていたが、今回はそれで済むのか解らないので、この場から離れてもらう事にした。最悪の場合はオリヴィアもローブを使って魔力障壁が張れるので、それを使ってもらおうという考えだ。
「……ありがとう。助かった」
「構わないとも。……頑張ってな」
「あぁ。すぐにお前の元へ行くから待っていてくれ」
「うん。待っているぞ」
両手を広げるオリヴィアの方に顔を持っていって、鼻先を触れさせる。体の大きさが合っていないので到底抱き締めているというよりも触れているだけという感じだが、それでも両者は目を閉じて互いの体から伝わってくる体温を感じ取った。
時間が無いことは察しているので、数秒だけの触れ合いで終わらせる。オリヴィアから顔を離したリュウデリアはうつ伏せから立ち上がり、彼女達を乗せている右手を後ろに構え、脚を広げて構えた。投擲するときの体勢だ。シモォナはてっきりこの場からオリヴィアと共に距離を取れば良いとばかり思っていたのだが、明らかに違うので焦ったように声を出した。
「まっ、待ってください!えっ、私達を投げるつもりですか!?」
「オリヴィアがお前を連れて飛んでいくよりも何倍も早く距離を稼げる。だから距離を取るのは、俺が投げた後着地してからの話だ」
「無理です!私には無理です!!」
「潰れないように軽く投げる。それに、オリヴィアはローブがあるから大丈夫だろうが、お前は死んだとしてもまた復活出来るだろう」
「私が死んだら発動している権能が止まってしま──────」
「──────距離を取るんだぞッ!!そらッ!!」
「──────きゃぁああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
夜空に輝く星が如く、キランと光るくらいの勢いでオリヴィアとシモォナをぶん投げた。投げられる瞬間、シモォナはもう絶対に投げられてしまうと察したようで、隣に居るオリヴィアをひっしりと抱き付いた。鬱陶しそうにしていたが、別々になるのは避けたいので仕方なくそのままでいた。
投げ飛ばして十数キロ先まで距離を取らせたリュウデリアは、後ろを振り返る。前には誰も居ない。それを確認してからゆっくりと目を閉じて、開けると別のものが視界に入る。
全体の色が黒である毛並み。鋭く血のような赤黒い4つの目。頭上に浮いている黒い輪。そして人間のような人型を取った姿。リュウデリアと目線が合う、奇しくも約30メートル近い背丈。先程まで見ていた雄の獣を人の形にしたような存在が、彼の前に立っていた。
「なるほどな。お前……──────あの獣から突然変異して産まれたな」
「■■■■■■■…………──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
黒い獣が咆哮した。感じた気配の圧力の元が目の前に居る。大気が震えて悲鳴を上げ、大地が黒い獣の存在を拒否しようとしている。全身に感じる強い気配という名の圧力に、リュウデリアは目を細め、魔力で全身を覆って強化した。
神々との戦いから更に硬度を増した純黒なる鱗を、打ち込んだ蹴りだけで罅を入れた獣。そして黒い毛並みで気付きづらいが、濃厚な血の臭いを撒き散らしていることと、獣から権能の気配が感じ取れることから、これは相当な怪物だろうと判断した。
咆哮をやめた獣と、魔力で肉体強化を施したリュウデリアが睨み合う。そして、全くの同時にその場から消えて両者はぶつかった。
──────────────────
獣(雄)
リュウデリア達にやられかけたところ、隙をついて退避した。その後巣に戻って来るが、我が子によって喰い殺された。
獣(雌)&獣(弟)
弟の方は普通の獣の姿だったが、兄によって腹の中で殺された。雌は腹を裂いて無理矢理出て来たことで死に、どちらも喰われてしまった。
獣(黒)
獣の突然変異。300メートルあった親よりも断然小さい30メートルの背丈に、人型の姿。黒い毛並み。それ以外は殆ど同じ。頭の上の輪もついている。だが醸し出す雰囲気……覇気は、産まれたばかりにして親を超えている。
龍ズ
初っ端、獣から殴る蹴るを受けて吹き飛ばされる事になった。クレアは真後ろから横面を殴られ、バルガスは顎にアッパーを食らった後に蹴りを腹に入れられた。リュウデリアは蹴りを脇腹に受けた後、謎の爆発を受けて顔を殴られた。
オリヴィア&シモォナ
リュウデリアの手の中で護られていたので無傷だった。投げ飛ばされた後はオリヴィアがローブを使って魔法でふんわりと着地した。シモォナは危なく吐くところだった。
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